私は……
拙作ですが読んで頂けると嬉しいです。
「は? キモいです。止めてください。もう喋らないでください。何だったら息もしないでください」
「な、何を言う。私はこんなにもお前を思っているんだぞ」
「ちょっ、口が臭い! それ以上近づかないで!」
「そ、そんなこと言わないでくれ! プリス!」
目の前で繰り広げられるのは顎髭が素敵なナイスミドルとネグリジェ聖女の痴態(?)。
一体、私は何を見せられているのだろうか?
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話は1時間程前に遡る。
昨日色々あってスイーツを食べ損なった私とジェスは、その原因の一端であるファイも誘い、3人でリベンジへ行くところだった。
宿のエントランスで私達はプリスに呼び止められた。
「ヒイロ。申し訳ないのだけど、教会まで一緒に来てもらえないかしら?」
「ま?」
「ええ。……ま?」
「ま?って何?」と小首を傾げるプリス。
私は後ろの2人と顔を見合わせる。
「じゃあ、ヒイロが戻るまで僕たちは待ってるよ」
「はい〜。早く帰ってきてくださいね〜」
2人はそう言ってくれた。
「ううん。2人だけで行って来て。いつ戻ってこられるか分からないし、今日を逃したらもう食べられないかもしれないし」
「そうですか〜」
「その代わりお土産をよろしくね」
「うん、分かった! じゃあ、行ってくるね」
プリスとともに2人を見送る。
「本当ごめんなさいね。大司教様が是非勇者に会いたいと仰って」
「大丈夫、それくらいならお安いご用だよ。いつもお世話になってるんだから、聖女様の顔を立てないとね」
教会は町の北東ブロックにあり、宿からは乗合馬車を乗り継いで30分程掛かった。
道すがらプリスは色々と教会について説明してくれた。
プリスの所属する教会は国を超えて影響力を持つ大きな組織だ。
様々な町や村に教会はある。
この町ーーーアストルは大陸交通の要所の1つであり、人の交流も盛んなことから、辺境都市であるがかなりの規模の教会があるのだという。
これから会う予定の大司教は教会内でもかなり上の地位にいる人物で、プリスの育ての親とでも呼ぶべき人であるらしい。
昨日、教会を訪問したプリスは大司教に挨拶と近況報告をした際、私を連れてきて欲しいとお願いされたのだった。
「うわーー、これはすごい」
教会はとても大きくて立派な建物だった。
生前の私は教会と縁がなかった。比較できる対象がないためすごいという感想しか出なかった。
「外側ばかり大きくてもね。本当に大事なのは中身よ」
私の子供っぽい感想に、プリスは半分得意げ半分自嘲といった反応をする。
「へえー、内装がすごい豪華なのね」
私は冗談のつもりで言ったのだが、プリスは「やれやれこの娘は」みたいな顔で優しく微笑んだだけだった。ボケたからツッコんで欲しかったんだけど。
そうは言いつつ、教会は内部も大層立派な造りをしていた。
特に礼拝堂は華美な豪華さはないが、厳かなで神聖な雰囲気に満ちている。
「こっちよ」
プリスに連れられ、礼拝堂を抜け、関係者以外立ち入りが禁止されていそうなエリアを進む。
やがて重厚な扉の前まで来るとプリスが立ち止まった。
扉をノックする。
「アルノス様。お約束の時間通りにプリスが参りました」
やや間があって、低く威厳のある声がした。
「入りなさい」
扉を開けたプリスに促されて恐る恐る部屋に踏み入る。
「失礼しまーす」
簡素ながらも洗練された部屋の中、初老の男性が椅子から立ち上がりこちらへ歩いてくる。
顎髭を蓄えた精悍な顔つきの男性だ。
大司教という立場から生前の私よりも年齢は上であると思われるが、見た目は若々しく、生前の私の方が圧倒的に老けて見える。
別に悔しくはないぞ。今の私は美少女だからな。うん。
「初めまして、勇者様。教会の大司教を務めるアルノスと申します」
差し出された手を握る。
「ど、どうも」
「あなた達は我々の希望です。どうかあなた達の手で魔王を倒し、この世界に光を取り戻して頂きたい」
「はぁ、がんばります」
「ですが、あなた達に全てを背負わすことはさせません。我々教会はあなた達を全力でサポートさせて頂きます」
熱を込めて語るアルノス大司教に少し気圧される。プリスに目で助けを求めると、彼女は肩を竦めた。
「アルノス様、座ってお話されてはどうです? 私がお茶を淹れて参りますわ」
「おお、そうだな。これは失礼した。従者に茶は煎れさせるからお前もこっちに来て座りなさい。改めて旅の話を聞かせてくれ」
彼は改めてという部分を強調した。
「彼女の父親は私の友でしてね。聖女と認定され幼くして教会に入るというとき、私が後見人になったんです。私には子どもがいないので彼女は私の娘同然なんですよ」
自分の娘同然の友人の娘になんちゅう格好をさせてんだよ。
ネグリジェて。もしかして、この世界の聖女のスタンダードなのだろうか?
