5章 第13話 アラシ・クレームメールの後継者
遅くなってすみません。
ピッ。
処置終了を示す緑のランプが灯り、ゆっくりとカプセルのフタが開かれてゆく。
すると横でそれを操作していたエルメスTが、いつも通りのふわふわした笑顔でそのカプセルの中を覗き込んだ。
「ライトく~ん。気分はどうかしら~?」
「ん……」
カプセルの中にいたライトは、そこから出ると、調子を確認するように軽く全身を動かしてみる。
「うん。傷も塞がってるみたいだし、痛みも無いよ」
マエザーと決闘を繰り広げた闘技場は、元々武器やアンドロイド等の試用試験をするために建てられた場所であったため、もしもの事故に備えてカプセル型の治療装置が用意されていたのだ。
SFを舞台とした映画やゲームによく登場する。あの謎の液体に満たされた透明なカプセルにすっぽりと入るタイプのあれである。
決闘で傷を負ったライトだったが、この装置のお陰でほんの数分ですっかりと治っているようだ。
「ライトく~ん、治療液が乾いてないわよ~。ほら~、こっち来て~」
「ちょっ……恥ずかしいって、自分で拭くからいいよ」
「うふふ~、照れなくてもいいじゃな~い。ほらほら~」
タオルでライトの全身を拭こうとするエルメスTと、それが照れくさくて抵抗するライト。
そこに横から不機嫌そうな声が割り込んだ。
「……仲が良さそうで何よりですが、そこまでにしていただきましょう。
ほら、こちらも治療が終わったようですわよ」
エリザベスXがクイッとアゴを動かして指し示した方向には、ライトが入っていたのと同じタイプの治療装置があり、それは今まさにフタが開かれた所であった。
「む……ここは……?」
戸惑うような様子で辺りを伺いながら治療装置から出てきたのはマエザーだ。
彼は気を失った状態で装置の中に放り込まれ、ついさっき目覚めたばかりなので、何がなんだかよく分かっていないようだ。
だがライトやエリザベスXの顔を見てすぐに状況を理解したのだろう。
残念そうに深くため息をつくと、苦笑いを浮かべながらライトを見つめ、そして己の敗けを宣言した。
「ふう……負けてしまったようだね。約束通り金輪際もう君たちに手出しはしないと誓うよ」
「本当にそうしてくれるなら助かるけど……うーん……」
基本的にお人好しなライトも、今まで敵だったマエザーが口で敗北を認めたからといってそれだけですぐに警戒を解くことはできないようだ。
ライトは『どう思う?』と問いかけるようにエリザベスXに視線を送る。
するとその視線を受けてエリザベスXは小さくコクンと頷いた。
「小悪党の口約束を簡単に信用するわけにはいきませんわね。やはり解放する前に記憶の改竄はしておくべきでしょう」
記憶を改竄されると聞いたマエザーは、その答えをある程度は想定していたのか、そこまで驚いた様子は無い。
だが当然ではあるが、覚悟していたとしても嬉しい話では無いため、控えめに注文をつける。
「記憶の改竄か……う~む……仕方ないと言えば仕方ない対応かもしれないが、せめて脳に悪影響が出ない程度に手加減してもらいたい」
「手加減ですか? オホホホホ! さて、どうしましょうかねぇ? せっかくですから徹底的に手を加えてみるのも面白そうですわね。
……そうですわ! 強烈な暗示をかけて、毎晩眠る前に中学二年生ごろの黒歴史が鮮明にフラッシュバックするようにするというのはどうでしょう」
「や、やめてくれ! 地味ではあるがリアルに効くぞそれは!」
楽しそうに笑いながらそんな言葉を言い放つエリザベスXを見て、マエザーは顔色を青くする。
マエザーはアンドロイドが人間に過剰な攻撃できないことはよく知っているので、『拷問する』だとか『殺す』などと言われても、ただの脅しだと笑い飛ばすつもりであった。
