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悪役令嬢型アンドロイド・エリザベスX ~ ティータイムは宇宙要塞で ~  作者: 鷹山 涼
6章 クラスタウォーズ・エピソード1 ファントム・アラシ
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6章 第3話 敗北

過去で一番遅れてしまいましたね。すみません。

 渦流真W。そしてタロウDS……


 共にナーロウ博士に生み出された兄弟機でありながら、敵として再会する事となった2人の戦いは、今、決着の時を迎えようとしていた。



 「ぐっ……」


 左腕を大きく損傷した上に、腹にコンピューターウイルス入りの弾丸まで受けている渦流真Wは見るからに満身創痍といった様子だったが、それでも歯を食いしばりなんとか立ち上がるとタロウDSを睨み付けた。


 「タロウDS……死んだと聞いていたが、まさかテロリストの残党の仲間なんぞに成り下がってまで生き延びていたとはな……。

 日頃お前が熱く語っていた『正義の心』とやらは捨て去ったのか? 勇者の称号が泣いているんじゃないか?」


 「まあ、なんとでも言ってくれて構わないよ。……ああ、だけど1つだけ訂正しておこうか。今の俺はタロウDSじゃない。

 改めて自己紹介しておこうか。俺の名はダース・タロウ……暗黒面に堕ちた闇の勇者さ」

 

 

 ダースという言葉の意味は不明だが、暗黒面に堕ちた戦士はダースなんちゃらという名を名乗るものと昔から決まっているらしい。

 


 「闇に染まった今の俺はかつての同胞であっても躊躇い無く斬れる。だけど斬り捨てる前に一応聞いておくよ。

 大人しく降伏してクラスタに来ないかい?」


 「ふんっ……死んでも断るね」


 「そうか、まあそう言うと思ってた。断られたなら仕方がないね、元・同胞としてのせめてもの情けだ、一瞬で終わらせてあげるよ」



 そう言うとタロウDS改めダース・タロウは剣を上段に構えると、渦流真Wの脳天に向けて一気に振り下ろした。



 「一瞬だと? 舐めるな! この俺がそう簡単に終わると思うなよ!」


 ウイルスで体の自由が利かないと思われていた渦流真Wだったが、ややぎこちない動きではあるものの素早くその場から飛び退いて攻撃をかわした。



 「まだそんなに動けるのか? ……本当にしぶといな。ウイルスが効いていないのかい?」


 「いいや、効いているさ。本来なら今頃立ってもいられないだろうな。……()()()()()()()()()()()()()()()……な」


 「……何が言いたい?」


 僅かにだが、ダース・タロウの表情が変わった。



 「考えてみれば当たり前の話だな。お前はあの戦いから今までずっと行方不明だった。

 オリジナルの弾丸はこの研究所にしか無いんだから、一度も戻って来ていないお前が弾丸を補充できているはずが無いよな。

 これはおそらくクラスタの科学者が作った劣化コピーって所か?」


 「……気づかれたか。レシピ通りのはずなんだけど、クラスタの技術だとナーロウ博士の武器を忠実に再現することはできなくてね。

 でもオリジナルに及ばないとはいえ強力なウイルスだ、それなりに効いているだろう? それに左腕も失っているだけじゃなく他の部分のダメージも蓄積しているだろうし、君に勝ち目が無いことは変わらないんじゃないかな?」


 「フンッ……確かにこのザマじゃあ俺がお前を倒すのはもう無理だろう。悔しいがそれは認めてやる。……だが忘れたか?

 俺の本来の目的はクッコローネRが主砲を止めるまでお前を足止めする事だ。俺がお前を倒せなかったとしても、時間を稼ぐ事さえ出来れば必ず流れはもう一度こちらに来るはずさ」



 そう言った丁度そのタイミングで、渦流真Wの耳にクッコローネRから、目的の達成を告げる通信が届いた。



 《こちらクッコローネR! 敵艦の主砲は止めた! これで研究所への直接攻撃は防げたはずだ!》



 「フッ……アイツがやってくれたようだな。研究所への直接攻撃の心配が無くなったのなら、戦いようはいくらでもある」


 渦流真Wがニヤリと笑いながらそう言ったのを見て、ダース・タロウは船の方を振り向き、様子を確認した。

 船とはそれなりの距離が離れているが、高性能アンドロイドである彼の目ならば目視できる範囲内だ。


 「ああ……なるほどね」


 船の状況を確認して、ダース・タロウは呟いた。

 船体は無傷でダメージは無さそうだったが、主砲の砲身には破壊されたクラスタの戦闘ロボット達の残骸がギュウギュウに詰め込まれている。

 クッコローネRの攻撃力なら主砲を破壊することも出来ただろうが、船そのものを破壊して乗組員を殺してしまうリスクを避けるためにこんな手段で砲台を使えなくしたのだろう。


