二度目の邂逅
見知らぬ男に話しかけられた後、息を切らして家に駆け込んだルル。遅くなったことを少々叱られ。随分暗くなっていたからと心配され。何かあって遅くなったの?と覗き込まれ。
数十年後には王たる風格を持つことになるルルも、この時はただの12才の少女だった。
見知らぬ男のことを言い訳に使えると思ってしまうほどには。
本当はコウルファに見惚れて遅くなったものの、作った花輪は手元になく。証拠がなければバレることもない。そう思い、男に引き止められたのだと、なかなか離してもらえず逃げてきたのだと誇張して話してしまった。
ほんの数分の出来事だったにも関わらず。
後でバレる可能性も考えず。
いや、いくら子供とは言え全く考えなかったわけではない。むしろ考えた。一瞬でよく考えた。あとで嘘がバレたらどんなに怒られるかを恐れない子供はいないのだから。それはもうありとあらゆる可能性を考えた。
子供は、特にこういう場合に恐ろしく知恵が回る。悪知恵とでも言うだろうか。
ルルはこう考えた。
あの男は確かに知らない顔だった。あんなボサボサの髪の男、一度でも見かけていたら覚えている。きっとこの村の人間ではない。しかも村の外にいた。黒いマントを羽織って。
つまり、旅人だったのだろうと。
村の方から歩いてきたのだからきっと次の村へ行くのだ。あの男はもう二度と会うことのない人間だ。
それなら、やり取りを多少誇張したってばれようがないと。
そんなことを一瞬で考えて言い訳に使った。男の風貌はぼかしつつ。もし万が一あの男が村に戻ることがあったら大変だ。あの特徴的な髪を伝えてしまえば一瞬でばれる。
「その…男の顔は暗くてよく分からんかったのじゃ…。お、遅れてごめんなさーー」
言葉の途中でギュッと抱きしめられた。
「怖かったでしょう!?よく頑張って逃げてきたわ!一体どこの男が……こんな幼い子に……」
母だった。ルルをギュウギュウと抱きしめてくる母にルルは目を白黒させた。思ったより言い訳が効いてしまった。
ルルは少し焦る。母はいつもなら過保護な父を諫める役なはずだ。母がこれでは父は、と恐る恐る見上げる。
「…………村の外に、歩いて行ったって?……死体を発見されずに済むかな……」
いつもチャラチャラした笑みかデレデレした笑みしか浮かべていない父の顔から表情が欠落していた。
「ち、父よ……わ、わらわが無事に帰ってきたのじゃから、いいじゃろ?」
ルルは盛大に焦っていた。まさかこんなに効果的などと思わなかったのだ。男に無理やり引き止められたという言い訳が。
まずい。もし父が本当にあの男を殺しに行ったら。証拠が完全に消えることは間違いないが、何も人を殺させてまで説教から逃れたいわけではない。自分がついた軽い嘘のせいで人が一人死んでは寝覚が悪い。
ルルは必死で父の怒りをそらそうと頭を巡らす。いつもなら、いつもどうやったら父はデレデレした顔をしている?そうだ、母が言っていたあれだ。確か首を傾げて、目をウルウルさせて、口をキュッと結んで……。
「今日はわらわの側に、いて、くりゃれ?」
「もちろんだよっ、オレの可愛いルル〜〜!怖かったなぁ?もう大丈夫、オレがず〜〜っと一緒にいて守ってあげるからねっ」
効果は抜群だった。これをしたら大抵の男はおとせるのよ、と母に教わった仕草。一度父に試した時にはテンションが振り切った様子にドン引きし、それから使ってなかった技。効いて良かったと胸を撫で下ろした。
「もう…あなたはルルに弱すぎよ。そんなんじゃ……」
「母、はは!いい匂いがするのじゃ。今日はトマトスープかの?」
「やだ!火つけっぱなしだったわ!ちょっとその男の話はまた後で聞――」
男の話を気にしながらも母はパタパタと走って行った。
