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戦場の死霊術師  作者: 邪魔リキ
2/6

霊感少年の最悪転移


 無気力、無趣味、無関心。

 真白ましろ 陽太ひなたは退屈していた。

 変わり映えもない日常とか、理不尽な社会とか。不安も不満もあるけれど、かといって何か行動を起こしたいわけでも無い。


 ―――僕は何のために生きている?

 常々そう考えてしまうのは、高校2年という多感な時期の所為だろうか。だがそれにしては、やりたいことがなさすぎる。


 ―――人は死ぬために生きている。

 どんな人間でもいつかは必ず死ぬので、その”死”に少しでも意味を見出す為に正義や愛を振りかざす。”死”に意味なんてないのに。


 だから僕は心臓を無駄に働かせ、死んだように生きるのだ。どんなに頑張って生きたって、()()()()()()()()()なんだから。


 退屈な6時間の授業が終わり、青春らしく友達とどこかに寄り道して…なんてこともなく逢魔ヶ時の薄暗い商店街の隅っこを窮屈そうに歩く。目元まで伸ばした前髪は”拒絶”のサイン。両肩で背負ったスクールバックの紐が軋む音を聞きながら、逃げるようにして帰るのが毎日のルーティーン。


 ―――関わりたくないのだ。()()()()()から。

 例えばこの商店街、夕方の書き入れ時だというのにシャッターの閉ざされた店が目立ち、客もまばら。田舎には良くある光景だ。


 …だがヒナタの眼に、そうは映らない。少なくとも倍は視えているのだから。

 ちら、と左に視線をやる。眠そうな表情で歩く中学生、何やら落ち込んだ様子のサラリーマン、大口を開けたまま動かない老人、首元を夢中で引っ掻き楽しげに嗤う夫人。 

 …この中の何人が、生きている人間なのだろう。

 

 ―――ヒナタには、霊感があった。

 否、ありすぎてしまった。それ故に区別がつかないのだ。生者も死者も、ヒナタの眼には同じく映る。普通の眼から見て閑散としている商店街も、彼の眼には繁忙期のように見えてしまう。確認方法は触れてみるしかない。触ってみて質量を感じるならば生者、そうでなければ死者という具合にだ。勿論そんな事いちいち確かめてなんかいられないし、見ず知らずの人を触り回っていたら変態と見なされる。


 だから、人と関わるのをやめた。その体質の所為で気味悪がられ離れて行った人間が何人も居るからだ。傷つくことを恐れ、周囲を拒絶し、全ての未来を諦めた。


 「…この”体質”がもうちょっと有用なら良かったんだけど。」


 霊感といっても、幽霊と対話したり祓ったり…なんて事が出来るわけではない。ただただ幽霊が視えるだけなのだ。祓えもしない、そこに居るはずのないモノが普通の存在として視認できてしまい、日常生活に支障を来す。

 …立派な社会不適合者の出来上がりだ。

 

 しかし、そんな厄介な体質にも”慣れ”が来るもので、今となっては幽霊に対して特別な感情を抱くこともない。数年前までは怖くて通る事が出来なかった、何故か他の場所より死者であろう人間の数が多いこの商店街も、今では近道だからと隅っこを通って帰るようになった。

 病院とか薄暗い廃墟とか、”幽霊が溜まりやすい場所”なんてのは時々あるし、それに対してあまり気にする事は無いと悟った為だが。


 …だがそれでも、今日はいつにも増して多い気がする。


 重たくかかった前髪を掻き分けて、周囲を軽く見渡した。喉元を抑え空を仰ぐ青年に、こぼれだした腸を必死に元に戻そうと試みている中年男性…どれも現代社会で生活していた人間の風貌ではない。


 何かがおかしい、と本能が告げた。身に纏っている服装も見たことの無い様なものばかり。共通して言えるのは、恐らく皆戦死者だという事だ。


 昔の戦時中の霊か?いや多分違う。授業で習ったような軍服でもないし、そんな前の時代の霊だったら時とともに風化して、黒い塊の様なもっと醜い外見になっている。しかしそんな事例も稀で、何十年も現世に留まっている魂なんてほとんどいない…筈なのにそれが大量に目の前にいるのだ。まるで今死んだばかりかのような新鮮な状態で。

 

 …多分これやばいやつだ。

 直観して、歩みを早める。心なしかその数はどんどん増えている様で、視界に入るのはいたる部分から臓物の飛び出した無残なモノばかり。込み上げる吐き気を両の手で必死に押さえながら、逃げるように前に進んだ。


 「…っぷ、はぁ…あと、少し…」


 商店街を抜ければ開けた通りに出る。そうすればこの悍ましい景色からも解放されるだろう。


 「何だよこれ…こんなこと、今まで一度も…」


 出口まであと6メートル程。今まで霊に危害を加えられた事などないが、この集団に関しては確信できない。もし何かの干渉を図ろうとしてくるのならば、ヒナタに抗う術はない。目先の距離をただ何も無い事だけを祈って進んだ。


