4章 第7話 犬のイヌイとお局様
「事情を説明してもらって……いいかな?」
ライトに向けてそう問いかけるミリィちゃんは、以前に五所川原Jに仕事を奪われると思って取り乱したときと比べれば落ち着いているように見える。
あのときに、ライトの世話役が増えたとしても別に自分がその仕事から外れる必要はない、と言い聞かせられたため、不安が大分軽減されているのだろう。
だがそれでも全ての不安は拭えないのか、表情や声には動揺の色が見え隠れしているようだ。
表面上は落ち着いているが、この様子ではおかしな返答をすればまたパニックを起こさないとも限らないだろう。
「う、うん、もちろん説明はするよ。……あっ、でも俺が説明するより、エリザベスXのメモリーデータを見たほうが早いんじゃないかな?
その子を買うことになった経緯は全部エリザベスXも知っているし」
そう言うとエリザベスXは「そうですわね……」と言って少し考えた後で頷いた。
「分かりましたわ。では少し待ってくださいね。今データを面白おかしく改竄・編集・捏造しているので、それが終わったらミリィちゃんにデータを見せますわ」
「事情説明のためのデータを捏造しちゃったらダメだよね!? そのまま見せてあげてよ!」
「あら、それでは面白くないではありませんか。……ですが、まあいいでしょう。ではミリィちゃん、今データを送りますわ」
そう言うな否やエリザベスXはミリィちゃんの頭をグワシッとわしづかみにする。いわゆるアイアンクロー状態だ。
そしてそのまま、バリバリバリィ! っと電流を流し込む。
ミリィちゃんは「あばばばばっ」と言いながら体をビクンビクンさせた。
「ちょっ! いきなり何を!?」
「何と言われましても……だからデータの送信ですわよ? はい、送信完了ですわ」
エリザベスXが手を離すと、ぷしゅぅ……という音と共にミリィちゃんが膝をついた。
「データ送信!? いやっ、格闘ゲームのつかみ技とかにありそうなビジュアルだったよ!? 本当に大丈夫なの?
あばばばばっ、とか言ってたし!」
やけに攻撃力の高そうなデータ送信方法に焦るライトだが、それを食らった本人はすぐに平然と立ち上がって、何事も無かったようにライトに笑いかけた。
「大丈夫だよ♪ なんか口が勝手にあばばばばって言っちゃう以外には害は無いから。
ちゃんとデータは受け取れたし」
大丈夫そうなビジュアルではなかったが、確かにミリィちゃんにダメージを受けた様子は無い。
「うーん、受信側が強制的にあばばばばって言わされるデータ送信方法って、それだけで地味に害がある気が……。
いや、食らったミリィちゃんが気にしないなら良いんだけどさ」
「えへへ、心配してくれてありがとう♪ ……さて、それじゃあ受け取ったデータを確認するよ」
そう言うとミリィちゃんは3秒ほどの間、遠くを見るような目をしたまま動きを止め、その後すぐにまた動き出した。
どうやら今の時間でデータの内容を確認していたらしい。
「事情は分かったよ。お客さんは解体されそうなその子を救うために買い取ったんだね。
えへへ、優しいね♪ さっきは機嫌悪くなっちゃってゴメンね」
(良かった……いつものミリィちゃんに戻った。エリザベスXもあんな方法だけどちゃんとデータを送ってたんだな)
「で、でも『いやっふー! この子にコスプレさせて遊ぶんだー!』って叫びながら街中を走り回ってたのは驚いちゃったかな……。
その……コスプレとか好きなの?」
「俺そんなことしてないよ!?」
データはすでに面白おかしく改竄済みであった。
「あ、あの~……」
ライトたちにとってはこんなドタバタしたやり取りもいつものことと言えるが、まだ見慣れていない少女は呆気にとられたようにポカンとしている。
「あ、ゴメン、ちょっと置いてきぼりにしちゃったね。
えっと、まだ名前を聞いてなかったね。君の名前を教えてくれるかな?」
