フードの男たち
絶倫暦268年
「全く……。なんでこんなフード被って歩かなきゃいけないんだ。大体、こんな全員フードでゾロゾロ歩いてたら逆に怪しいんじゃないのか?」
人が多く行き交う街中。フード付きのマントを纏った五人組が人混みの中を歩いていた。その中の一人が軽くフードを上げて文句を言うと、その隣にいたフードの、男か女かも分からない人物が文句を言った男のフードをグイッと引き下げた。
「ぐ……何するんだ」
「アルには困ったものじゃ。そなたのグレーの髪はこの国では目立つゆえ、隠さねばならぬと言ったであろ?」
フードの中から響いたのは、古風な話し方に似合わぬ若く透き通った声。やれやれ、と首を振るフードの下から柔らかな金髪が飛び出している。
そのさらに隣のフードから「なあなあ」と声がかかった。
「おれとオージは髪が派手だからだろ?先生とイカレヤローはなんで?」
「おい、『王子』じゃないと言ってるだろう」
先ほど文句を言っていた男は不機嫌そうに答える。その横から苦笑が聞こえた。背の高いフードから発された柔らかな声が男の疑問に答える。
「私は吸血鬼だからですよ。日にあたっては大変ですから、昼はいつもこれをかぶっています。ユースさんに教えていなかったんでしょうか……はは、どうもすみませんでした」
「あ?ああ、そっか。確かにいっつも同じやつ着てんな!」
言われてねー言われてねーと頷く『ユース』と呼ばれた男に、『王子』が呆れた声を出す。
「お前な……本当に馬鹿だな。ヒョスロヌートと200年以上一緒にいるんだろう?知らなかったはずがない。絶対にお前が今忘れてただけだ」
「ああ?馬鹿って言うな!お前こそ、なんでイカレヤローもフード被ってんのか知ってんのかよ!こいつは髪黒だろーが」
『ユース』が隣にいた細身のフードの肩をグイッと抱き寄せて指差すと、『王子』は当たり前だ、と頷いた。
「大体、人の名前をおかしな風に呼ぶなと言ってるだろう。そいつにはノーヴィスという名がある。ノーヴィスはエルフで、この国は人間贔屓で有名だからな。今日呼ばれたのだって『我の』結婚祝いだったことからも、街中であまり姿を見せない方が良いだろうという配慮だ」
「え、おれら嫌われてんの?行って大丈夫?つーか人間ってお前だけじゃん。ずるくねぇ?おれらの方が先に結婚したのに。なあイカレヤロー」
『ユース』が同意を求めるように『イカレヤロー』と呼んだ相手の肩を揺さぶるが、特に反応は帰ってこなかった。
「ちぇー、オフモードか」
『ユース』がつまらなそうに肩に回していた腕を外すと、『イカレヤロー』はフラッとその隣を離れて五人の真ん中にいた人物のそばにすり寄る。
「なんじゃノーヴィス。やはり明日のパーティーが嫌になったかの?」
からかうような声に、『イカレヤロー』は黙ったままフル……と一回首を振った。
「そうかの。まあ、結婚祝いと言うからには全員で行ってやれば良いのじゃ。プレゼントと甘いものを用意してくれていーー」
ケラケラと明るく笑う声が途中で止まった。人混みの中を走ってきた少女がドンっという衝突音と共にぶつかってきたからだ。
フードの人物は、ぶつかってきた自分より少し背が低い少女を見下ろした。少女は焦っているように見えた。チラチラと後ろを気にし、手に持っていた包みをグイッと押し付けると、フードの人物は思わずそれを受け取る。これは、と尋ねようとするフードの人物から逃げるように、少女は一目散に走り去ってしまった。
「なんじゃ?何かくれたが、これは……」
フードの人物は不思議そうに首を傾げると、背の高い男がポンっと手を合わせた。
「もしかして、あれではありませんか?『オニゴッコ』!ほら、今ルルさんが『たっち』されたので、ルルさんが『おに』になったのでは」
説明しながら、「懐かしいですね。確かまだ村にいた頃旅人から聞いたんです」とうんうん頷いている男に、『ルル』と呼ばれたフードの人物は手の中の包みを掲げてみせた。
「妾も『オニゴッコ』は覚えておる。楽しかったからのう。しかし、その時には何かを渡すと言うルールはなかったはずじゃが……」
そう言われ、背の高い男も首を傾げる。
「そうですねぇ……ですが、旅人の話では本当に色々なルールがあるようでしたし、何か、『ばとん』?と言うものを次から次へと手渡していく遊びもあったような……それではありませんか?」
「なるほど!では妾は、これを次の誰かに渡せば良いのじゃな!」
明るく言った『ルル』は、「遊んでいるのは誰じゃ……あの少女を追いかければわかるかの」と呟くと口元をニッと吊り上げ振り返る。遠くにチラチラと見え隠れする背中があった。
「お主ら、妾は少し遊んでくるゆえ、先に行っておれ!」
『ルル』は楽しそうに宣言し、他の者たちの返事も待たずにパーッと駆けて行ってしまった。残されたフードの男たちは首を後ろに回してその去りゆく背中を暫く見つめ、諦めたように戻すとまた通りを進み始めた。
「全く。ヒョスロヌートは余計なことを言うんじゃない。どう見たってあれは遊びという雰囲気ではなかったぞ」
「おや、そうでしたか?しかし、ルルさんが楽しそうでしたから良いのでは……っと!」
背の高い男が石に躓いて転びかけ、それを『王子』が呆れたように支える。
「全く。そんな調子でよく初めの数年間、二人だけで生きてこれたな。しかも、その後加わったのがユースだなんて……地獄だな」
「あ?なんでおれが地獄なんだよ!おれはイカレヤローよりまともだろ!」
「ノーヴィスは普段は大人しいんだから良いんだ。スイッチを押さないよう気をつけていれば大丈夫だろう」
「言っとくけどこいつのスイッチいつ入るか全然わかんねーからな」
ツンツンと『イカレヤロー』をつつく『ユース』に、『ヒョスロヌート』が興味深そうな声を挟む。
「実は、いつスイッチが入るのかも少し研究してみたいと思っていたんですよね。ノーヴィスさんはオンモードでは魔力が一気に増大しますから。今までは増大した魔力と通常時の魔力の質の違いを主に研究していましたが、そのスイッチの切り替えを知ることで魔力のーー」
「だーっ!先生は魔力魔力っていっつもそれだな。吸血鬼なら血だろ!だっからわかんなくなるんだって!」
「お前がそれを忘れていたのはそれだけが原因じゃない。お前の知能の問題だ」
「ああ?オージさまは黙ってろって」
「だから人をおかしなあだ名で呼ぶのはやめろ」
四人のフードの男たちは軽く言い合ったり小突いたり笑ったり黙ったりしながら人混みの中をスルスルと進み、本日の宿に向かって歩いていく。
やがて一軒の宿屋の前で立ち止まると、少しだけ『ルル』を気にするかのように通りを確認し、それから全員がゾロゾロと建物に吸い込まれていった。