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夢魔ルルウォの伝説  作者: 雪ノ下セツノ
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プロローグの終わりと0章の始まり

絶倫暦283年




「でもさー、俺あの時正直、『リスティージュ王国の伝説の魔女――』なんて言われてもぜーんぜんピンと来なかったんだけど」


 頭の後ろで手を組んだ男がそう話しかけた先にいたのは、二人の男と二人の女であった。

 その中の一人、目の大きな女性が、腕に抱いた赤ん坊に向かってベロベロバーと変顔をしながら答える。


「アタシも知らなかったな!だってここ来てから思ったけど、パンメ王国ってすっごい小さかっし全然他の国との交流なかったじゃん。知ってたイーツがおかしいよ!」


 イーツを呼ばれた男はむっつりした顔で「……そんなことない」と答えて顔を背けたが、隣にいた男がにこやかに笑ってその顔を覗き込む。

 

「イーツ兄さんは昔から頭良かったもんね。すごいよ。まだ若いのに情報管理隊の隊長だもんね〜」


 すごいすごいと頻りに頷く幼い顔立ちの男――トルドゥに、イーツはますますむっつりとして口をへのじにひき結んでいるが、横から初めに声を発した男――ソマがイーツの肩を抱き、「おーっと、やっぱ耳赤くなってんな!」と言うと、素早く立ち上がってソマの首を締める。


「ちょっ、やめっ無理むりむり!」


 ソマが必死にイーツの腕を叩くと、イーツがやれやれ、といった風に解放してやる。しかしその直後、ソマがふいーっと息を吐きながら「もう大人なんだからあんまふざけんなよ」と言ったので、イーツがかなりイラッとした表情でまたソマの首を締める。


「ぐ、ぐえええ、ちょっ、ま、ほんとに死ぬううう」


「あはは!ソマってやっぱ馬鹿だよね!」


「ふふふ」


 ジェシーが赤子を揺らしながら笑うと、サンセも控えめに笑った。かつておどおどしていた面影もなく、すっかり落ち着いたお姉さんとなったサンセはかつての仲間を見渡す。

 

 あの後、リスティージュ王国へと移籍することになったサンセたちは、ルルの采配によって職を与えられた。衣食住の保証のある生活。孤児に優しい人たち。街を歩く様々な種族。魔法陣によって信じられないほど発展した暮らし。

 初めの頃こそ不安で共に生活を送っていた五人だったが、新しい環境に慣れるにつれ、仕事も楽しく、徐々に自立していった。それでもたまにこうして集まり、変わったことと変わらないものを確かめている。


「ソマよ、またイーツがイラッとする動作をしたんじゃろ」


 突如入ってきた声に、五人は笑顔を浮かべた。


「そうなんですよルルさんー!『大人なんだから……』とか言っちゃって」


 ジェシーはもうルルのことを呼び捨てにはしない。


「……もっとイラッとする感じだった。ジェシーの物真似、ぬるくなったね」


 イーツがボソッと喋るのは変わらない。でも立場が変わった。


「ジェシー姉さんは旦那さんの目を気にして最近口を大きく開けて笑わないよう気をつけてるくらいだからね〜」


 トルドゥはもう甘えん坊の幼い弟ではないが、ヘニャリとした笑顔は変わらない。


「つーか女王様が仕事ほっぽりだして、こんなとこ遊びにきてんじゃねーよ」


 ソマは、変わらない。

そりゃあ背も伸びて髭もたまに生えてるし、体力が〜なんて言っているのを見るとあの頃とは違うけど。でも変わらない。少し落ち着いたかな、と思えばふざけてみんなにちょっかいかけて、最年長だぞって威張ってみせるあの頃のソマのまま。ままのように、思いたいのかもしれない。

じゃあ、私は?