それから、ルルは父に髪を梳かしてもらったり母が用意した夕食を食べたりする間、ふとすると男の話を詳しく聞き出そうとする両親の気を全力でそらし続けた。父の腕に抱きついてみたり、母の職場の話を尋ねたりして。
さらに、夜が更け寝る時間がくれば、今日は一人で寝たくないと主張した。自分が寝た後に両親が余計なことをしないようにと。念には念を入れて誤魔化し通したつもりのルルは、満足した顔でベッドに入った瞬間パタンと寝入ってしまうのだが。
「まあまあまあ…本当に疲れていたのね。男に襲われかけたにしてはケロっとし過ぎて怪しいと思っていたけれど。知らない男に声をかけられるくらいは本当にしたのかしらね?」
「うちの可愛いルルに声かけるだけでも犯罪だろ?ま、こんな顔して寝るくらいだから大したことなかったみたいで良かった。ちょっとでも悲しそうな顔してたら今からでもそいつを探しに行って殺してたところだよ」
両親にはすっかりお見通しだった。
12歳のルルウォ・リスティージュ。まだまだ王の座は遠く、もうしばらくは両親の腕の中で幸せな夢を見て眠るのだった。
*
その翌日。
ルルは一日中家の中で過ごしていた。昨夜見知らぬ男に会ったという設定だから。その次の日から元気に家を飛び出していけば怪しまれるだろうと思ったのだ。さらに帰宅が遅れたことと嘘をついた負い目もあり、普段よりもおとなしく、家にいた父と遊んでいた。
夕方になると母が帰ってきた。
「おかえりなさいなのじゃ」
「リリス、おかえり。娼館の子たち元気だった?」
母――リリスはサキュバスとしての特性を活かし、娼館で教鞭をとっている。夕方帰ってきたことからもわかるように、客は取っていない。何せ愛する夫が家で待っているのだから。彼女の仕事は昼過ぎから夕方まで。
村の小さな娼館で働く女性たちに、男を手玉に取る極意や自分自身が気持ち良く働ける方法などを教えたり、新しく入った女性のケアをしたりしている。
これはこの時代、彼女しかやっていないことである。なぜこんなことを始めたのか。それはリリスの家庭環境に起因する。
彼女は元々、サキュバスではなかった。
ああ、こういうと語弊があるかもしれない。
彼女は人間に育てられた。彼女を育てた女も、家の前に捨てられた赤ん坊が、まさかサキュバスだとは思わなかった。なんの特徴も出ていなかったから。どこからどう見ても人間だったから。疑いもせず、人間だと思ったまま育てた。リリスも、自分が人間だと思ったまま育った。
それでも問題なかったのだ。実際夢魔というのは15になるまでは他の種族に似る。
性交をし続けなければ死んでしまう夢魔にとって、目を離せない赤ん坊というのは爆弾だ。おちおち男を探しに行くこともできない。だから、夢魔は生まれたばかりの我が子を手放す。有り体に言えば捨てる。
誰か良い人に育ててもらってね、自分も良い人に育ててもらったから。それくらいの感覚で悪気なく。良い人そうな誰かに押し付ける。
だから夢魔の子供というのは、能力が開花――変態とも呼ばれるーーを迎えるまでは他種族の姿をとるのだ。迫害されないように。他の団体に混じっても暮らせるように。15歳までなら他の種族と変わらない生活を送る。
リリスもそうだった。そうやって人間社会の中で問題なく暮らしていた。
しかし不幸だったのは、彼女は変態前から、自身の性欲が過剰なのではないかという不安を抱えていたことである。誰よりも好奇心旺盛で、人一倍『そういうこと』に対する興味が強かった。
サキュバスなら当たり前のことを、人間なのに普通ではないと必死に隠していた。性に怯えていた。
興味を持つのは恥ずかしいことだと。気持ち良くなることはいけないことだと。
そんなリリスを変えたのは後に夫となるバルギンだった。
彼との出会いから、彼女の考えが変わった。簡単なことだったのだ。