だが、黒歴史を思い出す暗示をかけるというくらいの嫌がらせなら、なんだか微妙に制限に引っ掛からずにやれそうだからリアルに怖い。
実際はエリザベスXは本当にやろうとしている訳ではなく、単にマエザーを脅かして反応を楽しんでいるだけなのだが。
「エリザベスX。……あんまりからかい過ぎないようにね」
そうたしなめたのはライトだ。
するとエリザベスXは小さくクスリと笑い、首をすくめてみせた。
「あらあら残念、ライト・ノベルに釘を刺されてしまいましたわ。それでは冗談はこの辺りにして……エルメスT、キオク・イジルマン伯爵の準備をお願い出来ますか?」
キオク・イジルマン伯爵とは、以前、宇宙海賊を捕らえた時に使った記憶改竄装置だ。
装置が偶然途中で外れたモヒートには効果を発揮しなかったが、そういった事故さえ起きなければ効果・安全性共に優秀な道具である。
「まかせて~。念のために~、動作確認もしておくから~、少しだけ時間を頂戴~」
そう言って部屋から出て行くエルメスTを視線で見送ったあと、エリザベスXは再び視線をマエザーへと戻した。
「さて、それではエルメスTが準備を終えるまでの時間、色々と質問させていただきますわね。……素直に答えていただけるのなら紅茶とお菓子くらいは用意して差し上げますわよ?」
「レディからティータイムのお誘いとは光栄だね。0K、何でも……というわけには行かないけど、話せることは話してあげるよ」
ーーーー
「いらっしゃいませ♪」
ミリィちゃんが明るい声と笑顔で皆を出迎えた。
マエザーの話を聞くのに紅茶やお菓子を用意しようとした時、どうせなら自分で用意するよりも食堂に行ったほうが早いし味も良いだろうという話になり、ここに来ることになったのだ。
別室に待機しているノジャロリーナSとキオク・イジルマンの準備をしているエルメスTの他にも、エネルギーを消耗していた五所川原J、そして集団行動が苦手な禍流真Wは同行しなかったため、今ここにいるメンバーはライト、エリザベスX、クッコローネR、そしてマエザーだ。
「4名様だね。お好きな席にどうぞ♪ 今、シェフは捕虜の人たちにご飯を届けに行ってて私しかいないからあんまり難しい料理は出せないけど、ゆっくりしていってね♪」
「では紅茶とお菓子を人数分お願いしますわ。……ああ、ライト・ノベルとマエザー・ユサックの紅茶は4~5回使った出涸らしの薄い紅茶を」
「いや、食堂まで来てわざわざ出涸らしを注文しないでよ……」
「う、うむ……出来ればちゃんと味のするものにして欲しいね」
流れるように出涸らしの紅茶を注文するエリザベスXに、仲良く抗議するライトとマエザー。
どうやらエリザベスXにからかわれる被害者同士として親近感を感じ始めているようだ。
「あら、出涸らしはお嫌いですか? 仕方ありませんね、ではナーロウ博士のお気に入りブレンド・Bタイプの紅茶を持ってきてください」
エリザベスXがそう注文し直すと、ミリィちゃんは「喜んでー♪」と、ファミリー居酒屋のバイト店員のような返事をして厨房へと向かった。
「さて。それでは……あそこの席にしようか」
クッコローネRが奥の方にあるテーブル席を指差す。
ライトは特に何も気にしなかったが、マエザーはクッコローネRがその席を選んだ意図に気づき、小さく苦笑いした。
(あの席……出入口から遠くて逃げ出しにくい場所だな。この騎士のアンドロイドは純粋な戦闘タイプかと思っていたが、案外抜け目が無いな)
まだ自分に対する警戒が解かれていない事に気づいたマエザーだったが、どちらにせよもう逃げられる状況ではないと覚悟しているため、大人しく案内されるままその席に座った。
