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夢魔ルルウォの伝説  作者: 雪ノ下セツノ
7/19

サイドB

数分前。

 ルルがサンセと共に狭い通路を進んでいた頃。

 まだ無事だった扉の前で、兵士が高らかに声を発する。


「リスティージュ王国女王陛下ならびに王配殿下のご入場!」


 パンパカパーンと楽器が吹き鳴らされ、巨大な扉が重々しく開かれていく。

 その様子を特に緊張した様子もなく見つめ並ぶ男が四人。


「なーなー。ジョーオーヘーカいねーけど大丈夫なやつ?」


 そう口を開いたのは硬そうな赤髪をハーフアップにした男。筋骨隆々として目つきが悪く、人に威圧感を与える風貌であるが、反してその口調はチャラい。


「大丈夫なわけないだろう。だから我は言ったのだ、あんなギリギリに行かせるなと」


 不機嫌そうな声で答えたのはグレーの髪を片耳にかけ、きっちりとセットした身なりの綺麗な男。アイスブルーの瞳は冷え冷えとし、整った顔は眉間に寄せられたシワで台無しになっている。


「まあまあ。パーティーに出されるという菓子を楽しみにしていましたからきっと来ますよ」


 バチバチと火花を散らしそうな男たちに柔らかな声をかけたのは背の高い男。濃紺の髪は腰まで三つ編みに編み込まれているが、所々ピョンピョンと跳ねてだらしない印象を受ける。ニコニコと細められた目の奥はハッとするほど赤い。


 四人目の男は口を開かなかった。黒い蓬髪の隙間から長く尖った耳と森の奥深くを思わせるような濃い緑色の瞳が覗いているが、特に何を見ているわけでもない。ボーッとした目を虚空に向け、時折何かを追うように視線をスッとどこかへ動かす。


「なー、なんかすげー注目されるやつじゃねえこれ?」


 赤髪の男がソワソワと言うと、グレーの髪の男の眉間がさらに寄せられる。


「当たり前だ。今日のパーティーの主賓なんだぞ」


「ですが、やはり『王配殿下』と単体で言っていましたね……」


 はは、と困ったように笑う三つ編みの男に向かって、グレーの髪の男が大きくため息をついてから頷いた。


「ああ。ますますあいつがいないのが不味そうな雰囲気だ。しかし、来ないのだからしばらくは穏便にやり過ごすしかないだろうな」


「オンビンにってどーゆーことだ?」


「お前は喋るなということだ」


「はあ?何意味わかんねー事言ってんだよ!」


「お前が話すと絶対に余計なことを言うからその口を開くんじゃない。分かったな?」


「ずっと黙ってるとか、イカレヤローみたいになっちまうだろうが!」


「おやおや、ユースさん、アルさん。なんだか注目を集めていますよ」


 背の高い男が言うと。

 いつの間にか開け放たれた扉の向こうで、正装に身を包んだ男女と少々多すぎるくらいの警備兵たちが四人を注意深く見守っていた。

 すると、その視線を受けたグレーの髪の男がツカツカと歩みを進める。立派な飾りの施された天井の高いホールには、大小の机と飲み物や食べ物が並び、色とりどりのドレスを身に纏った婦人にその手を握る紳士、鋭い目をした大勢の警備兵がそこここに立っている。