夢魔という種族の存在を知って。夢魔の種族特性を知って。自分が夢魔だと知って。
性欲は食欲や睡眠欲と同じだと分かった。
なんら恥ずかしがることはない。何せ、しなければ死んでしまうのだ。これは義務だ。
快楽を追い求めることは堕落か?ああ堕落かもしれない。
だが、人の食事というのはただ食料食べるだけではない。煮込んでみたり香辛料をかけたり、創意工夫で楽しもうとするじゃないか。
性交だって一緒だ。気持ち良さを追い求めてもいいのだ。むしろ、せっかくの行為を楽しまない方が怠慢だ。草をモシャモシャ食べているようなものだ。
そのようなことをバルギンに言われた。
リリスはすっかり目覚めてしまった。
それまで思い悩んでいたことが嘘みたいだった。
だから、バルギンと結婚を決めてこの村の近くの森に越してきた時に。
村の娼館の女性たちの表情の暗さをなんとかしたいと思ったのだ。
かつての自分を重ねて。
性に嫌悪感を抱いていた自分をバルギンが変えたように。
少しでも力になれればと。
しかしそう簡単にはいかなかった。
そこには、どうしようもなくて嫌々勤めている女が山ほどいた。
事情は人それぞれだったが、その仕事を前向きに受け入れている者は一人もいなかった。
唐突にやってきたリリスがあれこれ話そうとしたって疎まれるだけだった。
だが、毎日毎日足を運び、時には客側にもテコ入れし、少しずつ女たちと仲良くなった。
「知らない人とするのがイヤ?なら知ってる人になってみなさいよ。ただするんじゃないの。その前に話を聞くの。どんなものが好きで、どこで育って、何を気持ち良いと思う人なのか。どんな人にだって良いところはあるはずでしょ?
その人のことを好きになって、体を許そうって『自分が』決めるの。嫌いな人とするのはあなたにとって不幸だし、好きな人とするのはこの上ない幸福のはずよ」
「痛くて怖いの?そうね…それはイヤでしょうね。いいえ、あなたが悪いんじゃないわ。行為に気持ち良くなれない時、悪いのが女であることなんて絶対にないのよ。
そう……一応媚薬をあなたに渡しておくわね。私の体から作られたものだから安全よ。いいの。あなたは悪くないわ。ええ、男が悪いのよ」
「ちょっとあなたたち!よく聞きなさい。あなたたちがここに来るのは悪いことではないわ。中には奥さんがいる人もいるようだけど。
奥さんが家で手料理を作ってくれていても外に食べに出ることはあるでしょうし、奥さんが家で待っていても、外で発散したくなることがあるんでしょう。奥さんが許しているのならそんなことは構わないの。
でもね、女の子たちを傷つけるのは別よ。女の子が痛がるなんて、男として情けないと思わないの?どうしてわざわざ『自分には女の子をメロメロにさせる技術がありません』って宣伝してくの?
いい?
娼館は、意思疎通のできないサルが来るところではないと自覚しなさい!
あなたたちは女の子に恋をさせに来るの。女の子があなたのことを好きで好きでたまらないって顔で伸ばしてくる手を、優しく、大切に握り返すための場所なの。
自分が上だと勘違いしないことね。お金を出したって女の子の心は変えないのよ。愛のない行為は虚しいだけだわ」
「これもあなたの仕事なんだってことはよーく分かっているわ。生きていくにはお金が必要だものね。なら、どうかしら。もう少し頭を使うのは。こういうやり方じゃ、女の子たちにほとんどお金が入らないじゃない。ええ、そうね。確かにあなたは構わないかもしれないけれど。
『もっと稼げる』って言ってるのよ。
そう、そのためにはもっと女の子の待遇を良くしなさい。
そうね、確かに初めはお金がかかるけれど。満ち足りた生活を送る女の子たちは、ガリガリで目も虚な女の子よりも魅力的でしょう?