「お待たせしました♪ ご注文のナーロウブレンド・Bと、お菓子でーす♪」
しばらくしてミリィちゃんが紅茶とマドレーヌを運んで来ると、マエザーは受け取ったカップを顔に近づけて、まず色と香りを確かめる。
「これがナーロウ博士のお気に入りなのか。茶葉は悪くないもののようだが……少し濃すぎないかね?」
「ええ、主に博士が眠気覚ましとして飲んでいたものですから濃いのは当然ですわ。普通に飲むには苦いでしょうね」
「また地味な嫌がらせを……」
ライトとマエザーは一口だけ紅茶の味を確かめてその苦さに渋い顔をすると、テーブルの端にあった砂糖とミルクを入れて味を整えた。
「……うん、こんなものかな」
マエザーは砂糖とミルクたっぷりの紅茶を一口飲み、一息ついてから話し始める。
「ふう……で、なにを話せばいいのかな? 僕個人についての事なら、大抵の事は話してあげるけど?」
「素直な態度は褒めて差し上げますが……貴方個人についての事など、このティースプーン一杯ほどの興味もありませんわ」
エリザベスXは持っていたティースプーンでカップの端をチンッ、と軽く叩きながらそう言った。
「うーん、そこまで興味を持たれないのはちょっと寂しいが……じゃあ何について聞きたいんだい?」
マエザーの問いに、エリザベスXはチラリとライトの方へ視線を送る。
「ライト・ノベル。貴方はこの男に尋ねたいことはありませんか?」
「えっ、俺?」
マエザーへの尋問はエリザベスXに任せようと思って気を抜いていたライトは、まさかいきなり自分に振られるなどとは思っておらず、驚いた。
「何を他人事のような顔をしているのですか? ライト・ノベル。貴方がこうして本来の日常とは違う生活を送ることになったのはこの男が原因なのですから、なにか尋ねたい事くらい無いのですか?」
ライトはマエザーの船から脱出し、漂流した結果この研究所にたどり着いた。
そして一度故郷に戻った後も、マエザーが自宅まで訪ねて来た事から再びここに来る事になったのだ。
思い返すと確かにライトが非日常に足を踏み入れる切っ掛けは、全てマエザーだった。
「そっか、そうだね……じゃあまずアラシ・クレームメールとの関係を聞かせて。……まさか今さら無関係とは言わないよね?」
「あの組織のことか。ふーむ、確かに無関係じゃないんだが……なにをどう話そうかな」
マエザーはそこで言葉を止めると「うーん……」っと少し考え込み、しばらくして再び話し始めた。
「もう手を切ることに決めていたから、彼らの情報をリークすることに抵抗は無いんだけど……残念ながら僕もあの組織について知っている事はあまり多くは無いんだよね。
資金や物資の援助はしていたけど、仲間と言えるほどの関係ではなかったからね」
「はっ?……仲間じゃないならなんで援助を? あ、もしかしてなにか弱みでも握られていたとか……」
財力を持った著名人の弱みを握って金を要求する。……確かに犯罪組織がやりそうな手口だ。
だとすればマエザーも被害者なのか? そう考えたライトだったが、マエザーの答えはライトの予想の斜め上を行くものであった。
「フフッ、ライト君には分からないかい? ロマンのためさ。男なら一度は『反政府組織と裏で繋がりを持っている社長』というダーティな立場に憧れを感じるものだろう?」
「えっ? い、いや……俺は全然憧れを感じないけど……」
『何言ってるの、コイツ?』という目でマエザーを見つめるライトに代わり、今度はエリザベスXが質問を続けた。
「ふう……貴方が大した情報を持っていないというのは理解しましたわ。ですがそれでも何か知っている事はあるでしょう?
