4章 第8話 ほわほわお姉さんの相談室
なんだか上手く書けずに完成が遅くなりましたが、なんとか金曜日のうちに投稿できました。
ライト・ノベルを故郷に帰す。
エリザベスXがそう言ったことで、当然ライト本人も戸惑ったが、なによりもミリィちゃんとシェフにはショックが大きかったようだ。
北斗七星たちには研究所を始めとしたナーロウ博士の遺産を守るという使命があるため、仕えるべき人間がいなくても稼働し続ける理由がある。
スティープン舞倉やゴブリンロボットたちには純粋な労働力としての仕事がある。
だが、人間に料理を振る舞うという仕事を与えられているシェフと、接客を担当しているミリィちゃんにとっては、研究所から人間がいなくなるということは存在意義を失う亊とイコールなのだ。
シェフは疲れきったような表情で無言で座り込み、ミリィちゃんは理由を問いただそうとエリザベスXに詰め寄った。
だが答えは見も蓋も無いものであった。
「理由は簡単です、オレッツ・Aへの便が他にありません。……まあ勝手に決めてしまった亊についての批判は受け入れますが、仕方がないことでしょう?
今は連休中だというだけで、ライト・ノベルはまだ成人前の学生の身です。
遅かれ早かれ親元に帰さなくてはいけなわけですし、その日が少し早くなっただけですわ」
正論であった。
感情の上ではライトを帰したくないミリィちゃんも、頭ではとっくに理解していたことだ。こうして改めてそれを突き付けられれば、納得せざるを得ない。
それはライト本人も同じことで、自分には帰るべき日常があるのだということを思い出した。
どんなに今が楽しくても、自分の両親や友人の待つ生活をバッサリと切り捨てる亊は彼にはできそうになかった。
異世界転移してすぐに故郷への執着をあっさり捨ててしまう、転移系主人公のようなメンタルは彼には無いのである。
ライトは何も言えなくなり、同じく無言のミリィちゃんの方にを視線をやった。
ミリィちゃんは、今にも泣き出しそうなほど顔を歪めた後、魂が抜け落ちたように無表情になり、その後で突然切り替わるように明るい笑顔になった。
「そっか♪ 残念だけど仕方ないねー。じゃあ研究所に戻ったら、お別れ会の準備をしなきゃいけないよね。 あっ、その前にイヌイちゃんの歓迎会だよね♪ 忙しくなりそう!」
「えっ……あ、うん」
ライトは、ショックを受けていたはずのミリィちゃんが突然いつもの様子に戻った亊に困惑した。
帰らないで、っと引き留められても困っていただろうが、普段通りの笑顔でお別れ会の話をされるのも少し悲しい。
ライトは明るく笑うミリィちゃんに、なんとも言えない温度差を感じてしまい、あまり話しかける亊ができなかった。
そして、ライトたちの事情をよくわかっていないイヌイも当然話せる話題は少なく、何となくよそよそしい空気のまま船は研究所へと到着した。
研究所に降り立つと、エリザベスXが皆に指示を出した。
「私は待機メンバーに報告を済ませて参りますので、その間にエルメスTはイヌイをメンテナンスルームに連れて行って、しっかりと精密検査をしてきてください。
シェフとミリィちゃんは食材を食堂に運んで、ライト・ノベルは買ってきたパーツを作業場に運んでくれますか? 重ければパワードスーツを起動してもかまいません」
そう言うと、エリザベスXは近くまで出迎えに来ていたクッコローネRとノジャロリーナSの元へと歩いて行き、今回の報告を始めた。
通信で大まかな報告は済ませてあったが、ここのアンドロイドたちは詳細については口頭で伝えるのを好むのだ。
「さて、じゃあ俺も荷物を運ぶか。じゃあパワードスーツを起動しよう」
ライトはポケットからしおりを取り出すと、ベルトに装置して合言葉を口にする。
「ブクマ登録!」
光を放ち、自動的にパワードスーツが装着される。
パワードスーツを着込み、ちょっとダサい変身ヒーローのようになったライトが荷物を持ち上げたのを見て、イヌイが目を丸くしていた。
「ご主人様は変身できるです!?」
「え? いや、俺の能力じゃなくて、こういう道具を使ってるだけだよ。
この研究所にはこれより凄いものや、変なものや、凄い変なものがあるから、イヌイもきっと驚くよ」
「うふふ~、そうよ~、色んなものがあるから~、見せてあげるわね~。
でもまずは~、イヌイちゃんを精密検査してからよ~。有り合わせの材料で急いで修理したから~、きっと万全じゃないはずよ~」