「あ、はいです。私は……」
「ねえねえ少し待って。今、すぐそこまでシェフが戻って来てるみたいだから、帰ってきてから一緒に話を聞こうよ♪」
少女が自己紹介をしようとしたところでミリィちゃんがそう提案した。
ミリィちゃんとシェフは同じ場所から戻ってきたのだが、荷物を持っている分シェフの方が帰りが遅れていたのだ。
普段のミリィちゃんなら一緒に歩いて帰ってくるのだろうが、今回はエリザベスXから『ライトが女を買った』と聞いたため、事情を聞くためにシェフに荷物を押し付けてミリィちゃんだけ先に戻ってきていたのである。
「近くまで来てるの? ならシェフを待とうか。みんな揃ってからお互いに自己紹介したほうがいいよね」
ライトがそう言うと、少女は「はいです」と頷いた。
シェフは本当にすぐ近くまで来ていたらしく、それから一分もしないうちに船の入口がウィーンっと開き、船へと入って来る。
そして一礼して「いらっしゃいませ!」と言った。
どう考えても帰りの挨拶としてはおかしいのだが、シェフの中では最も汎用性の高い挨拶という位置付けになっているようだ。
「いや、帰ってきたときの挨拶が『いらっしゃいませ』なのはどうかと思うけど……でもおかえり。とりあえず彼女の話を聞く前に、まずは荷物を片付けちゃおうか。
……なんか荷物が多い気がするんだけど、もしかして売れ残っちゃった?」
重そうなクーラーボックスを持っているのを見て食材が余ったのかと考えたライトだったが、シェフは僅かに微笑みながら首を横に振った。
「いいえ、お陰様で完売することができました。なのでその売上で食材やスパイスなどを仕入れて来たんですよ。
これでまたお客様に新しい料理をお出しできると思うと、今からとても楽しみです」
「へえ、それは俺も楽しみだなあ」
「あらあら~、料理の話もいいけど~、まずお片付けをしちゃいましょ~。
とりあえず食材は~、邪魔にならないとこに置いとくわね~」
エルメスTがシェフから食材を受け取って収納スペースの奥へとしまい、その間にシェフとミリィちゃんで調理器具の片付けを済ませた。
ついでなのでそのままエリザベスXとエルメスTが購入してきたパーツ類や少女の修理に使った道具なども片付けてしまった。
一通りの荷物を片付け終わると、ライトは少女に改めて自己紹介を求めた。
「お待たせしちゃったね。じゃあ君の事を聞かせてくれるかい?」
「は、はいです! それでは自己紹介をさせていただくです! 私は犬獣人型アンドロイド・イヌイと言うです。
人間さんとお話しする能力を追及したモデルなので……その、あんまり能力は高くないです。……でもでも一生懸命頑張るですから! なのでご主人様、それと先輩たちもよろしくお願いしますですっ!」
「へえ、イヌイって名前なんだ。俺はライト・ノベル。後ろの皆はそっちから順に、エリザベスX、エルメスT、ミリィちゃん、それとシェフ……は本名は確かマスターアジヤだったっけ?」
「ええ、ですが料理人という職に誇りを持っていますから、今後もシェフと呼んで頂いて結構です。
……イヌイさんもシェフと呼んでくれ。あるいは大将かおやじかマスターでもいいが」
「わかったです。じゃあ私もシェフと呼ばせてもらうです」
「俺は普通の高校生だけど、みんなは……あ、いや、みんなの素性を話すのはこのコロニーから出てからにしたほうがいいかな?」
ナーロウ博士のアンドロイドは国家が目の色を変えて欲しがるような存在だ。
このコロニーのような治安の悪い場所で正体を明かして、それを誰かに聞かれては要らないトラブルを引き起こすかも知れない。
「う~ん、盗聴とかはされてないみたいだけど~、万が一を考えたら~、その方がいいと思うわ~」
「そっか、じゃあ詳しくは帰ってから説明するとして、今はさらっとした自己紹介だけにしておこうかな♪