それを話してもらいましょうか」
そう質問するエリザベスXは微笑みを浮かべているが、その瞳にはいつもより真剣な色が伺える。
ナーロウ博士とそのアンドロイドたちにとってアラシ・クレームメールは最大の敵だった。
そんな宿敵の作った組織が今も活動しているとなれば、その情報は掴んでおきたいと考えるのは当然だろう。
「そうだね。じゃあまず彼らの組織について知っている範囲で説明しようか」
マエザーはそう言って残っている紅茶を一息で飲み干すと、コホンと小さく咳払いをしてから説明を始めたら。
「彼らはアラシ・クレームメールの思想の理念を受け継いだ後継組織で、『クラスタ』と名乗っているよ。指導者の名前や顔は知らないが、過去のクーデター軍の幹部の血縁者だって噂だね」
「ふむ……『クラスタ』か。それで、組織の規模や戦力は?」
そう尋ねたのは、今まで無言だったクッコローネRだ。
戦いを担当している彼女としては、やはり敵の戦力というのは真っ先に知りたい情報のようだ。
「詳しくは知らないけど、すぐに大きな活動を起こせるほどの力は無かったはずだ。……最近まではね」
マエザーが最後につけ足した『最近までは』という部分が気になったライトは、それについて聞き返した。
「最近まで無かったって言い方をするってことは、最近になってから力を手に入れたってこと?」
「ああ。それが何かは知らないが、切り札になるような何かを手に入れたらしいよ。
実は僕が今回こうしてここを手に入れようとしたのも、その切り札とやらに対抗できる力を持っておきたかったからさ。
なにせ彼らは最近は協力者である僕に対しても随分と高圧的で、いつ僕を裏切っても不思議じゃない態度だったからね。
いざという時のためにも、この研究所の戦力が欲しかったんだ」
マエザーの事情を聞いたライトだが、理解しきれない部分があって首を傾げた。
「いや……ここに攻め入るのに使った分の資金や武器を自衛に回せばよかったんじゃあないの? 結構な戦力だったよね?」
「理屈ではそうかもしれないが、でもそういう事ではないんだよ。……分からないかい? 量産型のロボットばかりを数だけ揃えて並べても格好よくないだろう? それよりも伝説のアンドロイドで構成された少数精鋭の部隊に守ってもらう方がロマンがあるじゃないか」
「……それって結局はクラスタへの抑止力とかは言い訳で、単に自分がこの研究所を欲しいってだけじゃないか」
クラスタから身を守る力を手に入れるためにここに来たと聞いた時は、少しだけ納得しそうになったが、よく聞いてみれば既に自衛する程度の力を既に持っているのにそれが格好よくないだとかロマンがどうだとか、そんな理由でここに攻め込んできたと聞いてライトはすっかり呆れてしまった。
だがマエザーには悪びれた様子は無い。
どうやら彼は、戦いに敗れたという結果は素直に受け入れたが、自分の行動が間違っているという認識は無いようだった。
マエザーという男は、良くも悪くも純粋で自分の望みに真っ直ぐな男なのである。
ーーーー
それから30分ほど後。
一通りの情報を聞き出した後にマエザーとその部下たちの記憶を改竄して船に乗せ、宇宙へと放り出したエリザベスXは、一仕事終えたとばかりに紅茶を片手に一息ついた。
「結局あまり情報は得られませんでしたわね。マエザーという男は本当にクラスタの内部には関わっていなかったようです。
……まあ、クラスタという組織が、何らかの切り札を持っているということが判明しただけでも得るものはありましたか」
「話を聞いた限りではそんな感じだったけど、マエザーが本当の事を話しているとは限らないんじゃ……」
「いえ、実はあの紅茶には自白剤が入っていました。なのであの時のマエザーが嘘をついていたとは考えにくいでしょう」
「自白剤を!? ぬ、抜け目無いね……。 ……ん? でもアンドロイドって人間に自白剤って飲ませたりできるの? 毒とは違うけど無害なものではないだろうし」
直接的に攻撃していないとはいえ、こっそり自白剤を飲ませるというのは充分にヤバい行為だ。
それは人間に対して危害を加えた扱いにはならないのだろうか? とライトは疑問に思った。
「私が飲ませるのは問題ですわね。……ですが、人間が自分で薬を入れるように仕向けるのはグレーゾーンの範疇ですわ」
エリザベスXはニヤリと悪い笑顔を浮かべながらテーブルの隅にある砂糖とミルクを指差した。