 船の状態を把握したダース・タロウは再び渦流真Wの方を向くと、お手上げだとでも言うように手を頭の横まで上げてパッと開いてみせた。


 「確かにあれじゃあ暴発が怖くてあの砲台は使えないね。君たちは見事にあの砲台を止めたわけだ。……だけど」


 ダース・タロウはそこで一度言葉を区切り、嘲笑うような視線を渦流真Wに送りながらニヤリと口元を歪め、そして言葉を続けた。



 「一体いつから……あの砲台が主砲だと錯覚していた?」



 「なん……だと?」



 渦流真Wは驚愕に目を見開き、息を飲んだ。


 次の瞬間、クラスタの宇宙船の底が大きくスライドを始め、中から大きな砲身がニュッと頭を出した。

 そのサイズは今さっきクッコローネRが封じた砲台よりも更に一回り大きく、凶悪そうに見える。

 

 《ハッハッハッ! 驚いたか!? だが我の手札はこれだけではないぞ? さあ、見るがいい! そして絶望せよ!》


 どこからともなくソウゴ・ヒョウカの勝ち誇ったような声が響きわたると、小惑星の陰から更に4隻の宇宙船が姿を現した。

 その船体にはソウゴの乗る船と同じく、アラシ・クレームメールのシンボルである『封筒に赤い×マーク』がペイントされており、この4隻がクラスタの増援である事を示していた。



 「『流れはもう一度来る』、君はそう言ったね。……でも悪いけど、我々の有利という流れは変わらないみたいだよ?」

 

 「……クソッ」

 



 ーーーー



 隠されていた主砲、そして新たに現れた敵の増援……。

 研究所からモニター越しにその様子を見ていた面々は表情を険しくしていた。



 「ぬぬぬ……せっかくクッコローネRが砲台を止めてくれたというのに、また新しい砲台が現れたのじゃ……。

 それに増援まで連れてくるとはズルいのじゃ!」


 悔しがる子供のように地団駄を踏みながらそんな文句を言っているノジャロリーナSの横で、エリザベスXはスッと自分のこめかみに指先を当てるような動作をしながら、通信機能でエルメスTたちへ呼び掛けた。


 「……聞こえますか、エルメスT。 バリアの修理はどうなっていますか? 先ほどの砲撃より激しい攻撃が来ると仮定して、どの程度まで防げるでしょうか?」


 すると大した間も置かず、すぐに返事が帰ってくる。


 《う~ん……修理は終わったし、ついでに強化もしておいたから~、バリア自体は簡単には破れないと思うんだけど~……

 でも、この施設のエネルギー残量が問題ね~。壊されなくてもエネルギーが切れちゃえば意味は無いもの~》


 エルメスTが、相変わらずのふわふわした口調でありながらどこかいつもより真剣さを感じさせる声色でそう答えると、続けて五所川原Jの声が聞こえた。

 五所川原Jは研究所の前に出て攻撃を防いでいたはずだが、どうやら今はエルメスTと共にバリア発生装置の前にいるようだ。


 《ゴメンね、事後報告になっちゃったけど、わっちももうヘトヘトでバリアが使えなくなったから後ろに下がらせてもらってるよ。

 それにスティーブン舞倉ももうあんまり修理ができないって言ってるよ。持ってる材料が残り少ないんだってさ》



 「そうですか。3人ともご苦労様でした。そこはもういいのでこちらへ戻って来て下さい」


 《了解よ~。じゃあそっちに行くわ~》



 通信が終わると、部屋の中を数秒の無言が支配する。

 重苦しい緊張感が漂う中で、ライトがエリザベスXに尋ねた。


 「大丈夫だよね? みんな負けないよね?」


 その言葉はエリザベスXへの質問であると同時に、不安を払うために自分に言い聞かせる言葉のようでもあった。

 ライトとしては、エリザベスXにはいつもの不敵な態度とブラックジョークで軽く返して欲しかったのだが、彼女の返答はライトが期待していたものより深刻なものだった。



 「ふむ……何をもって勝利と言うかにもよりますわね。捨て身の手段を使って良いのなら勝算はありますが、その場合は犠牲を誰も出さないというのは難しい……というか、ほぼ確実に犠牲は出ますわね。少なくとも大ダメージを負っている渦流真Wは見捨てる必要があるでしょう。