私はミリィちゃん。『ちゃん』までが名前ね。コミュニケーション特化アンドロイドだから、あなたと同じようなタイプだよ。よろしくね♪」
ミリィちゃんはナーロウ博士の名前は出さずに、自分の名と能力タイプだけを伝えた。
他のアンドロイドたちもそれに続く。
「私の名前は~、エルメスTよ~。生産能力特化のアンドロイドよ~。拠点に戻ったら~、ちゃんとした機材を使って~、あなたの状態をもう一度~、しっかりと点検をさせてもらうわね~」
「先ほど簡単な自己紹介を済ませたが、改めて名乗ろう。シェフことマスターアジヤだ。『食』のみに特化した生産タイプだな」
「私はエリザベスX。バランスタイプのアンドロイドですが、強いて言うなら悪役令嬢に特化したタイプとも言えますわ」
「いやっ、悪役令嬢に特化したタイプってなに!?」
最後にライトのツッコミが混じったが、ここにいる全員の自己紹介が終わった。
「これでここのみんなの紹介は終わったけど、拠点に戻ればまだ他にも仲間がいるから紹介するね♪ これからよろしく! 仲良くしようね♪」
ライトの世話役ポジションに突然割り込んで来たイヌイに対して不快感を示すかと思われたミリィちゃんだが、案外好意的に接しているように見えた。
「でもお客さんのお世話をするなら私の指示に従ってね♪ 私がお世話役の筆頭だから♪」
(あっ……最後に笑顔でマウント取りに行った)
「じゃあミリィちゃんさんは、お局様なのです?」
イヌイのその一言に、場が凍りついた。
いつもほわほわ笑顔のエルメスTすらも、一瞬真顔になっていた。
エリザベスXだけは楽しそうに瞳を輝かせていたが。
「……あはっ♪」
凍りついた部屋に、ミリィちゃんの笑い声が響いた。
「あはは♪ もうイヌイちゃんってば面白い事を言うねー♪
あはははっ! あははははっ! 面白いなあ、ホントにぃ♪」
本当に楽しそうに笑うミリィちゃんだが、全身からは戦闘モードのクッコローネRに匹敵する威圧感が立ち上っているように見える。
片手はエプロンのポケットに伸びているが、そのポケットが拳銃の形に膨らんでいるように見えるのは気のせいだろうか?
「も、もしかしてなんか間違ったこと言っちゃったですか!?
ごめんなさいですーっ!」
自分の発言が不味かったと気づいたイヌイが必死にペコペコと謝った。
どうやら彼女は別に、いきなりミリィちゃんに喧嘩を売りに行くロックな生きざまを選んだわけではなく、『お局様』というのは先輩女性のリーダー格に与えられる称号か何かだと勘違いしていたようだ。
「……彼女は天然無自覚でやらかすタイプですか。これはなかなか面白い人材かもしれませんね」
そう呟いたエリザベスXをちらりと横目で見ながらライトは考える。
リーダー的なポジションであり仕事はキッチリとこなすが、性格がキツくてちょっと意地悪……そして、つり目で偉そうな態度の女性。
(……どう考えてもミリィちゃんよりエリザベスXのほうがお局様っぽいよね)
「……ライト・ノベル。貴方が今、何を考えているのか当てて差し上げましょうか?」
「エ?……晩御飯のおかずについてダヨ?」
「そうですか。ではそういうことにしておきましょうか。今回だけは」
ちょっと物騒な空気になったりもしたが、ミリィちゃんとイヌイも和解して、今は仲良さげに雑談していた。
ただ微妙に対抗心があるのか、ミリィちゃんがライトの右、イヌイがライトの左に座ってお互いがライトを独り占めしないように牽制しているように見える。
両手に花状態のライトは、照れているのを誤魔化そうとして無理やりポーカーフェイスを作っているため、強張った不自然な表情だ。
いつもならそんなライトをここぞとばかりにからかうであろうエリザベスXだが、今は雑談にも参加せずに考え事をしていた。
(さて、と……)
鉱石やエメラルド、そしてシェフの料理を売ることで現金を手に入れ、さらにシェフとミリィちゃんの働きたいという欲求も、ある程度は解消することができた。
