4章 第1話 錬金術師はホワホワお姉さん
宇宙要塞を作る。
それを目標に掲げ、それに向けて行動を始めた翌日。ライトは食堂に居た。
モフ・フモッフで購入した食材に加え、ライブゲート社の輸送艦の積み荷からはスパイスや調味料を見つけ、更にスティープン舞倉の畑の作物もある程度は収穫できた。
それらの事で食材がそれなりに揃ったため、シェフがライトの好みの味付けを追求してみたいと言い出し、その試食会をしているのだ。
他の皆が拠点改良に勤しんでいる時にサボっている等と言ってはいけない。
ライトは皆が張り切っているこの時だからこそ、拠点改良の分野では出来ることの無くてショボンとしていたシェフとミリィちゃんに仕事を与える意味で食堂にいるのだ。
もちろん自分のための試食会というものを嬉しく思っているのも確かではあるが。
ライトは、野菜スティックにドレッシングをつけて口へと運ぶ。
「う、うーん……どれも美味しいけど、AかDかな? あ、でもCも……」
ドレッシングは五種類あり、食べ比べて味の好みを探っているのだが、ライトはごく一般的な家庭の生まれであり、本人もそこまで食べ物にこだわって生きて来たわけでもない普通の少年だ。
不味い物と旨い物を区別出来る程度の味覚はあるものの、旨い物と旨い物を食べ比べて採点するというのは難しかった。
「ゴメンね、シェフ。せっかく俺のためには五種類もドレッシングを用意してくれたのに、ちゃんと評価できなくて……」
ライトはどれを食べても、単に『旨い』としか感想が浮かばない自分の味覚とボキャブラリーを情けなく感じた。
だがシェフは、謝るライトにダンディーな笑顔で首を横に振った。
「いえいえ、何も小難しい感想や評価など必要ありません。お客様は美味しいと言って食べて下さいますから、それだけで料理人冥利に尽きると言うものです。
それに、A、C、Dの味が口に合うというだけでも、ある程度の好みは分かりましたよ」
「え? 五種類から三種類までしか絞れなかったのに、それだけでも好みって分かるものなの?」
「ええ、選ばれた三つに共通する味、そして選ばれなかった二つに共通する味を考えれば、ある程度ではありますが、好みの傾向はわかりますよ」
ライトは、『料理人って凄いな』と感心しつつ、『シェフって普段はあまり喋らないけど、食の話題ならよく喋るんだなあ』なんて感想も頭に思い浮かべていた。
「さて、次はお客様の甘味に対する好みを知るために、一口サイズのデザートも五種類用意してありますのでよろしければこちらも……」
「あっ、いらっしゃいませ!」
シェフの言葉の途中にミリィちゃんの挨拶が被った。
どうやら食堂に誰かが入って来たらしい。
入り口の方を振り向いたライトはその人物の顔を見たのだが……それが誰なのか分からなかった。
白銀の糸のような髪の毛を腰まで伸ばした、20代前半ほどの外見の女性だ。
ゆったりとしたローブのような服を着ていてメガネをかけている。
……どこかで見たことがある気がしたライトが記憶をたどろうとしたその時、ミリィちゃんがその女性に話しかけた。
「久しぶりー♪ ついに目覚めたんだね!」
「ええ、おはよ~うミリィちゃん、久しぶりね~。 そして~……」
そう言った後、女性はライトの方へ向くと穏やかな微笑みを浮かべた。
「初めまして~。あなたがライト君ね~? ここ数日のデータはエリザベスXから受け取っているから~、あなたの事も知っているわ~。 私は錬金術師型アンドロイド、エルメスT。 よろしくお願いするわ~」
「あ、はい。よろしくお願いします…… ん? エルメスT…… あっ!」
ライトは、その名を聞いて思い出した。
五所川原Jを再起動したあの時、確かエリザベスXは本来別のアンドロイドを起こすつもりだと言っていた。
その本来起こすつもりだったアンドロイドというのが、目の前の彼女……エルメスTであったはずだ。 ……そしてあの時、ライトが全裸を見てしまった女性でもある。
休眠カプセルの中で全裸で眠っていた彼女の姿がフラッシュバックして、ライトは顔が赤くなりそうになるのを自覚したが、顔をブンブンと振って煩悩を追い出した。
「あら~? どうかしたの~?」
「い、いえ、大丈夫です、それよりエルメスTさんは……」
「うふふ、呼び捨てでいいし~、敬語も要らないわよ~」