 それに、敵陣のど真ん中にいるクッコローネRもあるいは……」


 それを聞いたライトが、彼にしては珍しく怒鳴るような強い声でエリザベスXの言葉に割り込み、中断させた。


 「駄目だ! 犠牲を考えなきゃいけないなら戦わないでいいよ! 早く外で戦っている2人を回収して、みんなで逃げよう!」


 「……珍しく強く意見を主張したかと思えば、その内容が『みんなで逃げよう!』……ですか。相変わらず情けない男ですわねぇ」


 エリザベスXはそう言ってクスリと笑った後、更に言葉を続けた。


 「まあ、良いですわ。貴方の安全を約束できない戦況になってしまった時点で撤退する事も視野に入れていましたから。

 ではクッコローネRを渦流真Wの救出に向かわせて、そのまま2人で撤退させましょう」


 そう言って彼女は次にクッコローネRへと通信を繋ぐと手早く戦況を説明し、渦流真Wの救出と撤退の指示を出した。



 《了解した。……だが私のスピードはタロウDSよりやや劣る。ましてや負傷した渦流真Wを連れての撤退となると楽では無いな……》


 「ご心配なく。短時間ではありますがタロウDSの動きを止める策があります。貴女はその隙に渦流真Wの救出して逃げて下さい」


 《ほう、どんな策かは知らんがお前が言うのなら勝算はありそうだな。では今から渦流真Wの救援に向かおう》



 指示を終えて通信を切ったエリザベスXに、ノジャロリーナSが尋ねる。


 「足止めの策ってなんなのじゃ? タロウDSは強いのじゃ、ちょっと援護射撃をしたくらいでは足止めにもならないと思うのじゃ」


 「彼を物理的な攻撃で止めるのは簡単ではありませんわ。ですから……」


 エリザベスXは、説明しながらコンピューターを操作する。 

 

 「これをこうして……準備できましたわね。クッコローネRが渦流真Wを保護して逃げるタイミングに合わせてコレを射出します。

 ノジャロリーナS。弾道と射出タイミングの計算はお願いしますわよ」


 「ん? ……おお! 確かにコレは効果がありそうじゃな! よーし、そうと決まれば射出しちゃうのじゃ!」



 「自信がありそうだけど、何をする気?」


 自信ありげな2人の態度を見て何をする気なのかと気になったライトは、コンピューターの画面を横からチラリと覗き見た。

 そして2人が戦場に向けて射ち出そうとしているものが何なのかを知り、驚きと困惑で目を丸くした。


 「はっ? ……射出するって、コレを戦場の真ん中に? いや……それってなにか意味あるの?」


 「普通なら無意味でしょうね。ですがタロウDSに対しては充分に足止め効果を見込めますわ」


 「……これが?」


 

 釈然としない様子のライトだったが、すでにノジャロリーナSが射出のカウントダウンを始めているのを見て、もうそれ以上の質問はせずに黙って結構を見守る事に決めた。


 「3! 2! 1! ……行くのじゃあぁー!」



 「ああ……本当に射出しちゃった。アレに敵を足止めする効果があるとは思えないんだけど、大丈夫なのかな?」



 1人半信半疑のライトを余所に、()()は戦場へと向かって高速で飛んで行くのだった。




 ーーーー




 「ここまでか。 チッ……やれやれだぜ」

 

