彼女は天才でした
拙い内容と文章ですが読んで頂けると嬉しいです。
そうだった。この世界は普通に魔王がいる世界だった。
そりゃあ勇者がここにいるのだ。魔王の1人や2人いてもおかしくない。
抜きゲーとは言え、テンプレート的な展開は外さないのだ。
抜きゲーなので、テンプレート的な展開を素直にやらないのだが。
いずれ魔王と対峙することになるのは間違いない。
それが『メスガキパーティー』における最後のスチル回収イベントなのだから。
私を見つめるメイの琥珀色の瞳は熱を帯びている。
「魔王を討伐することこそがモンスターや魔災害の被害に遭う人達を救う最良な方法だと私は思います」
「ああ、うん。そうだね」
「はい! なので心苦しいですが、この街道は巡回兵の方達に任せて、私達は最短距離でアネロ港へ向かいましょう」
「うん」
とりあえず、アカネ村の『わからせゴブリンイベント』は避けられないようだ。
こればかりは仕方がない。
もし、私の事情を明かせば仲間達から協力を得られるだろうか?
受け入れてもらえればいいが、受け入れてもらえなかった場合は全ての信用を失って状況が詰んでしまう可能性が高い。
ハイリスク・ハイリターンだ。本当にどうしようもなくなったときの最終手段と考えよう。
用件は済んだので部屋に戻ることにした。
「メイ、相談に乗ってくれてありがとね。じゃあ、私はこれで」
「はい。私も改めて使命を実感できて身の引き締まる思いです」
ふと見るとメイがトンガリ帽子を被ろうとしていた。
「あれ、出かけるの?」
「はい。何のためにわざわざサラシを巻いたと思っているんですか」
何当然のことを言っているんだとばかりにメイは呆れているようだ。
「別に巻かなくてもいいんじゃない?」
町に出るだけなら激しく動くこともないのだから。
するとメイはものすごく嫌そう顔をした。
「見られるんですよ。ちらちらと、何度も何度も。こっちが気付いてないとでも思っているんですかね、鬱陶しくして仕方ないんです!」
語気を強めて怒るメイに対して私は心の中で謝罪する。
すいません、男のサガなんです。
XXX XXX XXX XXX XXX XXX XXX
メイの部屋を出ると、ちょうど隣の部屋から出てきたジェスと遭遇した。
「ジェス?」
「あ、ヒイロさんじゃないですか~。メイさんにご用でも?」
「うん、ちょっとね」
「おや、メイさんもおでかけですか~?」
「ええ」
「ジェスはどこへ?」
「はい~。折角のお休みですから少々羽根を伸ばそうかと。宿屋の女将さんにおいしいスイーツのお店を教えてもらったので行ってみようと思っているんです~。そうだ~! お二人も一緒にどうですか?」
「いえ、私は用がありますので遠慮しておきます。では」
メイはそう言って、1人で行ってしまった。
「じゃあ、私は一緒に行こうかな」
この世界のスイーツがどんなものかが少し気になる。
前世で男だった私だが、甘いものには目がなかった。
「では、参りましょ~」
ジェスはオレンジ色の長い髪を後ろで三編みに結んでいる。
彼女の格好は基本的にバニーガールなのだが、頭にウサ耳ではなくネコ耳が着いている。バニーガールならぬキャットガールとでも言うべきか。……語呂が悪いからネコ耳ガールと呼ぼう。
今更だがこの格好で町を歩くのか。
まぁ、ネグリジェ姿の聖女もいるのだから、ネコ耳ガール姿の遊び人がいてもおかしくはない……のか? 常識が溶ける音がする。順調に私の認識もおかしくなっているようだ。
宿屋の前は大きな水路に面した大通りだ。
水路には大きな橋が掛かっている。目に付く範囲だけでも橋は3本あり、水路を跨ぐ往来が多いことが覗える。
「で、どっちに行けば?」
「えっと~。あっちですね」
ジェスの指差す先、離れた場所に見覚えのある姿を見つけた。
あれは……ファイ?
ファイは何人かの男達と共に水路へ続く階段を降りていくところだった。
「今のは~ファイさんでしたよね?」
「やっぱりそうだよね」
複数人の男と1人の少女、ろくな想像はできない。
「まずいですね~。追いかけましょう!」
ファイが降りていった階段は橋の反対側の袂にある。
橋の上を走りながらファイ達の様子を見ることができた。1対5で対峙している。
近づくと男達の喚く声が聞こえてきた。
あの階段を悠長に降りていたら間に合わない。
水路までの高さを確認する。これくらいなら問題ない。
私は橋の欄干に足を掛けて飛び降りようとして……、宙を舞う男の姿を目にした。
「!?」
下の様子を覗うと、先程の男が地面に落下し、それを見た別の男が叫ぶ。
「てめぇ、このクソガキ、何しやがる!」
ファイは右足を高く上げた格好のままキョトンとした顔をしている。
大の男をここまで蹴り上げたのか!?
