とある老女
絶倫暦326年
陽の差し込む窓辺。
窓辺に座った老女が、一人静かに涙を流していた。
『アルグノス王、崩御』
先日舞い込んだ知らせ以降、彼女はふとすると涙が流れ出るようになってしまった。
天気の良い日に青い空を見上げただけでもそうだったし、本を開いても、料理をしていても、通りを歩く子供を見ていてもそうだった。
今日も彼女は窓辺の椅子に座って外を眺め、わけもなく流れ出す涙をそのままにしている。
ゆったりとした時間が流れていた。窓際には鳥がさえずり、空は青く、心地よい風が通り過ぎる。
そんな落ち着いた空気の中に、家の入り口の方からバタバタと騒がしい足音が届いた。
「おばあちゃまー!」
勢いよく部屋に飛び込んできたのは茶髪を一つに括った少女。年の頃は6、7歳。胸にボロボロの本を抱え、元気よく老女に駆け寄る。
老女はゆっくりと少女を振り返ると、そっと目尻を拭いながら笑顔を浮かべた。
「いらっしゃい、ダリンちゃん。また、本を読んで欲しいの?」
「そう、なんだけど……」
ダリンと呼ばれた少女は老女の顔をじっと見つめながら本を持つ手をゆっくり下げる。
「おばあちゃま、泣いてたの?どこか痛いの?」
「まあまあ。違うのよ、少し悲しくなってしまって」
老女は穏やかに笑って首を振る。ダリンは近くにあった机にポム、と本を置くと、老女に近づきその膝の上ににじりのぼった。顔をわずかに下から見上げ、首を傾げて尋ねる。
「お隣の国の王様が、死んじゃったから?アルグノス王とおばあちゃまは知り合いだったんでしょ?だからおばあちゃまは悲しいの?」
「そうねぇ。アルグノス様にはよくして頂いたけどそこまで親しかったわけではないし……あの方ももうお年だったから、お亡くなりになったのはそう悲しくはないの」
「じゃあ、どうして悲しいの?」
「どうしてかしらねぇ……」
老女は何かに想いを馳せるように目を瞑り考え込む。ダリンはその様子を暫く見上げていたが、あまりに長く黙り込んでいるのでキョロキョロと周りを見渡したり窓辺に留まった鳥に向かって口笛でも吹くかのように唇を尖らせたり気を散らす。唇からはヒューと音が漏れただけであったが、チチチと鳴いていた鳥はダリンと目が合って慌てたように飛び去り、ダリンはつまらなそうに頬を膨らませた。
老女はいつの間にか目を開いてその様子を微笑んで眺めている。ダリンの頭をそっと撫でると、「そうね」と口を開いた。
「多分ね、私が悲しく思うのは、もういなくなってしまった人自身のお気持ちではなく、それを知らぬまま帰ってくる残されてしまった人のことなの」
「もっとわかりやすく言って!」
ダリンは口を尖らせる。老女は難しかったわね、と目を細め、悲しみを滲ませて言う。
「つまり……あの方が帰ってきた時にね。アルグノス王がお亡くなりになっていると知ったらどれほど悲しまれるかしら。そう考えて、私はなんだか悲しくなってしまうのよ」
それを聞いたダリンは何かに思い当たったかのように顔を輝かせた。
「それって、しそさまのこと?」
「ええ、そうよ」
「おばあちゃま、今日はしそさまのことお話して!」
「まあまあ。まだ聞き飽きていないの?」
もう何度も同じ話をしてるわ、と困ったように呟く老女を意に介さず、ダリンは元気に頷く。
「おばあちゃまがしそさまに会ったお話、またして!」
「ふふ、それが本当にお気に入りね」
老女は当時を懐かしむように窓の外へ視線を移し、涙が出そうになるのを堪えながら話し慣れた物語の出だしを口に乗せる。
「昔々、悪い王様が治めていたパンメ王国に、サンセという少女がいましたーー」