いざ誕生日パーティー
ルルは、森の中を歩いていた。
浮かれ気分で。
ルルの家は森の中にある。ヒョスロヌートの家も森の中にある。だが、お隣さんというわけではない。川を挟んでいるからだ。
この村は、川沿いに山を切り開いて作られた。川は北東から南西に向かって流れ、橋が二本かかっている。切り出した木を何本か使い、ずいぶん頑丈なのが二本だ。
村の真ん中には東西に伸びた大きな通りが走り、川にかかった一本の橋を通過する。通りをずーっと東に行った端、森との境のあたりには娼館が立っており、ルルは川の東側で遊ぶことがほとんど。西の通り沿いには旅人のための宿や酒場がいくつか並び、露天商や果物売りの子らが道に座る。村で最も賑わいのある地区だ。
村人たちの家は通り沿いに広がる。特に川より南の方が住民が多く、果物や野菜、穀物を村から少し離れたところで育てながら、夜は村内の家に帰る生活を送る。北にはちらほらと漁師の家が立ち、山に近づくにつれて人気は少なくなる。
その山の中、川沿いにルルの家があった。
川は村の中でこそゆったりと川幅広く、船を浮かべれば余裕ですれ違えるほどだったが、山中ではそこまででもない。丸太を一本渡せば行き来できるくらいの細さを、勢いよく水が通り抜けていく。
その川をもう少し北東に遡ると滝がある。さほど大きくない、人の背丈の2倍ほどの高さを流れ落ちる控えめな滝。岩を優しく削り、バシャバシャとしぶきを飛ばす子供の遊び場みたいな滝壺。その奥の崖を削って作られた洞窟がヒョスロヌートの家なのだった。
ルルは普段ヒョスロヌートの家に遊びに行く時、森を抜けて村を経由していく。森の中の川を突っ切るのが一番の近道であることはルルとて分かっているが、それはリリスとバルギンに禁止されているからだ。
森の中の川は確かに丸太一本あれば渡れる。実際丸太はかかっている。しかしそれは緊急用のもので、普段から通行するには危険なのだ。森の中でも比較的平らな部分を切り開いて作った村とは違い、ルルの家の近くでは斜度がきつい。幅が狭い上に傾斜のついた川では少々水流が強く、万が一丸太橋から滑り落ちたらと思うと娘の安全を願うリリスとバルギンは直線距離の通行を認めるわけにいかなかった。
それに、先生は日が落ちてからが活動時間。多少ルルに合わせている部分はあるとはいえ、夕方から出歩くなら村の中を通った方が人の目がある。村で敬われている先生と交流のある少女。しかも一部にはかなり知られているリリスの娘。そんなルルが村の外部の人間に害されるのを良しとする村人はいない。
旅人や出入りの商人が多い土地柄ゆえに、リリスとバルギンは普段からルルにより安全な村を通るルートを使うよう言い、ルルもそれを守るに否やはないのだった。
だから今日もルルは、村に向かって森の中を歩いていた。
ヒョスロヌートの家がある川の東側へ行くためには村の真ん中にかかっている橋まで歩かねばならない。
大通りと川が十文字に交わる地点。東西に走る通りを分断するように流れる川の上。川などないかのように通りをつなげる橋。人の往来が激しい大きな橋を目指し、ルルは川沿いを下っていた。
森を抜けた先に明かりがちらほらと見え始める。森を抜けても通りに着くまでは民家はまばらで、普段なら明かりが見えたりしない。
だが今日は収穫祭。しかも10年に一度の特別な収穫祭で、例年なら大人が酒を飲みながらどんちゃん騒ぐだけの夜になるところを、村人全員で飾り付けを行い、催しもある大きなお祭りなのだ。
なルルも当然手伝いに参加した。しかし、こんな森の近くにまで飾り付けをしただろうか。祭りの中心はもちろん大通りで、人もそちらに集まっているはずだ。
一体何の光だろう。ルルがウキウキと近づく。そのチラチラと揺れる光は川の上に浮かんでいるようだった。森の出口まで走る。光がどんどん大きくなる。増える。ルルが森を飛び出すと、そこにはいっぱいの光が川を埋め尽くしていた。
船だった。
小さな船が所狭しと出され、ゆったりと流れる川に浮かんでいる。船の上には小さな光がいくつも並ぶ。火ではない。なんでも森から切り出された木で作るこの村で、火をたくさん並べるなんていうのは自殺行為だ。
火ではない光。
光は二種類あった。
一つはコウルファの光。赤くぼんやりと光を発するその花が籠に入れられて、木で出来た味気ない船を彩っている。
もう一つはこの村でしか見られない光。真っ白で安全な光。ヒョスロヌートが発明した魔法陣によって生み出される一定の大きさの光が、煌々と輝いていた。
強い輝きを放つ白とふんわりと広がる赤が右に左に揺れ、水面に反射し、チロチロと震えている。
ルルはしばし見惚れた。
夜がこんなに明るくなることがあるなんて!
