序章 第3話
まだまだ話数も少ないのですが、自分で思っていたよりポイントが伸びています。読んでくれた人達には感謝ですね。
ありがとうございます。
エリザベスXに案内され、食堂に続く廊下を歩くライト。
電力が復旧した廊下は、それ以前と比べて物理的に明るいというだけでなく、どこかに優しい雰囲気を感じる…… 彼はなんとなくだが、そう思った。
「へえ……明るくなってから見たらこんな感じなんだ……。
伝説の天才博士の研究所って聞くとカッチリとして硬いイメージがあるんだけど、ここはなんか雰囲気が柔らかいっていうか、温かみがあるような感じがするなあ」
ライトの口からこぼれ出たその言葉に、エリザベスXは一瞬だけ感心したような顔をした。
「おや? 貴方は意外と鋭い所もあるのですわね。ここは、博士の研究所であるとともに、私や、私の兄弟姉妹にとっての家でもあるのです。
ただ硬く冷たいだけの場所であるはずがありません」
そう言った彼女の態度は誇らしげであり、この場所を大切に思う気持ちが伝わってくるものであった。
「さあ、ここですわ。……二人とも稼働していますわね? 久しぶりの仕事ですわよ」
エリザベスXが声をかけると、目の前ドアが開く。
それは、いかにも研究所らしい近代的デザインのドアであったが、その先には、このドアやここまで歩いてきた廊下の造形とはまるで違った空間が広がっていた。
ライトの目の前にあったのは、木製の四人用のテーブルが三つと、カウンター席がいくつか並ぶ飲食店のような部屋…… いや、飲食店のような、ではなく、この空間はまさしく宇宙開拓以前、旧時代の地球にあった大衆向け飲食店そのものの外観であった。
驚きからキョロキョロと室内を見回していたライトは、カウンターの側に立つ人影を見つけた。
「「いらっしゃいませ!」」
そう言って頭を下げる人影は二つ。 四十歳ほどに見える無骨な職人のような雰囲気の男性と、高校生程に見える、人当たりの良さそうな可愛らしい少女であった。
服装から見た限り、男性は料理人、少女はウェイトレスのようだ。
「その男性は、この食堂『味屋』のマスターをしている、料理人型アンドロイド・マスターアジヤですわ。
私はシェフと呼んでいますが、他にも、マスターや大将やオヤジなどの呼び名でも認識するように登録されています。
大抵の料理は作れますが、地球の日本国の大衆的な洋食と居酒屋料理が専門です」
「……よろしくお願いします。呼び名は、どうぞお好きに」
「そちらの彼女は看板娘型アンドロイド・ミリィちゃんですわ。コミュニケーション能力に特化した機体ですので世間話をしたければ彼女が適任でしょう。
あと、彼女の名は『ちゃん』までが正式名称ですのでお間違えなく」
「ヨロシクね、お客さん♪」
「あ、うん、二人ともよろしく。……で、質問が何個かあるんだけど、いいかな?
まず、シェフの得意料理が偏っている気がするんだけど……」
「それは、ナーロウ博士のこだわりですわ。博士は日頃から、大衆的な洋食と居酒屋料理は、異世界人すら夢中になるほどのポテンシャルを秘めていると言っていました。
……まあ、今のところ異世界人に食事を振る舞った経験はありませんが」
「いや、まあ、その経験をするのは難しいんじゃないかなぁ?
