1章 第7話 ざまぁシステム起動
時間は、ライトが通信を受けとる少し前に遡る。
元、宇宙海賊のリーダー、モヒート・モヒカンダルは愛用のヒート釘バットを激しく振り回した。
だが、何度振り回してもその攻撃はエリザベスXのドレスを端に掠めることすらなく、軽々と避けられている。
「オホホホッ! なかなか愉快なダンスですわね、道化としてなら雇って差し上げてもよろしくてよ?」
「うるせぇっ! ……畜生っ、当たらねぇ! このっ……ひらひら避けやがって!」
エリザベスXの挑発に乗ってしまったモヒートは怒りに任せて攻撃するが、そんな大振りな攻撃では余計に外れるばかりだった。
「……そろそろダンスもおしまいにしましょうか」
エリザベスXはフルーレの電圧を人間用に調整し直し、構える。
「さあ、行きますわよ?」
そう言うや否や、滑るように前に踏み込み、素早く突きを放つ。
「うおっ!?……くっ!」
常人では反応すらできないであろうその突きをモヒートは、紙一重で避けた。小物っぽい雰囲気があるため忘れそうになるが、彼は生身の人間としてはかなりの達人なのだ。
だが所詮は生身の人間の限界というべきか、対処できたのはその一撃だけであった。
避けたと思った次の瞬間、すでに目前に迫っていた二撃目を避けられずにモヒートの体に電流が走った。
「う……ぐっ……」
モヒートは膝をつき、動きを止めたが、まだ意識は失ってはいなかった。
「おや? 少し電圧を弱め過ぎましたか? ……まあ意識はあっても既に戦闘不能ですから良しとしますか。とりあえず捕縛させてもらうとしましょう」
「済まないが、そこまでにしてもらえるかな? 一応彼は僕の協力者なんでね」
そこに気取ったような声が割り込んだ。
エリザベスXが視線をやると、そこには宇宙服の上から高級ブランドのネクタイと腕時計をして、革靴を履いている男が立っていた。
とても怪しい服装なのだが、本人があまりにも堂々としているせいか不思議とオシャレに見える気がする。
……いやゴメン、想像してみたら、やっぱり全然オシャレじゃないね。
「貴方は……先程からずっと宇宙船から覗き見していた方ですわね? なかなかゲスな趣味をお持ちだと感心していたのですよ。わざわざこうして目の前に現れるとは、覗き見にも飽きたのですか?」
「覗き見とは手厳しいな。情報収集は大切だろう? 戦場でもビジネスでもね。
そうは思わないかな? エリザベスXさん」
「……どうやら私の事をご存知のようですが、私は貴方を知りません。あまり気安く名を呼ばないで頂けますか? とても不愉快ですわ」
「それは失礼したね。では名乗ろうか。僕はマエザー・ユサック。
……君の新しいご主人様さ」
「ああ、これはこれは気持ちの悪い自己紹介をありがとうございます。気持ち悪い方だとは思っていましたが、想像を超える気持ち悪さですね。
大変に気持ち悪いので、消費期限切れのもやしから染み出たすっぱい液体で顔を洗って出直してください」
「く……口が悪いな、君は。だが、出直すわけには行かないな。ここは、ナーロウ博士の研究所だろう? 天才博士の研究所と、アンドロイドたち……。
時代の寵児であるこの僕こそが手に入れるべきだと思わないかい?」
そう言いながらエリザベスXに近寄るマエザー。
言っているセリフは気持ち悪いが、武器を持たず両手を広げたままゆっくりと歩くその様子には敵意は見えない。
「あまり気安くレディに近づくものでは……ありませんわよっ!」
言葉と共に突きを繰り出すエリザベスX。フルーレはマエザーの胸元に当たり、光がバチッと弾けたが、彼は平然としていた。
どうやら彼は高性能の宇宙服を着ているらしく、電圧を加減したままでは効かないようだ。
「この宇宙服は、脅威の新素材『ネオ・ニンテンディウム』で出来ているんだよ。
一撃で僕を殺すくらいのつもりで攻撃しないと効かないよ?」
それを聞いたエリザベスXは、フルーレの電圧を強めようとしたのだが、その瞬間、彼女の体は動かなくなった。
……電圧をこれ以上強めると食らった人間に命の危険があるため、エリザベスXの人工知能が制限に従って体の動きを止めたのだ。
攻撃してくる相手を無力化するためであれば、ある程度の威力の攻撃も出来るのだが、武器を持たずに手を上げている人間に対しては過剰な攻撃は出来ない。
そして、制限に引っ掛からない程度の攻撃では、マエザーの着ている最新型の宇宙服の上からダメージを与えられないのだ。
マエザーの宇宙服の防御能力を計算し、程々のダメージが通るくらいの加減をすれば解決する話であるし、エリザベスXには、実際に今すぐそれをする計算能力はある。
だがそれでも、一定以上の威力で人間を攻撃しようと考えた時点で体が硬直してしまうのだ。
(自分の体の事ながら融通が利きませんわね……! 少々不快ですわ)
エリザベスXは、不愉快そうに顔をしかめた。
(何よりも不快なのは、この男がアンドロイドの制限について熟知していて、私がこれ以上の攻撃が出来ないと知っていてニヤニヤしている事ですわね……!)
