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戦場の死霊術師  作者: 邪魔リキ
6/6

ヒナタの決意


 ごめんなさいっていうのはたいへんなこと。

 私なんて、3人がかりでやっといえた。



 「…デジャヴ?」


 見覚えのある場所に、見覚えのある人たち。

 再びペペロに殴られてこの大広間に連れて来られたと悟るのに、あまり時間は掛からなかった。


 「…手荒に連れて来るなとは伝えてあった筈なのだが。」


 後頭部をさするヒナタの様子を見たミタマは、頬杖と共に小さなため息をついた。


 「この人が陛下から貰ったローブを着て鏡の前で気持ち悪いポーズをとっていたので、つい。」


 「…っ!変な言い方するなよ!ペペロ……ペペロ?」


 誤解を解こうと、咄嗟に声のした方に顔を向けて、硬直。連行前にも感じた違和感。


 「ペペロが、3人…」


 向いた先、メイジーの隣。服装や髪形など多少の違いはあるが、同じ顔が三つ並んでいるのだ。


 「…ああ、そうか。ヒナタ、揃って合うのは初めてか」


 薄笑いを浮かべたミタマが、メイジーの方をちら、と見た。説明してやれ、という事らしい。


 「この子たちは、私の部隊の副隊長で、三つ子の三姉妹。

 

 右側を結んだサイドポニーが―― 『ぺスカです!』

 左側を結んだサイドポニーが―― 『リチャーナです!』

 …そして下側を結んだダウンポニーが―― 『ペペロです!』


 …という具合だ。」


 三人とも、見事にメイジーが言う前に言い切った。一人残らず満足気な三姉妹を前に、メイジーが額に手をついて項垂れる。


 「相変わらず…大変そうだね…」


 隣で爆笑するトラを小突いたフラムが、同情した様に苦笑を送った。どうやら毎度の調子らしい。


 「…とまあ、こんな感じだが、実力は確かだ。よろしくしてやってくれ。」


 収集が付かないと判断したのか、咳払いと共に強引に纏めて、改めてヒナタに向き直った。


 「で、主をここに呼んだ理由だが…」


 「…”神贈物(ギフト)”の調査ですか…?でも、いくらなんでも急じゃ…」


 「今すぐにじゃない。場所と日時が決まったのでお知らせだ。」


 にやり、と笑った。ミタマの何かを見据えたその目に、掌から汗が滲み出るのを感じて、思わず生唾を飲んだ。


 「場所は三日後の朝、戦地ビャクヤ。何と3部隊による送迎付き。”今の所”アットホームでみんなでワイワイ、とてもやりがいのある作業現場だ。」


 …嫌な予感しかしない、と周りを見渡す


 「…陛下!まさかとは思いますが…!」


 この話はフラム達も聞いていなかった様で、トラを覗いて皆、面食らった表情を並べている。フラムが詰まらせたその言葉は、メイジーによって続けられた。


 「ヒナタを…ケルゲンとの戦争に連れて行くと…!?」


 「ああ、そうだ。」


 身を乗り出して訪ねたメイジーに対して涼しげな顔で言い放つと、目の前で瞳孔を大きく見開いて狼狽えるヒナタを見やった。


 「…ヒナタ。この国の情勢については、フラムから粗方聞いたらしいな?」


 「…はい。」


 「なら、話が早い」と、近くに居た男に目配せをすると、ヒナタの目の前に、褐色の布に描かれた一枚の絵が広げられた。それは、昼にフラム達と見た物と同じ、この大陸の地図。

 ヒナタがそこに視線を落とした事を確認すると、ミタマが再び話を始めた。


 「ここにいる皆には先に話したが、渦中の隣国ケルゲンに不穏な動きがあった。

十中八九、再び戦地ビャクヤを狙って進攻してくるだろう。しかも様子から察するに、今度出てくるのはケルゲンの”本隊”。どうやら奴らは本気でヒノクニを潰しに来る気らしい。」

 

 「”本隊”って…じゃあ、あの時のアイツらは…」


 唐突に出てきた”本隊”という単語に、思わず声を上げた。先日の軍勢も主力と呼ぶに十分な程の戦力ではあった筈だが…


 「主が戦場でまみえたのは、”浅黒い皮の鎧”を纏った連中だろう?

 ケルゲンは多数の民族が集まって構成された遊牧国家だ。故に、その階級は”民族”によって決められている。先日の部隊は、近年ケルゲンに吸収された民族で構成された”外様”の兵士…歩兵ばかりだったというのがその証拠だ。」


 思い返してみると、確かにあの戦場に居た兵士はほとんどが歩兵で構成されていた。あれらが全て下っ端だとするならば、”本隊”とはどれ程の力を備えているのだろうと、身震いした


 「ケルゲンの強みは、その広大な領地を生かした”騎馬”の繁殖と育成。…アイツら元々は狩猟民族だ、馬の扱いに関しちゃ他のどの国よりも長けている。だから、ケルゲンの本隊はその圧倒的な機動力を武器にした”騎馬隊”によって構成される。その代わりに人口も多いから、それ以外の使いっ走りは歩兵がメインなんだ」