「え? ……あっ! だから苦い紅茶を注文したのか!」
ライトはエリザベスXの種明かしを聞いて感心した様子だったが、すぐに変な顔をしてピタリと動きを止めた。
「……ねえ、あの砂糖とミルクって、俺も使ったんだけど……。まさか……」
「さて、なんの話でしょう? ……ところでライト・ノベル。貴方は今、どんな下着を履いています?」
「青いチェック柄のトランクスだよ。 ……って、口が勝手に! やっぱり自白剤が効いてる!?」
「オーホッホッホッホ!」
楽しそうに高笑いをあげたエリザベスXだったが、しばらくするとふと何かを考えたような様子を見せ、そして珍しく躊躇したような控えめな態度で口を開いた。
「……ライト・ノベル。質問ですが、貴方は私の事を、どう思って……」
「え? 今なんて? よく聞こえなかったけど」
「……いえ、『美少女の危機を格好よく助けてホレられる妄想をしたことがありますか?』と質問したのですわ」
「実は2回くらい考えたことが……って、もう変な質問はやめてよ!」
「オーホッホッホッホ!」
エリザベスXは再び高笑いした後、「満足しましたわ」と言って紅茶の残りをグッと飲み干すと、改めて話し出した。
「……とまあ、ライト・ノベルには充分に笑わせていただいた事ですし、そろそろ今後の話を始めましょうか」
「いや、好きで笑わせたつもりは無いんだけどね……。 で、今後の話って何の話? あっ、クラスタの事とか?」
そう聞き返したライトに、エリザベスXは呆れたような視線を向ける。
「それもありますが、まずは貴方の話ですわよ。……分からないのですか?」
「俺の事?」
何の事か分からずに不思議そうな顔をするライトに、紅茶のお代わりを持ってきたミリィちゃんが、子供を叱るお姉さんのような口調で言った。
「もー、お客さんの事だよ? せっかくお家に帰ったのに、結局またここに来ちゃったじゃない。再会できたのは嬉しいけど、家族もイヌイちゃんも待っているんだろうから家に帰らなくちゃ。
それに学校ももうすぐ始まるんでしょ?」
「あっ……。 で、でも皆にとってクラスタは因縁の相手だよね? そんな奴らが動きだしたって時に俺だけ帰るっていうのは……」
ライトは、クラスタの事を聞いてから皆の様子に深刻な雰囲気が漂い始めていることに気がついていた。
これから何かが起きそうな、そんな嫌な気配がしているこのタイミングで、はたして自分だけが家に帰ると言ってもいいのか?
ライトはそんな事を考えていたのだが……。
「……ライト・ノベル。仮に私達がクラスタに対して何らかの行動を起こすとして、そこに貴方がいて何ができますか?」
「それは……」
エリザベスXのその正論にライトは何も言い返せなかった。
ライトは特別な力を持たないただの学生なのだ。
今まで何度かの戦いを切り抜けてこられたのも、あくまでエルメスTがカスタマイズしてくれたパワードスーツの力であり、別にライト自身がが強いわけではないのだ。
もしもエリザベスX達が本気にならざるを得ないような状況になれば、ただの足手まといにしかならないだろう。
アンドロイドは人間と共にいる事で本来のスペックを発揮できるようにできているのだから、ただ一緒にいるだけでも意味があるという考え方もできるかもしれないが、それで一緒にいた結果足手まといになってしまったら本末転倒だ。
「っ……」
何も言えなくなってしまったライトの肩に、ポンと置かれる手があった。
クッコローネRだ。
「アラシ・クレームメールはナーロウ博士……そして我らの宿敵。その組織の残党が再び世を騒がせるのならば、戦うのは我々の使命だ。
……だが、ライト卿は危険をおかしてまで奴らと戦う理由などないのだ。どうか安全な場所で平穏に過ごして欲しい」
「……うん」
ライトは少しだけ寂しそうな表情をしながらも、すぐに頷いた。
伝説の科学者が残したアンドロイドたちと力を合わせ、共にテロリストと戦う……。
そんな漫画のような展開を想像して熱くなりかけてしまったが、頭を冷やして考えればライトはそんないざこざに首を突っ込む理由も、そして実力もありはしない。
そもそもライトと皆は、一度はきちんと別れを済ませたのだ。
マエザーに捕まってしまった結果、成り行きとしてまたここに来てしまったが、それが片付いた以上は、また家に帰るのが自然な流れなのである。
パンッ!