 皆一様に、入場してきた四人の男たちの姿から目を離さずヒソヒソと小声で囁き合っていた。


 そんな様子を気にも介さず部屋をまっすぐ横断して一番奥までたどり着いたグレーの髪の男は、立派な玉座に座った男の前で美しい笑みを浮かべた。


「本日はお招き頂きありがとう。なんでも我らの結婚祝いとか。存分に楽しませてもらう」


 グレーの髪の男は、それだけ言って立ち去ろうとした。

 すると。玉座に座った男がしわがれた声を出して呼び止める。


「待たれよ、アルグノス王」


 アルグノス王と呼び掛けられたグレーの髪の男はゆっくりと振り返り、仮面のような笑みを浮かべたまま「なんでしょう、ダーマ二世」と答える。

 ダーマ二世というらしい玉座に座った男は、脂肪のたっぷりついた顎を撫でながら「なんでしょうとは白々しいのではないかのう」といやらしい笑みを浮かべた。


「わしは『結婚祝い』で『ご夫婦』をお呼びしたはずじゃが?」


「ああ……我らが妻がこの場にいないことを言っておいでか?」


 痛いところを突かれたというような素振りは微塵も見せず、『アルグノス王』は泰然と答える。

 後ろをチラリと見やり、ついてきていた三人の男らを指し示して続けた。


「我らが妻は少々体調が優れぬようで、回復したらこちらに来ると。夫婦での挨拶がしたかったが、このように夫は四人全員来ているため、それで挨拶とかえせて頂こーー」


「待て待て、『アルグノス王』」


 ダーマ二世はニヤニヤと笑いながら含みを持たせるような呼びかけをする。

ピクリとも表情を動かさず笑顔を貼り付けてたままのアルグノスの後ろで、背の高い三つ編みの男が首を傾げた。

無理もない。それだけダーマ二世の態度は不可解だった。


ここパンメ王国は、辺境も辺境、ど田舎もど田舎、世界にほとんど知られていない小さな小さな国である。特産品はめりんげ。砂糖と卵を混ぜて作られる菓子だが、かと言って砂糖が豊富に取れるわけでもなく、輸出するほどの量を生産しているわけでもなく、国内での嗜好品としての立ち位置を確立している。要するに、外に知られるほどのものでもない。

 歴史は80年ほど。初代パンメ王が数人の仲間とともに開拓し、広げていった小さな王国。規模こそ当初からは考えられないほど発展したが、いまだに近隣諸国との国交はそう多くなく、他国からは新興国扱いされている若造の国。

ダーマ二世はその4代目であり、今回のパーティーは勢力拡大を目指す彼によって開かれた、数カ国間の友好を謳うものだった。招かれているのはほとんどが建国50年前後の新興国。その中でずば抜けているのが歴史200年を誇る美しき国、リスティージュ王国。200年前に建国した女王が現在でも統治を続けている伝説の国。その女王陛下がつい2年前、アルグーン王国の王子と婚儀を結んだ。

世界中が知ることとなったその知らせも、辺境も辺境の閉ざされた国、ここパンメ王国には遅れて届く。そんなわけで国力拡大を狙うダーマ二世は、その祝いをしたいと必死にリスティージュ王国にアピールし、2年もたった今頃ようやく実現した。

そういう話だった。


そしてその伝説の女王と結婚したアルグーン王国こそ、今ダーマ二世と向かい合う、グレーの髪をきっちりとセットした美貌の青年。婚約と同時に即位したアルグノス王その人なのである。

だからこそ。主賓として招いたはずの相手に対して不可解な態度を取るダーマ二世に、背の高い男は首を傾げたのだった。

そもそも、国外の賓客に対しては敬語を使うのが一般的。それは国力の差にかかわらず、強き国も弱き国も平等に求められる最低限の礼儀だ。それを、明らかに国力が上のアルグノス王に対して随分横柄な口調で話している。

場合によっては戦争でさえ起こりかねない無礼な態度に、眉をしかめる者もちらほらいる。


しかしアルグノス王。さすが若くして玉座についた王だけあるのか、先ほどまで深く刻まれていた眉間のシワは何処かへ消え、完璧な笑顔を保ち続けている。不快げな表情など一切覗かせず、ダーマ二世の出方を伺う。


ダーマ二世はたるんだ顔を意地悪げな笑みで歪め、アルグノスの指し示した三人をチラと見ると言った。


「その者たちの紹介は要らぬ。吸血鬼やらエルフやら……人間ではないのだろう?そなたの国の女王は随分雑食なようだ。数多いる妾の名前を覚えるほど暇ではない」


 その言葉を聞いた会場の者たちは一気にざわついた。

 ある者は怯えた表情を浮かべ、ある者は鼻息荒く憤慨し、ある者は哀れむような目を向ける。

 どの者も知っていた。


 リスティージュ王国の女王陛下が四人いる夫君の誰も軽んじていないこと。

 夫君の一人一人が、『人間ではない』などと簡単に括ることのできない非凡な者たちであること。

 最近やっと普及が進んできた『魔法陣』の製造はリスティージュ王国にしかできず、少しでも先見性のある国王なら、かの国の機嫌を損ねるようなことはしないということ。


 女王を侮った者は決して見逃されず許されず。『毒狂い』によって葬り去られるという噂。


 そのどれもを会場に集まった各国の代表の誰もが知っていた。他国との交流に乏しいここパンメ王国の者たち以外は。


 正装に身を包んだ者たちは巻き込まれるのを恐れ、ダーマ二世との繋がりを断とうとするかのように徐々に壁際に下がり、人波が引いていく。しかしその空いた空間を埋めるよう、進み出てくる者たちもいた。揃いの上着を羽織った兵士たち。決して統制された風でなく、荒くれ者のような雰囲気を纏った男たちがニヤニヤと揺れながらアルグノスらの周囲に屯う。