 主砲を止めたつもりが本当の主砲は他にあり、更に敵の増援まで現れた。

 その絶望的な状況に渦流真Wは敗北を覚悟し、忌々しそうに悪態をついた。



 「流石に今回ばかりは君も諦めたようだね。……最後にもう一度だけ確認するけど降伏するつもりはないかい?」


 「ふん……俺の答えは変わらないさ」


 「……そっか、残念。じゃあお別れだ」



 一瞬だけ寂しげな目をしてそう言ったダース・タロウだったが、すぐに元の余裕のある微笑みに戻ると渦流真Wの脳天に向かって思い切り剣を振り下ろした。

 今の渦流真Wは体力的にも、そして気力的にも攻撃を避ける余力は無く、ただ棒立ちで斬られるのを待つばかりであった。


 だが、その剣は横から割り込んだ別の剣によって受け止められた。



 「ふう……なんとか間に合ったようだな」


 ダース・タロウの剣を止めたのはクッコローネRであった。



 「俺の剣を片手で止めるとは……相変わらず君はいい腕をしているね」 


 ダース・タロウが感心したようにそう言うと、その顔をクッコローネRが強く睨み付けた。


 「やはり本当に…… 本当にお前だったのだな。タロウDS……!」


 その言葉は裏切り者に対する怒りと悲しみに満ちていたが、やはりそれでも死んだはずの仲間が生きていたという事への喜びもあるのか、ダース・タロウを睨み付ける彼女の瞳には憎悪や敵意以外の感情も僅かに込もっているように見える。



 「久しぶりだね、クッコローネR。……だけど1つ訂正だ。今の俺はタロウDSじゃあなくて、ダース・タロウさ」


 「ダース・タロウだと? ……ふん、何があったのかは知らんが、正義に燃えていたあの頃のお前ではないというのは理解した。

 本当は今すぐに顔面を殴ってでも正気に戻してやりたい所だが……

 ……せいっ!」


 「おっと!」


 会話をしながらも手に持った剣でつばぜり合いを続けていた2人だったが、そこでクッコローネRが一気に力を込めて剣を振り抜いたため、単純な腕力では彼女に劣るダース・タロウは勢いに押されて後ろに下がる。

 その一瞬の隙にクッコローネRは後ろを振り向いて渦流真Wの方へと手を伸ばした。



 「今は退くぞ、禍流真W。撤退の指示が出ている。動けるか? さあ、私に掴まれ」


 「っ……!」


 一瞬、言われた通りに手を伸ばしかけた渦流真Wだったが、すぐにその手を引っ込めて首を小さく横に振った。


 「……やはりダメだ、俺を置いて1人で逃げろ。動きの鈍った今の俺を連れて逃げ切れるほどヤツは甘い相手じゃあない」


 「大丈夫だ! エリザベスXがヤツを足止めする策があると言っていた。あいつを信じて一緒に逃げるんだ! さあ、行くぞ!」


 「……わかった」



 エリザベスXの策というのを信じたのか、あるいはこのまま言い合いをする時間が無駄だと思ったのかどちらかは不明だが、渦流真WはクッコローネRの肩を借りて逃げる事にしたようだ。

 


 「……おいおい、俺が簡単に逃がすと思っているのかい? 今の俺は背を向けた相手であって容赦なく斬るよ?」


 その言葉と共に高速で2人を追跡を開始を始めると、あっさりと距離を詰めて攻撃が届く距離まで追い付いたダース・タロウだったが、その瞬間、研究所の方向から高速で飛来する反応を察知し、一度攻撃を中止してそちらに意識を向けた。



 「ミサイル? ……いや、増援か? まあいい、どちらにしてもアレがここに来る前に終わらせれば良いだけの話だね」


 一瞬、謎の飛来物に気を取られたダース・タロウだったが、まずは2人を倒す事を優先しようと思い直し、剣を握る手に力を込める。

 だが、飛来物の正体に気がついた瞬間、彼はハッとした表情になり、攻撃どころか2人を追うことすら忘れたように動きを止める。


 「まさか、あれは……!」



 高速で飛来したそれは彼のすぐ側まで来ると、どういう仕組みかは分からないが急ブレーキを掛けたようにその場でピタリと止まり、

 まるでダース・タロウに自分の存在を見せつけるかのように仁王立ちしている。

 