ああ、待って、それだけではないわ。
男どもに夢を見させてあげるのよ。掃き溜めみたいなところにコソコソ行くんじゃなくて、立派なお嬢さんに会いに行くんだって。それには多少高いお金だって払えるでしょう?そう、価値を釣り上げるの。ええ、そう。ふふ、きっとよ。楽しみね」
そんなこんなで意識改革を進めていった結果、この村の娼館は高級娼館へと変化した。
若い男は金を貯めてそこに行くのが夢となり、そこに通える者は本物の紳士だと認められる。
そこに勤める女たち。かつては哀れみと蔑みの対象だった彼女たち。今では給料も良く、暮らしも良く、男に媚びへつらわない美しい女たち。いつしか羨望の的となっていた。
それもこれもリリスのおかげ。娼館の女たちはすっかりリリスと仲良くなり、娼館の主人はリリスに頼った。
こうして彼女は職を見つけたのだった。
「ただいま、ルル、バルギン。みんな元気だったわ」
リリスはルルと軽くハグしたあと、バルギンと熱烈なキスを交わす。毎日恒例のただいまのチューだ。
しっかり愛を確かめ合い、やっと唇を離すと羽織っていた上着を脱ぎながら思い出したようにルルに言う。
「ルル、ミーシャが『ルルちゃん一人で花輪作れてた?』って聞いてきたけど。作り方教えてもらったのならお花摘んで持ってってあげなさい。一緒に作ったほうが楽しいでしょ?」
「そ、そうするのじゃ……」
花輪という言葉にギクリとしながらルルは答えた。ミーシャめ余計なことを言いおる、と心の中で彼女を小突く。笑うと目が糸のように細くなる、口元のほくろがセクシーな年上の友達。彼女はルルの脳内でニヨニヨと笑った。
ミーシャは娼婦だ。リリスの通う娼館で働く高級娼婦。
ルルには娼婦の友達が多い。
リリスの子だというだけで皆ずいぶんと可愛いがってくれるから。自然と仲は深まる。
ミーシャの柔らかな笑みを思い出しながらルルは思った。
花輪は作れたが、落としてしまったと今度報告しに行かなくては。
作れなかったんだろうとからかわれるのが目に浮かぶ。目を細めて口元をニヨニヨさせたミーシャ。いつもの顔だ。
明日にでも探しに行こうか。まだ落ちているかもしれない。
誰かが持っていっていなければいいが。
いっそ今行けば。暗い中に光っている花輪、見つけやすいだろう。
しかし昨日の今日で……とそわそわし始めたその時。
コンコン、とノックが響いた。
もう夜だというのに一体誰が。
不思議そうな顔で、ドアに一番近いリリスが出ようとして、バルギンがそれをやんわりと押し止め、後ろに下がらせてから注意深くドアを開けた。
するとドアの前に立っていたのは。
ボサボサの紺の髪を伸ばし、真っ黒なローブを羽織った色白のーー。
「〜〜〜〜〜っっっ!!ろ、ろりこーー」
「あれ、先生?」
――ニッコリ笑ったヒョスロヌートだった。
相手を確認した途端、先ほどまでの警戒が嘘のように明るく迎え入れるバルギン。
「なんだ先生、こんな遅くに……って、そっかこれでも早いのか」
突然現れた男にフランクな態度で接する父に、ルルは困惑した。
昨夜罪をなすりつけた相手。もう二度と会わないと思っていたのに。旅人ではなかったのか?