「それでプリスはよくやっていますか? 本人はもう大人だと言うが、私からしたらまだまだ子どもです」
「アルノス様。旅の報告なら昨日私がしましたよね。勇者に用事ってこれですか?」
「ああ、お茶が来たようだ。ありがとう。さぁ、2人とも遠慮せずに。お茶菓子もあるぞ」
「アルノス様〜?」
つまり、この大司教様は、勇者云々を建前に、娘同然の存在であるプリスの旅の話を仲間である私の口から聞きたかったのだ。
「プリスは私達の中で1番のお姉さんとして大変頼りになる存在です」
「ヒイロ!?」
「おお、そうですか」
私はヒイロの記憶を紐解いて、プリスとの思い出を語る。
アルノス大司教は私の話にうんうんと頷きながら熱心に聞いている。その顔はとても誇らしげで嬉しそうだった。
きっとこれが親心というものなのだろう。生前の私には子どもがいないから想像だけど。
一方プリスは半ば諦めたのか、若干やさぐれてお茶菓子を齧っていた。
結構な時間をプリスの思い出話に費やした。因みに私が3割、アルノス大司教が7割である。
話の流れが変わったのは彼がアルバムを取り出した所からだった。
「そうだ、勇者様。プリスの昔の写真があるんですよ、見ますか?」
「ぜひ」
「これは聖歌隊で歌ったときのものですね。これは……初めて聖女の奇跡を使えた記念にとったものかな。おっと、これは懐かしい、おねしょして泣いている写真もありましたよ」
「ほう?」
「ちょっと待て。もういい加減にしろ」
さすがに聞き流すことができなかったらしいプリスが、これまで聞いたことがないような低い声でアルノス大司教を制止した。
そして、今に至るわけである。
ああ、この紅茶おいしいな〜。これ、紅茶なのかな〜。よく分からないけど、おいしいから何でもいいや〜。
私はいい加減思考放棄するのを止め、目の前の現実に向き合うことにした。
ネグリジェ少女の腰に抱きつき、今にも泣き出しそうな顎髭親父という絵面は地獄だ。
かれこれ5分くらいこのような形で2人は言い合っている。
内容は悪口対泣き言という中身ゼロの一方的な蹂躙だ。勿論、プリスが攻めである。
今、この部屋の扉が開かれれば、大司教様の権威は地に落ちるだろう。
しかし、このやり取りは突然にあっさりと終わることとなる。
「ああ、そうだ、プリス」
急に憑き物が落ちたかのようにアルノス大司教は立ち上がり、最初の冷静な話口調に戻ったのだ。
「君にお願いしたいことがあります。このあと少し時間を頂けますか?」
これには私もプリスも着いて行けず面食らった。
「アルノス様。急に態度を変えないでください。情緒不安定なんですか? ストレスで頭がおかしくなりましたか?」
「何を言うのですか。たまの娘との仲睦まじい団らんを演出したのですよ」
今までのは全部演技? いや、後半のあれは絶対に素だよ。
「はぁ。もう疲れたのでこれ以上ツッコみませんが。はい、分かりました」
プリスがこちらを見やる。
「そんなに時間は取らせません」
「じゃあ、私はその辺で待ってる。礼拝堂でも見てようかな」
長居は無用だ。
きっと親子水入らずで腹を割って話したいこともあるだろう。
「それでは大司教様失礼します。お茶おいしかったです。ありがとうございました」
「はい。あなたとあなたの仲間達に神のご加護がありますよう」
「じゃあ、また後でね」
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礼拝堂にはほとんど人気がなく、祈りを捧げている若い修道士が1人、小さな男の子を連れた老婆が1人、あとは離れた場所にシスターが1人いるだけだった。
礼拝堂に特別興味を引くものはなく、粗方見て回った後、私は長椅子に腰掛けてぼおっとしていた。
静かな礼拝堂には私が足をバタつかせるパタパタという音だけが響いている。