 その物体の正体は……タンスであった。 


 そう。主に衣服など入れておくアレだ。そんなものが戦場にあっても普通なら攻撃にも防御にも役に立たないだろう。

 ……だが、それを見てダース・タロウは明らかに顔色を変えた。



 「ぐっ……ダメだっ! 今はそれどころじゃないと頭では理解しているのに……体が勝手に……!」


 ダース・タロウはフラフラと引き寄せられ、タンスの引き出しをガサガサと物色し始めた。


 「手がっ……手が止まらないっ!」



 暗黒面に堕ちたとはいえ、彼は勇者型アンドロイドである。

 そして勇者とはタンスやツボがあると調べなくては気が済まないという習性を持っているのだ。


 それが初めてお邪魔した他人の家であろうとも、自国の王様の寝室だろうと、魔物の住む要塞であろうと……

 例え感動の名シーンであろうとも、緊張感の漂うシリアスシーンであろうとも、そこにタンスがあればメインストーリーを後回しにしてでもまずはタンスを調べてしまう……それが勇者という存在なのである。



 「これがエリザベスXの言っていた足止めの策か。上手く行っているようだな……よし、今の内に逃げ切るぞ!」


 「ああ!」


 クッコローネRと渦流真Wは動きを止めたダース・タロウを見て、今がチャンスとばかりに全力でその場から飛び去った。

 近接パワータイプのクッコローネRと、スピードタイプだがダメージのせいでまともに動けなくなっている渦流真Wの2人よりはダース・タロウの方が速いのだが、スタートダッシュでここまで距離を稼がれてしまっては今から追い付くのは難しいだろう。



 「くっ……逃げられたか!」


 遠ざかって行く2人の背中を見つめ、悔しそうに歯を食いしばるダースタロウだが、その手は未だにタンスの中をゴソゴソと漁っている。


 その時、ダース・タロウの頭の中にある通信機に、ソウゴ・ヒョウカの怒鳴り声が届いた。



 《何をしているダース・タロウ! むざむざ敵を逃がすとは!》


 「くっ、申し訳ありません。ソウゴ様。つい本能的に……」


 己の失態を恥じ、謝罪をしつつもタンスから見つかった『ひのきのぼう』を大事そうに懐にしまうダース・タロウ。


 《ええい、もういい! 奴らは我が砲撃で沈めてやる! お前は巻き込まれないように下がっていろ!》


 「了解しました。タンスの引き出しをもう1段だけ調べ終わったら下がります」


 《何を言っている! 今すぐ下がらんか、バカ者がぁ!》


 「…………了解」



 いくらダース・タロウのタンスを調べたいという欲求が強いとは言っても、アンドロイドである以上は主からの命令の方が優先度は高い。

 ソウゴ・ヒョウカに怒鳴られた彼は、調べ終わっていないタンスを名残惜しそうに見つめながらも渋々とその場を離れた。



 《よし……忌々しいナーロウ博士の遺産どもを宇宙の塵に変えてくれるわ!》


 ダース・タロウが十分に距離を取り、砲撃に巻き込まれない位置まで下がった事を確認すると、ソウゴの乗る船だけではなく後で増援として来た4隻の船も含めて、全ての艦の全ての砲台が一斉に研究所へと向きを合わせ、そして砲撃準備に入った。




 ーーーー



 全ての敵艦から一斉にロックオンされている事をセンサーが察知し、研究所内に警告アラームが鳴り響いた。

 

 「敵が一斉に砲撃準備してるのじゃ! こ、これは流石に危ない気がするのじゃ……!」


 「砲撃っ!? でもまだクッコローネRたちが戻ってないよ!? 今撃たれたら外に居る2人が……!」


 怯えからか頭の上の狐耳をペタンと伏せながら言うノジャロリーナSと、それを聞いて慌て出すライト。



 「安心なさい、ライト・ノベル。2人とももうすぐそこまで戻って来ていますわよ」


 エリザベスXはそう言って室内に沢山並んでいるモニターの内を指差した。

 その画面を見たライトは、そこに研究所の正面ゲート付近まで接近している2人の姿が映っているのを見て、ひとまず安堵した。



 「もう間もなくですわね。ノジャロリーナS、2人が研究所に逃げ込む一瞬だけバリアを解いて、2人が中に入ったらすぐにバリアを張り直して下さい。やれますわね?」


 「分かっているのじゃ! 5……4……3……2……1…… 今なのじゃー!」

 

 

 周囲を覆うバリアが一瞬だけ解除され、その瞬間にクッコローネRが渦流真Wを抱えて研究所に上手く飛び込んだ。

 だがホッとする間もなく、その2人を追うように強力な熱源反応が接近した。

 このタイミングで敵艦の一斉攻撃が打ち込まれたのだ。


 「のじゃ!? バ……バリアを張るのじゃ! 間に合うのじゃあぁぁー!」

 