何となく、『年上の綺麗なお姉さん』という感じのエルメスTにはタメ口は使いにくかったライトだったが、他の皆にタメ口で喋っておいて一人だけに敬語というのもおかしい。
なにより本人もそれは望んでいないようだ。
「じゃあ普通に話させてもらうよ。 えっと、いきなりだけど、エルメスTが背負っているのは……なに?」
「え、これ~? これはね~。釜よ~」
「…………釜?」
エルメスTは、おとぎ話に出てくる魔女が怪しい薬でも煮込んでいそうな釜を背負って歩いていた。
サイズ的に見て、部屋の出入口を通るのはギリギリに見える。
「だって私は錬金術師だもの~。釜は必須でしょ~?」
「いや……それは普段から背負って歩かなきゃいけないもの……なのかな?」
「必要よ~、私の相棒だもの~。 これは~、製作ツールセットみたいなものなのよ~。 普通の釜としても使えるけどね~」
「製作ツール? 普通にでっかい釜にしか見えないんだけど……それで何が作れるの?」
「うふふ、材料とエネルギーがあれば~、大体の物は作れるわよ~。今もエリザベスXからお薬の製作を頼まれていて~……あ、いけない、そろそろ作り始めないと怒られちゃうわ~。あの子ってお説教に拷問器具を持ち出すことがあるから怖いのよね~。
じゃあライト君、私は仕事があるから行くわ~。また後で会いましょう~」
エルメスTはそう言うと部屋から出ていった。
(エルメスTか。話し方がのんびりしてる以外は普通っぽいかな?
いや、釜を背負っているのは普通じゃないけど、少なくとも性格は…… あ、いや、でもナーロウ博士のアンドロイドだからなぁ……何か変な部分があってもおかしくないかも……?)
一見マトモそうなエルメスTの性格に対して、微妙な不安を心に残したまま、ライトは試食会を続けるのであった。
ーーーー
試食会が終わり、ライトは最後にコーヒーを一杯飲んでから食堂を出た。
廊下を歩きながら、ふと何気無く窓の方を向く。
視界いっぱいに広がる星の海……それはすでに見飽きた風景には違いないのだが、それでもやはり美しく見えた。
「……うわっ!?」
外を眺めていたライトの目の前に、突然ニュッとスティーブン舞倉の顔が出て来た。彼は窓の外、つまり宇宙空間側に居るのだ。
ロボットなのだから平気だというのは分かるのだが、宇宙空間をフヨフヨと漂っている姿を見るとやはり驚いてしまう。
「……何をやってるんだろう?」
ライトは窓に近づいて様子を見てみることにした。
スティーブン舞倉は、宇宙を泳いで周囲に漂っている小惑星の一つに近づくと、それをツルハシで叩き割り、その中から使える鉱物を集めて、残った欠片は四角いブロック状に固めて並べる。
並べられたブロック同士はしっかりと接着され、やがて一枚の板のようになっていった。
それを何度も繰り返すと、固めたブロックで作られた板は岩でできた大きな土台のようになっていく。
「そういえばスティーブン舞倉は、物体同士を接着するっていう能力を持っているんだったっけ。
凄いな……宇宙要塞を作るなんて無理じゃないかと思ってたけど、これなら少なくとも土台までならわりと簡単に作っちゃいそうだ」
そのまま窓の外を眺めていたライトは、宇宙船らしき物が真っ直ぐこちらに近づいて来るのに気づいた。
「なにっ!? まさかまた宇宙海賊とか…… ん? 違うか、壊れた宇宙船の残骸みたいだ。 でも、なんで残骸が真っ直ぐこっちに近づいて……って、クッコローネR!?」
パッと見ただけでは気づかなかったが、よく見るとクッコローネRが後ろから残骸を押して泳いでいるようだ。
クッコローネRは研究所の近くまで来ると、剣でその宇宙船の残骸を一定のサイズに切り分けた。
すると、小さくなったその残骸を研究所の搬入用ゲート付近にいた五所川原Jがどんどん回収していく。
ライトからは見えていないが、搬入口の中ではその残骸を、並んだゴブリンロボットたちがバケツリレーの要領で手渡して倉庫の奥へと運び入れている。
なかなか見事なチームワークである。
「あれって多分リサイクルとかするんだろうけど……ここって宇宙船の残骸をリサイクルできるほど本格的な設備ってあったっけ?」
この研究所には時代の最先端を更に越えた未知の技術を使ったハイテクな施設がたくさんあるのは確かだが、基本的にはアンドロイドを筆頭に人型ロボットを開発する施設だ。
本格的なリサイクルができる設備があるかは疑問である。
「気になりますか?」
「うわっ!」?