でも、博士のこだわりだってことは分かったよ。じゃああと一つの質問だけど……あの人は何者?」
ライトが気になったのは、一番奥のテーブルに座っている男性の姿をしたモノだ。
それは、人間のような見た目をしてはいるが、一切の動きを止めているために人間と見間違うことは無い。
精巧な蝋人形にも見えるが、ここまで数多くのアンドロイドがいる場所なのだから、人形ではなく、きっと彼は機能を停止しているアンドロイドなのだろうとライトは考えた。
「ああ。彼は、食堂常連客型アンドロイド・エドウィン兵長ですわ。
残念ながら、まだここのエネルギー残量には余裕はありませんから、彼にはまだ休眠状態でいてもらっています」
「食堂常連客型!? なにそのタイプ! どういうコンセプトのモデルなの!?」
聞きなれない……と言うか、一度も聞いた事のない、謎のアンドロイドの分類について訊ねるライトだったが、質問されたエリザベスXは『麦茶って麦でできてるの?』とでも訊かれたかのように、何を当たり前の事を……とでも言いそうな表情で答えた。
「は? 食堂常連客型なのですから、食堂に通ってお気に入りのメニューを食べるというコンセプトに決まっているではありませんか。
彼は大破寸前のコンディションでもメンテナンスルームを抜け出してここで唐揚げとエールを注文するほどに与えられた任務に忠実なのです」
「あ~……兵長なのに、与えられた任務はソレなんだ……そっかー……」
彼の生まれた意味について考えて、涙が溢れそうになったライトは、話題を変えることにした。
「と……ところでここが食堂で、料理人型アンドロイドがいるってことは、食べ物があるって事かな? 恥ずかしいんだけど、実は凄くお腹が空いているんだ。何か食べ物を貰えないかい?」
その言葉を聞いたエリザベスXは、優しく微笑み、こう言った。
「まあ。これはこれは卑しいものですね。エサがあるかと思ったとたんにブヒブヒとおねだりですか?」
「ぐっ!……そんな事を言うくらいなら、なんで君は俺をここに案内したんだよっ!」
エリザベスXの暴言に対して苛立った様子で問うライトに、彼女は涼しい顔で返した。
「ここへ案内した理由ですか。当然空腹であろう貴方に食事を振る舞うためですよ?」
「……だったら、さっきの暴言……言わなくていいよね?」
ついさっきまでの苛立ちも忘れ、困惑気味の表情を浮かべるライトに、エリザベスXは悪びれる様子も無く答えた。
「言わない訳にはいきませんわ。暴言は、悪役令嬢のたしなみであり、アイデンティティーであり、個人的趣味ですので」
「最後、個人的趣味って言った!? たしなみとかアイデンティティーで暴言吐くのもどうかと思うけど、個人的趣味で暴言吐くって、単に性格悪いだけだよね!?」
「オホホ! 悪役令嬢に『性格が悪い』は褒め言葉ですわよ?」
性格が悪いという評価を、本気で喜ぶかのように上機嫌なエリザベスXに、ライトはそれ以上なにも言えず、黙りこんだ。
そのタイミングを見計らったかのように、ミリィちゃんが湯気の上がる皿を持って来る。
「お待ちどうさまー♪ ごゆっくりどうぞー」
ミリィちゃんが笑顔で、皿をテーブルに置いた所で、厨房からマスターアジヤ…… シェフが語った。
「本来なら、お客様のご注文の品をお出しするべきなのですが、施設全体が長期の休眠状態だったため、食材が残っておらず、大変失礼ではありますが、あり合わせの食材で勝手に作らせていただきました。
あり合わせとは言え、決して手抜きはしておりません。
……どうぞ、召し上がって下さい」
そのメニューは、カレーライスであった。
専門店で食べるようなタイプではなく、大きめの具材がゴロゴロと入った家庭風の物だ。
「まあ、これは懐かしい……。ナーロウ博士が好んだ料理の一つですね。
……博士はオシャレな高級店の味よりも、庶民的な味を好む方でしたから」
「へえ…… ナーロウ博士ほどの著名人なら俺が想像も出来ないような高級料理でも食べていると思っていたんだけど、少し意外かな。
……ああ、でも凄く美味しそうだ……!」
ナーロウ博士の好物の話など初めて聞いたため興味は引かれたが、空腹な今のライトの視線はカレーライスにくぎ付けになってなっている。
……シェフが再起動してから、まだ時間はあまり経っていないはずなのに、カレーが完成しているという不自然さにライトは気づいていないようだ。
ミリィちゃんは、カレーを見つめるライトを見てクスクスと笑い、
「お客さん、よっぽどお腹が空いているんですねー! どうぞどうぞ、遠慮無く食べちゃってくださいな♪」
と言って、ライトにスプーンを手渡した。
「ありがとう! じゃあ遠慮無く……いただきます!」
ライトは遠慮無くカレーライスをスプーンですくい、口元に運ぼうと思ったところでライトの頭にフッと疑問が過った。
(あ、あれ? ナーロウ博士が亡くなったのは50年以上前だよね?
それから人間用の食事を作ってなかったハズだから、コレの材料って……50年以上前のもの?)
長期保存用に加工したものならば、保存方法を間違わなければ50年くらいは腐らないと、知識では知っていても、いざ食べるとなるとやはり不安はある。
ライトは、一度スプーンを持つ手を止めてしまったが、食べないと言うのは、料理してくれたシェフにも、横でキラキラした目で見つめているミリィちゃんにも、そして、ここまで案内してくれたエリザベスXにも申し訳ないと考え、覚悟を決めて食べる事に決めた。
……もっとも、今までの暴言や悪ふざけを思い出した時点でエリザベスXへの申し訳なさは薄れたが。
(ええい! 食べるぞ! 見た目と匂いは美味しそうだし、きっと大丈夫!)
