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夢魔ルルウォの伝説  作者: 雪ノ下セツノ
6/19

トントン拍子

「ね、ねえ……ほ、ほ、ほ……」


 サンセは足をガクガク震わせ、言葉にならない声を発した。もうこれ以上進みたくないというように腰は引けているのに、ルルと繋がれた手によってズルズルと引っ張られていく。


「わ、わた、私、む、む、む」


 サンセは助けを求めた。確かに助けの手は差し伸べられた。

 しかし、ルルに求めたのはこういうことではなかった。

 サンセは想像さえしたことのなかった立派な王宮内の通路を奥へ奥へと進みながら、必死にルルを止めようとして手を引っ張る。


「どうしたのじゃ」


「こ、こ、こ、こんな、あぶ、危ないよ……!」


 サンセは必死に言葉を紡ぐ。なんとかしてこんな場所から出なければ、いつ殺されるかわからない。


「も、戻ろう……!」


 ルルはキョトンとして、サンセを不思議そうに眺める。


「何故じゃ。ソマたちはここに連れて行かれたのだと思うと、主が言ったのじゃろう?」


 そうだった。サンセはあの兵たちが王に仕える近衛兵だと知っていた。会話の内容から言っても、ソマたちが王の命令によって連れて行かれたのは間違いがなかった。

 ゆえにサンセは言ったのだ。王宮の前まで来て、『ここ』にソマたちは囚われていると。


「そ、そうだけど!そうじゃ、なくて……だ、誰かに、あの、あ、あなた、お嬢様なんでしょ?家の人とかに、た、助けて……」


 そうだ。サンセはルルの美しい身なりから、それなりに立派な家のお嬢様だと思ったから、その権力を頼ったのだ。もしかすると、もちろん王にもの言うことなどできないだろうが、兵を買収してこっそりソマたちを逃すくらいしてくれるかもしれない。そう思ったのだ。

 まさかルルが、「なるほどここに!随分広いから探すのに苦労しそうじゃ」と言いながらズカズカと侵入するとは思わなかった。


「私たちじゃ、だ、ダメだよ……み、見つかる前に……」


 サンセが言った瞬間、通路の先からひょっこり男が現れた。揃いの上着を羽織った二人組は、見廻り中だったのか手に持っていた明かりを掲げ、狭い通路の先にいる見慣れない少女二人にサッと警戒の目を向ける。


「なんだお前ら……あの部屋から逃げ出したのか?他のやつらはどこだ?」


 二人の兵は一歩一歩近づいてくる。


「もうじきパーティーが始まっちまうから大人しく捕まってくれ、よ、なっ!」


 サンセがルルの手を思いきり引き後ろに走り出すと、男たちもつられて走り出した。

 彼我の距離は2、30メートル。大人の男と手を繋いだまま走る少女。一瞬で追いつかれるのは道理だった。

 まず、サンセに手を引かれるまま後ろを走っていたルルの肩に男の手がかかる。グイッと引かれたルルはバランスを崩し、男の腕の中に倒れ、その勢いで被っていたフードがはらりとはずれた。

抱きとめる形になった兵士は、その美しさに息を飲む。艶やかな金髪が流れ、青い瞳は吸い込まれそうなほど深く澄み、ふっくらした唇が何かを欲するように軽く開く。思わず見惚れる兵士の顔にルルが手を伸ばす。


「な、何……」


 もう一人の兵士に捕まったサンセが声を漏らした瞬間。

 ふらり。

 ルルを抱きとめていた兵士は膝から崩れ落ちた。


「な、何しやがった……」


 サンセを羽交い締めにしている兵士が、警戒の色を滲ませて後ずさる。サンセも、味方であるはずのルルが何をしたのか分からず、若干怯えた表情を浮かべた。

 ジリジリと下がる兵士とその腕の中のサンセに向かって、ルルがゆっくりと歩を進める。


「なんじゃ、主ら。そんな顔して逃げるでない。ほれほれ、妾を捕まえるのではないのかの?」


 愉快そうな笑顔で近づくルルに、兵士は片手で腰の剣を抜いてその切っ先を向ける。


「お前……捕まえたガキじゃねえな?」


「妾は捕まってないが、妾の愉快な友人らが捕まっているのじゃ」


「あいつに何した?それ以上近づ、く、な……」


 剣が手から滑り落ち、ガランと音を立てて転がった。サンセは自身の首に回された手から力が抜けたのを感じ、背後の男をドンっと突き飛ばす。男はその勢いでフラフラと後ろに下がると、バタンと倒れてしまった。

 