遅くまで人が活動する大通りだって普段は酒場から漏れ出る細い光があるだけだ。
それを、真っ暗であるはずの夜を、目に眩しいほどに明るく染め上げるなんて魔法でも使ったかのような不思議さである。
実際ヒョスロヌートが作った「魔力を閉じ込めて不思議な効果を発する紙」は使われているわけだが、この時代、魔法とは何やら不思議な力としか思われていなかったし、自由自在に操れるものでもなかった。
魔法は種族特性とは違う。確かに種族特性もその種族にしか扱えない不思議な力ではあるけれども、何が起こるかはわかる。
例えば夢魔は「変身」が種族特性としてある。相手の好みの姿になることで効率を上げるのだ。
夢魔自身もどうやって体を変化させるのか分からないが、変えようと思えば変わるもの。プロセスを深く考えずともそういうもの。
他の種族だって夢魔は見た目を好きに変えることができると知っている。それはどうやってかは知らないが、変身ができるのだということさえ分かっていれば「種族特性だから」で事足りる。何ができて何ができないのかは決まりきった事柄だ。
一方、魔法は違う。魔法はプロセスも分からなければ結果も分からない。何やら不思議な力が働いて何やら不思議なことが起こる。決まった手順や合図はない。時々、変に傷の治りが早かったり唐突に火が付いたりする。植物をメキメキと成長させたり物を空中に浮かせたりする例もある。どうやったのかも分からぬまま、奇跡みたいなことが起こる。便利なことも起こる。
だから人は、不思議なことは全部「魔法みたいだ」と言うのだ。
「これも魔法かの……?お祭り、素晴らしいのう!」
ルルは目をキラキラさせていた。祭りは三日間続く。一日目はヒョスロヌートの家で誕生日パーティー。二日目は家で両親と共に過ごし、そして大本命。収穫祭の締めとなる最終日。
村中の人が集まって踊りまくり、店が協力し合って用意する豪勢な食事が全員に振る舞われ、大人は酒、子供は果実水の大盤振る舞い。
飲めや歌えやの大騒ぎになるのだとルルは聞いていた。
たくさんの人が集まって楽しくする場なんていうのはルルの大好物である。
しかも普段は食べられないような料理が出て、普段は厳しい顔をした老人たちが何か出し物をするらしいなんて聞けば、最終日が楽しみで楽しみでたまらなかった。
一日目と二日目は準備期間みたいなもの。
大人たちが酒を飲んで最終日のクライマックスへ向けて英気を養う期間。
そうめぼしいものもないから最終日だけおいでと言われていたのに。
こんなに面白いことをやっていたなんて!
