救世主の召喚
ー ー ー ー
「…夢じゃないんだよな。」
目が覚めると…ってこれさっきと同じ状況だな。そう、気がつくと僕は見知らぬ森の中にいた。僕はついさっきまでの事を思い出す。そうだ、僕は女神アリアナ様からの啓示をうけて、この星レイトピアの救世主として召喚されたのだ。
全く、平凡な高校生活を送っていた僕がどうしてこんなことに…。
女神様の思し召しで天界に召喚され、挙げ句の果てに異世界へと転移させられるなど、普通に生活していたら考えつくはずもない。ましてや、これといって取り柄もないような僕が….。
「てか世界を救えってなんなんだよ、んなもん帰宅部の高校生にできる訳ないだろうが!そんなこと僕なんかに頼まず、女神様なんだから自分でなんとかしろよ!」
天界にいた時は訳も分からずに、アリアナ様の話に流されていた。そのため、その場のノリのようなもので事が進んでいってしまったのだ。ただ実際に異世界に飛ばされて初めて、自分が今とんでもない状況に置かれていると分かった。…いや、ほんと今頃だよ。
まぁ、文句ばかり垂れていても仕方がない。こうなってしまった以上、この世界で生きていくために、まずは情報を集めなければ。
「とりあえず、身の回りからだな。」
まず、自分の持ち物を確認する。…といっても自分が今着ている制服以外には持ち物などなかった。ポケットをまさぐっても、何も入っていない。
次に、周りに何か使えそうなものがないか探してみる。もしかしたらアリアナ様が、僕が森の中にいるという状況を見通して何か用意しているかもしれない。そう期待して、時間をかけて探したが…使えそうな物はなにもなかった。
「おいおい。異世界の人間を知識も道具もないまま、身一つで森の中に投げ出すってマジですか。それでも女神ですか。」
自分でも驚くほど、女神様の皮肉が口から出ていた。だってしょうがないじゃないか。こんなの文句が出ない方がおかしい。
「あぁ…クッソ!」
そう言いながら、僕は頭を掻き毟る。いけない、過度なストレスで禿げてしまいそうだ。まだ、17歳なのに…。手のひらを見ると、やっぱり髪の毛が抜け落ちていた。
…はぁ、このままだと若禿げになっちまうよ…ん?
何だか、いつもと違った。何がって?髪の色がだ。僕は日本人なので黒髪なのだが…抜けた髪は透き通るぐらい真っ白だった。
…えっ、まさかこの短時間で白髪になるくらいストレスを感じたのか!?
僕は心配になって、近くを流れていた川に向かう。そこで自分の顔を確認することにした。これじゃ若禿どころか、ヨボヨボの爺ちゃんみたいな顔になってるかもしれない…。恐る恐る、川の水面に僕は顔を近づけた。すると…
「な、なんじゃこりゃあ!?」
その時僕は、まるでエイリアンを発見した時に出るような声を出してしまった。…まぁ、エイリアンなんか見たことないんだけど。しかし驚くのも無理はないだろう。水面に映った自分の顔は、地球にいた時の顔じゃなかったんだから。
…いや、それは少し語弊があるか。目や鼻、口の形などは変わっていないのだが、目と髪の色が明らかに前と違った。ボサッと黒かった髪が、流れるような綺麗な白い髪に、瞳は淡い翡翠色に変わっていた。
「うわぁ…髪と目の色が違うだけで、こんなに印象違うんだ。」
あれ?でもこの髪と瞳の色どこがで…。
地球にいた時にテレビで見た、海外の芸能人を思い出す。でも、そんな人はいなかったはずだ…。
しかし、すぐに僕は思い出した。そうだ、アリアナ様だ。アリアナ様も今の僕と同じ、綺麗な白い髪に翡翠の瞳だった。
でも一体どうして…。
「……きゃぁぁぁぁ」
突然、女性の大きな悲鳴が森の中に響いた。その声に僕はハッとさせられる。そして、すぐさま悲鳴がした方へと向かった。
人だ…人がいる。でも、悲鳴がしたってことはマズい状況なのかもしれない…。早くしないと!
突然のことで不安に思いながらも、僕はとにかく走った。しかし何故だろう、嘘のように体が軽い。自分の体じゃないみたいだ。まるで、風と一体化してるかのような…とても足が速くなっている。
…もしかして、アリアナ様のおかげ?
「いやぁぁぁぁぁ!来ないで!」
…さっきよりも声が近い!もうすぐそこだ。
そのまま、全速力で向かうと森の中でも少し開けた場所に出た。するとそこには少女がいた。しかし、様子がおかしい。少女は地面に尻もちをついて、何かに怯えている様子だった。…それもそのはず、少女の目の前には体長5メートル以上はありそうな、大きな青い熊のような生き物がいたのだから。
ーそして、今にも少女に襲いかかろうと腕を振り下ろそうとした。
「危ない!!」
間一髪のところで僕は彼女を腕に抱き、青い熊の攻撃から身を避ける。…しかし後ろを見ると、地面が爆発でも起きたかのようにえぐり取られ、そこには大きな爪の跡があった。
これは、まずい…。僕なんかがどうにかできるような状況じゃない。
チラッと、少女に目を移す。彼女の体は恐怖で震えており、目には涙が溢れていた。
…なんとか、この子だけでも逃がさないと。
「このままじゃ危ない。君は早くここから逃げるんだ。いいね?」
「えっ、でも…」
「いいから早く!」
そう言うと少女は頷いて、走ってこの場から離れていった。しかし、熊は少女が逃げていくのを見ると、僕なんか無視して彼女を追いかけていった。
…まさか、最初から彼女を狙って!
今走っても間に合わない。僕は、足元にあった石を手に取り、熊の頭に目がけて投げつけた。熊はピタッとその場で止まり、僕の方へと振り返る。
「こっちだ、バカやろう!」
「…グガァァァァァ!!!!!!」
すると熊は、雄叫びを上げながら僕に向かって襲いかかろうとする。僕はこの時、今まで生きてきた中で一番全力で走ったと思う。火事場の馬鹿力とは、こういう状況のことなのだろう。体のあちこちが、悲鳴を上げている。酸素を全身に回すために、心臓がこれでもかと鳴り響いているのが分かる。追いつかれたら殺される…という恐怖から、僕は疲れることも知らずだだ走った。
…走れ!走れ!
しかし、思いとは裏腹に体は限界だった。一瞬の油断から僕は足がもつれてしまい、ドサッとその場に倒れてしまった。ゼェ、ゼェと息が苦しい。
早く…早く立たないと。
しかし、振り返るとそこには牙を剥き出しにし怒りを露わにした青い熊が後ろに立っていた。僕とは違い、息一つ乱れていない。ただ、さっき石を投げられたことに憤っているのか、グルルルルと僕を見て唸っている。
…あぁ、ここまでか。…あの子は無事に逃げられただろうか。
ーそう考えるや否や、熊は両腕を上げ僕にめがけて振り下ろす。
ごめんなさいアリアナ様…結局僕は何の役にも…。
ダダダダダダッ、、、、、、バキィィ!
「グォォォォォ…!」
鈍い重音が森の中に響く。その音に驚いたのか、鳥たちが一斉に木から飛び立つのが分かった。
「お、、い、、大、、、か?」
…………誰か助けてくれたのか?
……誰だろう? 分からない。あぁマズい、意識が、、遠の、、。
ーバタッと、僕はその場に倒れそのまま意識を失ってしまった。