「……父、父よ。知り合いかの?」
バルギンの後ろに隠れるようにしながら袖を引く。
「ああ、ルルは会うの初めてかな。こちら、この村が誇る偉大な先生。色んなものを生み出す発明家だよ。ルルも見たことあるだろ?魔法陣。あれ作ったのが先生なんだ」
「はつめいか…」
まずい。大変まずいことになった。
ルルは焦っていた。
昨夜自分がロリコン呼ばわりした上、なかなか離してくれなかったと濡れ衣をかぶせた相手は父の知り合いだった。しかも、村中の人が知っているようなすごい人らしい。
そんな男がなぜ日が暮れてから村の外をほっつき歩いているのだ。
そもそも今日はどうしてここに現れた?
もしかして、夜遅くに歩いていたことを注意しに来たんじゃないだろうか。
そんなことをされたら嘘がばれる。
どうしよう、どうにかして逃げられないか。
そんなことを、バルギンの背中に隠れたままグルグルと考えていた。
「はは、偉大なんて、そんな大したものでは……あと、発明家でもないつもりです」
最近そう言われることが多いですが、と苦笑するヒョスロヌート。
「あんな色々作ってるのに?」
「あれは研究の副産物と言いますか……まあ、呼び名はなんでも構いません」
適当なところで雑談を切り上げたヒョスロヌートは、今日ここに現れた目的に踏み込もうとする。すなわち、ルル。
彼は、『知らない男にはついていくな』と言われたというルルの言葉を正直に解釈し、『知り合いになればついてきてくれるのだ。では知り合いになろう』という単純な結論に昨夜至った。
研究に全てを捧げるこの吸血鬼、他に時間を割く先などない。
善は急げと、早くも今日、行動を開始したのだった。
夜が待ちきれなかった彼は、まだ日の沈みきらないうちからマントを着込み、例の酒場へ向かった。
まだ客は2、3人しか集まっていない店内。
なんだ先生、連続とは珍しい。まだちょっと日出てんじゃねぇか、と声をかけてくる男たちに向かい近付くと。
先生は馬鹿正直に聞いた。
『夢魔の女の子を知っていますか?』と。
『夢魔ぁ?』
『ああ、あの娼館作った美人の姉ちゃんだろ』
『ばっかお前、作ってはねぇよ。なんかあれだよ。裏で牛耳ってんだよ』
『へぇ。あんな若ぇのにすげーなぁ』
『胸もでけぇよな。くそっ!あの旦那が羨ましい』
『ああ、なんかチャラチャラした……便利屋だっけ?』
『たまに村で見たと思えばイチャつきやがって、許せねぇ!』
『胸……旦那……?あ、あの、もっと幼い女の子だったんですが』
『ん?だった?』
『あぁ!それなら嬢ちゃんの方だな』
『あそこは親子揃って美人だよな〜』
『ルルちゃんは将来がほんっとーに楽しみだな!』
『ルルちゃん……あの子はルルちゃんと言うんですね!?』
名前を出した男の肩に手を置きガクガクと揺さぶる。
『あ、あの子がどの子か知らねぇけど、うっ、この村に夢魔のちっちぇえ子はルルちゃんだ、け………うぷっ』
既に少し酒を入れていた男は気持ち悪そうに口元を押さえたが、興奮するヒョスロヌートの目には入らなかった。
『では!ルルちゃんの家を教えてくださいますか!』
『る、るるるる、ちゃんの家は、むらのおろろろ』
『おい大丈夫かー!』
『せ、先生、離してやってくれー!』
『俺らが教えてやるから!なっ!』
やっと手を離した先生、飲み仲間を介抱する男。目が回ってしまった男。道を説明してやる男。
酒場は一気にてんやわんや。
そんな混沌を生み出した張本人は、目的の場所を聞き出すと爽やかな笑顔で礼を言い、せかせかとルルの家へ向かってしまった。
残された男たちは一瞬呆けたあと、なんだったんだと顔を見合わせる。
『先生、ルルちゃんに会いたくてこんな早くから……?』
『えっ、そんなわけあるかよ!先生だぜ?』