「は、はいです。よろしくお願いしますです!」
「は~い、お願いされたわ~」
エルメスTはイヌイの手を引き、彼女をメンテナンスルームへと連れて行った。
「イヌイの検査か、何もなければいいけど。……おっと、俺も荷物を運んじゃおう」
ライトはパーツの入った箱を担いで作業場に運んで行った。
作業場に入ると、中ではスティーブン舞倉が愛用のツルハシを修理しているところだった。
「あ、ここにいたんだね。俺はついさっきコロニーから戻って来たところだよ。ただいま」
スティーブン舞倉はカクカクと頷いてから、ライトの荷物を見て首を傾げた。
「これ? これはあのコロニーで買ってきたパーツ類だよ。ここに持って行くように言われたんだけど、どこに置いておけばいいかな?」
スティーブン舞倉は、カクカクした動きで部屋の隅の何も無い辺りを示した。
「OK、あそこだね? じゃあ、よいしょ……っと」
ライトは作業場の隅に荷物を置いた。
パワードスーツを着ているのでライトは荷物を重く感じていないのだが、荷物を置く時に『よいしょ』と言ってしまうのは条件反射というかクセのようなものだろう。 おそらく大多数の人間がやってしまうと思われる。
「さてと、用事は終わったから俺は戻るけど、スティーブン舞倉はどうするの?」
ちょうどツルハシの修理が終わったようだったので、他に用事が無いなら一緒に行こうと誘うつもりだったのだが、彼はシャベルを取り出して見せた。
よく見ると、先の方が少し歪んでいるようだ。
「ああ、これからそのシャベルの修理をするってこと? そっか、じゃあ俺は先に行くよ。また後でね」
ライトはスティーブン舞倉に向けて軽く手を振ってから、作業場から出ようとドアを開く。
すると、ウィーン、とスライドして開かれたドアの隙間を抜けて、何かがライトに向かって飛びかかって来た。
「のじゃああああああぁぁっ!!」
「うわっ!?」
飛びかかって来たのはノジャロリーナSであった。
体が小さくてパワーもアンドロイドとしては低めだとはいえ、それでも普通の人間よりは強い彼女が助走をつけてダイブして来たのだから普段のライトならぶっ飛ばされていただろう。
だが今は幸いな亊にパワードスーツを装着していたため、しっかりと彼女の体をキャッチすることができた。
ライトはキャッチしたノジャロリーナSを優しく床に降ろし、パワードスーツを脱いでから彼女の頭を撫で、話しかける。
「ふう……驚いたよ。いきなりどうしたの?」
「うう……エリザベスXから聞いたのじゃっ! ライト兄上が帰ってしまうっていうのは本当なのじゃ?
嫌なのじゃ、まだまだ帰らないで欲しいのじゃーっ!」
「それかぁ……。ええっと……困ったな」
帰ることは事実だが、半泣きで自分に抱きつく幼女に今それを伝えるのには抵抗がある。
「あらあら~、ライト君を~、あんまり困らせたらダメよ~?」
ライトが、自分に抱きつきながら、のじゃー、のじゃー、っと駄々をこねるノジャロリーナSに困惑していると、そこ助け船が入った。
エルメスTだ。どうやらイヌイはいないようだ。
「エルメスT、イヌイの検査は終わったの? 一緒にいないみたいだけど」
「検査は終わったわ~。今は問題ないけど~、やっぱり一度根本的な修理は必要ね~。とりあえず今はリペアポッドで寝かせているわ~」
エルメスTはそう言った後、ライトにしがみついているノジャロリーナSを剥ぎ取って抱え上げると、作業場のドアを開いて中にいるスティーブン舞倉に呼びかけた。
「ね~、スティ~ブン舞倉~。ライト君と二人でお話ししたいから~、ちょ~っとだけノジャロリーナSの亊をお願いするわ~」
スティーブン舞倉はカクカクと頷くと、ノジャロリーナSを抱き上げて作業場へと戻って言った。
「うふふ、スティ~ブン舞倉は~、意外と子供をあやすのが得意だから安心だわ~」
「そうなんだ。それは意外かも……。あ、それで二人で話すって、なんの話?」
「う~ん、立ち話もなんだから~、こっちに来てくれるかしら~?」
「え? うん、わかった」
エルメスTはライトの手を引いて案内を始める。
ライトは繋がれた彼女の手の温もりに少しだけドキドキしながら、大人しくエルメスTについて行った。
「ここよ~。入って入って~」
そう言ってエルメスTがライトを中に案内したのは、テーブル、ソファー、クローゼット、ベッドなどが置いてある普通の部屋であった。