「おーいルル嬢!」
たくさん浮かぶ船の一つから声がかかる。
「一日目は大人の祭りだって聞かなかったのかー?」
よく娼館に遊びに来ている男だった。普段は木の皮を剥いで加工し、それを編んで籠にして、ヒョスロヌートの魔法陣を中に入れることで明かりになるようにしたものを売っている男だ。
魔法陣を持っているものは少ないからそう売れはしないが、この男の作る籠は大層凝っていて、内装にこだわる娼館での需要が高い。
洒落ているので娼婦も気に入り、金がなくとも特別客として出入りを許されている職人だ。
今そこら中にあるコウルファの入った籠は、彼の作品ではないだろう。おそらく彼を技術指導として仰ぎ、村の者たちでチマチマと作ったに違いない。
最近、妙に村の男たちがそこここに集まってゴソゴソやっているとは思っていたが、まさかこんなものを計画していたとは。
ルルは男たちの努力にほっこりした。
ついでに、それを隠されていたことに悔しさを覚える。
「大人以外にはつまらんと聞いておった!なぜ教えてくれなかったのじゃ?太陽以外の光でこんなに明るくなるなど、今からヒョスロヌートを連れてくるから待っておれ!」
昼間は滅多に出歩かない吸血鬼にとって、ここまでの明るさを安全に見ることは普通なら不可能だ。「明るさ」は美しいのだと教えてやれる。
ルルは、明かりを消すんじゃないぞ!と言うようにプンスカ頬を膨らませ、早く行ってこの光景を見せなければと急いで橋に向かおうとする。
「おーう、ちょっと待て待て」
船が流れて行かないよう綱で結びながら男がルルを引き止める。
「焦らなくても大丈夫だ、今日は練習だからよう。三日目が本番なのはホントなんだ。この光は俺たち男衆から女房とガキどもへのサプライズ的なあれでよ、三日目はもっとすげー感じにするんだ」
「おお、三日目も。これよりもっとすごくなるなんてあるのかの?」
「ああ、詳しくは言えねーがホントにもっとすっげーぞ」
「それは楽しみじゃ。皆喜ぶであろうの」
「おう、ルル嬢も先生と見に来てくれな!」
「うむ!」
この光景よりさらにすごいなんて、一体どんなものになるのか。期待に胸を膨らませながら頷いたルルを見上げ、男がふと気づいたように尋ねる。
「今から先生んちか?」
「そうじゃ、誕生日パーティーなのじゃ!」
ルルは満面の笑みで答えた。
「おうおう、あれか。なんか旅人が言ってたやつだな?俺も聞いたぞ、大事な会だってな」
「そうじゃ。そうじゃった。ヒョスロヌートを待たせておるゆえ、もう行かなくては。明後日、楽しみにしておるぞ!」
幻想的な光景に思わず足を止めてしまったが、急いでいることを思い出した途端、川を覗き込むのをやめて踵を返し、さっさと行ってしまおうとする。
「そういうとこ先生に似てきてんなぁ」
男が笑いながら遠ざかろうとするルルの背中に声をかける。
「おーいルル嬢、近道してくかー?」
「近道?」
「橋まで行くと今日は混んでるからな!色んな奴に捕まっちまう。特別だぜ?」
男が川を指し示す。
ルルは、近道なんてあったら普段から使っていると首を傾げる。男の手の先と顔を交互に見やり、言葉の意味に気付くとパアッと表情が明るくなった。
「良いのかの!恩に着る」
そう言いながらルルはもう土手を駆け下り始めていた。丈の低い草が生えた斜面を勢いよく走る。
「おうおう、暗いんだから気を付けろよー」
「これだけ明るければ大丈夫じゃ!」
そう返した時には既に船の上に飛び乗っていた。
近道。
すなわち船上。
川にプカプカ浮かぶ船を足場にし、次々と跳んでいく。
ルルがピョンピョンと着地するたびに船の上に置かれた明かりが姿を照らし出し、白いワンピースを赤く染め上げたり真っ白に輝かせたりする。跳んだ瞬間闇に紛れ、また現れる。赤、白。いなくなってはチラと見える。白、赤、赤。
