救世主の器
ー ー ー ー
目が覚めると僕は真っ白な空間にいた。淀一つない、空間に僕はいた。ただ、不思議と不快感はなかった。それどころか誰かに抱き上げられてるような、心地よい気までする。
…ここはどこなんだ、僕はどうなった。紗枝は…紗枝は無事なのか?
『ここは、いわば天界。ここへ呼んだのは私です。救世主よ。』
するとその瞬間、僕の目がひらけたように景色が広がっていった。驚いたことに、僕は雲の上にいたのだ。上は青空、下は雲海。この神秘的な光景に、僕は足がすくんだ。なぜかって? 僕は高い所が苦手なのだ。
…これなら、さっきの真っ白なとこの方がよかった。
そしてこの空間にもう1人、先ほどの声の主がいた。透き通るような白い肌と髪、全てを見通すかにみえる綺麗な翡翠色の瞳をした女性だった。
まるでアニメや漫画の世界から、飛び出してきたような…正に美しさの象徴ともいえる人だった。
…というかそもそも人なのか?
『申し訳ありません。ゆっくりと話をする時間は無いのです。なぜ、ここにあなたが呼ばれたのかというと…』
「ちょっ、ちょっと待って下さい!その前に、紗枝は!紗枝は無事か分かりますか!?」
ここに来てから一番心配していたことを、僕は女性に問いかけた。すると彼女は、一瞬ポカンとした顔を浮かべた後、すぐにニコッと僕に笑みをかけた。その表情に僕はドキッとして、頬を赤くさせてしまう。
『心配せずとも彼女は無事ですよ。あなたが身を盾にして庇ってくれたおかげです。』
「よ、よかったぁ…。」
ハァ、とつい安堵の溜息をもらしてしまった。よかった、本当によかった。紗枝が無事だということを聞いて、一気に緊張が解けその場に座り込んでしまった。
『ふふっ、ここにきて自分のことより他人の心配をするとは…彼が言った通りの子ですね。やはりあなたは、救世主に相応しい。』
…メシア? 一体何のことだろう?
ここに来てから、疑問に思うことばかりだ。僕の頭では理解することができない。
そもそも僕は、紗枝がトラックに轢かれるところを庇って死んだんだよな?なのに、何でこんな所にいるんだ?
…というか今頃だが、この女性は何者?
『私はアリアナ、星に祝福をもたらす者。あなた方が言うところの女神です。今あなたが、疑問に思っていることも説明します。しかし時間が無いのです…。一度しか説明しませんのでよく聞いて下さい。』
こ、心を読まれた?えっ、この人本当に女神様?
にわかには信じ難いが、人の心を読むという人外ならざる事をしたんだ。信じるほかなかった。それに、今までの優しい表情とは打って変わって、真剣な目をしていた。僕は立って、アリアナ様の言葉にコクッと頷いた。
「では、あなたをここへ呼んだ理由から説明しましょう。それは、あなたを地球とは別の星、稀代の英雄、救世主として遣わすためです。」
「…はぁ?」
思わず声が出てしまった。いかにも、中学生が飛びつきそうな話に気が抜けてしまった。
そんな漫画じゃあるまいし…。いや、そもそも僕がここにいること自体、漫画のようなものか。そう思うと納得する部分はある。しかし、疑問はいくつかあった。
『なぜ、あなたが選ばれたのかは…契約のためとしか言えません。それにあなたには、救世主として必要な、大いなる善の心が備わっていた。
しかし、まだ救世主としての器が未完であったために、この天界にあなたを呼ぶことはできずにいた。ですが今日、器は完成された。』
「僕が紗枝を助けた…から?」
『友のために命を捨つること、これ以上に大きな善はない。そう、あなたが彼女を助けた事が引き金となって、器は完成へと至った。
そこで、あなたがトラックに轢かれる直前、ここへあなたを召喚したのです。』
嘘みたいな話だ。ということは、僕がそのメシアになるための器が完成されるまで、アリアナ様は僕をここから見ていたんだ。
ー救世主よ、思い出して…。あなたの願いを。
あの時の声はアリアナ様だったのか…。
『では、これからあなたを遣わす星について説明をします。星の名は、レイトピア。あなたが、住んでいた地球と環境に差異はありませんが、ここは人間以外にも知性がある種族が存在しています。
また地球とは違い、どの種族も科学ではなく魔法により発展しているのです。』
ま、魔法ってマジですか…。
ゲームとかだったら、詠唱するだけで一撃でモンスターとかを倒す恐ろしいものだ。そんなところに飛ばされて、生きていけるだろうか…。
『そのために私がいるのです。時間がありません。最後にあなたを、聖別します。』
そう言うとアリアナ様は、僕の頭に手を置いた。すると僕の体から小さな光が溢れ出す。とても暖かく、優しく包まれるようだった。
すると、その光に同調するかのように周りの景色にも同様の小さな光がポツポツと出始めた。
『もう、時間なのですね…。やはり力が弱まっている。きっとあなたに直接手を貸すことができるのも、これで最後。』
「えっ、一体どうして…?」
突然の事で理解することができなかった。詳しく聞こうとするが、徐々に光の粒は大きくなり広がっていく。
『救世主よ。どうか、この星に救いの手を…彼が成し得ることができなかったことを…ど、う、、、か』
「っ!?」
ーその瞬間、天界が真っ白な光で包まれたのだった。