 「…とはいえ、ケルゲンがウチに強襲まで仕掛けて返り討ちにされたなんて事実、あの負けず嫌いの脳筋国王はきっと許さない。それで、本隊が動き出したってことでしょうね。」


 珍しく流暢に説明を続けたトラと、それに対し淡々と語るメイジーの言葉に反応する様に、ヒナタの顔面からは血の気が引いていくのを感じた。


 「…そんなマジの戦争に俺…」


 がたがたと音を立てる口と一緒に、一筋の冷や汗がヒナタの頬を伝う。

 薄々感づいていたとはいえ、それは”最悪の想定”だ。自分の能力も詳しくわからないままに、再びあの地獄の様な戦場に放り込まれるのだから。


 「…心配するな。まさか最前線に放り込んだりしないさ。あくまで”調査”、一番危険の少ない後方に配置して、護衛も付ける。主の”神贈物”を調べるには()()が沢山ある場所の方が良いだろう?」


 「素材って…死体で実験するなんてッ…」


 臓物を散らかした死者がただ本能のままに生者を貪り食らう。そんな惨劇が脳裏に蘇りたじろぐヒナタを前に、ミタマは冷静に、追い詰めるかの様に問答を続ける。


 「残念だがヒナタ、主は私達に『協力する』と言った。そしてその見返りとして住む場所と、情報を受け取った…契約は立派に成立していると思わないか?」


 「…でも、『危害は加えない』って…!」


 「勿論加えないさ。()()はな。」


 「ッ……!」


 そこまで来て返す言葉を失ったと同時に、どこか納得もした。敵国との大一番を前に、無知で世間知らずで強力な能力を持つ人間がのこのことやって来たのだ、利用しない手などないだろう、と。

 悟った時にはもう手遅れ。拒否権なんて退路はすでに消されている。

 ミタマは反論に眉一つ動かすことなく切り返すと、返す言葉を失い俯いたヒナタに対して、声のトーンを落とし、語りを続けた。


 「正直、自分でも主には酷な事をしていると思っている。

 だが、私には責任があるのだ。ヒノクニを束ねる者として、民を守り抜く責任が、安寧をもたらす責任が。」


 先程とは打って変わって、赤子をあやす様に穏やかな口調で。やがてヒナタが緊張で力んでいた身体が無意識に緩んでいくのを確認すると、今度は会話のペースを落とし、耳元で囁くように言葉を紡ぐ。


 「…いいか、ヒナタ。この世界において、行動には必ず責任が伴う。それが無意識であろうが、故意であろうが、だ。

 だから主にも取ってもらうのだ。”奇跡を起こした”責任をな。」


 その台詞が鼓膜に届いて、ヒナタは重たく下がった前髪の隙間から思わずミタマの方に目を向けると、晴天の中に落とされたガラス玉の様に一切の曇りのない眼が、真っ直ぐにヒナタを見つめた。それはどんな理不尽でさえも、それが正当だと思わされてしまう程に綺麗で。


 「…怖いです、俺」


 本人も意図せぬままに、弱音が吐き出された。


 「ああ、そうだろうな。」


 ミタマは待っている。ヒナタが、自分の口から”YES”と述べるのを。

 いくら子供のヒナタでもわかる、逃げられる状況ではない、と。

 

 小さく息を吐いて、震える眼の焦点をもう一度ミタマに合わせようとすると、視界の端にこちらをじっと見つめるメイジーの姿が目に入った。視線に気づいたメイジーは真っ直ぐにヒナタを見つめて、小さく口を動かす。

 

 ———だいじょうぶ。

 そうやって言った気がした。


 思わず表情が緩んで、全身の強張りが消えていくのを感じる。


 「そっか…そうだよ…だからメイジーがあの場所教えてくれたんだもんな」


 一度でも、大量の人の命を奪ったんだ、それに向き合わなくちゃいけない。 

 今度は深く深呼吸をして、生気に満ちた眼でミタマに向き直った。


 「…詳しい話を聞かせて下さい」


 「勿論だ」


 待ってましたとばかりに、ミタマが嗤い、眼の前に広げられた地図を指さした。

 

 「大方は先程説明した通りだ。ヒノクニに進攻してくるケルゲンの本隊を、戦地ビャクヤにて迎え撃つ。こちら側の戦力はトラ、フラム、メイジー…ここに居る3人が率いる部隊による合同軍だ。」


 つまり、この広間に集まったのは、次の戦争の主力達。そこに副隊長を名乗った3姉妹が居ることを考えると、ここに居るのは3つの部隊の隊長と、副隊長、ということになるが…

 

 「でも、この3人ってまだ”八起”になったばっかりだって…」

  

 昼のフラム達との会話を思い出し、思わず口を挟んだ。


 「ああ、だからこそだ。ケルゲンがこの3人の”八起”襲名を弱体化と見て攻撃を仕掛けてきたのだとしたら、逆にその3人で討ち滅ぼしてやればいい。ご丁寧に本隊まで出てくるのであれば猶更、周辺諸国にも見せつけるいい機会だ。」