 ―――怖い、怖い、怖い。


 生暖かい汗が背筋を伝う。浅く乱れた呼吸で、焦点の合わないその眼で前だけを見据えて。


 錆びついて古ぼけた商店街の出口が見えた。その先には無惨な死霊たちの居ない、いつもの景色が広がっている。


 「やっぱりこれは、この商店街だけの出来事…!」


 安堵して最後の一歩を踏み出した。もう二度とここには近寄らないと決意して。


 夕暮れの暖かな光に包まれ、いつもの開けた帰宅路が目の前に広がった


 瞬間、オレンジ色の光が瞼を包んで、思わず目を瞑る。

 そして、どこか遠くの方から、ぼそぼそと何かを呟くような声が聞こえた。











 ――――最初にヒナタの身体が感じたのは、”匂い”だった。


 …乾いた砂埃の匂いと、生臭くて、微かに酸っぱい匂い。

 その匂いに刺激されて、次に瞼が開いた。


 「んっ…」


 広がっていたのは、いつもの商店街ではない。


 舞い上がる砂塵と、武器を構える無数の大人。薄黒い革製の、簡素な鎧を着用している。その姿は、先程商店街に溢れ出た死霊達と同じ格好をしていた。


 「…は?何だよ、ここ…」


 突然の出来事に、頭が全く機能しない。ただ、ひりひりと伝わる緊張感や敵意が、自らに命の危機が迫っていることを本能として告げる。


 一歩後ずさりして後方に目が行った時、その緊張感の正体をヒナタの眼は捉えた。

 

 ――圧倒的な殺意。


 放つのは、真っ赤なポンチョに身を包んだ金髪の少女だった。しかもたった一人。くりんとして目尻が少し上がった、ネコの様な目を大きく見開いて真っ直ぐに前方の兵士達を睨んでいる。そこらの女優顔負けの小さな顔は砂塵と返り血に汚れ、両手に抱えているのは、その可憐な容姿には不釣り合いなガトリングガン。


 大きめのポンチョの下に隠れた、露出された腹部が何とも魅力的だが見蕩れている暇などないと、僅かな煩悩が過って初めて、ヒナタの脳は自身が置かれている状況を理解した。


 前方の兵達が向けていた敵意は、ヒナタにではなくその後方に居た少女で、その後方の少女が放っていた殺意は、ヒナタの前方にいる兵士達へ。


 …完全なる挟み撃ち状態。

 理解した後はもう純粋なパニックである。どうする事も出来ないのだから。血走った目で駆け出した少女を、一斉に銃を構えた兵士達を、その中間地点に立って呆けた面で眺めるしかコマンドは無かった。


 「終わった…」


 死の直前なんて意外とあっけないもので、恐怖はあまり感じない。頭が冴えてやっと浮かび始めたすべての疑問を消し去って目を閉じた


 銃声が聞こえた刹那、一瞬の風を感じて、顔面に衝撃が走り、その次は全身。

 どうやら地面に叩きつけられたみたいだ。


 「うぅ…」


 「何してんだ馬鹿!どこの者だ!」


 ヒナタに覆い被さる形で、先程の少女が声を上げた。

 助かった――と思った瞬間、今まで心の隅に追いやられていた恐怖がどっとやってくる。連続的に聞こえる銃声に、手首を引っ張られる感触。自らが今置かれている状況をもう一度理解した時には、少女の質問に答えることも、たった今命を救われた礼を言うことも出来なかった。


 「…何の目的があるにせよ、助けてやる義理は無い」


 少女はそう言い放ち、ヒナタを突き飛ばした。兵士達から見て少女の背後に隠れる様な形で。冷たい言い回しだが、庇ったのだ。命を救っても震えて礼すら言わない人間を。 


 …どうする、俺に何が出来る、こんな状況で。

 と頭では思うものの、一度頭の回転が始まると様々な思考が絡まって身体が全く動かない。ただ一つ言える事は、この場所は霊感のあるヒナタにとって()()()()()だという事。


 「…何なんだよこの恐ろしすぎる場所は…」


 命を賭して二度も助けようとしてくれた少女への謝辞よりも先に、そんな言葉が出た。

 商店街で見た数の倍、いや、それ以上居る。実際どこまでが死霊かはヒナタの眼にはわからないが、臓物を撒き散らし、人としての形を保っていない兵士が視界に余る程に蠢いているのだ。


 ―――アツイ、アツイ、アツイ

 ―――イタイ、コワイ、クルシイ


 この場で死んでいった兵士たちの悲痛な叫びが、呻きが、留まる事無く頭に響いてくる。

 ”視る”事は出来ても、”聞く”事なんて出来なかった筈なのに…思わずその場に蹲り、耳を塞ぐ。


 「やめろ、やめろ…」


 譫言のように呟いた。目を見開けば無数の兵士が辺りを囲み、四方から銃口を向けている。視界の隅では先程の少女も同じような状況で、兵士に喉元を差し出している姿が見られた。