ライトはぎゅっと目を閉じて、スプーンを口に運んだ。
最初は恐る恐るといった様子だったが、段々とスプーンを動かす手が速くなる。
(……美味しい! コレ、肉も野菜も本当に保存食? 普通に生で売ってる物と変わらない気がする。米だって全然古い感じはしないし)
「どうですか? お口に合えば良いのですが」
控えめな態度ながら、評価が気になっている様子のシェフに、ライトは素直に感想を伝えた。
「美味しい。凄く美味しいよ! でも、この材料ってどうなってるの? 保存用に加工したものとは違う気がするんだけど。
……あれ? というかそもそも食材が残っていないって言ってなかったっけ? このカレーライスって具材が沢山入ってると思うんだけど」
ライトが疑問を口にすると、シェフは答えた。
「実はこの料理の材料は、全て科学的に合成して作ったものなのです。
調理の手順も異なっていますし、厳密にはカレーとは呼べないのかも知れませんが、ナーロウ博士の好物だけはどんな状況でもすぐにお出しできるように……と、研究を重ねた結果、限りなく本物に近く作ることが出来るようになりました。
これが合成食材しか使えない現状で唯一お客様にお出しできる完成度の料理です。
力不足で申し訳ありません」
「電力も供給されて生産プラントも動き出したみたいだし、そのうち色んな物を出せるようになると思うんだけど……今はカレーライスだけでゴメンね?」
深々と頭を下げながら説明するシェフと、謝りながら少し困ったように笑うミリィちゃんを見て、ライトはカレーを完食し、空の皿を見せて微笑んだ。
「いやいや! こんなに美味しいカレーライスをご馳走してもらって嬉しいくらいだから、謝ることなんかないよ! ありがとうね、シェフ。それにミリィちゃんも。
……あー……エリザベスXも、一応ありがとう」
「お礼など要りませんよ。お客様に美味しいと褒めていただけたなら、何よりです」
「えへへ! 私は料理を運んだだけだよ。お礼を言われると照れちゃうな♪」
「あら、私へのお礼は『一応』なのですか? 這いつくばって涙を流しながら感謝してもよろしくてよ?」
三者三様の反応を見せたアンドロイドたち。
それぞれに個性を感じられるその様子に、ライトは目の前のアンドロイドたちを、自分と同じ人間のように感じていた。
ーーーー
「ふう……ご馳走さま。結局おかわりまでしちゃった。
……ありがとう、美味しかったし、お腹もいっぱいになったよ」
ライトが礼を言うと、シェフは不器用そうに微笑んで、無言で一礼する。
ミリィちゃんは、「お下げしまーす♪」と言って食器を洗い場に運んで行った。
……ミリィちゃんの髪型がおさげなのは偶然だよね? 狙ってる訳じゃないよね? などと考えていたライトの耳に、トントンッ、というノックのような音が聞こえた。
エリザベスXだ。彼女が机を指で軽く叩いたようだ。
「ミリィちゃんの髪の毛を夢中で見つめてハァハァしているところ、申し訳ありませんが、少しお話をしましょうか」
「ハァハァしてないよっ!?」
「私は流れ着いた貴方を保護し、食事を与えました。つまり命の恩人と言って良いでしょう。
……そして現状、私達は少々困った事になっているのですが……」
エリザベスXは、そこまで言うとオペラのように大げさな仕草で胸を押さえて首を振り、
あからさまな『困ってるアピール』をしながらライトをチラリと見て言った。
「受けた恩を返す……というのは、知能と感情を持つ者ならば当然の行動だと思いませんこと? まあ、知能も感情も持たない宇宙アメーバならば恩返しなどしないでしょうけれど……。
さて、それで貴方は知的生命体と宇宙アメーバのどちらなのでしょうか?」
「……いちいちそんなイヤミな言い方をしなくても、力くらい貸すよ。
で、何をすればいいの? 俺はただの学生だから大したことは出来ないけど」
ライトが『力を貸す』といった時、エリザベスXはニヤリと笑い、シェフとミリィちゃんは何かを期待するような目をライトに向けた。
「大した事をする必要はありません。 我々アンドロイドは人間に仕えるために産み出された存在ですので、お世話をするべき対象が居ない状況では能力や行動に制限がかかるのです。
整備用アンドロイドたちもスペックを発揮できていない現状では、この研究所の整備やエネルギー補給も儘ならないので、貴方にはしばらくここに滞在して貰いたいのです。