 「驚いたか、ヒナタ!これは俺が進言した作戦だ!」


 ミタマの説明に乗っかって、トラが得意気に声を上げた。作戦…というかはいささか疑問だが。


 「脳筋のケルゲンには脳筋のトラの理論ってワケかな…。

だが、そういう事だ。君が来るというのなら、僕達は全力で君を守る」


 「…この間の借りはちゃんと返すよ。」


 自信に満ちた3人の意志に当てられて、強く頷いた。今度は一人じゃない、と。


 「さっきも言ったが、主に極力危害の及ばない様には務める。主が戦地ですべきことは、自身の力の理解と掌握だ。最悪、こちらにも大被害を与えかねない力、くれぐれも慎重にな。」


 「…わかりました」


 不安は多分に残るが、いつかはと覚悟していた事で、自分以外の”神贈物(ギフト)”の事も知れるいい機会だ。

 一番の問題は、『勝てるかどうか』だが…。


 「不安そうな顔だな、ヒナタ」

 

 見透かした様に、ミタマの声が飛んだ。


 「まあ無理はない。恐らく、純粋な数と戦力は十中八九向こうのが上だ。

 …しかし、勝ち方なんてものはいくらでもある。ましてケルゲンの様な”武力”に頼りっきりの集団なら猶更な」


 「…策があるってことですか?」


 「これから考える所だがな。主も死にたくなかったら知恵を出せ」


 と、悪戯に嗤うミタマに、余計の不安を煽られた。

 知恵…と言われても、軍事に関する事なんてヒナタにはさっぱりで。


 「…えっと、そもそもヒノクニの特徴っていうか、強みって何ですか?」


 まず、そこからである。ケルゲンか騎馬を”強み”とする国なのはわかったが、肝心の自軍についての知識が無い。

  

 「ケルゲンの武器が”騎馬を生かした機動力”だとするならば、ヒノクニの武器は”技術”って所だろうな」


 ミタマは物臭そうに答えて、肘掛けの側にちょこんと飾られた、小さな鶴の折り紙をぴん、と指で弾いた。


 「技術…それは、武器の?」


 ヒナタは目の前で着地した鶴を手に取り、”元の世界”で見慣れたそれを懐かしむ様に眺めた。


 「ああ。ヒノクニには手先の器用な職人が大勢居てな。メイジーのガトリングガンだったり、主力連中の手持ち武器はほぼオーダーメイドだ。その他にも、改良を重ねた兵器が多くある。」


 「その兵器を生かした策があれば、ケルゲンと互角か、それ以上に戦えると…」


 「策があれば…な」


 ヒナタの問いに対して、ミタマの返答はなるどこか浮かない。


 「ケルゲンが力に頼りっきりなのは、策すら通じない程の圧倒的な攻撃力による賜物。半端な策ではすぐに突破されてしまうでしょう。何か良い手は…」


 フラムの側に座した眼鏡の女性が声を上げた。背中まで伸びた艶やかな髪は、フラムと同じ空色をしている。フラムの部隊の副隊長…だろうか。

 主力の面々が各々作戦を述べていく中、中央にぽつんと残されたヒナタは会話に付いていく事が出来ない。向こうの戦力も、こちら側の戦力でさえ、全く知らないのだから。

 置いてけぼりの空気に退屈を感じて両の手を後ろにつくと、楽な姿勢を取り、論争の飛び交う部屋をぼうっと眺めた。


 「…あ、あれ」


 すると、ふと、気が付く。三姉妹の座る場所に、見覚えのあるバッグが置いてあった。


 「トートバッグ、あれも持ってきてたんだ」


 ここに連れて来られる前に、一応スクールバッグの中身はトートバッグに移しておいた。財布とスマホに歴史の教科書…どれもこの世界で使えるかはわからないが。


 「…歴史の教科書?」


 ふと思いついて、そのまま四つん這いでハイハイをする様に三姉妹の方へ駆け寄った。


 「…ペペロ!ごめん、ちょっとそれ貸して!」


 「わあ、何ですか、反逆ですか!」


 「ペペロは私です!」


 「ヒナタが話しかけたのはリチャーナだよ!」


 ややこしい…と思いながら賑やかなその場で、バッグから教科書を取り出して手早くページを捲る。

 騎馬隊、兵器、戦術…ふいに思い出したこの出来事が、この世界で通用するのかどうかはわからないが、自分の命だって懸かっているのだ。提示してみるだけ価値はあるだろう。


 「ヒナタ、これなんの本?」


 「何て書いてあるかわかんないよ!」


 「やっぱり怪しすぎます!」


 三姉妹が茶化しながらわいわいとヒナタを囲む中で、ようやく心当たりのページを発見して、声を上げた。 


 「みんな、この作戦、使えないかな?」


 一同の視線がヒナタに集まる。

 小さな死霊術師の、残酷な初陣が幕を開けた。 

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