いきなり死にかけてすみません
「ぶごぶはぁっ」
意識を覚醒させると、肌に感じる凄まじい冷たさと不安定な重力に驚き、思わず息を漏らす。
すると、吐いた息は泡となって上へと消えて行き、息が吸えない状況を把握する。薄暗い視界が揺れ、息が出来ないこの状況を鑑みるに、ここは海底だろうと考察する。
「(転生場所がいきなり海底とかどうなってんだよ!?)」
と、心の中でさっき会ったばかりの神様のことを批難するも、そんなこもよりも早く海面に出なくてはと思い、輝は泡の向かった方へと泳いで行く。
必死に手で水をかき、足をばたつかせて泳ぐが、その努力もむなしく途中で意識が途切れてしまう。
「(あぁ、なんだよこれ。せっかく転生したのに意味ねぇじゃんか……)」
「ーーー♪」
無音の海底の中で、微かに綺麗な歌声と汚い音色が聞こえた気がした。
いつものように食料調達のために釣り道具を手に持ち、行き慣れた広い浜辺に向かうと、いつもはないものが砂浜に漂流していた。
少女は栗色の髪を風にたなびかせ、切れ長の目線の先にある何かを確認すると、物怖じもせずに近づいていく。
「あ、あのー、生きます?」
少女は、海から少し離れた浜辺で眠っている輝にあっけらかんとした声で話しかける。
輝は全身水浸しで、さっきから動く気配がない。
「もしもーし。おーい」
痺れを切らした少女は、全く動かない輝に軽く頬を張る。
「…………うぅ」
「おぉ、よかった。生きてる生きてる」
「げっほ、げほ。……こ、ここは?」
輝は口から海水を吐き出すと、焦った様子で頭を上げ、辺りをキョロキョロと見渡す。
辺りには、しゃがみこんでこちらを見てくる少女しかおらず、遠くには簡素な家が数軒見えた。
「ん、ここ? ここは都下から少し離れた村。アメイ村やよ」
「……はぁ、なんとかまたあの場所に逆戻りだけは免れたか」
「……?」
起きてすぐ妄言をのたまう輝を、少女は怪訝な表情で見つめる。
至近距離に可愛い年頃の女の子がいる状況に鼻息を荒げ、期待を込めて尋ねる。
「君が俺を助けてくれたのかな?」
「? うちはただここに寝っ転がってた君が生きてるのか死んでるのか確かめただけやけど」
「そ、そっか……。でも、まぁありがとう。俺は嶺野 輝。君は?」
「うちはララシア。そこの家に住んでるただの村娘やね」
ララシアは振り返り、一つの小さな民家を指差す。民家の窓からは小さな子供が数人じゃれているのが見えた。
異世界っぽい雰囲気を目にしてニマニマする俺を、ララシアは心底不思議そうに覗き込む。
「それにしても、君はどこから来たんやの?」
「えぇーっと。テンプレ風にいうと、東の孤島からかな」
「ふーん。聞いてもわかんないなー」
首を傾げて考える素振りを見せるララシアに、遊んでいた子供たちが近寄ってくる。
「ララ姉ちゃーん。ご飯まーだー?」
「はいはい。わかったから早く水でも浴びてきなさい」
「「「はーい!」」」
泥だらけの子供たちの背中を押して、その場を去ろうとするララシアは、振り返って水浸しの輝の手も引く。
「ほら、君も一緒に行ってきな。ご飯作っておいてあげるから」
「え、いやでも。そんな」
「いいからいいから、はよせんと置いてかれてまうよ」
ララシアは有無を言わさず輝を水浴び場へと誘い、子供達が手を引いてくる。
ふと、振り返りざまにララシアを見ると、不気味な笑みが溢れていたような気がした。
道すがら、手を繋いで歩きながら歌を歌う元気一杯の子供達にこの世界のことを尋ねる。
「俺、最近この近くに来たばっかりで何もわからないんだけど、ここら辺って魔王に侵略されかけてたり、伝説級の武器が眠ってたりしてるダンジョンがあったりする?」
「なにそれー? そんなの知らなーい」
「え!? 無いの!? じゃあ、俺は何を目標に異世界ライフを満喫すればいいんだ……。いや、俺にはこのメイド服がある。この服を超絶可愛い子に着させたりなんかしたら、それはもう。……たまらんですな!!」
輝が異世界に来た意味を模索していると、子供たちが振り返る。
「ついたよー。水浴び場!」
「ん、あぁ。そうなの?」
半ば適当に返事をし、草をかき分けて小さな湖に目を向けると、そこには先客がいた。
その人は青みがかった髪をくるりとカールさせ、目は真珠のようにきらびやかで、一目で魅了されてしまうほどの美少女だ。
その少女は、一糸まとわぬ姿でこちらを凝視する。そして見つめ合うこと数秒。
「きゃぁあぁああぁあぁぁーーーーー!?」
叫び声が周りに反響し、木から鳥が飛び立つ音がバサバサと聞こえた。