5章 第5話 イキリアンドロイドは絡みにくい
1日遅れました、すみません。
ウィーン……
駆動音を立てながら休眠カプセルが開くと、中の人影が僅かにピクリと動いた。
エリザベスXは、側のモニターに表示されている数値やグラフを確認してから、カプセルの中へ向けて話しかける。
「どうやら正常に起動したようですわね。……さて、ワロス、私の声が聞こえますか?」
すると、カプセルから少年の声が返って来た。
「ああ、聞こえている。だが、ワロスと言うな。……で、今はどういう状況なんだ?」
「心配せずともデータは送ります。そのまま動かないでください」
「……へえ。報告や連絡は基本的は口頭で行うのがオレ達のルールだったはずだ。それをデータの転送で済ませるってことは、結構な緊急事態っていうことか?」
その声には最初よりも感情が込もっているように聞こえる。
どうやら何かが起きているらしいことを知り、興味を持ったようだ。
「緊急事態というほどではありませんが……まあ、万全の準備をしておきたい状況ではありますわね。……はい、データを転送しましたわよ(笑)」
「0K、確認させてもらおうか。だが、(笑)とか言うな」
数秒間、目を閉じて無言になる少年。
頭に送られてきたデータを確認しているのだ。
やがて再び目を開けると、ニヤリと皮肉気な笑みを浮かべた。
「ほう。オレが寝ている間に主人を決めていたのか。……あっさりと敵に捕まるような緊張感の足りない主人のようだがな」
「ライト・ノベルに緊張感が足りないことには同感ですが、彼は主人という訳ではありませんわ」
「ふうん、そのわりには重要度を高く設定しているようだがな。
重要度LV4か。ナーロウ博士以外では最高レベルじゃないのか? ドライなキャラを気取っているお前にしては随分と入れ込んでいるな」
「……『ステータス鑑定』の能力ですか。仲間同士であっても覗き見はマナー違反ですわよ?」
エリザベスXの声色や表情は普段と変わらなかったが、見る人が見れば彼女の機嫌が良くないことはすぐに分かるだろう。
当然、同じ製作者に生み出された同胞である少年にも分かったようだ。
彼はそれ以上の無駄話はやめて、本題に移った。
「そいつは失礼したな。……で、オレを起こしたのは、こいつを助け出す手伝いをしろって事でいいのか?」
「ええ。我々は人間に対して過剰な攻撃は加えられません。ライト・ノベルを救出するにしても武力制圧は難しいので、貴方に潜入してもらい、私達が戦闘を始めたタイミングに合わせて、騒ぎに乗じて内側からライト・ノベルを救出してもらいたいのです。
この条件なら、貴方も制限には引っ掛からないでしょう?」
「敵陣に潜入して救出か……確かにその状況ならオレも動けるな。面倒な話だが……面倒に巻き込まれるのにも慣れて来たところだ。
いいだろう、やってやるさ。ライトとかいうやつの事は知ったことじゃないが、長い眠りで鈍っちまった勘を取り戻すには丁度いい任務だ」
そう言うと彼……
イキリ主人公型アンドロイド・禍流魔Wは気だるそうに頭をボリボリと掻きながら立ち上がった。
ーーーー
ライトは部屋の窓から外を眺めた。
そこに見えるのは、暗く、そして果てしなく広い宇宙空間だ。
「結局また宇宙か。故郷に帰ったばかりだったんだけどな……」
彼が居るのはマエザー・ユサックの宇宙船にある客室だ。
調度品は高価そうな物で統一されており、広いバスルームもついている。正直ちょっとしたホテルの客室よりも高級感がある。
「僕の新しい船はどうかな? これはプライベート用の宇宙船だから、僕の趣味に合わせて色々とこだわっているんだよ」
聞こえた声に振り向くと、入り口にはマエザーが立っていた。
護衛はいない。それを見たライトは一瞬ベルトに手を伸ばし、パワードスーツを装着しかけたが、すぐに冷静になった。
(ここでマエザーを倒したって、すぐに逃げられる訳じゃない)
マエザーは、少なくとも今すぐ自分に危害を加える気は無さそうだ。
気を許すのは危険かも知れないが、会話に応じるくらいはしてもいいだろう。
「……良い船だとは思うよ。それを楽しむ気分ではないけどね」
「それは良くないな。人生は楽しまなくては損さ。娯楽でも美食でも必要な物は言ってくれれば出来る限り用意する。 遠慮なく楽しんでくれていいんだよ?」
マエザーの態度は友好的なものだった。
実際に今も、暴力も振るわずに上等な客室に案内され、拘束もされずにお茶まで出されたのだ。待遇が良すぎて逆に気持ちが悪いくらいだ。
「不思議そうな顔をしているね。監禁して捕虜の様に扱うと思っていたかい?」