「ほれサンセ、早く行かんとソマたちを救えんぞ!」


 ルルが力のある笑顔を浮かべ、サンセに手を伸ばす。

 サンセはその手を握ったが最後、もう引き返すことはできないのだと分かった。

 

 本当なら、誰か他の人に助けてほしい。自分では助けるなんてできない。


 そう思うのに、ルルの笑顔を見ていると何もかも大丈夫な気がする。ルルの力が何かは分からない。だが頼れることだけは分かる。きっと彼女一人でも、ソマたちを助けることができるのではないか。そんな安心感が生まれる。


 サンセは恐る恐る手を伸ばし、ルルの手を握ってぎこちない笑顔を浮かべたーー数分後。


「む、む、む……無理だって、い、言ってるのにぃー!」


 サンセの珍しい大声が、王宮内に響き渡ることになるのだった。







 



 通路を奥へ進むごとに増えていく警備兵。ルルは気にもかけずどんどん進み、バタバタと男たちが倒れていく。倒れた男たちは苦悶の表情を浮かべるどころか皆一様に幸せそうな顔をして、床に転がったままビクビクと痙攣している。ルルたちが通った後は死屍累々たる有様だった。

 先へズンズン進んでいくルルに手を引かれ、サンセは恐々と男たちを跨ぎながら汗を垂らしてついていく。


「あ、あの……ど、どこに……」


「ああ、それじゃがな。兵士の言葉を聞いて思い出した。今日は王主催のパーティーがあるらしくての、そこで王にソマ達を返せと言えば良いのじゃ。妾もすっかり忘れておって、そうじゃ、菓子もそこで食べれる……」


 サンセは目を白黒させた。あまりに突飛な考えで一瞬理解が追いつかない。王に?言う?返せ?どうしてそうなるのだ。どうやっているかは分からないがとにかく兵士を倒す手段は持っているのに、それでなぜわざわざ王の前に出ていかなければならない。こっそり城内を探せばうまく解決できるかもしれないのに。自ら出て行って逃げられないところに我が身を置こうとするこの少女の思考回路がサンセには全く分からなかった。


「あ、あの、王、さま、に言わなくても……」


 サンセが別の方法を提案しようとしたその時。

 いつの間にか通路が途切れ、サンセとルルは広くひらけた空間に飛び出していた。

 奥には大きな扉。

 それに、扉の前に大勢ひしめく剣を携えた兵士たち。


「あ……」


 サンセが思わずルルの手をギュッと握る。元きた道に急いで戻り隠れようとして振り返ると。そこにもこちらに向かってくる数人の兵士たち。


「ど、ど、どうしーー」

 

 焦ったサンセが逃げ道はないかと見回した視線の先。固まる。

 そこには、縄で縛られて兵士達に歩かされているソマとイーツとジェシーとトルドゥの姿があった。

 同時にルルもそれに気付き、サンセに向かって力強く頷く。


「王に頼まなくても良さそうじゃ」


 そう言ってルルはサンセの手を引いて開けた空間の中央に歩を進めた。

 突然現れた少女二人に兵士たちは警戒の色を露わにし、腰の剣に手を伸ばしてジロジロと様子を伺う。後ろの通路から続いた兵士達はそのまま二人の逃げ場を塞ぐように陣取る。サンセは前も後ろも敵だらけの状況に泣きそうになりながら、しかしソマ達から目を離さない。


 ソマ達はピリピリとした空気に俯けていた顔を上げ、キョロキョロと見渡して兵士に囲まれたルルとサンセを見つけた。


 ソマとジェシーは驚愕の表情を浮かべ、一瞬期待するように浮かんだ目の中の希望はその状況を見てとると絶望に変わる。

 トルドゥは嬉しそうに二人の名前を呼ぼうとして縛られた口をモゴモゴと動かし、イーツはむっつりとした顔で何かを考えるようにしている。


 ルルが兵たちの作った輪の中心で止まった。サンセは、ルルがまた兵士を気絶させるのを待つようにルルを見つめる。すると、ルルがサンセの視線に気付き、その耳に口を寄せて囁いた。


「のう、サンセよ。実は妾のあれは、狭い空間で近くにいる相手でないとよく効かない」


「え……?」


「このように開けた場所で、遠くまで兵士が広がっている状態だと難しいのじゃ」


「そ、そ、それって……!」


 サンセがみるみる顔の色をなくしていく。それじゃ、なぜこんな真ん中へ進んだりしたのだ。何かを言いたいのに声が出てこない。そんな様子でパクパクと口を動かすサンセを見たルルは、悪戯っぽくウインクした。