ファイ、とんでもない娘。
「え? だっておじさん達、僕と遊んでくれるんでしょ? 最近、戦闘が少なくて体が鈍って仕方がなかったんだ~」
「はぁ? 遊ぶってそういう意味じゃねえよ!」
別の男がファイに殴り掛かるが、即座に顎を回し蹴りで蹴られ、膝から崩れ落ちる。
「な、何だ、コイツ? 本当にガキか?」
「おい! 俺達もやるぞ!」
「お、おお!」
今度は2人掛かりで襲いかかる。
しかし、ファイの相手にはならないようだ。全ての攻撃を軽く躱している。
「あ~やっぱりこうなりましたか~」
隣を見ると、遅れてやってきたジェスが肩で息をしている。
「まずいですよ~。このままじゃ、あのおじさん達再起不能になっちゃいますよ~」
「ねぇ~おじさん達。もっとちゃんと遊んでよ。僕、全然楽しくないよ」
「こ、こいつ」
「な、なめやがって」
もう勝負は見えていた。ファイの圧倒的勝利、いや、蹂躙だった。
「おまえら、下がってろ」
「あ、兄貴!」
そのとき兄貴と呼ばれた男が現れた。どうやら私達からは見えない位置にいたようだ。
「ガキ1人に何チンタラやってんだ。生意気なガキには大人の世界の厳しさを分からせてやればいいんだよ」
兄貴は腰に差した獲物を抜く。あれは刀だ。この世界にも刀があるようだ。
「おい、見かけによらずやるじゃねぇか、ガキ。だがな、遊びはもう終わりだ」
言うや、一瞬でファイとの間合いを詰めて斬り掛かる。
こいつ、他の男達とは明らかに実力が違う。
ファイはその一閃を避け、さらなる追撃も間合いを外して捌く。
そうしてしばらく一方的な展開が続く。
「おじさん強いね! 全然踏み込ませてもらえないや」
そう言いつつもファイはまだ余裕があるようだった。兄貴の剣閃を全て紙一重で避けている。
「こいつ……」
一方、兄貴の方があまり余裕はないようだ。
それでも、やはり間合いの差でファイは攻めあぐねていた。
「うーん。やっぱり刃物を持った相手に徒手はやりにくい」
ファイは踵を返すと、水路の端に放置されているゴミ溜めへ走っていく。
「おい、おまえ! 何やってんだ?」
「ん~? うん。これでいいや」
ファイはゴミ溜めを漁り何かを見つけたようだ。
彼女が手にしたのは……錆びた鉄の棒?
片手で軽く素振りしながら、ファイは兄貴と再び対峙する。
「ふざけやがって。おまえは武闘家だろうが、そんな棒きれなんかでどうにかなるとでも思ってんのか!」
兄貴から感じる殺気が格段に増す。
「これでもう、終いだ」
あれは……居合斬りの構え?
刀を鞘に納め、相手に攻撃の間合いを悟らせず、抜刀と同時に高速で斬り付ける技だ。
さすがにあれはまずい!
「死ね」
白光が走り、激しい金属音が鳴り響いた。
「……」
「今の見えました?」
「どっちの話? あの兄貴の方の動きなら見えてたけど……」
「ですよね~。私も一緒です~。」
勇者と同等とは、遊び人の動体視力が侮れない。
スロットの目押しで鍛えたのか? この世界にスロットがあるかなんて知らないが。
とりあえず、何が起きたか私達には分からないけど。
「お、おまえ……何をした?」
ファイの勝ちだ。
兄貴は居合斬りで右腕を振り抜いた形のまま固まっていた。
その手に刀はなかった。
「ん、おじさんの剣をこれで弾いただけだよ」
弾かれて宙を舞った刀が石造りの水路の歩道に突き刺さる。
「ばかな! 嘘を吐くな! そんな鉄くず同然の棒に俺の刀が競り負けるわけがないだろ! かち合ったところで切り飛ばして終わりだ!」
「うん、だからおじさんの剣の腹の部分を、こう、弾いたの」
ファイが鉄の棒を下から上へ動かす。
あっさりととんでもないことを言う。超高速で迫る刃の腹を狙って弾くのにどれだけの技量がいるだろうか。
兄貴も呆然としていた。
「おまえ、俺の技を知っていたのか?」
「技ってさっきの切込みのこと? ううん、知らないよ。すごい早い剣閃だったからちょっとびっくりしちゃった」
「ははは、そうか、おまえは武闘家じゃなくて本当は剣士だったんだな。でなけりゃ、初見で俺の技をそんな方法で捌けるはずがない!」
これはヒイロの記憶だ。
ファイと初めて会った時のことを思い出す。
私達5人は王命によって集められ、王宮で初めて顔合わせをした。
服装が今と違い割と普通の格好をしていたことを除けば大きな違いはない。
ただ、そのときのファイは剣を武器としていた。
私とウォリアもメイン武器は剣だった。
剣が3人も被っているね。じゃあ、僕が武器を変えるよ。そうだ、いいこと考えた。旅をするなら荷物は少ない方が良いよね。武器は荷物になるから、僕はこれから徒手で戦うね。
「ううん。僕は剣士じゃないよ。厳密に言うと、武闘家でもないかな」
「はぁ!? じゃあ、オマエは何なんだよ!?」
「う~ん」
ファイは首を傾げて一瞬考え、こう答えた。
「僕は、僕かな?」
「……意味が分からん」
彼女は殊戦闘においては並ぶ者のいない天才だった。
尖った才能持ちであり、その他の部分では些か不安があるものの、戦闘においてはウォリア以上に頼りなる存在だ。
因みに、最初に合ったときにファイが剣を武器としていた理由は、たまたま家にあったからだった。
「さぁ、おじさん。続きをしよっ! 僕、全然満足できないよ」
「か、勘弁してくれ!!!」
「……」
「……」
私とジェスは無言で顔を見合わせる。
「止めに行こっか」
「そうですね~。 うっかりやっちゃう可能性もあるかもですから~」
この後、私達は逃げ惑う男達に満面の笑顔で迫るファイを止めに入ったのだった。
おかげで、スイーツは食べ損ねてしまった。
しかし、ファイがここまで強いとは知らなかった。
この先、ゲームでは知り得ないことに足元を掬われなければいいのだが。
読んでくださりありがとうございました。
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