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第98話 スーパーハッカー教授の奇行

「ね。リュウ君、あれ見て?」


 通学途中に末身池(まつみいけ)手前にさしかかったその時。

 ミユが何やら指差している。


「何か珍しいものが……ってアヒルボート?遊園地とかであるやつだよな」


 一体なんでこんな所に。

 周りを見ると、凄い騒ぎになっていて、何やら写真を撮っている学生が大勢。


「ちょっと俺たちも見てみるか」


 謎のアヒルボートに興味があったので、近づいて観察してみる。そこには、

 『修士号』と名付けられたアヒルボートが浮かんでいた。そして、

 『TSUKUHA UNIVERSITY』

 と一見、大学公認かのような文字と大学のロゴマークまで。


「は?」


 俺が何を見ているのか一瞬わからなかった。

 そもそも、昨日までこんなアヒルボートは無かったはず。一体誰が……


「なんだか、説明書も置いてあるよ。すっごい本格的」


「確かに、乗船時の注意とか、救命ボートの使い方とか色々書いてあるな」


 誰かの悪戯にしては不釣り合いな程本格的な説明書に首を傾げるばかりだ。

 ツイッターを見てみると、筑派大学生の間ではこの話題で持ちきりだ。


「あの、修士号って変なアヒルボード話題になってますよね。何か知ってます?」


 Byte編集部に立ち寄って聞いてみたのだが。


「あー、あれは野口先生だわ」


「それ以外にあんなことする人居ねえもんな」


「いっつも、変なこと思いつくよな。野口先生」


 部員はだいたい、誰がやったか検討がついているようだ。


「俊さん。野口先生、というのは?」


 どこかで名前は聞いた気がするのだが。


野口大介(のぐちだいすけ)教授。天才なんだが、どうにも奇行が好きな人でな。ちなみに、うちのOBだ」


「それは、俊さんと比べてもですか?」


「俺なんぞ比較にならんよ。野口さんの奇行を挙げれば、一つの小説になるんじゃないかっていうくらいだ」


「そ、そんなにですか?」


「ああ。たとえばだ。うちのネット回線、妙に高速だと思わないか?」


「確かに、めちゃくちゃ速いですよね。ひょっとして、これも?」


「ああ。野口さんの成果だよ。なんでも、最初は勝手に光ファイバーを延長して怒られたらしいんだが、MTT東日本と交渉して、最終的にはうちのためだけの専用光回線を引いたらしい」


「そ、それは凄いですね」


 ミユも少し引いている。


「あのひとは変人なんだが、本物の天才だ。スーパーハッカーって言葉はあの人にふさわしいよ」


 どこか遠い目をしている(しゅん)さん。


「たとえば、大学1年の時に野口さんは自作のネットワークソフトウェアを作ったんだが、それが論文で定説とされていたことを覆す代物でな。学部1年でそのソフトウェアに関する設計論文を出して、注目を浴びたくらいだ」


「俺たちと同じと歳のときにですか。それは半端ないですね……」


 バイトのソフトウェアを作るのに苦労している俺とは雲泥の差だ。


「それでいて、あの人はいつも変なことをするのが好きでな。今でも、どこまで長く大学に在学できるか、という遊びをしている」


「は?あの、野口先生は教授ですよね」


「ああ、だが、同時に文学部の学生でもある。ちなみに、博士号を取った後、「まだ大学に居たいから」というだけで、入り直した」


「思考回路がわけわからないですね」


「俺もわからんよ。文学部で博士号を取ったら、次は医学部に入る予定らしい」


「生涯大学で遊びたいんでしょうか」


「さあな。天才となんとやらは紙一重というが、そういう人だよ」


「ところで、あのアヒルボート、修士号はなんで?」


 ミユの質問だが、俺も疑問に思っていたことだった。


「あの人の考える事は俺にはわからんよ。せっかくだから、会ってみるか?」


「い、いいんですか?」


「OBだし、いっつも大学にいるしな。ちょっと聞いてみるよ」


 タタタとなにかを打ち込む俊さん。


「今から来るとさ」


「「早っ」」


 ハモった。実際に、それから10分経たずに野口教授が姿を表したのだった。


「おー。君たちが、Byteの新入生かな。修士号について聞きたいんだったかな」


 少し独特の口調の野口先生。

 小柄で痩せ型な体躯だが、目が爛々と輝いている。


「あ、はい。なんで、あんなことをしたのかなと」


「特に意味はないかな。アヒルボートを浮かべてみたかっただけかな」


「「は?」」


 またしてもハモった。浮かべてみたかっただけって一体……


「でも、あれ、結構な額しますよね。どこから買ったのか知りませんが」


「あー、本体は50万円くらいかな。あとは、塗装は手作業でやったかな」


「ご、ごじゅうまんえん」


 遊びでポンと出せる金額じゃない。何を考えているんだろう、一体。

 天才らしいけど、奇人にしか見えない。


「じゃあ、あの、大学のロゴとかも手作業で?公式っぽかったですけど」


「あー。2時間くらいはかかったかな。で、君たち、面白いと思わないかね?」


「え、ええ。まあ、凄いとは思います。なんでアヒルかとか、なんで大学公式っぽく見せかけたかとか色々疑問がありますが」


 精巧な塗装を手作業でやったのか。ハッカーとかそういうレベルじゃなく凄い。


「あー。そのうち、公式になる予定だよ」


「え。でも、あんなことしたら、大学事務に怒られるのでは」


「まー、見てなさい。学則には違反してないから、こっちのもんだよ」


 そんな事を行って去って行った。


「な?変人だろ?」


 俊さんが同意を求めてくる。


「はい。俊さんが全然普通だったことがよくわかりました」


「でも、服は俊先輩より普通でしたよね」


 ミユよ、ツッコミポイントはそこか。


 そのわずか3日後。『修士号プロジェクト』は筑派大学公式プロジェクトとなり、末長く鎮座することになったのだった。


 野口教授は一体どんな手練手管を使ったのだろう。


 またしても俺たちは筑派大学の恐ろしさを思い知ったのだった。

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