 「…めろ、やめろ…」


 亡霊の声は脳内に響き続け、絶えず流れ込んでくる憎悪が、怨念がヒナタの心を蝕んだ。


 「何したって言うんだ…俺が何をしたって言うんだよ!!」


 叫んでも、嘆いてもその声が止むことは無い


 「いい加減にしろ…」


 やがてヒナタの心を支配していた恐怖は振り切れ、この理不尽な状況への怒りへと変わった。


 気づけば泣き腫れていた目で、銃口を睨む。死者か生者かもわからぬ目の前の兵士にありったけの憎悪を抱いて。


 「そんなモノ、俺に向けんじゃねぇ!!!」


 ありったけの声で叫んだ。叫んでも何も変わらない。そう肌で感じても、叫ばずにはいられなかった。


 …抗ってやるよ、最後くらい。


 「俺にお前らの姿が見えるなら、お前らの声が聞こえるなら、俺の声だって聞こえる筈だよな!!人の体質につけ込んで、お前らのクソみたいな未練に散々付き合わせやがって、冗談じゃねぇんだよ!

 話を聞いて欲しけりゃ、一度くらい俺の役に立ってみやがれ!!」


 生まれて初めて、こんなに叫んだ気がする。今まで抑え込んでいた自分を曝け出して。それが戦場で、しかも死に際だなんて笑える話だが…何だかいい気分だ。


 視線の先に引き金に手を掛ける兵士の姿が見えると、力強く眼を閉じて最後の瞬間を覚悟した



 …が、しばらく待っても、その瞬間が訪れることは無い。


 「……へ?」


 拍子抜けして恐る恐る目を開けると、その先に広がっていた光景に固唾を飲んだ。


 …殺し合っているのだ。兵士と、兵士が。


 ***


 「…何だ、これ…」


 その光景を目の当たりにし、呆気にとられているのはヒナタだけではない。

 少女は見ていた。自身の喉元に、引き金が引かれる瞬間の出来事を。


 「殺し合っているのは兵士と兵士じゃない…さっきまでそこに転がっていた死体だ…!」


 地に伏し、土塊と化していた死体が突然動き出し仲間を襲い始めたのだ。血と臓物を撒き散らし、一切の光が消えた眼で。無論、戦場は一瞬でパニックに陥った。


 「何なんだこの地獄絵図は…」


 少女は言葉を失い、呆然と立ち尽くす。蘇った死兵達によって繰り広げられるのは、喉元を噛み千切り、眼球を抉り、顎ごと舌を引っ張り出すなどといった、いくら戦場といえども極めて非人道的な行為による惨劇。響き渡るのはさっきまで圧倒的優勢だった筈の軍勢の悲鳴と断末魔。


 …気が付くと、震えていた。

 戦地に立つ者として死を覚悟した身といえど、まさか死体が動き出してかつての仲間を惨殺する光景を目の当たりにして、湧き出した恐怖を拭い去れる訳がない。いつ自分の番が来るかもわからないのだから。


 がたがたと音を立てる口を力いっぱいにつぐんで周りを見渡す。相も変わらず目を背けたくなるような惨状が広がっているが、死兵達がこちらを襲ってくる様子は未だ無い。


 「…どういうことだ」


 よく観察してみると、死兵達の攻撃に遭っていない人間がちらほらいる。無差別に襲っているように見えて何かしらの法則に基づいて動いているのか?だとしたら何だ、こいつらは何の目的で動いている?  

 

 …考えろ、思い出せ。そもそもこいつらはいつ、どうやって動き出した?

 ―答えはあの時、兵士に囲まれ蜂の巣にされかけた時だ。

 …そう、まるで私を助けたかの様に…あの瞬間に何があった?

 ―叫び声が聞こえた。さっき助けた少年の。

 …その少年は、何と叫んでいた?


 ―銃を構えた兵士に向かって、”俺にそんなモノを向けるな”と…そして、”役に立て”と言った…!


 …今、死兵達が襲っているのはどんな人だ?


 そこまで自問自答を繰り返した所で、周りを見回した。死兵の攻撃を受けているのは…


 「武器を持った兵士…!」


 事実、襲われていないのは、戦意喪失し”武器を手放した人間”…疲弊により武器を構える力も無くなりガトリングガンを手放した少女も、また然りである。


 「待ってよ…だとしたら…!」


 慌てて周囲を見回すと、頭部を押さえぐったりとその場に座り込んだ先程の少年の姿を捉えた。

 覚束ない足で歩み寄り、少年に問いかける


 「…君がやったの?」


 戦場に力なく座り込んだ2人に降り注ぐ血の雨が、その数奇な出会いを祝福した。

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