少しは変わってるのかな。

みんなには変わったねとも言われるし、変わらないよねとも言われる。


サンセは四人を眺めながら、そんなことを考える。


変わるものと変わらないもの。

変わっていくのは悪いことじゃないけど、変わらないものを求めてしまう心がある。これはきっと、失われていくものを寂しいと思ってしまうからだ。


「サンセ、考え事かの?」


 サンセはその声に弾かれるように顔をあげた。

 美しい金髪に太陽の光が反射し、真っ白な肌と真っ青な瞳が活力を漲らせて輝いている。


 あの日サンセを追いかけてきた、美しい少女。

 あの日仲間を救ってくれた、不思議な少女。

 

 ルルは、変わらない。

 その美しい姿も、中身も。悪戯をして回っては笑い、泣いている子供を甘やかし色々なところを飛び回り、甘いものに目がなく四人の夫に変わらぬ愛を注ぐ、民に愛されしこの国の女王。


 サンセはルルを眩しく見つめる。

 ん?と首を傾げるこの『変わらぬもの』に向かって頭を垂れ、幸福をくれた少女に、長い時を生きるこの少女に、どうか変わらないでと願う。


「どうしたのじゃ、サンセ」


 おかしそうに顔を覗き込んでくるルルと目を合わせると、サンセは、もうどもったりしない大人のサンセは、穏やかな表情で言った。


「陛下がこの先もずっと、すべての民にとっての幸福でありますように」







絶倫暦326年



「――こうしてサンセとその仲間たちは、始祖様の元で幸せに暮らしたのでした。おしまい」


 老女はそう言って、閉じていた目を開けた。老女の膝の上で目を輝かせながら物語に聞きいっていたダリンはその終わりを残念そうにしながら、床につかない足をパタパタと動かした。

 老女はダリンの頭を撫でながら、かつてのあの四人の仲間たちやこちらに来てからできた友人らについて思いを馳せる。

ダリンは暫く黙ったまま大人しく頭を撫でられていたが、唐突にピョンっと飛び降りると良いことを思いついた!というように声を張り上げた。


「ねえねえ。私、おばあちゃまのおともだちに会ってみたい!おはなしの中の人に会いたい!」


「まあまあ」


 老女は、いやサンセは、丁度今思い出していたソマたちや仕事先での友人らの顔を頭に浮かべる。


「ダリン、ソマおじさんやジェシーおばさんとはたまに会っているでしょう?」


「おじさんたちはなんかちがーうー」


 普段会える人ではなく、もっとかっこいい物語の主人公。

 そんなものを思い浮かべてうっとりするダリンに、サンセは困った顔をする。


 なんせ、物語の登場人物でダリンと気軽に会わせられるような人はいない。ルルがいれば、フットワークの軽いあの人なら、きっとダリンにもヒョイヒョイと会いに来て笑っただろうに、いなくなってしまった。

 一番居所の分かりやすいアルグノス王は先日誰の手も届かないところへ行ってしまったし、他の三人はルルの失踪以来神出鬼没で見つけることすら叶わない。


他に誰かいたかしら、と悩むサンセにダリンが気付いた。


「おばあちゃま、いいの。私おじさんでガマンする」


 少し申し訳なさそうに言うダリンに、サンセが少し笑う。


「そう、おじさんで我慢してくれるの」


「うん。でもね、そのかわりお話がききたいの」


「いいわよ、お話ならいくらでもしてあげるわ」


 微笑むサンセに、ダリンは明るい笑顔を顔いっぱいに広げ、その膝に飛びつく。


「ありがとう!あのね、あのね、しそさまの恋のお話がききたいの」


 サンセはそれを聞いて誰の話をしようかと迷った。

龍退治はまだ少し早いかしら。怪盗ウォール伝説はこの子も聞き飽きてるでしょうし、なんならソマのあれを話すのもいいかもしれない、なんて思いながらダリンを向かいの椅子に座らせてやる。


「そうね、じゃあ、始祖様の初恋の話はどうかしら」


「だいすき!」


「ふふ、良かったわ。

 これは、後に濃い多き魔女と呼ばれることになるルルウォ・リスティージュ様の、初めての恋のお話――」


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