一瞬見えた横顔はそれはそれは楽しそうな笑顔で、すぐさま闇に消え、気づけば少し先にの船に。ワンピースの裾をふわりとなびかせて颯爽と通り抜けてっいったルルに、男は見惚れた。なんとも不思議で美しい光景だった。
「キレーだなぁ」
男が呟くのとルルが対岸に到着したのは同時。
ルルが振り返って大きく手を振る。
「ありがとうのー!明後日、絶対見に来るからの!」
ブンブンと振られた手にほっこりした男もひらひらと手を振り返すと、そのままルルは走り去り、その背中も見えなくなった。
「あんな小ちゃかったルル嬢も、随分な美人さんになったなあ」
男は良いものを見た、とフンフン鼻歌を歌いながら船をつなげる作業に復帰する。
そりゃあ夢魔だもんなあ。夢魔ってのはなんであんなに美人なんだろうね。いつまでも若いし。あそこの夫婦なんて俺よりずっと年上だって聞いてるけど、20にもなってないように見えるし。夢魔は寿命長くて見た目も良くて良いよなあ。
そんなことを男は考える。
考えながら、手を動かす。船と船の縁に足を広げて立ち、二つが流れていかないよう押さえつつギュッと綱を結ぶ。これで最後だ、と結んだ綱をポンと叩き立ち上がった。ググッと上に伸びると、ずっと作業していたからか腰がギシギシ軋んだ。
上体を前後に動かしたり捻ったりした後、深く息を吐き出す。
さて、他の男衆の様子を見に行くかと思った丁度その時、川下の方からから仲間が船を渡ってくるのが見えた。ルルと同じように器用に跳んでくるが、少し小太りなその男にはルルのような軽やかさもなく、着地のたびに船がドウンドウンと揺れているのが心配になった。
「おーい、クラ!こっち大体終わったぞー!」
「おう、こっちも丁度終わったところだ。ヴン、もっとそっと渡れよ。船が壊れちまうだろ?」
「ははっ!俺ぐらいの体重で壊れるほど柔じゃねえだろう」
ヴンと呼ばれた男はそう明るく言いながら近くまで走ってきて、その勢いのまま職人の男が乗っている船にどんっと飛び乗った。
船はグワングワンと揺れ、水しぶきがバッサリ飛び込んで二人の足元を濡らした。
「お前……これ途中の船全部びしょ濡れにしてきたんじゃねえだろうな」
「少しぐれえ大丈夫だって!」
半目になる職人――クラの背中をヴンが陽気にバンバンと叩く。
「いたた、やめろやめろ」
「お祭りだから細けえことは気にすんなってこった!」
「ったくよお。自分で言うか?」
「ははは!お前はチマチマ色々作ってるせいで女みてえに細かくっていけな……ん?」
豪快に笑っていたヴンが途中で何かに気を取られたように言葉を切る。
「なんだ、どうした」
「いや、なんか甘い匂いが……」
訝しそうなクラの前で、ヴンがスンスンと辺りの匂いを嗅ぎながら答えた。
それに対してクラは呆れた顔をする。
「甘いって、お前の服じゃないのか?」
ヴンは果物を育てている。何本か違う種類の木を家の近くに植え、実を宿屋や娼館に卸したり果汁を大通りで売ったりして暮らしているのだ。その小太りの体は果物の収穫の際にかなりの量を自分で食べているからだとも言われる。
果物を愛し果物に塗れた生活を送っている男。
もちろん服にも匂いは染みつき、普段入り浸っている酒場では毎回、新しい服に着替えてから来いと女主人に怒られている。他の客の鼻がバカになって料理の味が分からなくなるらしい。
ついに自分の匂いを気にするようになったかとクラがからかうように言ったが、ヴンは息を思いっきり吸い込むと力強く否定した。
「いーや!俺んとこの匂いなら嗅ぎ間違えるはずねえ。うーん、なんとも言えん良い匂いだ!美女でも通ったか?たまらん匂いだぞ!」
なあ?と口元をだらしなく緩めるヴン。
「なんで匂いから美女って……まあ、ルル嬢なら通ったけどよ」
「え?ルル嬢の匂いかこれ?なんかもっと奮い立つような美女の匂いだぞ」
「匂い匂いって、そんなするかよ?」
「また鼻水がすげーのか?思いっきり息吸ってみろって!」
クラは言われた通りに鼻から思いっきり息を吸い込んだ。
