ウォリアの過去
拙作ですが読んで頂けると嬉しいです。
結局私は砦の外まで逃げてきた。
空は茜色に染まりつつあった。
いずれ日は沈み、夜が訪れるが、どうやら私達は間に合ったようだ。
ひとまず、日がある内に攫われた女性達を見つけられたことに安堵した。
何だか夕日が見たくなった。
ここからでは森の木々が邪魔だった。
砦の2階部はテラスになっているようだったので行っていることにした。
砦の2階に上がってみたが想像していたような夕日は拝めなかった。
それでも山並に沈む夕日を眺めていると再び涙が溢れてきた。
私はなぜこんな泣いているのだろうか。
40年間生きてきたが、こんなにも泣いた記憶はない。
推しキャラが死んだときだってここまでは泣かなかったのに。
今私は幼い子供のように声を上げて泣いている。
さっきのあの部屋の光景が頭から離れない。
あのとき、私が声を掛けようとした女性は何と言った?
顎が外れてうまく喋ることができないようだったが、彼女はしっかりとした意思でその言葉を口にしていた。
「どうして」と言ったのだろうか?
「どうして私がこんな目に会うのか」と自身の不幸を嘆いていたのだろうか。
それとも……「ころして」と言ったのだろうか?
自らの死を願う程に彼女の心は疲弊していたのだろうか。
「こんな所にいたのか」
ウォリアが話し掛けてきた。
「あの部屋にいた人達は全員生きてたよ。無事って訳にはいかないが、今すぐ命を落とす程にひどい状態の人はいなかった」
「……そう、良かった」
「今、村人たちが運び出してくれてる。全員を運び出したらこんな場所からはおさらばだ」
「……うん」
「あと、砦の地上部を捜索していたプリス達と合流した」
「……うん」
「プリスには怪我人を治療してもらっている」
「……うん」
「……泣いてんのか?」
「泣いてない!」
「顔ぐちゃぐちゃじゃねえか……」
私は袖で顔拭いた。
「ウォリアは平気なの?」
あの光景を見てどうして平然としていられるのだろうか?
「……何笑ってるの? 私の泣き顔がそんなに面白いっていうの?」
「違う、違う。悪い。いやぁ、思いの外オマエがまともなヤツで良かったなって思ってさ」
「何それ、どういう意味?」
「初めてオマエと会ったときはさ。『ああ、コイツはアタシと同じやべぇヤツだな』って思ってたんだよ。まぁ旅を初めてすぐにその認識は変わったんだがな」
それは前にも言われた。感じが変わったと言われたんだったか。
私がヒイロになったばかりのときだ。
あのときはそれが原因であると思って焦っていたのだが、ウォリアのこの口ぶりは私がヒイロになる以前のことを指しているようだった。
どうやら、ヒイロは他人にあまり良い第一印象与えない娘のようだ。
確かに私が知るゲームのヒイロは一見してかなり高慢なメスガキだ。
ウォリアはそんなヒイロと自分が同じくらいヤバい奴だと自嘲する。
ゲームの知識がある私のウォリアに対する最初の印象は勝ち気で粗暴な女の子だった。戦士としての強さに自負があり、その強さのために弱いものに対して横暴とも取れる生意気な行動を取り、最終的には侮った相手にやられてわからされてしまうメスガキキャラだった。
しかし、今の私は彼女がそんなヤバい奴だとは思わない。
ウォリアが私の隣に座る。
「アタシの話ってしたことあったか?」
「昔の話? ううん。聞いたことない」
「オマエもさ、アタシがこの村に入れ込み過ぎているって思ってただろ?」
頷く。
「この村の出身なのかなって思ってた」
「違ぇよ。アタシが生まれ育った村はここよりもずっと小さくて貧しい村だ。肥沃な土地ではない。目立った特産品もない。大きな街道からも離れているから人の流れもほとんどない。ないない尽くしの絵に描いたような寒村だ」
ウォリアは懐かしむように夕日を見ている。
「それでも命に関わるほど生活に困まることはなくて、村人達皆それなりに幸せに暮らしてたんだ」
「……」
「アタシには年の離れた姉がいてさ。すごい美人だったんだぜ。村一番の美人って言われててさ。でもそれを鼻にかけることのない優しい人で。アタシの自慢の姉さんだった」
だった。ウォリアのその言葉は無意識だろうか。
何となくだが、話の流れに察しが付く。
「……だけどな。ある日、アタシの村はこの村と同じようにゴブリンの集団に襲われたんだ」
「……うん」
「村は蹂躙されたよ。今回みたいな大群じゃなかったんだが、村には戦える奴なんていなかったからな。そしてオマエが想像している通り姉さんを含めて村の女達が攫われたんだ。アタシは何も出来なくてただ隠れて震えてた」
「……」
「助けたくても何の力もない村人にはどうしようもない。アタシ達は途方に暮れたよ。そしたら偶々村に旅人がやってきたんだ。後で知ったんだが、その人達は有名な冒険者だったんだ」
それは今の私達の状況に似ていた。