そう。先程の戦いを見ていたマエザーは、エリザベスXが無人機を躊躇なく破壊したのにモヒートには加減して攻撃していた事を見て、彼女には人間を殺せないように制限がかけられたままだと予測した。
だが制限つきの機体であっても自衛のためにある程度の攻撃をしてくる場合もあるため、マエザーは武器を持たず両手を上げて、自分に戦闘の意志が無いことをアピールした。
アンドロイドやロボットは、戦意の無い人間に対してはせいぜい痴漢撃退レベルの攻撃しか出来ないため、その攻撃に耐えられる宇宙服を着ているマエザーにとっては脅威は無いのだ。
「僕はロマンを追い求める男でね。子供の頃からナーロウ博士のアンドロイドの伝説には心を踊らせていたものだよ。
今の財力を手に入れてからは、一般には出回らない研究資料やクーデター軍との戦闘データなども取り寄せて見ていたものさ。
エリザベスXさん、君の映像も見たことがあるよ。幼心に憧れたものさ。
……その伝説の存在が、今、目の前にいるのだから最高の気分だね!」
不愉快そうなエリザベスXとは対照的に、マエザーは実に上機嫌だ。
「さて、そろそろ僕をここの中枢に案内してもらえるかな? マスター登録をさせてもらおう。
君たちも仕えるべき人間が欲しいだろうし、良い話だと思うよ? きっと僕は君たちの理想のご主人様になれるはずさ」
マエザーは女性を口説くような甘い声でそう囁いて、エリザベスXの肩を抱くように手を伸ばした。
その時。
「えーいっ!」
可愛らしい掛け声と共に、マエザーの体にスライムがまとわりついた。
洗濯機のダンボール箱に隠れながらジワジワと近づいて来ていたミリィちゃんが、必中の距離まで来た瞬間に、箱から飛び出してスライム弾を発射したのだ。
「何っ!? ……くっ、スライムか! だが、この宇宙服はパワードスーツでもあるんだ。スライム程度、力ずくで……」
宇宙服の出力を上げてスライムを振りほどこうとするマエザー。
この宇宙服は開発中のテストで、まとわりつくスライムを振りほどく実証実験を何度も成功させた実績がある。なんの問題もない。
……そう思っていたマエザーであったが、宇宙服の出力をいくら上げても、このスライムを振りほどくことはできなかった。
ナーロウ博士は妙にスライムを強くする事にこだわりを持っていたため、ナーロウ博士の特性スライムは一般人が想像できないほどに強靭なのだ。
「バカな!? スライムごときでっ…… うおぉ!?」
焦ったマエザーは、操作ミスで重力装置の出力を上げてしまった。
突然重力が増加したことに対応できず、バランスを崩して倒れてしまうマエザー。
「くそっ……僕としたことが無様な事を…… ……ん?」
「……最悪です。 ええ、実に最悪ですわ」
なんと、マエザーはエリザベスXにのし掛かるように倒れ、しかもマエザーとエリザベスXの体はスライムで接着されてしまっていたのだ。
「あ……あれれ? もしかして私、やらかした?」
ミリィちゃんがひきつった笑顔で呟くと、マエザーがニヤリと笑った。
「これは…… ハハハッ! 予想外の展開だが、拘束する手間が省けたというものだ。
さあ、見たまえ。今、僕はちょっと無理な体勢で君とくっついている。
君が大きく動くと、私の腕や足が曲がってはいけない方向に曲がってしまうぞ! それはもうポッキポキだぞ!? 痛くて泣いちゃうぞ!?