するとヴンが言っていた意味が分かった。
なぜ自分はさっきまでこの匂いに気づかなかったのだと後悔する。少しでも長く、多く吸っていたいと思わされるような良い匂いだった。もっと深く吸い込んで、身体中にこの匂いを染み込ませたい。吸えば吸うほど頭が痺れるような、体の中心が熱くなるような甘美な匂い。
女を想像させるのも分かる。実際その辺の女からこんな良い匂いがするわけもないが、極上の女に会えばきっとこういう匂いがするんだろうと確信する。訳もなく匂いを追って行きたくなる。この匂いをさせる女に触れて、腕の中に閉じ込めて、そのままーー。
「おーいクラ!大丈夫か?顔真っ赤だぞ。やっぱ美女の匂いだったろ!」
ヴンに肩を揺さぶられて、クラは船の縁にもたれて座り込んでいる自分に気付いた。
「な、んだ……?いつの間に座った?」
「思いっきり息吸い込んだ後、すげえ幸せそうな顔で目え瞑ったと思ったらフラフラ歩いてガクって落ちてたな!川飛び込むかと思ったぜ?」
ワハハと笑う男にクラが頭を押さえる。火照った顔を冷まそうと、縁から身を乗り出して水面に手を伸ばす。冷たい水を軽く掬ってパシャパシャ顔にかければ、だんだんと熱が引いていくのを感じた。濡れた顔を袖で拭い、ヴンに向き直る。
風に飛ばされたのか匂いはもうしなかった。
クラはなんだかぐったりとして、縁に肘をかけて座り込んだままヴンを見上げた。
「匂い嗅いだ途端なんか興奮しちまって……お前は大丈夫なのか?」
「あーまあ、スッゲー胸のでけえ姉ちゃんが見えた気もしたけどよ、俺は自分の匂いがかなりするからな。なんだ?魔法か?」
「魔法っつーか、これ……」
クラは体の中に残った最後の熱を吐き出すかのように長く長く息を吐き出し、なくなる瞬間、その熱の正体の尻尾を掴んだ。
「夢魔の種族特性じゃねえのかな」
ポンと口から出したその言葉は、思わず出てきたと言った風だった。ヴンよりもそれを発したクラ自身が驚き、手を振りながら弁解する。
「や、別にそうだって決まった訳じゃねえんだ、夢魔の種族特性は知っちゃいるが実際は嗅いだことねえしあのルル嬢がもう変態してるっつー話だって聞いたことねえし、それに……」
「なーに焦ってんだよ!」
ヴンがクラの背中をバシッと叩いた。
「嬢ちゃんに欲情したのに照れてんのかあ?」
「……お前はホント、デリカシーのねえやつだよ」
「気にしすぎだろ!普通に嬢ちゃん美女だしな!」
「ルル嬢が生まれたばっかの時から見てっから、なんとなく気まずいだろ」
「種族特性には抗えんよな!」
夢魔ってのはすげーな!男はイチコロなんだな!とヴンが元気に笑う。
そんなヴンを見ていると、クラも種族特性じゃしょうがないかという気になってきた。頭を強く振り、立ち上がる。ルルが去っていった方を眺めながら、少し安堵した表情を浮かべた。
「ま、俺は良いとして。ルル嬢に近道させてやったのは結果的に良かった」
「おお、船の上通らせてやったのか?」
「ああ、通りは混んでると思ってよ。急いでるみたいだったから行かせてやったんだが、これでいつも通り橋なんか通ってちゃえらいことになってた」
「ははは!男がバタバタ倒れてくのも見たかったな!」
「ルル嬢のあとが行列になってたかもしれんぜ」
クラはやれやれと肩をすくめる。
屍になっていく男の山など、誰が片付けると言うのか。もちろん自分ではない。自分も屍のお仲間だ。村中の男を村中の女に片付けてもらうなんて、後が怖くて想像したくもない。
良い仕事をした、とクラは一人頷き、気分を入れ替えるように袖をまくる。
「さーて、明後日はルル嬢も祭りに来るって言ってたからよ。ちゃっちゃと見回ってせいぜいみんなに忠告してやるとしようぜ。戻るぞ。ほら、今度はゆっくり跳べよ」
そう言いながらクラはヴンの背中を押し、川下の方で作業をしているだろう男衆の元までひょいひょいと跳んでいくのだった。