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戦場の死霊術師  作者: 邪魔リキ
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プロローグ


 見渡す限りの荒野、生憎の晴天で乾いた風に、立ち込める粉塵

 木霊するのは耳を劈く様な銃声と、金属がぶつかる鈍い音


―――そこは戦場だった


 といっても、どっちが優勢かなんてのは誰の目から見ても明白で、片方は数千の兵が一糸乱れぬ隊列を組み、後方では欠伸をかく者さえ居る程。


 それに対するもう片方は、壊滅寸前だった。

その数・百にも及ばぬ程の少数部隊が絶え絶えになった息で一心不乱に剣を振り、躱され、囲まれ、殺される。そうやって一人、また一人と乾いた大地に身を垂れた。



 そんな敗戦必至の軍勢の先頭で武器を構えているのは、一人の少女である。

 齢にして16、17程だろうか、もし街で見かけたならば、誰もが足を止め振り返りそうな程に可憐で、華奢な少女だ。しかし本来ならば金色の光沢を放っている筈の、肩上で揃えた髪は砂塵でくすみ、白い頬は血で汚れている。


 少女は血生臭い荒野で真っ赤なポンチョに身を包み、血だまりの中で踊る。両の手で抱えているのは、手持ちのガトリングガン。

 

 ―――撃って、撃って、撃って。

 視界に映る味方の数は、もうほとんどいない。少女も次第に呼吸が乱れ、銃を構えた腕の重みが増して、生命の限界を予感する。


 「…それでも、最後まで。」


 呟いて、ちら、と後方を見やる。荒野の遙か後方に、味方の背を確認した。

 

 ―――彼女らは、殿(しんがり)だった。つまり、仲間を戦場から逃がす為の足止め役。敗戦は確実であり、彼女らの死も確実。命尽きるまで敵軍の進攻を妨げるのみである。

 左から右へ弾幕を流した後、敵兵の屍を盾に距離を取り、呼吸を整えた。恐らくこれが最後の休息だろう。そう感じてふと、左側だけ裏編みにされた自身の髪を撫でた。


 「…ミタマ様」


 虚空に放ったその声は直後、爆音に掻き消される。

 

「…っ!!」


 咄嗟に身を躱し、被弾は避けたものの、爆風により数メートル後方に吹き飛ばされた。

…まさか少女一人相手に、味方を巻き込んでまで砲弾を放つとは。


 少女はいよいよ覚束なくなった足で、遠のきそうな意識で、立ち上がる。

 「ああ…」吐き出すように呟いて、嗤った。

 

 「…楽しくなってきた」


 頬から流れ出る鮮血を舌で拭うと、手元のガトリングを握り直す。その眼はまるで蜻蛉の羽を毟る子供のように無邪気で。全身を襲っていた鈍い痛みも忘れて、前方に走った。


 「一人でも多く!ブッ殺――――」


 しかしその意志は、寸での所で制止される。


 「――はあ?」


 そして間抜けた声を漏らした。


 ―――人が居るのだ

 いや、ここは戦場で、人が居るのは当たり前のことなのだが。今まで居なかった筈の人間が居る・という言い方が正しいだろうか。


 何故そんなことを気に留めたかというと、まずは服装だ。敵軍は全員同じ服装に統一されているし、自軍でもこんな服装の人間は見たことがない。どう考えても、戦闘向きの装いではないのだ。

 そして明らかに、一般市民である。武器も携えていなければ、顔に傷一つ付いていない。何時間も続く戦争のど真ん中で、こんな人間がいるだろうか。しかも、さっきまで散々飛んだり跳ねたりドンパチやっていた場所で。

 

 …気の抜けた呆けた顔で立ち尽くすその様子はまるで、”たった今この場所に現れた”かの様で。


 前方に駆ける少女に向かって、銃口が向けられる。少女は「ちい」と舌打ちをすると、身を翻し呆けたままの少年の手を引いた。


 「うぅっ」


 少年は見た目通りの間抜けた声を出して、一緒に倒れ込んだ。

 

「何してんだ馬鹿!どこの者だ!」


 一喝して、再び敵兵と距離を取る。少年からの返答はない。手を引き顔を睨むと、恐怖に歪んだ表情で眼の焦点が小刻みに震えている。同い年くらいの、気弱そうな少年だ。

 

 …確信する。明らかに戦地の人間ではない

 向けられた銃口への動揺、掴んだ手の柔らかさ、見た目の貧弱さ。どこを取っても、真っ先に死ぬタイプの人間だ。


 「…何の目的があるにせよ、助けてやる義理はない」


 掴んだ手を離し、後方へ突き飛ばした。少女もまた、助かるような状況ではない。再び敵に向き直り、武器を構えて走り出…そうとすると、


―――「何なんだよこの、恐ろしすぎる場所は…」


 不意に少年の呟きが聞こえ、反射的にそちらを見た。上空を見つめ、虚ろな瞳で言い放ったその言葉は、()()()()()()()()()()に対して言っているようで―――


 「…もう構っていられるか」 


 お陰で死に損なった。そんな気分だった。どうせなら、ハイになったまま敵陣のど真ん中で華々しく散りたかったが、邪魔が入ったせいで高揚は収まり、それによって忘れていた全身を襲う鈍い痛みが蘇る。


 がしゃん、と音がして、両手で抱えていたガトリングが地面に転がった。数時間にわたる戦闘の疲労に加え、切り傷、打ち傷、銃弾による射傷のフルコースに、デザートには砲弾による爆風まで食らったのだ。幾度も改良を重ね軽量化したとはいえ、ガトリングを抱える力など、もう残ってはいない。


 もう終わりだ、と言わんばかりに敵兵達が銃を構え、周囲を囲む。自身も膝から地面に崩れ、向けられた銃口をぼんやりと見つめた。視界の隅で先程の少年を確認する。どうやら少年も同じような状況らしい。上ずった声で、やめろ、やめろと喚き散らしている。


 …結局あいつは何だったんだ・とため息をついた所で、改めて敵兵に向き直り、「やれよ」と喉元を差し出した。


 「…私にしては、上出来だ」




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