 ダーマ二世も知性のかけらもない顔で笑い、丸々太った指を窮屈そうに組み合わせて言った。


「何……余興だ、アルグノス王。そなたも妻の周りに男娼が侍っているのでは気分が悪かろう?見目の良い人外ばかり集めて……そなたも同類と思われてしまう。だからな、ワシの精鋭たちが、『選別』してやろうではないか」


 『精鋭』という言葉にドッと笑った周囲の兵士たちがさらに包囲網を縮めていく。


「おい何言ってんだオッサン……人外っておれらのことかよ?」

 

 赤髪の男が首をボキッボキッと鳴らして大きく踏み出そうとし、背の高い男に「ハウス!ルルさんの許可なしに人を攻撃してはいけないと言われているでしょう!ハウスです!」と言われている。

 アルグノスは相変わらず笑顔の仮面を外さない。

 黒髪の男は表情のない顔をジッとダーマ二世に向けている。


「ああ、そなたらのことだ。不気味な化け物ども」


 赤髪の男に向かって言い放ったダーマ二世が手を挙げると、兵士たちが一斉に剣を抜き取り獰猛な笑みを浮かべて襲いかかる。なす術なく立ちすくむ男たちを愉悦の表情で眺めるダーマ二世は、そうそう、と付け足した。


「そなたらの代わりはワシが用意しておいたから安心せい。それに万が一そなたらが生き残れば……用意した中から好きなのをやろう。200を超えた年増などとは違う、若々しい女がーー」


 ダーマ二世の言葉が消えた。驚き固まる王の目の前には、口元を吊り上げた男の顔があった。顔いっぱいに笑顔を浮かべているのに笑顔に見えない、うっとりとしてどこか危なげな、見たものの背筋が震えるような恐ろしい笑みだった。細められた目には狂気が見え隠れし、何か恐ろしいことを予感させる。

 そんな表情を浮かべているのは、今までずっと無表情だった黒髪の男だった。

 玉座の肘掛の上にしゃがみ込み、ダーマ二世の顔を笑顔で覗き込んでいる。震えるダーマ二世が見つめる前で、ゆっくりと三日月型に裂けた口が開いた。


「丁度よかったなぁ。試したい毒があったんだよね〜。実験台に、なって、くれるよね?」


 男が実に楽しげに言ってマントの内側に腕を入れた瞬間。後ろから兵士が切りかかった。


「わぁ。後ろからって卑怯なんじゃないの〜?」


 振り返ることなく飛び退いた男は、身軽に着地してトントンっと下がる。そこに別の兵士が斬りかかるが、それもヒョイっと避けるとそのまま懐に入り首にサクッと何かを突き刺す。

 そのまま群がってくる兵たちの間を素早く縫うようにして、次々と針のようなものを刺していく男。兵たちは数秒もせずフラリと倒れ、仲間の上に折り重なっていく。

 男は兵士の間を驚くような身のこなしで飛び回り、恍惚とした表情で針を十本の指に広げ、それを投げ、首に刺し、手首に刺し、肩に乗り、頭を踏み台にし、誰もそれを止めることはできない。


「イカレヤローのスイッチ、わかりやすかったな!」


「はは、そうですね」


「なーなー、おれもこいつら殺していい?」


「殺すと、悲しむ人が出るかもしれないからダメですよ」


 赤髪の男と背の高い三つ編みの男は、自身達に向かってくる兵士たちを労せずいなしながら、なんでもないことかのように会話をしている。

 赤髪の男は兵士達を殴って殴って殴りまくり、ひょろ長い優男風の男は何やら手に持っている道具を兵に向けるだけで弾き飛ばしている。

アルグノスはすっかり不機嫌そうな顔に戻り、憮然として剣を振るっている。

その時。


「なーに逃げようとしてるのっ!」


 それはさして大きい声ではなかったが、歌うような明るさに心臓を直接なぞるかのような恐ろしさを乗せて聞き手の心に流し込んでくるその不思議な声は、誰の耳にも届いた。

 その声の先を見ると、ダーマ二世が奥の扉からコソコソと逃げ出そうとしているのをトントンっと軽い足取りで追いかける黒髪の男の姿。

 ダーマ二世はギクリとして一瞬足を止め、それからすぐ目の前のドアに飛びつく。重い扉を開けようと必死になる王の真後ろにトンっと立った男は、なんとも恐ろしい笑顔を浮かべてゆっくりとその首筋に針を近づけーーハッと扉を見ると、直後横に飛び退った。