ふと、妙な視線を感じた。
辺りを見回すと、向かいの長椅子に座る20代くらいの若い修道士と目が合った。
彼は慌てて私から目を逸らす。
予感があった。
私は気付いていない風を装い、明後日の方向に目を向けながら、足を組み、すぐに組み替えてを繰り返す。
ちらりと盗み見ると、修道士が必死にこちらを気にしているのが見て取れた。
ああ、これがメイの言っていた視線か。
見ている方は気付かれていないとでも思っているのだろうが。
確かに、見られているのが丸分かりだ。
これまで感じたことのない感情がムクムクと胸の奥で立ち上がるような気がした。
私はスカートの両端を摘み、扇ぐ振りを装って、少しずつ持ち上げていく。
ただでさえ短いスカートはたくしあげられ、向かい側からは中身が丸見えになっていることだろう。
案の定、修道士は目を逸らすことすら忘れているようだった。
自然と口の端が釣り上がる。
「ねぇ、修道士様?」
「!? は、はい!」
「こんにちは。私、教会に来るのが初めてで、色々と教えて頂けませんか?」
「え、ええ、ええ! 勿論ですとも。何を知りたいですか?」
「はい、ありがとうございます。礼拝堂の中央の像がこちらの神様なのですか?」
「ええ。私達の未来を照らしてくださる運命と時の女神様です」
「そうなのですね。お美しい女神様です」
「そういえば、修道士様。先程私のことを見ていらっしゃいましたよね? 私の格好は変ですか?」
「あ、ああ、え、えっと。そんなことは決してないですよ」
「それではどうして私のことを見ていらしたのですか?」
「そ、それは……」
「もしかして、私がどなたかに似ていらしたとか?」
「あ、ああ! そうです、そうです! 私には故郷に年の離れた妹がいましてね。それで」
「まぁ、修道士様のように親切で優しいお兄様がいて妹さんは幸せですね」
「いやぁ、まぁ。はは、不出来な兄でお恥ずかしい」
「そんなことはありません」
私は修道士との距離を詰める。ほとんど触れ合っている距離だ。
「こんなにお優しいんですもの。もっと、色々と教えて頂きなぁ」
彼はごくりと生唾を呑む。
「え、えっと……」
「ねぇ。お、に、い、さ、ま?」
耳元で囁くと、彼は驚いて飛び退いてしまった。
目を見開く彼の瞳には私が映っている。
最高に妖艶な表情のメスガキがそこにいた。
「お待たせ」
私の背後からプリスの声がした。
私は彼女の気配に気付いていたので驚かなかったが、目の前の修道士は腰を抜かす程に驚いているようだった。
「ああ、プリス。早かったのね」
私はそれまでの艶めいた声ではなくいつもの調子に戻していた。
修道士はまだ状況がつかめないといった感じだ。
「それじゃあ、修道士様。私はこれで失礼します。貴重なお話ありがとうございました」
再び、修道士の耳元に顔を寄せ、ぼそりと呟く。
それじゃあ、またね、お兄様。
あああ、残念、もう少しで落とせそうだったのに。
あの人はどんな無様な顔で堕ちてくれたかな。
私はこっそりと舌を出しながらそんなことを考えていた。
「ヒイロ」
名前を呼ばれて、私ははっとした。
プリスがため息を吐く。
「教会の真摯な修道士を弄ぶのは止めてよね、もう」
私は呆然として、プリスの言葉が頭に入ってこない。
「はぁ。私達って個性がバラバラだと思っていたけど、もしかしたら根っこは似ているのかもしれないわね」
私はさっき何をした?
胸に感じた熱に浮かされて何をしようとした?
私は……今の私は……メスガキ?
私は身だけでなく、心も段々とメスガキになりかけているのか?
読んでくださりありがとうございました。
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なるべく早い展開を心掛けていきますので最後までお付き合い頂ければ幸いです。