考えていた事を当てられたライトは、ハッとしてマエザーの顔を見た。
マエザーは、今も友好的な笑顔を浮かべたままだった。
「僕は君を高く評価しているのさ。君が高校を卒業したら、すぐにでも僕の会社に幹部待遇でスカウトしたいと思っているくらいだ。
だから今から友好関係を築いておきたいのさ」
「前に一度俺を殺そうとしておいて、スカウトしたいとか言われてもね……」
ライトの口から皮肉がポロリと溢れる。
お人好しなライトも、流石に殺されかけた事は簡単に忘れることはできないようだ。
「ああ、あの時は悪かったね。ここで正式に謝罪しよう」
そう言ってマエザーはライトに向かって頭を下げ、そして言葉を続けた。
「以前はナーロウ博士の遺産を手に入れるためには君の存在が邪魔になると思っていた。だから君を排除しようとした。
君がいなくなればあのアンドロイドたちは、僕を新しい主として認めると思ったからね。
だが僕が考えていた以上にあのアンドロイドたちは、君のことを大切に思っていたようだ。だから……僕は君を手に入れる事にした!」
「……はぁ?」
ライトは、マエザーの真意が分からず、間抜けな声を出した。。
「なにも、君にナーロウ博士の遺産を僕に譲れと言っている訳じゃない。……ああ、もちろん譲ってくれるなら大歓迎だがね。
だが、僕は君が部下になってさえくれるのなら、博士の遺産は君が管理していてもいいと考えているんだよ。
『ナーロウ博士の遺産を手に入れた君』を部下にすれば、僕がナーロウ博士の遺産を手に入れたのと同じことだからね」
マエザーは社長、つまり頭なのだ。
頭は道具など使えなくてもいいのだ。道具を使うのは腕なのだから。
頭というのは、その腕を動かすことができれば良いのである。
マエザーは普段からそういう感覚で物事を考えていて、それは上に立つ人間の視点としては間違いではないだろう。
だがライトにとってその理論は納得し難かった。
まるで、『部下の持ち物は自分の持ち物だ』というガキ大将理論のように聞こえたからだ。
「すぐに答えは出せないかな? ……良いだろう、ゆっくり考えるといい。僕は自室に戻るから、何かあれば遠慮なく言いたまえ」
マエザーはそう言うと部屋を出て行った。
一人部屋に残されたライトは、マエザーの言っていた事について考えてみた。
マエザーを信用できるかどうかというのはひとまず置いておいて、利益だけで考えればいい話であった。
ライトは厚待遇の就職先を手に入れ、さらにエリザベスXたちと共にいる事も許される。
だが、いつまでも胸がモヤモヤと不快な気分なのだ。
少しだけ考えて、すぐにその不快な気分の理由に思い当たった
「……そっか、みんなの事を俺の所有物みたいに言っていたのが気に入らなかったのか。 俺はみんなとは対等な友達のつもりだし」
「対等な友達か……やれやれ、甘っちょろい事を言う」
「っ!?」
突如、少年の声が聞こえた。その声にはエコーがかかっていて、そのせいかどこから聞こえているのかが掴みにくい。
誰も居ないはずの部屋に響く言葉に驚き、ライトは辺りをキョロキョロと見回したが、そこに人影は無い。
困惑するライトの様子を気にもしないように、謎の声は言葉を続けた。
「……ライト・ノベルだな? お前を助けに来た」
「助けに? でも、お前は誰なんだ? まずは姿を見せてくれ!」
「ふう……静かにしてくれ、周りは敵だらけなんだから大声を出せば気づかれるリスクが上がる。……小学生でも分かる理屈だろう?」
「っ……わかった」
言い方にトゲはあるが、騒いでマエザー達が様子を見にきたら面倒なのは確かだと思い、ライトは声のボリュームを下げた。
「0K、それでいい。素直な態度だけは評価できるよ。……そこでは監視カメラに写る、バスルームに来てくれ」
ライトは気づいていなかったが、この部屋には監視カメラがついていたらしい。
やはり友好的な態度を見せていたマエザーも、ライトを完全に自由にさせるほど甘くはなかったようだ。
ライトは言われた通りバスルームに移動した。
「そこでいい」
その声は今までのどこから聞こえているか分からないものではなく、明確にライトのすぐそばで聞こえてきた。
驚いてそちらを振り向くと、そこには黒いロングコートを着た少年が立っていた。
外見年齢は高校生ほどで、ライトと同い年くらいに見える。身長や体格もライトと同じような中肉中背だ。
だがライトは、彼の年齢や体格などにはあまり意識が行かなかった。なぜなら、他にもっと特徴的な要素があったからだ。
……少年のファッションだ。