「それで村長がその人達に攫われた娘達の救出を依頼したんだ。アタシは子供だったから詳しい話は聞いていないが、今なら想像は付く。村は万年貧しいし、ゴブリンの被害にあってその年の俸禄を領主に収めることも厳しい状況だったはずなんだ。有名な冒険者に救出を依頼したところで十分な報酬を支払えるわけがないんだ」
「……」
「加えてさ。その時点で姉さん達がゴブリンに攫われて10日以上経ってたんだぜ。もう生きてる可能性のが低いんだよ。冒険者である彼らがそのことを知らないわけがない」
「それじゃあ……」
「でもな。それでもあの人達は行ってくれたんだ。報酬はほとんど期待できない。救出対象は恐らくすでに死んでいるから誰からも感謝されないかもしれない。そんな状況なのに彼らは依頼を受けてゴブリン達の元へ行ってくれたんだ」
「……」
「そして姉さん達の遺体を持って帰ってきてくれた」
それはウォリアにとって辛い過去のはずだ。
だがそれを話す彼女の顔は晴れやかに見えた。
「今回のことはさ。似てるんだよ、あのときの状況に。あのときの村の様子と来てくれた冒険者達とあのときのアタシの不安な気持ちと色々が被ってさ。危険なのは分かっていたんだが、私には見て見ぬ振りは出来なかったんだ」
「ウォリアは私達と旅を始める前は冒険者だったんだよね?」
「ああ」
「それはやっぱりその人達に憧れたから?」
「……そう、かもな」
「絶対そうでしょ」
「アタシは何より強さが欲しかったんだ。大切なものを理不尽に奪われないだけの強さが。まぁ確かに? その強さの象徴があの日の冒険者達だった……かもな」
素直に憧れを語るのが少し照れくさいのだろうか。ウォリアは頬掻きながら曖昧に答えた。
「それでさ。長々とアタシの話を語った後でようやく最初のオマエの質問に戻るんだが。なぜアタシがさっきの状況で平気だったかって聞いたよな?」
「うん」
「単純な話さ。慣れたんだよ。アタシは冒険者になって最初はゴブリン関係の依頼ばかり受けてたんだ。最初の頃はひどかったぜ。さっきのオマエはまだましだ。アタシなんてげーげー吐いて先輩冒険者に介抱してもらってたからな」
ウォリアにもそんな過去があったのか。
彼女はやはりゴブリンに対して並々ならぬ感情を抱いているのだろうか。
「ウォリアはお姉さんの命を奪ったゴブリン達が憎い?」
「それは……、うーん。特別な感情がないかと言えば嘘になるんだが。憎いかと問われれば、憎いわけではないんだよな。アイツらだって生き物だ。自分の本能に従っているだけだからな」
それを本心で言っているのだとすれば、ウォリアはすごい。
自分の姉の仇とも言うべき存在を擁護するようなことが言えるのだから。
「まぁ、向かってくるなら全力でぶっ殺すがな」
すごい笑顔で物騒なことを言う。
多少の私怨はあるのかな?
「ウォリアは強いね」
「ああ、当たり前だろ」
ウォリアが笑う。
「アタシを誰だと思ってるんだ? 勇者ヒイロのパーティーメンバー、戦士のウォリア様だぜ」
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夕日が向こうの山へと沈んでいった。
もう夜がやってくる時間だ。
「さて、あんまりここでサボっているとプリスにどやされるからな。行こうぜ」
「うん」
私達は皆に合流することにした。
今回色々と辛いこともあったが、ウォリアの新しい一面が知れたことは正直嬉しかった。
「因みにウォリアは今13だよね。冒険者始めたのはいくつの頃なの?」
「ん? えっと、1、2、3……、ああ、7歳だな」
「7歳!? え、馬鹿なの?」
「ばっ、馬鹿ってなんだよ、ヒデェな」
「ウォリアに言ったんじゃない! あなたの親に言ったの! 何で7歳の娘がゴブリン退治なんて始めるのを容認しちゃのよ。全く……」
階段を降りていくと、砦の1階ホールにプリスや村人達が集まっているのが見えた。
何やら騒然としていた。
「ヒイロ! ウォリア!」
私達に気が付いたプリスが悲鳴に似た高い声で叫ぶ。
彼女は床に座り何かを抱いていた。
嫌な予感がした。
「大変なの!」
プリスの元へ走り寄る。
プリスが抱いていたのはメイだった。
メイはぐったりとしていて目を閉じている。その顔は若干青白いものの、しっかりと息をしていたのでほっとする。
あれ?
メイと一緒に捜索に出ていたファイは?
姿が見えないけど、どこ?
私の背筋に冷たいものが走る。
メイが目を開け、震える声で言う。
「すいません。ファイさんが……。ファイさんが……ゴブリンに攫われました」
読んでくださりありがとうございました。
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ゴブリン編はもう少し続きます。一応、山場からの山場のつもりで書いてます。