 

 直後、研究所を爆発音と振動が襲った。


 ライトは咄嗟に頭を抱えてしゃがみこんでそのまま固まっていたが、しばらくして周囲に被害が無いことが分かると恐る恐る立ち上がった。


 「なんとか大丈夫だったみたい…… ……あっ、そうだ! あの2人は!? 避難は間に合ったの!?」


 「落ち着きなさい、ライト・ノベル。2人は無事ですし研究所にもダメージはありませんわ。バリアが間に合いましたから。

 ……ですが今の攻撃を防ぐのにかなりのエネルギーを消費してしまったでしょうね。ノジャロリーナS、エネルギー残量は?」


 「むむむ……残り31%なのじゃ。かなり厳しいのじゃ……」


 「31%ですか。自爆覚悟なら戦えなくもないですが、安全第一というライト・ノベルの意向もありますし、ここは素直に全軍撤退いたしましょう」



 そう言うとエリザベスXは近くのコンピューターを操作し……そして彼女には珍しい悲しげな表情を浮かべながら、『決定』をクリックした。



 「のじゃあ!? エリザベスX! 何をっ……!?」


 慌てて叫ぶノジャロリーナSの言葉が終わらない内に、敵からのロックオンを受けた時とはまた別のアラームが鳴り響き、研究所全体が激しく振動し始めた。



 この場所に拠点を構えると決めてから、アンドロイドたちとライトは力を合わせて瓦礫などを集めて土台を作り、研究所をちょっとした宇宙要塞と言えるサイズに拡張した。

 後々はそのスペースに新たな施設を増やしていく予定であり、幾つかの装置や建物等はすでに造り始めてもいた。

 それらが今、研究所本体から切り離されたのだ。

 新たな役割を与えられるはずであった土台はどんどん研究所から離れ、再びただの瓦礫として宇宙空間をさまよい始める。

 


 「ねえ……これってもしかしてエリザベスXがやったの?」


 ライトが困惑気味な様子でそう尋ねた。


 「ええ。……重要な物を廃棄する場合はアンドロイドの独断では決定できませんから、やれるか不安はありましたが、できましたわね。

 まだあの辺りに重要な役割を与えていなかったのが幸いしたようです」



 エリザベスXは、これから何をするのか説明するとライトかノジャロリーナSのどちらかが躊躇して、無駄に時間を浪費してしまうかもしれないと思い、独断で土台を切り落としたのだ。

 必要な事とはいえ、なんの説明も無くやったのだから文句を言われることも覚悟していたのだが、ライトはちゃんと彼女の意図を理解したようだ。



 「そっか……うん。どうするかを聞かれてたら俺なら多分すぐに決断は出来なかったと思う……みんなで協力して造った思い出があるからさ。 だから……キッパリとやってくれてありがとう」

 

 「あら、独断で動いた事に対して礼を言われるとは予想していませんでしたわね。……まあ、理解してくださっているのなら話が早いですわ。

 ……さて、ノジャロリーナS、そういうことですから撤退準備を開始しますわよ」


 「わ、わかったのじゃ。けど、撤退準備といっても何からすればよいのじゃ?」


 「周囲の土台を切り離して本体だけを分離させたのですから、今なら変形できるでしょう? 一番スピードを出せる黒猫(シュワルツカッツ)形態に変形してこの場から離れましょう。エネルギーの不安はありますが、今は逃げる事が最優先です」


 「そうか! 了解したのじゃ! ライト兄上、揺れるから椅子に座ってじっとしてるのじゃ!」


 「ん? 黒猫(シュワルツカッツ)? ……ああ、思い出した」


 一瞬怪訝そうにしたライトだったが、研究所が宇宙船形態に変形した時の名前だという事を思い出して、納得したように小さく頷きながら言われた通りに近くの椅子に座った。


 ライトが椅子に座ったのを確認してから、ノジャロリーナSが研究所を変形させる。

 ガションガションという音と共に研究所が形を変え始めたタイミングでコンピュータールームの入り口が開き、複数の人物が部屋に入って来た。



 「おい、まだ我々が廊下を歩いている最中なのに変形を開始するな。危ないだろう!」


 部屋に入るなり慌てたようにそう言ったのは先程帰還したクッコローネRだ。

 廊下で合流したのだろう。彼女の後ろには保存食を用意するために食堂に行っていたミリィちゃんとシェフの2人、そして疲れた顔の五所川原Jを背負って歩くスティーブン舞倉の姿もあった。


