初めてなんだからしょうがない
拙作ですが読んで頂けると嬉しいです。
アストルの町を出て2日が経った。
馬車による旅も野宿も経験したことがなかった私は初めての体験に内心テンションが上がって、それらにさえ楽しさを感じていた。
しかしそれも3日目には飽きがきて、今では馬車の中でただ座り、偶に座り直し、お尻をさすって、再び座るを繰り返すだけの機械と化していた。
馬車の振動ってかなりきつい。この状態でこれからも旅をすると思うと先が思いやられる。座布団でも探してみるか。
前の世界の自動車って偉大だったんだなと改めて思った。
一方で旅自体は順調に進んだ。
天候も、道の状態も、馬の調子も良いと言って、馬車を御してくれているウォリアの機嫌も良かった。こんなガタガタ道で状態がいいとは驚きである。
「いや~順調ですね~。この調子で後の行程も行ければ良いですね~」
ジェスが不穏な言葉を口にする。
ん? フラグかな?
「……?」
翌日、あまりにも代わり映えのしない街道の景色をぼけっと眺めながらいた私は妙な気配を感じた。
馬車の中を見回す。
ジェスは居眠りをし、プリスは本を読み、ファイとメイは何やら2人で遊んでいる。
妙な気配は先日教会の礼拝堂で感じた修道士の視線から感じたものに似ていた。あれを何倍にも攻撃的にして悪意で満たしたようなものだった。
「ねぇ、ウォリア」
「ん? どうした? ションベンか?」
「デリカシーゼロか! ってそうじゃなくて! ……なんか、気のせいかもしれないんだけど。誰かに見られているような感じがして」
「ん~、そうか? ……ん」
ウォリアが手綱を引いて馬車を止める。
「な、何どうかしたの?」
プリスが慌てた様子で話しかけてくる。
「ああ、ヒイロがションベンだってさ」
「ちょっ! だからぁ!」
「まぁ、それは冗談として、お客さんかもしれねぇ」
ウォリアは軽く拳を握り、その隙間を覗いて辺りを探っている。
「私の気のせいかもしれないし」
「いいや、こういうときのオマエの勘をアタシは信用してる。まぁ、何もなかったらそれでいいじゃねえか。丁度いいから昼休憩にしようぜ」
街道の端、雑木林の付近でウォリアの視線が止まる。
「ああ、ビンゴだ! いたぜ、恐らくあれは斥候だな」
「盗賊かしら?」
「さぁな。アタシ達の馬車が止まったことで向こうも動き出したようだ。仲間に連絡しに行くんだろう」
「どうする?」
「あの斥候が盗賊共の先遣隊ならアタシ達の背後から盗賊の本隊が追い縋ってくるだろうさ。ここで準備を整えて迎え撃つのが固いんじゃないか」
「盗賊達がこの先で罠を張って待っている可能性もあるんじゃないかしら」
なるほど。そういう可能性もあるのか。
そうであればここで警戒していても意味はない。
「まぁ、確かその通りだな。だが、それなら尚更このまま罠に突っ込むのはまずいだろ。しばらくここで様子を見るのもありなんじゃないか?」
プリスがため息を吐いた。
「ここまで順調だったのにね。ままならないわ」
ひとまず戦闘の準備だけはしておこうという話になり、各々が戦闘の準備を始めた。
私も剣を手にして、これから起こるかもしれない戦闘への覚悟の準備をしていた。
プリスが私の肩を叩く。
「ねぇ、ヒイロ。ジェスを起こしてくれない? あの娘まだ寝てるのよ」
見るとジェスは涎を垂らしながら爆睡していた。
馬車が急停車したというのによく起きなかったな。
別に今の状況は、彼女が昨日建てたフラグめいたものと関係はない。関係はないが。
「グフッ!」
釈然としないものがあったので、ちょっと強めに蹴り起こした。
馬車を止めてしばらく経った頃だ。
「奴さんら来やがったぜ!」
馬車の幌の上で警戒していたウォリアが叫ぶ。
私達の後方から馬に乗った一団が迫ってくるらしい。
土煙を上げながら近づいてくる影が私にも視認できる距離までやってきた。
薄汚い格好をした男達だ。全員が何かしらの武器を携えている。
明らかに盗賊だ。これでもし平和使節団ならこの世界の価値観は狂っている。
やってきた盗賊の頭目とその手下は私達を見て肩透かしをくらったようだった。
「ああん! なんだガキどもばっかりじゃあねえか」
「見張りの奴からは御者が女のガキとしか報告受けてませんぜ」
「はんっ! 張り合いがねえ」
その表情は完全に私達を舐めている。
「おい! おまえら! 大人しくするなら命だけは助けてやる! 金目の物を全部出しやがれ!」
「なんか言ってるね」
「ああいう人達って全員同じようなこと言いますよね。絶対に助ける気ないのに」
「そう言うなきゃいけないって法律で決めれれてるんじゃない?」
「どこの法律ですか。頭が修羅の国とかですか?」
ファイは頭の後ろで手を組みながらメイとのんきな会話を繰り広げている。
ウォリアは剣と盾を構え、軽く柔軟をしている。
準備万端で待ちきれないといった感じだ。
プリスは深呼吸をしている。
彼女も戦闘の前は緊張するのだろうか。
ジェスは良くも悪くもいつも通りだ。
というか、彼女の得物はモーニングスターなのか!?
見た目に似合わず、えぐい武器を使うんだな。
そして、私は一見勇者っぽい雰囲気で勇ましく相手を見据えているが、内心ガチガチに緊張していた。
だってしょうがないだろ。中身は現代日本で生きたただのおっさんなのだから。
武器を握ったこともなければ、殴り合いの喧嘩だってやったことはない。
生前の私が持つ技能や力で今の状況を乗り切ることは不可能だ。
こうなってはもはや勇者ヒイロの実力に縋るしかない。
実質これが私の初戦闘だ。剣を握る手に汗が滲む。
「ヒイロ」
「ふえ! な、何?」
「あなたは私達のリーダーなんだから、戦闘開始の号令をお願い」
「えー」
そんなことを突然言われても困る。せめて考える時間が欲しかった。
私は生前で号令の1つとてやったことはない。
大勢の前で話をしたことだってほとんどなかった。
皆が私を見つめている。頭の中がぐるぐるする。ちょっと吐き気もしてきた。
ああ、もう考えても無駄だと割り切ろう。
ぱっと頭に浮かんだ言葉を口にした。
「オ、オマエら! やっちまえ!」
皆のぽかんとした顔が私の心を容赦なく抉る。
は、恥ずかしい! そんな顔で私を見ないで!!
「それはアイツらが言うセリフだろ。ハハッ、締まらねえな!」
「おお、やっちまうぞ~」
「皆、無茶は禁物だからね」
「がんばりますよ~」
「皆さん、行きます! 道を開けてください!」
メイの声が響く。
「エアバースト!」
メイが構えた杖からバレーボールくらいの大きさの光る玉が放たれる。玉は内部で台風のように風が渦巻いていて、かなりの速さで盗賊達の所まで飛んでいく。
そして彼女が指を鳴らすと同時に玉は弾けて猛烈な風を周囲に発生させた。盗賊の何人かが悲鳴と共に吹き飛ばされる。
それが盗賊たちとの戦闘開始の実質的合図となった。
読んでくださりありがとうございました。
面白いと思って頂けましたら評価とブックマークをよろしくお願い致します。
以前に話の展開を早くすると言いましたが、
相変わらずちんたらして話が全然進まず、すいません。
今後に期待して頂けると幸いです。