VSゴブリンの群れ
拙作ですが読んで頂けると嬉しいです。
「やあああっ!」
ファイが1番に駆け出した。
私達も彼女に続く。
サウナ結界を抜け出してきたゴブリン達は徐々に増えていく。
奴らの多くは息も絶え絶えといった様子だ。
結界の中はよほど暑いらしい。
私は項垂れて並び立つ2匹のゴブリンを横薙ぎに斬り伏せた。
順調だ。順調過ぎるほどだ。
これなら危険を冒さず立ち回れる。
また新たな犠牲ゴブリンが結界の中に飛び込んだ。その様子を見ていた私ははっとした。
そのゴブリンは結界に入った瞬間に膝から崩れるように倒れたのだ。
「皆! 絶対にサウナ結界内に入っちゃダメだからね!」
私はあらん限りの声で叫んだ。
「どうした? 確かに中はやばいほどの暑さだろうが一瞬なら平気だろう?」
「ダメ、絶対に入らないで! もしどうしても入ることになるなら中では息を止めて、すぐに出て。ファイとジェスも約束して!」
「う、うん。分かったよ」
「はい、了解です〜」
私の迫力に押されて、納得はしていないようだが皆理解してくれた。
サウナ結界は私の想像以上に働いたようだ。
結界内は一酸化炭素が充満した状態になっている恐れがある。
さっき結界内に入ったばかりのゴブリンが倒れるのを見て、私はその可能性に思い当たった。
前の世界で火事による死亡事故の多くは一酸化炭素中毒によるものだと聞いたことがあった。生物は物が燃えるときに発生する一酸化炭素を大量に吸うと昏倒して最悪死に至るらしい。
これだけの広さがある空間で急性中毒になってしまうとは俄には信じられない話だが、試してみたいとも思わない。
魔法と奇跡は私の持つ科学知識の範疇を超えた存在なのだから深く考えても無駄だ。
今も低酸素状態のはずの結界内でメイの放った炎の柱が元気に燃え盛っている。魔法で出した炎は燃焼に必ずしも酸素を必要としないのだろうか?
しかし、このサウナ結界、効果は抜群だが、こちらに被害が出るリスクも高いので、今後は封印した方がいいかもしれない。
ゴブリン達も広場に踏み込んだ仲間が次々と倒れていくことにようやくおかしいと気づき始めたようだ。
段々と広場を通ることを避けるゴブリンが増えてくる。
それでも問題なくゴブリン達を落ち着いて捌くことができた。
ファイが砦の入口辺り指差す。
「なんかでっかいのが出てきたよ!」
「おっと、やっぱりホブゴブリンもいやがった」
そいつらは他のゴブリンよりも大きかった。
普通のゴブリンは人間の子供くらいの大きさだが、ウォリアがホブゴブリンと呼んだそいつらは大柄な大人くらいの大きさがあった。
はっきり言って私よりも大きい。
ホブゴブリンは獣と人を合わせたような叫び声を上げ、すごい速さで走り、サウナ結界に突っ込んだ。
あ、あれは死んだわ。
ところがそいつは瞬時に異変を察したようで、バックステップで結界の外へ退避した。結界の存在に気付いたらしく広場を避けてこちらへ走り向かってくる。
ホブゴブリンは普通のゴブリンよりも体格が大きいだけでなく頭も良いみたいだ。
「気を付けろ、ホブゴブリンはでかいだけあって力も段違いだぞ。ゴブリンと舐めて掛かると腕持ってかれるからな」
「だから脅さないでよ」
「へーそんなに強いんだ」
ファイがわくわくしている。油断だけはしてくれるなよ。
やってきたホブゴブリンにファイが接敵する。
敵の得物は大鉈だった。錆びて切れ味はなさそうだが、あんなもので殴られただけでも骨折では済まない。
ホブゴブリンはファイに向かって振り上げた大鉈を思い切り振り下ろす。
ファイはその一撃を紙一重で横に避けると、ホブゴブリンの隣を通り過ぎるように歩き、擦れ違う瞬間に膝裏を蹴った。そして、バランスを崩して膝を付いたホブゴブリンの首に向かってムチのようにしなる渾身の蹴りを振り向き様に入れた。
ホブゴブリンはその一撃で動かなくなった。
「ねぇ、全然強くないんだけど!」
倒れるホブゴブリンを指差してファイが不満気に頬を膨らませた。
「いや、瞬殺かよ。オマエが強すぎんだわ」
その後はホブゴブリンも続々と砦から出てきた。
ここからはホブゴブリンの相手もする必要がある。
ウォリアは過去にもホブゴブリンと戦ったことがあるようで手慣れたものだった。
ファイは言うまでもなくホブゴブリンをぼこぼこにしている。
ジェスはと言うと……。
「えいえい」
彼女はホブゴブリンの足を執拗に狙って攻撃していた。
そしてホブゴブリンが痛みに倒れるとその足を掴む。
「それではサウナにご案内〜」
そう言って倒れているホブゴブリンをサウナ結界に放り込んだ。
うわぁ、エグいことする。
私も落ち着いて対処すればホブゴブリンに遅れを取ることはなかった。
勇者の力は伊達ではない。
ホブゴブリン達との戦闘も特に苦戦することはなかった。
ホブゴブリンの1匹を倒して一息付いたとき、ふと妙なゴブリンが1匹いることに気が付いた。
そいつは普通のゴブリンと大きさは同じで、これと言って目立った身体的特徴もない。
わざわざ目に止める必要もない1匹のはずだった。
ただ、そいつだけ体の周りに紫色のオーラのようなものを纏っているのだ。
妙な胸騒ぎがした。
「ウォリア! 変なゴブリンがいる!」
私はホブゴブリンと武器を交えながらウォリアの位置を確認して彼女に近づく。
彼女もホブゴブリンとやりあっていたが、私に気付きこちらへと近づいてくれる。
「何、どこだ!」
私達は互いに背中を合わせて支えながら会話した。
「そこ! ホブゴブリンの影! 変な紫色のオーラを纏ってる!」
私達は背中を合わせたまま一瞬で互いの位置を入れ替える。
「? いないぞ! ただのホブゴブリンとゴブリンがいるだけだ!」
ちらりと背中越しに背後を見る。
やはりいる。ウォリアには紫色のオーラが見えていないのか?