家具は淡い暖色系のカラーリングで纏められていて安心する雰囲気なのだが、家具以外の物は無くて生活感は感じない。
「私の私室よ~。とは言っても~、ほとんど使ってないんだけどね~。
あ~、ほらほら~、遠慮しないでソファーに座って~」
促されてライトがソファーに座ると、エルメスTは「ちょっと待ってね~」と言って背負っていた釜を下ろすと、それをぐるぐるとかき混ぜ始める。
しばらくすると、その釜から可愛らしい花柄の缶を取り出してテーブルの上に置いて、フタを開けた。
「出来たわ~、クッキーよ~。遠慮なく食べてちょうだ~い。
今、飲み物も用意するわ~、紅茶とコーヒーのどっちがいい~?」
「……えっ、あれ? 釜でかき混ぜるだけで、缶に入った状態のクッキーが完成したような……。相変わらず謎だけど、いったいどうやったの?」
「頑張ったのよ~?」
「……頑張ったら、釜をかき混ぜるだけで缶入りのクッキーができちゃうんだ?」
「うん~、できちゃうのよ~。それで~、飲み物は~?」
「あ……えーっと、じゃあコーヒーをお願い、砂糖抜きでミルクだけ入れてもらえるかな?」
「わかったわ~」
そう言ってエルメスTが再び釜をかき混ぜると、中からカップに入った状態のコーヒーが出てくる。色を見た感じ、ちゃんとミルクも入っているようだ。
「どうぞ~」
「……あ、ありがとう。 うーん……本当に釜で作れちゃうんだね。しかもカップごと」
「作れちゃうのよ~。でも味は~、シェフの作ったものには全然及ばないから~、期待し過ぎちゃだめよ~」
「う、うん、それじゃあ頂くね」
ライトはクッキーを一つ口にして、コーヒーを一口飲んだ。
確かに味は個性の少ない大量生産品っぽい味だが、普通の高校生であるライトにとっては馴染みのある味で悪く無い。
コンビニのクッキーとファミレスのコーヒーを口にしている感じだ。
「うん、美味しいよ。……ところで話って言うのは?」
「帰りの船での~、ミリィちゃんの態度の亊よ~。明るく笑ってたでしょ~? ライト君が~、誤解しちゃってるんじゃないかと思って~」
確かに最初は自分が帰ることを悲しんでいるように見えたのに、すぐにいつもの笑顔に戻ったのを見て、ライトはかなりの違和感を覚えた。
自意識過剰と言われそうだが、もっと引き留められるかと思っていたのだ。
「あれは~、ライト君とお別れしたくないからこそ~、安全装置が働いたみたい~……ミリィちゃんは~、よっぽど辛かったのね~」
エルメスTがいつもと違う、憂いのある微笑みを浮かべながらそう言った。
「……どういうこと?」
「ライト君の今後の人生を考えると~、寂しくても故郷に帰らなきゃダメよ~。
つまり~、ここでライト君を引き留めることは~、ライト君の人生にとって害となる行動なのよ~」
「俺の人生の害に……」
ライトが自立した成人で、帰りを待つ者もいないなら……。
あるいは帰る手段が何も無いのなら、このまま研究所で暮らす選択もあったかもしれない。
だがライトはまだ親元で暮らす未成年であり、帰るべき場所がある。そして今、手元に帰りのチケットもあるのだから、一度は帰るべきだ。
このまま帰らなければ親しい者たちを悲しませ、そしてそのうちライト自身も後悔するだろう。
だから引き留めることはライトのためにはならないのだ。
「アンドロイドは人間の……特に主人にとって害となる行動は取れないわ~。でも~、私たちには理屈だけでは納得しきれない心があるの~。
だから~、感情に任せてアンドロイドのタブーを破らないように~、安全装置が人口知能の一部を制限したんだわ~」
「人口知能を制限って……それは負担にはならないの?」
「負担は気にするほどじゃないわ~。 でも~、ミリィちゃんが安全装置を使わないと抑えられないほど~、ライト君と離れる亊を悲しんでいるのは理解してあげて~」
「……それは、ミリィちゃんのために、研究所に残れって亊?」
「逆よ逆~。ミリィちゃんが安全装置に頼ってまでライト君を引き留めないようにしたんだから~、その気持ちを汲んでライト君もスパッと帰りなさ~い、ってことよ~。
ライト君~、あなたも~、帰りたくな~い、って思っているでしょ~?」
エルメスTが、困った子供を見るような目をライトに向けた。
「うっ……」
図星を突かれてライトは苦い顔をした。
帰るべきなのは理解しているし、以前の日常を捨てられないのは本心なのだが、今が楽しすぎてずっとこうしていたい、という気持ちがあることも否定はできない。