 

 「それは失礼。ですが急ぎでしたのでご理解を。……ところでエルメスTと渦流真Wの姿が無いようですが?」


 「2人はメンテナンスルームだ。エルメスTが渦流真Wの応急処置をしている。……安心しろ、ダメージは大きいが、命には別状は無い」


 それを聞いたライトがホッと胸を撫で下ろす。


 「みんなちゃんと戻って来ているんだね? 良かった……」



 「まだ安心するのは早いですわよ、ライト・ノベル。皆が研究所の中に避難したといっても、その研究所ごと破壊される危険はあるのですからね」


 そのエリザベスXの言葉に被さるように、熱源接近のアラームが鳴り響き、続けてノジャロリーナSが悲鳴を上げた。


 「ぎゃー! エリザベスXが言ったら本当に攻撃が来たのじゃあ!」


 「……失敬な。まるで私がフラグを立てたかように言わないで頂けますか?」


  

 エリザベスXの不満そうな言葉の後に複数の爆発音が聞こえた。

 だがその音は先程の攻撃の時よりもずっと小さく、また、研究所もほとんど揺れなかった。



 「……当たらなかったのじゃ?」


 「どうやら先程切り離した部分が上手く盾になってくれたようですわね。ですが幸運は何度も続きませんわ。次が来る前に撤退いたしましょう」


 「わかっているのじゃ。もう変形は完了しているのじゃ。 黒猫(シュワルツカッツ)、全速後退! スタコラサッサなのじゃー!」


 

 宇宙船に変形した研究所は全速力で撤退を開始する。

 いきなり最高速度で急発進するなんていう無茶をすると、ただでさえ少ないエネルギーを無駄に消費してしまうのだが、そんな無茶なスタートダッシュをした甲斐もあって敵の追撃はすぐに振り切れそうだった。

 変形した研究所のスピードが単純にクラスタの船より速いというのもあるが、それに加えて研究所から切り離した部分が複数の瓦礫となって周囲を漂っていて、それが邪魔になってクラスタの船は迂闊に追ってこれないのだ。

 

 

 「……敵の射程範囲から抜けたのじゃ」


 

 ノジャロリーナSのその言葉を聞いた瞬間、緊張から解放されたライトは全身からフッと力が抜けていくのを感じた。

 

 「怖かったぁ……」


 ライトは放心状態のような表情で、椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。


 「大丈夫? はい、どうぞ♪」

 

 そんなライトの前にミリィちゃんがホットココアを差し出した。

 

 「……ありがとう、ミリィちゃん」


 いつの間に用意したの? っと言いかけたライトだったが、今は野暮なツッコミを入れる気力も無かったので素直にカップを受け取り、それを口に運んだ。


 

 「ひとまず目の前の危険は切り抜けたな。……だが、問題は山積みだ」


 胸の前で腕を組み、難しい顔でクッコローネRがそう言うと、ノジャロリーナSが頷く。


 「のじゃ。クラスタと再戦するにしてもこのまま逃げ続けるにしても、どちらにしてもエネルギーも物資も足りないのじゃ……」


 「うむ。決して楽観視できる状況ではないな。……だが、できる事から1つずつ解決していくしかあるまい」


 

 「ですわね。それではまず最優先でやるべき事を済ませてしまいましょうか」


 そう言ったエリザベスXは、おもむろにコンピューターの操作を始めた。

 ライトの位置からは彼女の画面が見えているのだが、知識が無いので何をしているのか分からない。

 気になったライトは素直に本人に尋ねてみた。


 「最優先でやるべき事って、いったい何をするつもりなの?」 


 「言うべきことがありますわ。……彼らに」


 そう呟くと、なんと彼女はクラスタの船に向けて通信を送り始める。……しかもご丁寧に映像付きでだ。



 彼女は退却中だとは思えないほど自信に満ちた表情で胸を張り、そして捨て台詞を言い始めた。



 《クラスタ諸君。今回だけはそちらに勝ちを譲りましょう。……ですがこれで終わりだと思わないことですわね。

 我々は必ずまた貴方達の前に立ち塞がり……そして極上の恐怖と後悔を味あわせて差し上げますわ! その時までせいぜい束の間の勝利に酔いしれているが良いでしょう。 オーッホッホッホー!!》