そのゴブリンは私達の方をちらりと見て、早々と戦線を離れていった。
私達はお互いホブゴブリンを倒すと顔見合わせた。
「おい、何がいたんだ?」
ウォリアには普通のゴブリンにしか見えていない存在。
勇者の私にしか認識できない何かだろうか?
「ごめん、私の気のせいかもしれない。忘れて」
この場では要らぬ混乱を招くだけかもしれないと思い、さっきのことは誤魔化した。
どれくらい時間が経っただろうか。
ゴブリンも、ホブゴブリンも、かなりの数を倒した。
地面に転がる奴らの死体がそれを物語っている。
同時に私達の体力にもそろそろ限界が近づいてきた。
だが、それはゴブリン達も同様だった。
今や動いているゴブリンはほとんどいない。
奴らもそろそろ打ち止めのようだった。
そのとき、森が揺れるかと思うほどの咆哮が上がった。
「何?」
砦から一際大きい何かが現れた。
その大きさはホブゴブリンの比ではなかった。
「手下がほとんどやられて漸くのご登場かよ」
ウォリアが呆れ顔で呟いた。
「あいつがこの群れのボスだよ。グレーターゴブリンだ」
グレーターゴブリンは身長だけで言えばホブゴブリン2体分はありそうだった。
体格は大きな岩のようだ。
腕や足は木くらいの太さがある。
これでゴブリンを名乗るのは詐欺じゃないか?
そして、グレーターゴブリンはめちゃくちゃ怒っていた。
ついに現れた群れのボス。
私達のラストバトルが今始まる……ことはなく。
「よしっ! じゃあ、当初の作戦通りに行くよ!」
私達は一斉に回れ右する。
「退却〜!」
そして走って逃げ出した。
「悪いな。アタシらは急いでんるんだ。オマエと正攻法で戦ってやるつもりはない」
ウォリアがこちらへ向かって走ってくるグレーターゴブリンに対してぼそりと呟くのが聞こえた。
私達はプリスとメイの姿が見える所まで逃げてきた。
背後を振り返るとグレーターゴブリンは砦の広場を走っているところだった。
「プリス、メイ!」
私は2人に合図を送る。
「やっちゃって!」
特に大袈裟なことをするわけではない。
ただ、プリスが結界を解除するだけだ。
それだけのことだが、内部で熱せられた空気は蓋とも言うべき結界が消失したことで猛烈な熱風を伴って周囲に広がった。
それは熱風の爆弾だった。
凄まじい音がして、ややあって、かなりの距離を離れた私達の元までほんのりと熱い風が届く。間近で熱風を浴びたグレーターゴブリンはひとたまりもないだろう。
私達は地面に伏せていた。
「うう、耳が痛い〜」
ファイは耳を押さえている。
「おい! さっきのとは比べ物にならない爆発だったぞ! 砦は大丈夫か?」
この作戦を立てたときの実験では小さなサウナ結界を作っていた。
そのときも結界の解除時に熱風が溢れた。折角だからこれをゴブリンたちへの攻撃に使えないかという話になった。
どうせならばゴブリンの群れのボスに仕掛けようということになり、今に至るわけだが、結界の規模が大きくなるとここまで激しくなるのか。もうほどんど爆発じゃないか。
サウナ結界は最後まで人騒がせな存在だった。
読んでくださりありがとうございました。
面白いと思って頂けましたら評価とブックマークをよろしくお願いします。
この物語におけるゴブリンは強くありません。雑魚です。
作中で散々侮れないと言っていますが、所詮は雑魚なので通常であれば彼女達の敵ではないです。
主人公が抜きゲー展開を恐れて必要以上に慎重になっているだけです。
表現不足で伝わり辛かったらすいません。