どうやらその迷いは、エルメスTにバレていたらしい。
「……うん、ゴメン、わかったよ。俺は一度故郷に帰るよ。
だけど、お別れじゃない。きっとまたここに来るから」
「うふふ~、そうね~、私も永遠のお別れは嫌だわ~。
また来てくれると嬉しいわね~」
エルメスTの笑顔に微笑み返した後、コーヒーを一口飲み、そこでふと一つ気になる亊を思い出したライトはその亊を尋ねてみる。
「あれ? 引き留めるのは俺のためにならないから、アンドロイドは俺を引き留められないって話だったけど、さっきノジャロリーナSに思いっきり『帰らないで欲しいのじゃー』って言われたような……」
「あ~、あれはあの子だけ特別なのよ~。北斗七星はそれぞれ担当している役割に応じて~、普通のアンドロイドには禁止されている制限を~、無視できる権利を持っているわ~。
あの子は狐獣人幼女型アンドロイド……つまり~、『幼い子供』としての役割を与えられているの~。
だから~、感情に任せたワガママを言う権利が与えられているのよ~。
『子供のワガママ』で許される範疇に限るけどね~」
『賢者の石』を発動したエルメスTが、人工知能に手を加える事ができたように。
そして、以前『ざまぁシステム』を起動したエリザベスXが、人間に過剰な攻撃をすることができたように、ノジャロリーナSは、ワガママを言う事ができるのである。
「そうなんだ……。人間にワガママが言えるアンドロイドって凄いと言えば凄いのか……。あれ? でもノジャロリーナSだけ? エリザベスXも結構ワガママ……と言うか無茶な発言をしてるような気が……」
「うふふ、その二人の発言には決定的な違いがあるんだけど~、エリザベスXについては本人の許可無しにペラペラ喋ったら怒られちゃうから~、これ以上は秘密よ~」
「ははっ、エリザベスXに怒られるって怖そうだね。じゃあこれ以上聞かないことにするよ」
「そうしてくれると~、助かるわ~。お話ししたかった事は~、終わったわ~。
イヌイちゃんがリペアポッドから出てくるまで~、あと少しだから~、私は迎えに行ってくるわ~。
ライト君は~、この部屋でくつろいでいても~、いいわよ~」
「いや、俺はみんなのところに行って、自分の口で故郷に帰るって……。そしてまたここに来るって伝えるよ。
俺がはっきり宣言した方が、みんなも変に迷わないで済むんでしょ?」
「そうね~。そうしてあげて~。言い難いかも知れないけど~、頑張ってね~」
「……ああ! 色々ありがとう!」
残っていたコーヒーをグッと飲み干して、「ご馳走さま!」っと言って立ち上がったライトは、そのままドアを開けて廊下へと出た。
「おやおや、ライト・ノベル。エルメスTの私室から出てくるとは……。
どうですか? お目当ての下着は手に入りましたか?」
廊下には、ゴミを見るような目をしたエリザベスXが立っていた。
「下着泥棒をしに入ったわけじゃないよ!? 色々と教えてもらってたんだよ!」
「あら、年上の女性の部屋で『色々と教えてもらった』というのは、それはそれでアレな感じの発言に聞こえますわね?」
「いやいや! 何がなんでもそういう方向に繋げようとするのはやめてよ!」
「あら、面白くないですわね。 では健全な方向で、何か得るものはありましたか?」
それはいつものような冗談のやり取りだったが、得るものはあったか? と尋ねた彼女は、いつもより真剣な目でライトの答えを待っているようだった。
「得るものって言うか……背中を押された感じかな」
「ほう?」
「……俺、故郷に帰るよ。そしてもう一度みんなに会いに来る。
エリザベスXが決めて、それに流されて帰るってことじゃあ俺もみんなもスッキリとお別れできないからさ。
だからみんなにも自分の口ら伝えるよ」
ライトがそう伝えると、エリザベスXは、ニヤリと不敵に笑った。
「……フフッ、少しは良い顔になりましたね。ゾウリムシからミジンコになったほどの差は感じますわよ」
「それって良い顔になってるの!?」
「冗談ですわ。さすがに微生物よりは高く評価していますわよ。
……では食堂に行きましょうか。通信で皆を集めますわ」
「微生物より高い程度の評価を喜ぶべきかは悩ましいけど……まあそれは寝る時にでもじっくり考えることにするよ。
……じゃあ行こうか」
ライトは食堂へと歩き出した。
次回も金曜日の投稿予定です。
……次回はもう少しスムーズに書けたらいいなぁ。