……最低でも、この研究の機能を半年維持できる状況を整えるまでは」
「それくらいなら良いけど……。そもそも帰りたいと言っても帰れる訳じゃないしね」
そう言って苦笑いしたライトだったが、エリザベスXは涼しい表情で当たり前のように「あら、帰れますわよ?」と言った。
「近場のコロニーや惑星まで自動操縦で行ける程度の性能を持つ小型船はありますから、貴方の家が余程遠くでなければ、送って差し上げることは可能ですわ。
その上で貴方にしばらくここに滞在して欲しいとお願いしているのです。
……さあ、返事を聞かせていただけますか?」
彼女に改めて訊ねられてライトは一瞬考えたが、今の自分の状況を考えると、ここにいる事は悪い選択ではないと思った。
「……うん。協力するよ。 だけど、一つ聞かせて。
今、帰れるって教えてくれたのはなぜかな? 小型船があるって言わなければ俺は諦めてここに残るしかないのに。
……失礼を承知で言うけど、君は必要なら俺を騙すくらいはするかと思ったよ」
「あら、契約条件を誤魔化すのは好きではありませんわ。
確かに私は悪役令嬢というコンセプトで産み出されたアンドロイドですから、ある程度のウソや誤魔化しをすることを許されています。
……ですが契約だけはフェアでなくて美学に反します。
悪役令嬢とは、決してただの小悪党であってはいけないのです」
彼女は胸を張り、堂々とそう言った後、今度はライトに質問を返した。
「今度はこちらから質問ですわ。貴方は随分と簡単にここへ留まると言いましたけど、自分の家に帰りたいとは思わなかったのですか?」
「うん。俺も事情を言わなきゃフェアじゃないよね。
……実は、もしかすると俺は命を狙われているかもしれないんだ。アイツがどこまで本腰を入れて俺を探しているか分からないけど、少なくとも自宅にはしばらくの間帰らないほうがいいと思ってる。
だから、ここにいて良いっていうなら、俺としてはありがたいくらいなんだよ」
「命を!? おっ、お客さん、何をやっちゃったの!?」
驚いてから、心配そうにライトを見つめるミリィちゃん。
エリザベスXは少しだけ眉をピクリと動かしてから、「詳しくお訊きしても?」とライトに訊ねた。
「……実は偶然、有名な社長が犯罪に関わっている現場を目撃しちゃってね。
俺が脱出ポットに乗っていたのも、そこから逃げるのに使ったからなんだよ」
「成る程、このまま自宅に帰っても口封じされる恐れがある……という訳ですか。
……では、私達の利害は一致しているようですわね」
そう言うとエリザベスXは姿勢を正して座り直し、ライトを正面から見据える。
……雰囲気が変わった。 ライトは、そう感じた。
洗練されていながらもどこか茶目っ気が感じられた今までとは違い、気品と自信、そして圧倒されるような存在感を強く放っているように見える。
歴史の文献や創作物でしか知らなかった『貴族』という存在を、ライトはこの時初めて実際に感じた。
貴族をモデルにしたアンドロイド……つまりは作り物に過ぎないエリザベスXが、今のライトの目には本物の高位貴族の令嬢に見えていたのだった。
「契約をいたしましょうか、ライト・ノベル。
私が貴方に求める条件は、この研究所が必要な機能を取り戻すまで協力し、その間は私達の存在を秘匿するために、一切外部と連絡を取らないという事です。
それを誓ってくれるのでしたら私は……いえ、私を含め、ここに住む全てのアンドロイドたちは、貴方を大切な客人として扱い、その身を護ると誓いましょう」
「うん。俺はここに留まって君たちに協力するし、その間、誰とも連絡を取らない事を誓う。
……みんな、これからよろしくね」
そのライトの言葉を聞いたシェフは、静かに安堵の表情を浮かべ、ミリィちゃんは素直に笑顔で跳び跳ねた。
そして、エリザベスXは……
「では、契約成立……ですわね。フフッ……よろしくお願いいたしますわ」
そう言って微笑んだ。
そのエリザベスXの表情は、今さっきまでの強烈なオーラを感じるものではなく、その前までの、気品の中に茶目っ気とSっ気が見え隠れするイタズラ好きな少女の顔であった。
こうして、ツッコミが得意という以外は平凡な少年……ライト・ノベルと、天才博士が残した個性的なアンドロイドたちの共同生活が始まった。
次回も一週間後の金曜日投稿予定です。