『人に興味ねぇもんな』
『でもよ、ルルちゃんの名前聞いた途端俺の……うぷっ』
『おいおい、無理すんなよ。まー確かにあの反応は……ん?』
『なんだ?』
『どうした?』
『いやよ、先生さっき、幼い女の子だったっつってたよな』
『お?おおそうだっけな』
『ああ、言ってたんだよ。で、だったってことは、見かけたってことだよな?』
『そう、だな……?』
『だからなんだ?』
『だからよ、先生はルルちゃんをたまたま見かけて……』
男は大変なことに気が付いてしまったとでもいうように一同を見渡し、慎重に言葉を続けた。
『恋、しちゃったんじゃねぇか?』
場が一気に騒がしくなる。
『……こ、こっこっ恋いいい!?なっおい……言っていい冗談と悪い冗談があるだろうよ!?』
『先生が!?お前、先生だぞ!?どんな女にもなびかなかった先生だぞ!?』
『あ、ありえねーよなぁ!昨日だってありえねーって言ってたじゃねーか!ありえねーって自分で言ってたんだぞ!そりゃありえねーってーー』
驚愕に声を震わせ、そんなことはあり得ないと笑い飛ばそうとする男たち。
そこに水を差す男が一人。自身も声を震わせながら、問いかける。
『お前ら、驚くのはそこじゃねぇ……気付かねえか?』
ゴクリと息を飲む一同。視線を一身に集めた男が苦悩の表情で声を絞り出す。
『……ルルちゃんって、まだ11とか12とかそんなもんだったよな……?』
先生にとって不幸だったのは、最近この村を訪れた旅人が異世界のある言葉をこの酒場で喋っていってしまったことだった。
3人の男はゆっくり顔を見合わせ、それから目を閉じた。
『『『先生は……ロリコンってやつだったのか……』』』
そんな誤解が生まれているとは露知らず、先生は無事リスティージュ家にたどり着いていた。
確かに昨日見た少女が、父親の後ろに隠れているのが見える。
父親との挨拶はバッチリだった、はずだ。先生として知られていたことが役に立ったようだと内心安堵する。
次は、大本命。
先生は彼女と『知り合い』になるため、笑顔を絶やさないまま言う。
「ところで、そちらのお嬢さんを紹介して頂いてもよろしいでしょうか」
「え?ああ、そっか」
そういえば知らないのか、と頷きながらバルギンは答えた。
「こちら、オレたちの超絶可愛い娘、ルル。ほらルル、どうしたの今日は。恥ずかしがり屋さんだね?」
しゃがみ込むと、自分の後ろに隠れているルルを前に押し出す。
「ご挨拶は?」
ルルはまだ考えがまとまらないうちに押し出され、何がなんだか分からないまま安全策を選んだ。
すなわち、昨日は暗くてよく見えなかったし、こんな男とははじめましてじゃ!という策。
「る、ルルです!はじめましてなのじゃ!」
おや?という顔をするヒョスロヌート。
もしかして夢魔は夜目が効かないのだろうか。
いやでもコウルファの明かりはあったのに……と考えたところで、はたと思い付く。
『知り合い』になるというのはそう簡単なことではないのかと。
今日この時がはじめまして。昨日のは会ったうちに入らない。
これからもっと頑張らないと、彼女の『知り合い』にまで上がれないのだと。
決意を新たにはじめましての挨拶に挑む。
先生は少々抜けていた。
特に人間関係に関して、常識を知らなすぎたのだ。
「はい、はじめましてルルさん。これからよろしくお願いしますね」
なぜかうまくいった作戦にルルはホッと息をつき。少し気を緩めて顔を上げた先。
ニッコリ笑ってヒョスロヌートが差し出していたのは、真っ白な右手……ではなく。
ぼんやりと光を発するコウルファの花輪だった。
突然現れた昨夜の証拠にルルは固まり。
ヒョスロヌートは花輪を差し出したまま笑顔で固まり。
動かなくなった二人を、リリスとバルギンは不思議そうに眺めたのだった。