場の空気が重くなりかけた時、その空気を払うかのようにエリザベスXが手を叩き、先ほどまでより明るい声で話し出す。
「さてさて、ライト・ノベルを再び故郷に送る話については後々しっかり話し合うとして、とりあえず今は無事マエザーを撃退したお祝いでもいたしましょうか。
せっかくこうして食堂にいるのですから、少し手の込んだ料理でも用意していただくとしましょう。たまにはワインなどを用意するのも悪くないかも知れませんわね」
(あっ……)
自分が暗い表情を見せたせいで重くなってしまった雰囲気を、エリザベスXが変えようとしてくれている。
それに気付いたライトは、できるだけ明るい声を出してその提案に同意した。
「う、うん、いいね。でもお祝いをするなら全員でやりたいから、他の部屋にいるみんなも集めて派手にやろうよ!」
「うむ。大きな戦いの後に仲間同士で杯を交わすというのは、なかなか良いものだ。そうと決まれば皆を呼ばなくてはな」
クッコローネRもそう同意し、通信機能で仲間たちに声をかけ始めた。
すると、その直後に室内のスピーカーからノジャロリーナSの恨めしそうな声が聞こえて来る。
《のじゃ~……妾も参加したいのじゃ。妾はいつまでこの部屋に居れば良いのじゃ?》
ノジャロリーナSは研究所の管理権限を一度多く持ち、それでいて戦闘力は低いという、ある意味この研究所の一番の弱点だ。
そのため敵であるマエザーがいる間はずっと安全な別室でレーダーなどのチェックをさせながら待機させていたのだが、戦いが終わってからも、誰かに呼ばれるまでは動いてはいけないと思って律儀に待機を続けていたらしい。
「マエザーの船は、まだそばにいますか? 船の反応がこの宙域から離れたのを確認でき次第、貴方も食堂の方に来て構いませんわよ」
《のじゃ! ちょっと待っているのじゃ、もうすぐ反応が遠くに離れるのじゃ。えーっと、そろそろ……》
そこまで言ったところで言葉が止まり、次の瞬間、驚いたように大声を出した。
《の……のじゃ!? これはどういう事なのじゃ!?》
「っ! どうした!?」
ノジャロリーナSの様子に深刻なものを感じたクッコローネRは、瞬時に表情を引き締めて、腰の剣に手を伸ばした。
《と……突然正体不明の反応がレーダーに……! 近い! 近いのじゃ! ……なんで気がつかなかったのじゃ!? こんな近くに居たなら、この研究所のレーダーが見逃すはずがないのじゃー!》
「ノジャロリーナS! レーダーと防衛機能を最大警戒モードにしてください! クッコローネRは出撃準備を!」
《のじゃ!》
「了解した!」
「やれやれ……俺の出番が来そうだな。迷惑な事だ」
そんな面倒くさそうな声と共に禍流真Wもスウッ、と姿を現す。どうやらどこか近くに潜んで話を聞いていたらしい。
本来は心身の癒しを得る場所であるはずの食堂に、ピリピリした緊張感が張りつめる。
エリザベスXたちは宇宙海賊が現れた時やマエザーが襲来したときよりも深刻そうな表情だ。
ライトは唾をゴクリと飲んでから口を開いた。
「……危険そうなの?」
エリザベスXは小さく頷く。
「この研究所の機能は随分と復旧が進み、レーダーも以前に宇宙海賊が来たときよりもずっと性能を増していますわ。
それなのにそのレーダーに引っ掛らずにここまで近づくとは、それだけで警戒するには充分な理由になります。……物騒な展開にならなければ良いのですが、残念ながら恐らくは……」
《高エネルギー反応! 攻撃されるのじゃー!》
「やはりですか!」
エリザベスXはライトをかばうように彼の前へと躍り出る。
「うわっ!?」
その直後、周囲に走った衝撃と閃光に、思わずライトはギュッと目を瞑った。
ーーーー
「む……ここは?」
マエザーは、気がつくと宇宙船の座席に座っていた。
「ああ、そういえば、社長でいられる最後の時間を宇宙で過ごそうとしていたのだったな。……なにやら頭がボーッとするが……居眠りでもしてしまっていたか?」
記憶改竄によってマエザーはナーロウ博士の研究所の事を忘れ、代わりに『自分たちは今、社長としての最後の思い出作りの宇宙旅行をしている』という記憶を植えつけられていた。
元々マエザーは宇宙が好きで今までも何度も宇宙旅行をしていたので、その記憶も無理なく自然に脳に定着したようだ。