そしてその金でパーツを買い漁ったお陰で、手持ちの資材にも余裕ができた。
『イヌイ』という予定に無い買い物をしたお陰で出費が増えた部分もあるが、ライトが欲しがるものがあれば購入しようとは考えていたので、そういう意味ではまあ想定内の出費だ。
このコロニーで果たすべき用事の大半は果たしたと言えるだろう。
(あと一つ。一番大切な用事を済ませなくてはいけませんわね)
「私はもう一つやっておくことを思い出したので、少し行ってきますわ。
すぐに戻るので、皆さんはこのまま船で待っていて下さい」
そう言うとエリザベスXは船と外へ出ると、そこから道路を挟んで逆側へと向かった。
その先は定期便や観光ツアー用の宇宙船を停めているエリアである。
こんな違法スレスレのコロニーを行き来する定期便や観光ツアーというのは、もちろん一般的には公にされていないが、こうやって確かに存在しているのだ。
エリザベスXは船のチケット売り場に向かうと、そこにいた青年に声をかけた。
「このコロニーから、オレッツ・Aというコロニーまでの便はありますか?」
「オレッツ・A? あー……少しお待ちくださいね。……どれどれ」
青年は机にあるコンピューターを操作してリストを調べ始めた。
「ああ、ありました。ただあそこの住人は平凡な生活に不満を持たない温厚で保守的な人たちが多いので、ここのようなグレーなコロニーへ来たがるようなお客様はほとんどいないんです。
なので定期便というのはほとんどなくて、5日後の便を逃すと半年先までありません」
「そうですか……では、その5日後の便のチケットをいただきましょう。
その船ではアンドロイドは別料金ですか? それとも荷物扱いでしょうか?」
「分解して箱詰めすれば荷物扱いにできますけど、起動させたままなら人間として数えますので、個別にチケットが必要です」
「でしたら2人分のチケットをいただきましょう」
青年の「ありがとうございましたー」という声を背に、外へ出たエリザベスXは自分たちの船へと歩き出した。
その手にはオレッツ・A……ライト・ノベルの故郷へのチケットを持って。
「それにしても、あの青年の話ではオレッツ・Aの住人は平凡な生活に不満を持たない温厚で保守的な人間が多いそうですね。
フフッ、まさにライト・ノベルの故郷、という感じですわ」
そう言って笑ったあと、手の中のチケットの日付を確認し、エリザベスXは寂しそうに呟いた。
「そうですか。5日後……ですか」
船へと戻ったエリザベスXは、先ほどの寂しそうな姿など無かったかのように、普段通りの様子で指示を出した。
「お待たせいたしましたわね。これで用事は済みましたわ。
さあ、それでは研究所に帰りましょうか」
それを聞いてライトがシートベルトを締めたのを確認したエリザベスXは、そのまま操縦席へと向かおうとしたが、それをライトが呼び止めた。
「エリザベスX……なんか様子がおかしい気がするけど、何かあった?」
エリザベスXは、まだポーカーフェイスを崩していないが、内心は驚いていた。
いつもと変わらない態度をしている自信があったからだ。
「……あら、私の様子がおかしいように見えましたか?」
「いや、そう言われれば様子は何も変わらないはずなんだけど……なんだろう、なんとなく違和感が……うーん?」
ライト自身も、エリザベスXの何に違和感を感じたのか分かっていないようだ。
説明できない感覚的な部分で何かを感じ取ったようだ。
(普段は鋭い訳ではないくせに、突然これとは……驚かされましたわね)
エリザベスXは観念したように「ふぅっ」と溜め息をつくと、懐からチケットを取り出して見せると、ライトだけではなく皆に聞こえるように言った。
「……5日後、ここから出る船でライト・ノベルを故郷へと帰します」
次回の投稿も金曜日の予定です。




