1章 第1話 迫る機影
コンコン
あまり広くなく特に目を引く物も無い、だが必要な機能は揃っている……
そんな、ビジネスホテルのような客室のベッドで微睡んでいた少年、ライト・ノベルの耳にドアをノックする音が聞こえた。
「ん……。だれ? なに? えっと……入って良いよ」
まだ半分、眠りから抜け出ていないようなボヤっとした声でそう答えると、ガチャリとドアを開けて少女が部屋に入って来た。
「おはよう、お客さん♪ 朝ごはんを持って来たよ!」
その少女、看板娘型アンドロイド・ミリィちゃんは、ライトに明るく挨拶すると、ベッドの近くに備え付けられた小さな机に皿を置いた。
その皿に乗っていたのはコーヒーと、乾パンにチョコレートクリームを塗ったものだった。
「あれ? カレーしか用意できないって言ってなかったっけ?」
「うん、シェフはカレーしか用意できないよ。だから、これは私が用意したんだ♪」
シェフはカレーしか用意できない。だから彼女が用意した。
ライトはその言葉の意味がよく分からず、首を傾げた。
「えっと……もしかして、シェフよりミリィちゃんのほうが料理のレパートリーが多いってこと?」
「あははっ♪ まさかー! そうじゃなくて……ほら、私たちはパッと見が人間らしくても、所詮はアンドロイドだから融通の利かない部分があるのよ。
だからプロの料理人っていう役割を与えられているシェフは、自分が料理と認められないような物をお客さんに出すことができないんだ。
だからこういう、保存食の乾パンにチョコレートを塗っただけの物とインスタントコーヒーのセット、なんて適当なものは逆に作れないの」
人間のように自由に思考し、行動しているように見える彼女の口から、
『所詮はアンドロイド』という言葉を聞いたライトは、なんとなく心が痛むのを感じた。
「そうなのか……そういえばエリザベスXも、アンドロイドは人間がいないとスペックが発揮できないとか言ってたし、君たちくらい高性能でもやっぱり色々と制限があるんだね……」
「あははっ♪ 高性能なんて言われたら照れちゃうけど……うん。むしろ私たちは普通のアンドロイドよりも色々とできるスペックだからこそ、やり過ぎないように人工知能に制限がかけられてるんだよ。
あっ、そんなことより食べて食べて、コーヒーが冷めちゃうよ」
「ああ、そうだね。じゃあいただくよ」
ライトは、その皿に手を伸ばした。
ーーーー
「ごちそうさま。……あ、考えたら女の子の手料理を食べたのって初めてかも」
「えー!? それならこんなものは手料理にカウントしないでよー!
素材がちゃんと揃ったらもう少し手の込んだものを作ってあげるから、それまで初めてはとっておいてね♪」
「本当? じゃあそれを楽しみにしてるよ」
笑顔で楽しげに会話するライトとミリィちゃん。
その時、廊下から冷たい声が聞こえて来た。
「……朝からブヒブヒと鼻息荒くイチャついて、満足いたしましたか?
では、そろそろ私もお邪魔させていただきますわよ?」
そう言って部屋に入って来たのはエリザベスXだ。
彼女は部屋を見渡してからライトの顔を見て……鼻で笑った。
「エネルギーの節約のため……という理由で、エネルギーを消費する設備の少ない旧世代風の仮眠室で休んでもらいましたが……フフッ。
この古臭くて狭い部屋に貴方がいるという光景は、実に自然ですわね。
ええ、本当に良くお似合いでしてよ? 貴方という人間は、古くて狭い部屋に押し込まれるために生まれたのではないかと思ってしまうほどです」
「……うん。君は朝から絶好調だね……
俺の事を『大切な客人』として扱ってくれるって話じゃなかったっけ?」
「ええ、ですからこうして朝から出向いて、直々に貶して差し上げているのですわ。
私なりのおもてなしです。嬉しいでしょう? 涙を流して喜んでもよろしくてよ?」
彼女流の屈折したおもてなしに、ライトは泣き笑いに怒りと脱力感をミックスしたような、なんとも言えない気分になる。
「うん……確かに気を抜くと涙は流れそうだよ。……喜ぶかは別として。
で、君は朝の挨拶をするために来た訳じゃあないよね。この施設の復旧の話かな?」
「おや、勘は悪くないようですね。では率直に言いましょう。
エネルギーの補給ペースが想定より遅いようです。どうやら発電装置の調子が良くないようですが、現在稼働している量産型の整備用アンドロイドでは根本的な修理はできないようです。
