馬鹿ばっかり
結婚する前に分からなかったのって言われてもねぇ?
ど真ん中とか嗚咽とかいう言葉をご存知であろうか?
ど真ん中とは、いつもこころのど真ん中にいる女性という意味で、
嗚咽とは、思い出すだけで嗚咽してしまう女性の存在だそうだ。
今、目の前の男が私に向かって言っていることがよくわからない。
「何と言って謝ったらいいかわからないんだけど、俺のど真ん中が妊娠したので別れてほしいんだ」
私たちは三年前に結婚した。
その前に二年間付き合っていた。
その前は三年間友達だった。
女の人生の20代の8年間は結構大事だと思うのよ。
それをいまさらなかったことにしてほしいとはいったいどういう了見なの?
そこんとこ十分補償してくれるんでしょうね。
私、稲川美穂は21歳の時に大学のゼミで二歳年上の稲川正彦と出会った。
大学在学中二年間卒業してから一年間の合わせて三年間をゼミ仲間として過ごした。
何故なら、最初は先輩だった正彦がまさかの事故で留年したのである。
気が付けば私の後輩となっていた。馬鹿じゃねとは思ったけれど、貰い事故でリハビリにも時間が掛かり卒業まで二年もかかったのは可哀そうだと思っていたので、あれこれ面倒見ちゃったんだよね。
ようやく正彦が卒業して、就職をしたので社会人の先輩としてご飯をおごってやった。
その夜、これからは恋人してと付き合ってほしいと言ってきたのは正彦だ。
重ねて言う、気が付けば先輩の座から墜落して後輩となっている正彦が私に恋人になってくれと言ってきたのだ。
愛してるとか好きだとかも言った気もしないではないが、正彦が一番大きな声で言ったのが、恋人になって欲しいだった。
当時田中美穂と言う非常に平均的な名前だった私は、稲川正彦に請われて恋人になった訳だが、他に好いた男がいるわけでもないし、気を使わなくてもいい存在であった正彦と付き合うのも一興かと思ったのだ。
だらだらと二年付き合ううちに、正彦の妹が彼氏と結婚したいと言ってきた。
そろそろお年頃なので、若いうちに花嫁となりたいと言ってきたのである。
気持ちはわかる。
しかし、兄である正彦が先に結婚しなければ認めないと、稲川家の家長である父稲川誠一が言ったそうだ。
なしくずしに正彦と付き合っていた私は、プロポーズされーの結納しーので、気が付けば稲川美穂となっていた。
頭の一字と終わりの一字で稲穂となる大変めでたい名前だと、正彦の祖父稲川育太郎は大変喜んでくれた。
それは農家にとって大事なことらしい。私は知らんけれど。
都会で共働きだが、家事は私がほとんど負担していたがそれでも、普通に家庭を営んできたはずだった。
子供でもいたら、正彦の家事負担は増大していたと思うが、子供が居なかったので大人二人の家事なんていくらも変わらないしねと、甘やかしたのが悪かった。
気が付けば、残業だ出張だと正彦の帰りが遅くなる日々が続いていた。
正直浮気を疑ったこともあるが、いかんせん正彦が正直すぎると思っていた。
会社の誰それさんがどうしたこうしたと帰宅するなり外での出来事を報告する夫をお前は小学生かと思ったこともある。
その正彦が、今現在玄関で土下座をして別れてくれと言う。
正彦が高校生のころから好きだった女性と、偶然再会して、相手が身体を投げ出してきたので乗っかったら妊娠したと言われたらしい。
あんたそれ普通に考えたら托卵だと思うよ。
私が驚いたのはど真ん中言う言葉だ。
あれだけ恋人になってくれとか好きだとか言っておいて、俺のど真ん中がっていうのは何だよと思う。
家事一切やらんでゴミ捨てぐらいしかできんくせに何が妊婦の世話はしなくてはだ。
妊娠するまでに何回やったんだよと思う私はゲスイ。
ここにきて気が付いたことがある。
私は正彦を愛していなかった。
好きではあるが、どうしてもすがっても渡したくないと思うほどではなかったということだ。
それはきっと正彦の言ったど真ん中と言う言葉によって、最後の好きと言う感情も消え去ってしまったのだろうということにしよう。