「じゃから、少々乱暴に行く。主も助けてくれるかの?」


 そう言い、サンセの返事を待たずにルルは手をマントの内側に入れる。取り出したのは金属でできた薄い板。その端を持って手首を小さく振ると、シャランと音を立てて扇型に開く。腕を伸ばしてそれを上に掲げ、頭の上で空気を混ぜるようにゆっくりと回し始める。小さな風が生まれ、その風がルルの手の動きに合わせてゆっくりと動きどんどん大きく広がっていく。


 ルルはサンセに小声で、「あやつらに息を止めるよう伝えい」と指示した。サンセはどうやって、と聞きかけたが、その前にルルはサンセの手を離す。助けるんじゃろう、とでも言うかのように片眉を上げ、それから軽く笑った。ルルはサンセから顔を逸らすと、その扇の動きをさらに強める。


 サンセは勢いよく吹き出した風に背中を押されるように、必死に頭を動かす。声を発したら兵士たちに気付かれてしまう。ソマたちにだけ、仲間だけを助けるように。

 どうしよう、と狼狽しながら目を上げる。ソマたちに、ソマたちを助けるにはーー。


 目が合った。力強くサンセを見つめる、四組の目と。突然吹き出した風に戸惑い困惑する兵士たちの中で、全く動じずにただひたすらサンセらを見つめる真っ直ぐな目と。


 サンセは、グッと目に力を込めて四人を見返した。瞬きをやめ、風に乾くのにも負けず、目を逸さぬまま自分の鼻と口を塞いだ。両手で、強く。


ルルは手の動きをどんどん強めていく。風もどんどん広がり、唸るような音を発する。風が部屋中に広がり、一番遠くの兵士の上着がバタバタとはためいた瞬間。

 

 ブワッと何かが広がった。目に見えない何かが風に乗って瞬時に空間へと広がり、兵士たちの鼻先をかすめる。数瞬後。バタバタと兵士が倒れていった。膝から力が抜けて崩れ落ち、手からは剣がこぼれ落ちる。

 全ての兵士が倒れた後、吹き荒ぶ風の中に立っていたのはルルとサンセ。

それに、きちんと口と鼻を塞いで風に耐えている、ソマたち四人だった。


 サンセの顔が喜びで輝く。ソマたちは何が起こったのか分からず混乱していたが、とにかくルルとサンセによって助けられたことだけは理解していた。

 サンセとソマたちは、風の中を駆け寄ろうとする。

 ルルはそれを見ると、大きく円を描くように回していた扇の動きを徐々に小さくし、風をまとめていく。風は、ルルの頭上に集まり、しかし消えることなくその勢いを増していく。

 

 ソマが駆け寄りながら声をあげた。


「お、おいルル!その風……」


 ルルはニコと笑うと金色の扇をパタンと閉じ、そのまま巨大な扉に向かってビュンッと振り下ろした。


「起こした風はどこかにやるまで消えんのじゃ」


 ドゴオォッと扉を勢いよく押し開いた風は、そのまま真っ直ぐと進んでいった。

一瞬の間があり、ドスンっと何かに当たった音がする。


「うむ、扉を開けるものがいなくなってしまったゆえ、一石二鳥じゃったな」


 ソマたち4人はポカンとしてお互いの顔を見合わせると、少し表情を探り合う。トルドゥだけが開いた扉とルルを交互に見やり、「ルルねぇ、すごいね〜。ドア触らないで開けられるんだね〜」とニコニコ笑うと、ジェシーがブッと吹き出す。


「あははははは!そうだね、触らないで開けられるんだ!」


 つられてサンセも笑顔をこぼし、イーツもフッと頬を緩め、ソマは拍子抜けた。

 ルルはサンセに向かって、「助けられたのう」と笑うと、そのまま開いた扉に向かっていく。


「あ、おい!どこ行くんだよ?」


 ソマが声を上げ、五人は慌ててその背中を追う。

 すると、開いた扉の中には煌びやかなパーティー会場が広がり、それを台無しにするかのように広間の中心を横切る何かが通った跡とその先の壁の巨大な穴。どう見ても、ルルが吹き飛ばした風だった。


 ソマたちは一瞬言葉を失う。それは、広間に残る風の痕跡のせいだけではなく。

 広間中に兵士たちが力なく横たわっていたから。


「まさか、ルルの風がーー」


「おやおや」


 ソマが思わず、といった調子で言いかけた言葉にルルの声が被った。

 ルルは広間に散らばる兵士たちを見て、ついでその中に立っている四人の男たちを見て。


「なんじゃ主ら……気に入らぬことがあったら口で言えと散々言ったじゃろうに」


 と、呆れた声を出したのだった。


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