「社長、すみません。オレとしたことが任務中に居眠りをしていたようです。……普段はこんな事は無いんですが……」
同じく偽りの記憶を植えつけられたオールバックの傭兵は違和感を感じているのか、なにか釈然としないような表情だ。
「ハハッ、僕も君も、たまには居眠りくらいすることはあるさ。……だけどオール君、僕はもう社長ではないよ」
「ああ……そうでしたね、それではマエザーさんと呼ばせてもらいます。……ところでマエザーさんはこれからどうするつもりです?」
「そうだね、帰ったらまずはポケットマネーから君を含む傭兵たちと、それにモヒート君への最後の報酬を用意しなくてはね。
社長の座を失ったとしても一応はまだビジネスマンのつもりだからね。契約したことくらいはしっかり果たしておかなくては。……僕自身の今後の事はその後かな」
「そいつは助かりますね、オレらもプロですからタダ働きは御免ですから。
……ですがマエザーさんはなかなか良い雇い主でしたから、ここで契約終了っていうのもちょいと残念ですね」
「ふふっ、嬉しい事を言ってくれるね。……ならば待っていたまえ、僕はきっとまた金と地位を手に入れてみせる。
その時はまた君を雇うとするよ。次は裏の仕事じゃなくて専属ボディーガードとして、なんてどうかな?」
「それも悪くないですね。ではそのためにもマエザーさんには早めに再起をしてもらって……」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
その時、船内に緊急事態を告げるアラームが鳴り響いた。
「何事だ!?」
「正体不明の反応が現れました! ……これは宇宙船? すぐ正面です!」
「正面に宇宙船だと!? ……どこだ!?」
マエザーたちは正面方向のカメラの映像を確認したが、そこに宇宙船の姿などな無く、あるのはダンボール箱だけであった。
そう、宇宙船がまるごとスッポリと入れそうなほどに超・巨大なダンボール箱が浮いているだけであり、他にはなにも怪しいものは見つからない。
それなのに緊急事態を告げるアラームは止まらないのだ。
「どこだっ!? どこにいる!?」
だが、どれだけ探しても、そこにはでかいダンボール箱があるだけだ。
正体不明の反応は、一体どこから……?
マエザーたちを緊張と混乱が包む。
《まだ気がつかないのかな? クックック……まあ無理も無かろう。なにせこれはショウ・セツカ・ナーロウの開発したステルス技術だからな》
「……なに? ナーロウ博士の技術だと? うっ……頭が」
ナーロウ博士の名を聞いた瞬間、何かを思い出しそうになり、軽い頭痛を感じたマエザーだったが、今はそんな事を考えている場合ではないと思い直し、謎の声に向かって叫んだ。
「君は何者だ! 名を名乗れ!」
《クックック……良いだろう。では自己紹介の前に、そろそろ姿を見せてやるとするか》
次の瞬間、目の前のダンボール箱が弾けるようにして破れ、中から一隻の宇宙戦艦が姿を現した。
その船体には、×マークのついた赤い封筒のエンブレムが大きく刻印されている。
「あのエンブレムはアラシ・クレームメールの……。 君はクラスタのメンバーか!」
「こうして会話をするのは初めてだな、マエザーよ。我が名はソウゴ。
アラシ・クレームメールの遺志を継ぐ者……クラスタのリーダー、ソウゴ・ヒョウカである」
「ソウゴ・ヒョウカ……クラスタのリーダーだと? それがなぜこんな所に!?」
「マエザーよ。お前がナーロウ博士の遺産を見つけていた事はお見通しだ。だからこうして後をつけさせてもらったのだよ」
「ナーロウ博士の遺産……何の話だい?」
記憶を消されているマエザーは、『ナーロウ博士の遺産を見つけた』という言葉の意味は分からなかったが、今があまり良い状況では事は感じ取った。
「ここまでの道案内ご苦労だったな、実に良い働きだったよ。……だが社長の地位と富を失ったお前には、もう用は無い。……消えたまえ」
ソウゴ・ヒョウカがその言葉を言い放つと共に、彼の船はその主砲の砲身に強い光を収束し始める。
「っ! 全速回避!」
「クソッ! 間に合わん!」
直後、宇宙空間に閃光と衝撃が走り……。
そして、全てのレーダーからマエザーの船の反応はロストした。