「わかった、離婚する。ついては慰謝料で500万円、損害賠償で今まで二人で積んできた貯金500万円は私がもらう。あと相手の女性には慰謝料請求をする」
「僕が慰謝料払って貯金全部渡したら、ど真ん中に請求しないなら払う」
「とりあえず払って、そして離婚届け書いて。相手についてはあんた次第で考える」
そして、正彦のスマフォを取り上げて家からたたき出し玄関のかぎをかけてチェーンを掛けた。
外で正彦が何か言っているけれど聞こえない聞こえない。
スマフォから不倫の証拠であるメールやラインのやり取りを私の会社のパソコンに送った
スマフォからど真ん中のデーターを抜き取って、これもまた私の会社のパソコンに送った。
あんなこと言ったけど、考えて弁護士立てて慰謝料請求するつもりになったしね。
翌朝玄関チャイムの音で目が覚めた。
インターフォン越しに正彦の父で私の義父である稲川誠一と正彦がいたようだ。
「朝早くから申し訳ない。話は息子から聞いた、とりあえず開けてくれないだろうか」
二人を家にあげると、二人そろってダイニングで土下座をした。
「頭を上げてください」
私の言葉に義父稲川誠一は喜色を浮かべた。
「土下座されても一文にもならないので、そういうのもういいんで」
え?
と言う顔で義父稲川誠一は顔をゆがめた。
「とりあえず離婚届とお金は持ってきたの?」
「まだ」
正彦が言う。
「現金一括で500万円、それから離婚届今すぐ持って来て。早くしないと生まれちゃうんじゃないの?」
義父稲川誠一はびっくりした顔で息子稲川正彦の顔を見た。
「お前相手を妊娠させたのか?」
絶望感満載で義父稲川誠一は私を見た。
「と言うことです」
この後私の実家に謝りに行くというので、その前にお金と離婚届を持ってくるように言ったら、この世の終わりと言う顔をして帰って行った。
それから三時間後、私は普通に洗濯と掃除をして遅いお昼ご飯を食べているとまたチャイムが鳴った。
今度は義母稲川綾子が増えていた。
現金500万円と離婚届をもって正彦とその両親稲川誠一と綾子がソファに座っている。
「大体美穂さんがきちんと正彦の面倒を見ないからこういうことになるんです。
美穂さんにも責任の一端はあるはずなのになんでうちがお金を払わないといけないんですか」
「それはですね、世間一般でいえば、婚姻中に妻以外の女性を妊娠させた男が有責と言うことで、妻と別れたいというならそれなりの損害賠償と慰謝料を払わないといけないからです。ましてや正彦さんのお相手はど真ん中と言うずっと正彦さんが好きだった人なんだそうです。つまりは私と結婚する前から私以外の女性を心に住まわせていたんですよ、悪質ですよね。なんでしたら挙式費用一切も請求しても良いんですよ」
私は重ねて言う。
「義父さんも義母さんと一緒になる前から好きだった女性と付き合っていたと言ったら許せるんですか?」
「あなたそんな方いらっしゃるの?」
義父稲川誠一は顔の前で両手を振っていない居ないと言って居た。
「つまりは親の教育が悪かったということですよね」
義父母はしおれた様子でお金を置いて息子を連れて帰って行った。
私は貰ったお金と離婚届、身の回りのものと嫁入りで持ち込んだすべてのものをまとめて、暮らしの便利屋さんをネットで検索してすぐに来てくれる人を頼んで、実家に帰った。
嫁入りの家具その他はレンタル倉庫に下ろしてもらった。
とりあえず、仕事はあるしお金ももらったし、アパートでも借りて一人暮らしをしようと思う。
大学の同級生で友達の亜希子が弁護士やっているので、浮気相手からの慰謝料請求は任せて離婚しよう。
請求は正彦と同じ500万円でいいかな。
届を出したら最後に義母稲川綾子さんにメールしよう。
生まれた子供のDNA鑑定した方が良いよって。
それからスマフォを変えよう。
番号も変えちゃえ。
結婚して三年その前に二年付き合ってその前に三年間友達だったけれど、見抜けなかったなぁ。
ど真ん中がいたなんて。
泣いてなんかないやい。
ただちょっと悲しいだけさ。
みんなバカばっかり。