耳元で聞こえた声に驚いて振り向くと、そこに居たのはエリザベスXだった。
「いつの間にこんな近くに……」
「フフッ、人の世界に悪意が存在する限り、悪役令嬢はどこにでも現れますわ」
「なにそれ? 悪役令嬢って邪神の親戚か何かだっけ?」
「はい、邪神は母方の遠縁にあたりますわ」
「いや、冗談だよね?」
「フフッ……さて、どうでしょうね?」
エリザベスXはニヤリと微笑んだ。
彼女がアンドロイドである以上は血縁というものは存在するはずも無いのだが、その不敵な笑顔を見ると、なんとなく邪神の親戚と言われても信じてしまいそうになるライトであった。
「まあ私と邪神の血縁関係は置いておくとして、リサイクルや加工の工程を見たいのなら、見学しても構いませんが、どうしますか?」
「うん、ちょっと興味もあるし、見学させてもらおうかな」
「では案内いたしましょう。こちらですわ」
エリザベスXに連れられて向かった部屋の扉には、『ナーロウのアトリエ』と書いてあった。
「……アトリエ?」
「ナーロウ博士の強い希望でそう書きましたが……まあ実際は作業場のようなものですわ。 さあ、どうぞお入りなさい」
中に入ったライトが見たのは、思っていたよりも殺風景な部屋であった。
もっと見るからにハイテクな機械が並んでいるかと思っていたのだが、木の作業台や石のかまどといった原始的な器具がいくつかあるだけだ。
そして壁の所には木材や石材などと並んで、先ほど回収したと思われる宇宙船の残骸が積んである。
そんな部屋の奥で、エルメスTが棒で釜をぐるぐるとかき混ぜていた。
彼女はこちらに気づくと、まずはライトに「あら~、さっきぶりね~」と挨拶した後、エリザベスXの方を向いて微笑んだ。
「頼まれていた物は~、もうすぐ出来るわよ~」
「それは何よりですわ。 あと、その作業が終わり次第、あそこにある残骸のリサイクルをしてもらえませんか?
ライト・ノベルがその工程を見てみたいそうですわ」
「あっ、ただの興味本意だから、他にやることがあるなら次の機会でも……」
軽い気持ちで見学したいと言ったライトだが、他の仕事をしてるエルメスTに無理を言って見せてもらうのは申し訳ないと感じて訂正しようとした。
だが、エルメスT本人は、思いの外乗り気なようだ。
「いえいえ~、やっていた作業は終わるところだし~、人間さんに仕事ぶりを見てもらえるのは、アンドロイドにとっては嬉しい事よ~! 私、張り切っちゃうわ~!」
彼女はノリノリで釜の中身……正体不明の緑色の液体を完成させて近くにあったタルへと移すと、釜の内側を布巾で綺麗に拭き取った。
「さあ~、それじゃあライト君のリクエストに応えて~……あら?」
何かに気づいてライトの後方へと視線を動かすエルメスT。
ライトは、彼女の視線の先を確認するために後ろを振り向いた。
その先に居たのはクッコローネRとスティーブン舞倉だ。
二人は小惑星から掘り出した鉱石をリアカーで引っ張って来ていた。
……ツルハシで掘ったり、リアカーで運んだりと所々が妙にレトロである。
「近くの資源は大体回収し終わったぞ。 ノジャロリーナSの話では、もう少し離れた所にまだまだ資源が……む? おお、ライト卿、ここに居たのか。 何か作業場に用事でも?」
「クッコローネR、それとスティーブン舞倉も、二人ともお疲れ様!
俺はエルメスTに作業を見せてもらう所だったんだ。リサイクルとか金属加工とか、どういう風にやるのかと興味があってさ」
ライトがそう言うとスティーブン舞倉が、バッ! っと顔をライトの方に向けて、何かをアピールするように、何度も繰り返しカクカクと腰を曲げ伸ばしした。
「え……? 何? 何が言いたいの?」
突然奇妙な動きを始めたスティーブン舞倉にライトは困惑するが、エルメスTは理解できたようで、「うんうん」と頷いたあと、ライトに説明を始めた。
「あのね~、スティーブン舞倉は、『金属加工なら自分も得意だから、仕事ぶりを見てほしい』って言ってるわよ~」
「あっ、そうなんだ? じゃあせっかくだから二人で作業している所を見せてほしいな」
「うふふ。了解よ~」
(カクカク)
微笑みながら親指と人差し指で丸を作ってOKサインを出すエルメスTと、カクカクと動いてアピールするスティーブン舞倉を見て、クッコローネRは少し悔しそうだ。
「クッ……私も良いところを見せたいのだが、製作系は専門外なのだ……」
(うわー……明らかに残念そうだなぁ)
しょぼんとするクッコローネRを見て、ライトは何か頼める事は無いかと思ってキョロキョロ辺りを見渡すと、先ほどまでエルメスTが釜で煮込んでいた液体が入ったタルが視界に入った。
「そ、そういえば、さっき作っていたアレって何なの?」
するとエリザベスXが答える。
「ああ、あれは私達の人工皮膚や人工筋肉などの生体パーツを修復するための薬品です。言うなればアンドロイド用の傷薬ですわね。
先日、五所川原Jの傷を治した分でストックが足り苦しくなってしまったので、急いで用意してもらったのですわ」
「なるほどー! じゃあメンテナンスルームに運ばなきゃいけないよね?