どうだ、動けないだろう? ハッハッハッ!」
少女の体にぴったりと密着し、自分自身を人質にして大笑いする大企業の社長・マエザー。
この動画が世間やマスコミに流出すれば、大炎上は確実の事案である。
だが、人間をポッキポキにする訳にはいかないエリザベスXとしては、確かに動くことのできない効果的な拘束方法であった。
「さあ、今のうちに彼女を捕らえるんだ。そっちのダンボールに隠れていた彼女もだぞ。
……あと、彼女たちの捕獲が済んだら僕を助けてくれないか? このままでは本当に関節が……」
マエザーの指示で黒い鎧のようなデザインの宇宙服を着た男が近づいてきて、エリザベスXに首輪をはめた。
これはアンドロイド窃盗グループが使う道具で、ロボットやアンドロイドの頭脳に、主人から『抵抗するなという命令を受けた』と誤認させて無抵抗にさせる道具である。
ナーロウ博士のアンドロイド程の性能ならば時間をかければ自力で解除することも可能だが、流石に即座に解除は出来ない。
エリザベスXは事実上捕獲されたと言える。
ミリィちゃんも、もう一度ダンボールに隠れた所をそのままガムテープで梱包されて捕獲されてしまった。
だが、箱詰めされてテイクアウトされたミリィちゃんは、マエザーの部下たちにわっしょいわっしょい運ばれながらも、シェフに通信を飛ばしていた。
《シェフ。お客さんに状況を伝えて、逃げてって言って!》
その通信を受けたシェフはライトに…… 正確には、ライトの側にいるクッコローネRへと通信を飛ばした。
……ちなみに、シェフは冷蔵庫のダンボールに入って、わりとすぐそばに隠れていたが、バレずに済んでいる。
マエザーたちも『宇宙空間に漂う瓦礫の上にポンと置いてあるダンボール箱』というあまりにも自然で違和感のない見事な隠れ場所に隠れる者が二人もいるとは考えなかったらしい。
ライトに状況を報告するという任務を終えたシェフは、この後どう動くかを考えた。
エリザベスXとミリィちゃんを助ける事ができれば一番だが、人間を強く攻撃できない自分が一人で突撃したところで何かができるとは思えない。
ならばライトが逃げる手助けをするべきだと考え、シェフはライトと合流するために移動を始めた。
……ダンボールに入ったままゴソゴソと。
「っ! あれを見ろ! ダンボールが動いているぞ! 怪しい、調べろ!」
「しまった!? 気づかれたか!! ぬぅっ! 何をする、お前らーっ!」
……こうしてシェフも箱詰めされて、わっしょいわっしょい運ばれて行った。
ーーーー
シェフからの通信が終わると共に、部屋にあったモニターに突然マップが映し出された。
どうやら脱出用の小型船の隠し場所が映し出されているようだ。
普通に考えれば、逃げるべきだろう。
できるなら、寝ているサイボーグの少女とその護衛のアンドロイド・シルキィ、そしてクッコローネRを連れて行ければ、なお良しというところか。
だが、ライトは迷っていた。
短い時間とはいえ共に過ごし、今や友人や家族にも似た感情を抱いている仲間たちを置いて逃げるという選択がどうしてもできそうになかった。
理解はしている。
ナーロウ博士の作品はとても貴重な存在だ。商売人であるマエザーがそれを破壊するような事は考えにくい。
捕まったからといって危険は無いだろう。それに一般人である自分が、武装集団に対して何かができるとは思えない。
だが……ライトは駆け出した。
勝算などない。いや、戦いにすらならないだろう。
それでもライトを突き動かすのは、内からわき上がる感情……
言うなれば『男の意地』 ……ただそれだけであった。
理屈や損得勘定などではなく、己の心が指し示す道をただ突き進む。
歯を食い縛り、拳を握り締め、魂を燃やし……まっすぐに。
少年、ライト・ノベルは、走る、走る、走る。
そして……
「マエザー社長、ガキを捕まえました」
……あっさり見つかり、見せ場もなくボコられて捕まった。
メンテナンスルームで眠る少女たちを守るためにクッコローネRを置いていったので、護衛もいなかったライトは、無双ゲームで難易度イージーにしたときの雑兵くらい簡単にKOされてしまったのだ。