 王が全体重をかけてその扉に糸のように細く隙間が開いた瞬間。

 勢いよく吹き込んだ風がまっすぐ突き進み、その勢いを失わぬまま扉の前にいたダーマ二世を遥か後方まで吹き飛ばした。ドスン、と重量のある衝突音が聞こえ、ズシャァ……と何かが滑り落ちるような音が追いかける。

 煙がモウモウと立ち上り、パラパラと壁の表面が崩れ落ちるのだけが見えた。


「おやおや」

 

 愉快げな声が聞こえ、広間中の者が振り返ると。

 風によって全開になった扉から美しい少女がひょっこりと顔を出し、かすかに流れる風の残りに金髪をなびかせていたのだった。





「なんじゃ主ら……気に入らぬことがあったら口で言えと散々言ったじゃろうに」


 呆れたように声を発した少女にいの一番に反応したのは、先ほど風が来るのが分かったかのように扉の横へと跳んでいた黒髪の男だった。


「る〜る!」


 その名を嬉しそうに呼ぶと、ルルに飛びついて頬擦りをする。その顔に浮かんでいるのはもはや恐ろしい笑顔でなく、ただ愛しい人に向けるものだった。そのままルルの頬に手を添え、チューっと口づける。


「なっ!?」


 驚きの声を上げたのはソマだった。イーツが何かを察したようにソマの肩をポンと叩くと、ソマは声を上げたのを恥じるように目元を赤く染め、肩を揺すって目を逸らした。

 

 ルルは特に動じず口付けを受け入れ、やがてその唇が離れると、その目を見つめて「久々のオンじゃのう、ノヴィ」と面白そうに笑う。


「おい、言っておくが俺は穏便に済ませようとしたからな」


 そう言いながらルルに近づいてきたのは、グレーの髪の男。不機嫌そうにシワを寄せ、一緒にするなよ、と念を押す。

 その横を抜けてダダッと走り寄ったのは赤髪の男。勢いよくルルを抱きしめると、その髪に手を埋めるようにしてルルの顔を上げさせ、キスをしようとするーーが、黒髪の男にグググと頭を押さえられてそれ以上進まない。


「おい、イカレヤロー。自分だけずるくねぇ?」


「今は僕と愛を確かめ合ってるんだから、邪魔しないでよね……殺しちゃうよ?」


「そんな細い針ささんねーからやってみろよ!」


 ルルを離した二人は剣呑な空気でジリジリと間合いを取る。

 そこに最後に近づいてきた三つ編みの男が、その長い首を折るようにしてルルと軽くキスした。


「ルルさん、なんだか随分魔力を吸ってきたようですね」


「ああ、そうじゃ。少々友人を助けるためにのう」


 そう言って振り返ると、目を白黒させている五人を指し示した。


「これが昨日言っておった妾の新たな友人の、サンセ、ソマ、イーツ、ジェシー、トルドゥじゃ」


 ソマたちはなんだかよくわからないままペコリと頭を下げる。すると今度はソマたちに向かってルルが言った。


「主らにも紹介しよう」


 自身の横に立つ背の高い男と少し離れたところで争っている二人、不機嫌そうに腕を組んでいるグレーの髪の男を指していった。


「妾の夫である、ヒョスロヌート、ノーヴィス、ユースリーン、アルグノスじゃ」


「……アルグノスって、リスティージュ王国の始祖と結婚したっていうあの……」


 まさか、と言うように呟いたイーツに向かってルルが大きな笑みを浮かべて頷く。


「イーツはものをよく知っておるの。そうじゃ、そのアルグノスじゃ」


「ど、ど、どう言うこと?」


「……つまり……」


 戸惑うように微かに体を震わせるサンセに、イーツが答えた。


「……ルルは、リスティージュ王国の伝説の魔女、ルルウォ・リスティージュだったってことだ」


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