……貴方は修理の技術はお持ちですか?」
「ただの高校生に無茶を言わないでよ。家電の分解清掃くらいまでしか経験ないのに、アンドロイド研究所の施設なんていじれるわけないってば」
ライトの返事を聞いてもエリザベスXは特に残念そうにはしていない。
彼女自身もダメもとで言ってみただけで、最初からライトが施設の修理をできるなどとは期待していなかったのだろう。
「まあ、一応訊いてみただけで、期待はしてませんわ。
……ですが、そうなると今の効率のままエネルギーの回復を待って、ある程度の余裕が出来てから修理の技術をもつアンドロイドを起動するべきですか……少々時間がかかりそうですね。
まだまだエネルギーの節約は必要でしょうね。……ということはやはり」
何かを考えている様子だったエリザベスXは、最初にライトを、次にミリィちゃんを見てから小さく頷いて、口を開いた。
「メイド型や執事型を再起動する余裕はなさそうですから、貴方の世話はミリィちゃんに任せることにしましょうか。
看板娘型アンドロイドであるミリィちゃんは、本職のメイドや執事ほどでは有りませんが人間の世話をする技術を最低限は持っていますから」
「了解だよ♪ 私のコンセプトは『お客さんをもてなす』っていう事だから、少し拡大解釈すればそれくらいは守備範囲内だし、多分エラーは起きないよ」
笑顔で軽く言ったミリィちゃんだが、ライトにとって聞き流せない一言があった。
「えっと……エラーが起きる危険性が少しでもあるなら、俺の世話なんてしなくてもいいよ?
部屋と保存食を使う許可だけをくれれば自分で……」
「……えっ……?」
『世話をしなくていい』という言葉を聞いたとき、ミリィちゃんが絶望の色を映した瞳でライトを見つめた。
「……そうですか。でしたらシェフとミリィちゃんは再び休眠状態にしましょう。
そうすればエネルギーも節約できますね」
「なっ!? なんて事を言うんだよ!?」
「それが本人のためです」
休眠状態にするという言葉に対して噛みつきかけたライトだったが、本人のためだと言い切ったエリザベスXは、いつもの悪ふざけを言っている様子ではなかった。
「シェフとミリィちゃんの存在意義は、尽くすべき人間が居なくては成り立たないものです。
現状で唯一の人間である貴方が世話を必要としないのであれば、なんの役割も果たす事はできません。
そんな状態でただ稼働しているというのはアンドロイドにとっては拷問のようなものですから、素直に休眠状態にして差し上げるのが慈悲でしょう」
それを聞いたライトは、ハッとミリィちゃんの方を振り向いた。
彼女は虚ろな瞳をしたまま、それでも口元だけは張り付けたような笑みを浮かべているという、非常にアンバランスな表情で立ち尽くしていた。
「私は……役に立てないのかな?」
「違う! そう言う事じゃないんだ! ただ、俺の世話をする事で君たちに負担がかかっちゃうのは嫌だな、って思っただけで、ミリィちゃんが役に立たないなんて少しも思って無いよ!」
ライトの言葉を聞いた瞬間、虚ろだったミリィちゃんの目に光が戻った。
「じゃ、じゃあ、私はお客さんのお世話をしてもいいんだよね? ね!?」
すがりつくようなミリィちゃんの態度に、ライトは困惑しながら「う、うん」と返事をした。
「他人を気遣う貴方の態度は美点と言えるのでしょうが、特定のアンドロイド相手にはその気遣いが裏目に出る事もあるという事を覚えておくべきですわね。
彼女のようなタイプは、仮に故障寸前の状態であっても気遣って休ませるよりは、壊れるまで働けと命令されたほうが喜ぶのです」
アンドロイド特有の『道具として使われる喜び』という感覚を、ライトはどうしても理解できなかった。 ……やはり、人間とアンドロイドでは本当に理解し合うのは難しいのか……
ライトがそう落ち込みかけたとき、エリザベスXが更に言葉を続けた。
「ああ、アンドロイドの感覚が理解しにくければ……そうですね。
人間に例えるとミリィちゃんは、ダメ男に貢いで貢いで最後に破滅しても、それが真実の愛なんだと満足して幸せそうに死ぬようなドM 女だと理解して下さい。
愛する相手からなら蹴られて踏まれても幸せを感じる末期の真性ドMです。
そう、彼女はMです。ドMなのです」
「ちょっと!? 人聞き悪いよ! 私は、別にそう言うのじゃあないしっ!」