黒いロングコートは、まあ良いだろう。高校生ほどの少年が着るには少し背伸びしている感じもあるが、まあ常識の範囲内だ。
だが、右目の黒い眼帯と、左手だけに装着した指ぬきグローブ、そして首から下げた深紅の十字架のアクセサリー。
そこまででも痛々しいのに、右腕には包帯を雑にぐるぐる巻きにしているのだ。
しかもロングコートを着込んだ上からだ。
仮に本当に怪我をしているとしても、その巻き方では意味が無いだろう。
むしろファッションセンスの面で大怪我をしているかもしれない。
ライトは一目で理解した。
「……君は、エリザベスXの仲間だよね? それも、多分北斗七星かな?」
「……へえ、実力を見抜く目はあるみたいだな。それとも状況から予想したか? どちらにせよ思ったよりは鈍くなさそうだ」
少年はライトに対する評価を上げたようだ。
なんとなく正直に『いいえ、ファッションのヤバさで気づきました』とは言い出しにくい感じになったので、ライトは空気を読んで、「あ、うん、まあ」と適当に誤魔化した。
「だが、オレがエリザベスXの仲間というのは正解じゃあない。……まあ、間違いというわけでもないけどな。
同じ創造主の手で生み出された縁があり、進む道が一致しているだけだ。
……互いに能力については信用しているがな」
「……ん? つまり、家族であり目的が同じで信用もしてるんだよね? それって普通に仲間って呼んで良くない?」
ライトがそう指摘すると、少年は「ふん」と嘲笑うように鼻を鳴らした。
「お前がそう言うならそうなんだろうな……お前の中では。だがオレにとって仲間とはそんなに安いものじゃないのさ。
お前も簡単にオレを仲間扱いするなよ? 任務として受けたからには守ってやるが、馴れ合いは嫌いなんでね」
(あ……コイツ、面倒くさいヤツだ)
「さて、関係の無いお喋りはここまでにしようか。まずはこれを受け取れ」
そう言って渡されたのは、小さくて円形の何かだった。
Tシャツのボタンのようにも見えるが、それよりもさらに一回り小さい。
「小型の通信機だ、無くさないように耳の穴にでも入れておけ。……タイミングを見て指示を出す。それまで自由にするといい」
そう言った後、少年の体はスゥっと空気に溶けるように消えていった。
「えっ……消えた!?」
驚いてライトが少年のいた辺りに手を伸ばすと……。
「あれ?」
ライトの手が何かに当たった。
ぺたぺたと触って確かめると、見えない何かは人間の形をしているようだ。
……状況から考えて、さっきの少年だろう。
「……もしかして、まだそこにいるの?」
「…………ああ」
「瞬間移動とかした訳じゃなかったんだ……」
「……確かにオレは、空間を操る力を持っている。ここに潜入するときはその力を使ったさ。 ……だが、今はまだその時ではない」
「あっ、ハイ。そうですか」
ライトは何となく敬語になった。
ナーロウ博士の技術を持ってしても、人間サイズのアンドロイドが単体で自由に瞬間移動できる装置というのは実用化できていない。
この船に潜入したときに瞬間移動を使ったのは本当なのだが、それは研究所の装置を使って彼の能力を増幅することで、片道だけ可能となったものなのだ。
能力を増幅する補助装置など無い今の状態では瞬間移動などできるはずもなく、光学迷彩機能で姿を隠すことで、まるで瞬間移動して立ち去ったように見えるハッタリをかましただけであった。
少年は演出で強キャラアピールをするつもりだったようだが、ライトが触って確かめるのは予想していなかったらしい。
(今思えば、あのエコーがかかった声もバスルームっぽい響き方だったし……もしかして、最初から迷彩状態でバスルームに潜んでた……?)
ライトが一つの仮説にたどり着いた。
だが、それが正しいとしたら、この少年は迷彩状態のままバスルームに隠れつつ、なんか大物っぽいセリフをしゃべっていたという事になる。
……想像すると、ダサかった。
「あ~……なんか……ゴメン」
「やめろ……謝るな。余計に変な空気になるだろう」
タネがバレた少年は諦めて光学迷彩を解除して姿を現し、バスルームの隅っこでちょこんと座り込んだ。
痛々しいファッションでバスルームの隅に座っている姿は、非常に悲しいものであった。
今まで散々カッコつけた発言をしていたせいで、余計に気まずさが増幅されている。
「……なんだ? 言いたい事があるなら遠慮なく言えばいいだろう」
「…………」
ライトは無言でバスルームから出て行き、そっとドアを閉めた。
一人にしてあげるのも優しさだろう。
次回こそ金曜日に投稿したいと思います。