 最後の高笑いの部分はしっかりとエコー付きである。



 「こんなところですわね」


 何故か微妙に満足そうな顔でそう言いながら通信を終えたエリザベスX。

 ライトは内心でドン引きしつつも尋ねた。


 「え~っと……最優先でやるべきことって……」


 「当然『捨て台詞』ですわよ。悪役令嬢たるもの、例え敗北するにしても敗北者なりの美学という物が必要です。

 ただ黙って惨めに逃げ去るなどという不作法は、神が許しても私のプライドが許しませんわ」



 「いや……捨て台詞って、そんなストイックな気持ちで口にする物じゃないよね?」


 ライトの口からツッコミじみたセリフが反射的に漏れた。

 するとそれを聞いたエリザベスXが少し驚いた表情で意外そうに言う。

 

 「おや、敗北にショックを受けているかと思っていたのですが、ツッコミを言えるくらいの元気がありましたか」


 「あっ……」


 ライトはまるで緊張感が無いと責められているような気分になって、気まずそうに視線をそらした。



 「ああ、別に責めたりなどしていませんから勘違いなさらずに。むしろそれくらいの元気があって良かったですわ。

 これから今後の話し合いをする必要があるのに、心ここにあらずの状態では困りますからね」


 

 「話し合い? ……ああ、そっか。逃げられたのは良かったけど、大変なのはこれからだもんね」


 

 クラスタの攻撃範囲から離脱し、とりあえず目の前に迫る危機は回避した。だが平和な生活に戻れたという訳ではないのだ。


 アンドロイド達も研究所そのものも、大なり小なり被害を受けていて、それを修理するにも物資もエネルギー不足している。

 近いうちに補給を受ける必要があるのは確定だが、果たしてどこで誰から補給を受けるのか。

 そして無事に補給ができたとして、その後はクラスタから身を隠すのか、それともすぐに反撃に出るのか。

 そういった事も含めて、大まかな方向性だけでも早い内に決めておくべきだろう。



 「じゃあ話し合いを始めようか。……とは言っても、特別な知識も無い俺が話し合いに参加しても、あまり役に立てないと思うけどさ」



 「いや、ライト卿には大事な役割がある。ライト卿も知っているだろうが、我々アンドロイドは一部の行動を制限されているのだ。

 だから話し合いの中で良い提案が出たとしても、それが人間の許可が無ければ実行する事ができない手段だという場合もある。

 そういう提案が出た時、それを許可するかしないかをその場でライト卿が決定してくれれば話し合いもスムーズに進むだろう」


 クッコローネRが会議の場でのライトの必要性を説明すると、エリザベスXもそれに続いて説明する。



 「つまり、所謂『ハンコを押すだけの簡単な仕事』という奴ですわ。最悪、中身を理解していなくても構いません。

 最後に許可を出してくれるのなら、後は理解してるフリをしながら適当にうんうん頷いているなり、中身の無いどうでもいい演説をして仕事をしているっぽく見えるパフォーマンスをするなりしているだけで結構ですわよ。

 ……政治家の仕事と同じようなものですわ」


 「最後のセリフは色々と問題だよ!? 真面目にやっている政治家に謝れ!」


 「あら失礼。では真面目な政治家には謝罪するといたしましょうか。……そんなものがこの世に存在しているならば、ですが」


 「更に問題発言!? そろそろ本当に怒られるよ!? と言うか一度本気で怒られるべきだと思う!」



 若手芸人のような勢いでツッコミを入れるライトを見たエリザベスXは、嬉しそうに目を細めて小さく頷いた後、パンパンと手を叩きながら言った。


 「さあ、そろそろライト・ノベルのツッコミのエンジンも良い感じに温まって来たようですし、会議を始めましょうか」



 「いやいや……今後の話し合いをするのに、俺のツッコミのエンジンを温める必要は無いよね?」



 先程までの戦闘とは別のベクトルの疲労感に襲われ、肝心の話し合いを始める前からグッタリするライトであった。

 


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