……でも、液体で中がいっぱいになったタルなんて、俺の腕力じゃあ持てないし……困ったなー、どこかに力持ちが居ればいいんだけど。
……ああ、そうだ! クッコローネRがいるじゃないかー! ねえ、俺の代わりにタルの運搬をお願いできるかな?」
そのセリフは小学校の学芸会のような、見ていて痛々しいレベルの演技力であったが、クッコローネRは顔を輝かせて「ああ! 私に任せておけ!」と言うと、張り切ってタルを担いで満足そうに部屋から出て行った。
「……チョロいですわね。ですけど、ライト・ノベル……演技力はともかく、貴方も随分とアンドロイドを気分良く働かせるコツというものを理解してきたものですね」
「あはは……まあ、少しはね」
「うふふ~、クッコローネRってば、頼られて嬉しそうだったわね~。 それじゃあ次は~、私達も頼りになるって事を~、ライト君に見せてあげなくちゃね~」
そう言うとエルメスTは釜を火にかけると、宇宙船の残骸をその中へとポイっと放り込んで、棒でグルグルとかき混ぜ始めた。
その向こうではスティーブン舞倉が石のかまどに木炭を入れて火をつけて、そこに残骸を投入していた。
そしてしばらくすると……。
「できたわ~!」
(カクカク)
エルメスTは釜から。 スティーブン舞倉は石のかまどから。
それぞれ金属のインゴットを取り出して、それをライトへ見せつけるように掲げた。
「えぇ~っ!?」
ライトはアゴが外れそうなほどに大きく口を開いて驚いた。
まず、下から火にかけているだけの釜や、木炭を放り込んだだけのかまど程度の熱で宇宙船の残骸が溶けるというのがおかしい。
そして仮に溶けたとしても、それだけで綺麗に精製されたインゴットとして完成して出てくるというのも、やはりおかしい。
「さ~て、インゴットができたから~、これで道具を作りましょ~」
(カクカク)
スティーブン舞倉はインゴットを木の作業台に載せると、金づちで数回カンカンと叩いた。
そして次にライトの方をクルリと振り向いた彼の手には、人が一人乗れるサイズのトロッコがあった。
「いやいやっ! なんでインゴットを数回カンカン叩いただけでトロッコが完成するの!? 目の前で作ってたのに、工程が全く分からなかったんだけど!?」
(あ……まさかエルメスTも謎の製作スキルを?)
ライトは、ハッとエルメスTの方を見る。
彼女はインゴットと木材を、水を入れた釜で煮込んでいた。
「え、えっと……釜で金属と木材を水で煮込んでかき混ぜただけじゃあ流石に……」
「そろそろかしら~?」
彼女は釜に手を突っ込んで、中から何かを引っ張り出した。
釜からずるずると引っ張り出されたのは……釜とあまり変わらない大きさのタルだった。
「完成したわ~!」
「えぇーっ!? どうやったのっ!?」
「えっとね~、頑張ったからかしら~?」
「頑張ったら材料を煮込むだけでタルができちゃうのっ!?
いやっ、『努力で不可能を可能にする』って言葉はあるけど、多分そういう話じゃないよね、コレ!?」
混乱してツッコミを入れるだけのマシーンと化しているライトに、エリザベスXが自慢気に言った。
「オホホホホ! これが私たちの仲間の中でもナンバー1とナンバー2の製作スキルです。 我々の技術力を理解出来ましたか?」
「……理解したよ」
ライトはそう呟いて、フッと笑った。
(……うん。『考えても理解できない』という事を理解したよ)
ライトは、悟りを開いた僧侶のようなアルカイックスマイルを浮かべ……
そして、考える事を放棄した。
次回の投稿も金曜日の予定です。




