第36話 幼馴染と蛍を見に行く件について
「蛍を見に行こう!」
7月中旬のある日のこと。
部長である俊さんの言葉がこだました。
「蛍ってまだ見られるんですかね」
蛍というと、6月くらいのイメージだが。
「6月~7月中旬くらいまでみたい」
スマホで検索をかけたミユが答える。
「だそうですけど。ギリギリじゃないですか?」
「筑派山の麓ならまだチャンスはある!」
力強く断言する俊さん。
「で、いつ行くんです?」
そろそろ試験勉強に時間を当てたい。
大学の前期期末試験は7月なのだ。
「まあ、週末がラストチャンスってとこだな」
「じゃあ、行きますよ。せっかくですし」
考えてみると、都内育ちの俺たちは生で蛍を見たことが無い。
「わたしも、わたしも!」
元気よくミユが手を挙げる。
「よし、決まりだな。今週末は蛍を見に行くぞ」
というわけで、蛍を見に行くことが決まったのだった。
◇◆◇◆
そして、日が落ちた山道を自転車で行く俺たち4人。
「俊さん、自転車好きですよね。車あるのに」
日が落ちてからなので、幾分楽だが、蒸し暑い。
「蛍を見に行くのに車なんて風情がないだろう?」
謎の理論を唱える俊さん。
「何の風情ですか、何の」
俊さんが謎なのは、今更だが。
「俊先輩……」
先を行く俊さんを眺めているのは都。
電話で話したら、「行きます!」と押しかけて来たらしい。
東京からつくなみまで1時間以上なのに、凄い行動力だ。
そういえば、結局、俊さんとの仲はどうなったんだろうか。
【結局、俊さんとの仲ってどうなったんだ?】
メッセージでこっそりと聞いてみる。
しばらくして、返事が返ってきた。
【まだですけど、もう一押しです!】
とのこと。頑張って欲しいものだ。
俊さんは変わったところもあるが、都にお似合いだと思う。
周りは街灯すらほとんどなくて、自転車のライトだけが頼りだ。
時折、田んぼや畑らしき風景が見えるが、暗くてよくわからない。
「こんなに田舎って海のとき以来かも」
とつぶやくのはミユ。
「だな。今回はある意味それ以上っつーか」
山の麓を自転車で走っているのだから。
「ところで、あと何分で着くんですかー?」
もうかれこれ30分以上走っている。
「あと10分というところだ。もう少しの辛抱だ」
とのこと。ああ、ほんと、蒸し暑い。
◇◆◇◆
「よし、着いたぞー」
俊さんが目的地へ到着した事を告げる。
「周り真っ暗ですが、ここにいるんですか?」
蛍の光すら見えないが。
「予想が正しければ、いる……はずだ」
しばらく周囲を歩いていると、ぼうっとかすかな明かりが見える。
「もしかして、これが蛍ですか?」
あまりに少しの光なので、自信がなくて聞いてみる。
「ああ。最近は、数が減ってしまってな」
俊さんの声は少し寂しそうだった。
周囲を見渡すと、暗がりの中、ぽつぽつと薄明かりがある。
静かな夜に、蛍の薄明かりだけの光景はなんとも言えない風情がある。
「なんか不思議……」
「神秘的ですね」
幾分小さな声で感想をもらす女性陣。いや、周りが静かなのか。
蒸し暑いが、来て良かった。
その光景を見ていると、遠くから慌てたような声が。
見ると、俊さんが都に引っ付かれていて困っているようだ。
我が道を行く俊さんも彼女には弱いようで、少し微笑ましい。
次第に、遠ざかっていく二人を見送ると、隣から声がする。
「都ちゃん、すごい積極的だよね」
元気なミユの声がこの中だと静かに聞こえるから不思議なものだ。
「都曰く、後一押しらしい」
「俊先輩も、形無しだね」
二人でなんとなく笑い合う。
その笑い声さえも溶けていきそうな静かさの中。
蛍のかすかな光だけが灯っていた。
「こうしてると、つくなみに来たんだなーって感じるよ」
蛍の光を眺めながら、ミユが言う。
「どういうことだ?」
「こんな光景を見ると、都内じゃないんだなーって」
「確かになあ」
東京は東京でも、自然が残っているところはあるらしいが。
まあ、俺たちが知る東京だとこんな場所はないしな。
「そういえば、思い出したんだが」
「何?」
「今度、花火大会、行かないか?」
「いいけど、どっかあったかな」
「大洗でやるんだってさ」
「リュウ君が熱中症になったところだね」
顔がよく見えないけど、苦笑いしている
ような気がする。
「まあ、生きてられたんだし。で、どうだ」
「いいよ。行こっか。自転車じゃなくて、ね?」
熱中症で死にかけたわけだから、洒落にならない。
「確かローカル線があったっけ」
調べてみると、「鹿島臨海鉄道大洗鹿島線」というのがあるらしい。
「浴衣、着て行くからね」
なんだか嬉しそうに言うミユ。
「俺が頼むならともかく、なんでミユが嬉しそうなんだ」
良からぬことでも考えてるんじゃないだろうな。
「夢、だったんだよ」
返ってきたのは意外な答え。
「ずっと昔に読んだ本に、そんな光景があったから。いつか、二人で行けたらって思ってたんだよ」
そんな子どもの頃からの夢だったことを初めて知った。
「すまん。てっきり、いかがわしいことかと思ってた」
浴衣着てシチュエーションプレイとか。
「リュウ君、私を何だと思ってるの?」
「肉食系な彼女」
「リュウ君が草食系なだけだよー」
「いや、絶対ミユが肉食系だ」
そんなくだらない事を言いながら過ぎていく、夏の夜。
こういう一日もまた悪くないな。
ちょっとキリ悪いですが、夏休み前ということで一区切りです。次の4章では、
夏休みのお話をお届けします。夏の大学生活ならではのお話をお楽しみください。
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