ちょっとアレな例えをするエリザベスXと動揺するミリィちゃん。
その横ではライトが、複雑な顔をしていた。
(どうしよう……エリザベスXの例え話を聞いて、少し納得出来ちゃった)
ライトは考える。
ドM、ドMと連呼されているミリィちゃんが、微妙に嬉しそうにしているように見えるのは気のせいだろうか? っと。
看板娘型アンドロイド・ミリィちゃん……
彼女の性癖に、ある疑惑が浮上した瞬間であった。
「ああ、ちなみに私はドSですよ?」
「うん、知ってる」
ーーーー
ドM疑惑が浮上した、あの時から一時間ほど後の事。
ミリィちゃんは、大量の本を待ってライトと共に廊下を歩いていた。
エリザベスXは研究所の稼働状態をチェックしに行っているので別行動中だ。
「女の子に力仕事なんてさせちゃってゴメンね? う~ん……君が仕事を与えられたほうが嬉しいっていうのは理解したんだけど、やっぱり男として申し訳ない気がしちゃうな」
「あははっ♪ まだ言ってるの? 気にしないでってば。
それに、私は戦闘用じゃないとは言ってもアンドロイドだよ? 人間よりはずっと力持ちなんだから、これくらいは負担にならないよ」
今、ミリィちゃんが運んでいるのは、ライトが暇潰しに読む予定の本である。
客室や休憩室には、電子書籍やコンピューターゲームなどもあるのだが、エネルギー不足の状態で娯楽に電力を使う訳にはいかないので紙媒体の書籍が無いかと探した結果、思った以上に大量に見つかったのだ。
「と言うか、まさか研究資料室にマンガや娯楽小説があるとは思わなかったよ。しかもファンタジー作品ばっかりだし。
それにしても、わざわざハイファンタジーとロウファンタジーと異世界転生・転移でジャンル分けしてあったのには驚いたな。ナーロウ博士のこだわりを感じたよ」
「博士は科学の力でファンタジー世界を現実に再現する事を目標にしてたくらいだからね。こだわりは強かったと思うよ。
だから博士が作ったアンドロイドも、ファンタジー作品を意識したデザインが多いんだよ。
ほら、私やシェフはそうでもないけど、エリザベスXは結構その色が出てるでしょ?」
ライトは改めてエリザベスXの外見を思い出す。
服装もそうだが、何よりあのドリルツインテールの髪型はファンタジーだ。
「ああ、確かにそうかも。エリザベスXもそうだけど、クッコローネRなんかはモロにファンタジーだったもんね」
「あれ? クッコローネRに会ったの? まだ休眠状態じゃなかったっけ?」
「ああ、ちゃんと動いている状態ではまだ会ってないよ。俺が見た時は、エネルギー節約のためにオートモードになっているとか言ってたかな」
「あっ、そっか。上位の戦闘アンドロイドは休眠状態でも最低限は戦えるから、防衛装置として要所に配備されてるんだね。
うん、そうだよね。北斗七星は性能が高い分エネルギー消費が多いから、この状況じゃあ稼働させないよねー」
「北斗七星?」
何やら中二な気配が香ばしく漂うワードに、首を傾げながら訊ねるライト。
ミリィちゃんは、「あっ、分からないか」と言って、説明を始めた。
「博士が最後に作ったシリーズだよ。エリザベスXとクッコローネRもそうだね。
名前にアルファベットが入っているのと、体のどこかに数字があるのが特徴で、他のアンドロイドたちより高性能なんだよ♪」
「へえ…… で、なんでドイツ語なの?」
「それは助手のエタルさんや、他のスタッフも疑問に思ってナーロウ博士に質問したらしいんだけど、博士は当然の事を言うような顔で、
『え? だって、ドイツ語はカッコいいじゃろ?』って答えたんだって」
「う、う~ん、ここに来てからナーロウ博士に対するイメージが変わったよ。
……あっ、部屋に着いたね。ありがとう、本はベッドの横にでも置いておいて」
「はーい♪ じゃあこの辺に、よいしょっと。
うん、置いといたよ。早速何か読む?」
「申し訳ありませんが、読書は後にしていただけますか? どうやら少々面倒な事になったようです」
そう言って部屋に入って来たのはエリザベスXであった。
その横にはシェフもいて、それを見たミリィちゃんが意外そうに言った。
「あれ? シェフが食堂と食料品生産プラント以外の場所に居るのって珍しいね?」
「ああ、緊急事態だとエリザベスXに呼び出されたんだ」
緊急事態という言葉を聞いたライトとミリィちゃんは、ハッとした顔をして、説明を求めるつもりでエリザベスXを見た。
エリザベスXは、小さくコクリと頷いて言った。
「では、今の状況を説明いたしましょうか。
先ほど、宇宙船と思われる機影が二つ近づいてくるのを発見しました。
レーダーはいくらでも誤魔化せますし、外見的にも偽装して残骸に見えるようにしてありますが、至近距離から肉眼で確認されるとおそらく見破られ、この研究所は発見されてしまうでしょう」
この研究所。そしてアンドロイドたち……
ここにあるショウ・セツカ・ナーロウの遺産は全世界……いや、全宇宙の国や組織が欲している物だ。
発見されれば、どんな手を使ってもに手に入れようと動く者が現れるのは確実だろう。
「ここにあるナーロウ博士の研究の成果を、信用できない者に奪い取られる訳には行きません。
今こそ貴方の協力が必要なのです」
「俺? もちろん協力はしたいけど、俺にどうにかできる状況だとは……」
是非、協力したい。
その気持ちに嘘は無いが、自分に何かができるとは思えない……。
そう思ったライトだったが、エリザベスXは本気で協力を要請している様子だ。
「人間がいなくては選べない選択肢もありますから。
例えば……アンドロイドは基本的には人間の命を奪う事はできませんから、接近する機影に先制攻撃を仕掛けて撃墜するといった選択肢は選べません。
ですが攻撃準備を整えて照準を合わせるまでは出来ますから、発射ボタンを貴方が押してくださるなら、撃墜も可能ですわ」
「先制攻撃で撃墜!? そんな物騒な事はしないよ! もう少し穏便な手段は無いの?」
「今回は冗談ではなく、本気で言ったのですけれど……まあ、ヘタレの貴方はそれを選ばないと思いましたわ。ですがもう少し穏便な手段と言いますと……
……おや? 後方の中型船が前方の小型船に攻撃を始めましたね?
使っている武装はスタンウェーブですか、どうやら撃墜というよりは捕獲を狙っている様子ですわね」
ここは室内だ。当然ライトの目には壁や天井しか見えないが、エリザベスXには外の様子が見えている。
正確には彼女が見ているというより、施設のカメラに写った映像データをリアルタイムで受け取っていると言うべきだが、今は技術的な事はどうでもいい話だ。
「……これはいけませんわね。小型船がまっすぐこちらに逃げて来ますわ。
これでは、その後を追う中型船までここへ来てしまうではありませんか。
あの小型船が無駄に粘らずに早く捕獲なり撃墜なりされてしまえば良いのですが」
「他人事だと思ってそんな言い方……いや、他人事なのは確かだけどさっ……!」
「撃墜するのは乱暴過ぎるけど、ここに来ちゃうのは困るかなぁ。
……あっ、でも、いい人なら歓迎したいな♪ 人間が増えると賑やかになるし」
皆の反応はそれぞれだ。
招かれざる客に、迷惑そうにするエリザベスX。
彼女の立場と状況は理解するが、その言い方に眉を潜めるライト。
歓迎できない状況だと理解しながらも、感情では来客を喜んでいるミリィちゃん。
シェフは……なぜかライトの部屋のキッチンで無言でカレーを作り始めていたが、それについては皆、そっとしておく事にした。
「あら?」
エリザベスXが、何かに気づいたようにピクリと眉を動かしたあと、気の毒そうにミリィちゃんに話しかけた。
「少なくとも、中型船の方は貴女が望む『いい人』ではなさそうですね。
船体に、モヒカンのドクロと、クロスする釘バットが描いてあるようですから、あまり上品な方々ではなさそうです」
モヒカンのドクロと、クロスする釘バット……
ライトは、そのエンブレムに心当たりがあった。
「ニュースで見た事がある……。ソイツらは宇宙海賊・スペースヒャッハーだ!
最悪だ……種モミの一粒も残さずに略奪するって言われている凶悪な連中だよ!」
「海賊ですか。では、やはり撃墜するのがベストだったと思いますが……ああ、ですがもう近づきすぎましたか、今から準備しても間に合いませんね。
何か次善の手段を考慮いたしましょうか。……まあ、何にせよ今さら戦闘は避けられないとは思いますけど」
戦闘……その言葉に、ライトの気持ちは暗く、重くなってしまった。
ゆっくりと考えれば、安全にこの状況を切り抜ける手段も思いついたかもしれないが、今となってはもうそんな時間は無い。
二隻の宇宙船の影は、すぐそばまで迫っているのだ。
次回も金曜日の投稿です。