捕まったライトが連れてこられた場所は、この研究所の中枢…… 以前ライトが剣を差し込み、装置を起動させたあの部屋だ。
マエザーたちはそこにいた。
「ああ少年、そういえば君もここに居たんだね。失礼したね、研究所の発見が嬉しくて君の事をすっかり忘れていたよ」
マエザーは、見下したような生ぬるい笑顔でそう言った。
その隣でエリザベスも首輪と足枷で拘束されたまま、呆れたように溜め息をついた。
「……バカですか? バカですわよね? 貴方に逃げる以外の選択肢はなかったというのに、なんのためのカミカゼアタックですか、これは。
そもそも貴方は、そんな熱血キャラでは無いでしょうに、何をとち狂いました?」
「ゴメン……返す言葉もないよ」
ジト目で冷たく見つめながらそう言うエリザベスXに、萎れたライトが謝った。
「……でも……契約したから」
「……? はい?」
ライトの小さな呟きに、エリザベスXは珍しく気の抜けた声で聞き返した。
すると、ライトは顔を上げ、エリザベスXをまっすぐに見つめて、ハッキリとした口調で言った。
「ここが機能を取り戻すまで一緒にいるって、そういう契約だったよね?
それを、ちょっと危険になったから逃げて終わりにするなんて嫌だったんだ」
「……成る程、いい答えですわ。バカには違いありませんが気に入りましたわよ、ライト・ノベル。契約に忠実なその姿勢は、実に好感が持てます」
そう言って一瞬だけ優しく微笑んだエリザベスXは、すぐにいつもの冷たさと茶目っ気をブレンドしたような表情に戻ると、マエザーの方を見つめた。
「契約をいたしましょうか、マエザー・ユサック。
貴方がライト・ノベルを解放し、今後も彼に危害を与えないと約束するのなら、私は貴方に従いますわ」
「なっ!? 何を言うんだよ!」
驚いたライトの声をあげるが、マエザーはそれを無視してエリザベスXに微笑んだ。
「ほう? ……うーん、僕としてはその少年に好き勝手されるのは都合悪いんだけどね……。
でもまあいいか。彼が一人で騒いだ所で、証拠が無ければただ言いがかりをつけているとしか受け取られないだろうしね。それで君が手に入るなら安いものだよ」
そう言ったマエザーは、ニコニコと機嫌良さそうに笑いながら、近くにいた部下へと指示を出した。
「そこの君、その少年を解放して、丁重に送ってあげたまえ。……分かるね?」
拘束を解かれ、男に腕を引かれるライトだったが、そこでエリザベスXが場違いに軽い声を上げる。
「ああ、うっかりしていましたわ。貴方はもうここから立ち去るのですから、荷物を置いていってはいけませんわよね? はいどうぞ、貴方のロッカーの鍵ですわ」
そう言って胸元からペンライトのような物を出し、ライトに手渡した。
「……あ、うん。そうだったね。忘れるところだったよ」
着の身着のままでここに流れ着いたライトに荷物らしい荷物などは無いし、ロッカーの鍵をエリザベスXに預けてもいない。
これが何か分からないが、エリザベスXには何か考えがあるようだと察したライトは、できるだけ自然に見える態度でそれを受け取った。
「おい、いくぞ!」
マエザーの部下に、改めて腕を引かれたライトは歩き出した。
「……ここらでいいか」
しばらく廊下を進み、先程の部屋から離れた場所に着いたところで、男はそう言ってニヤリと笑い……
そしてライトに銃を向けた。
「さて、社長の言う通り、丁重に送ってやるよ。 ……あの世へな」
パンッ! と乾いた音が響き、ライトの体に衝撃が走る。
……そう、ライトの体に届いたのは衝撃だけであった。
打ち出された弾丸は謎の光に阻まれて落下し、床に転がっていたのだ。
「これはっ……?」
ライトは自分を包む光の膜に驚いたが、その発生源には心当たりがあった。
エリザベスXから受け取ったペンライトのような物だ。それは携帯用のバリア装置だったのだ。
ただ、携帯用である以上、持続時間は長くない。効果が切れてしまえばライトの身を守る物は無い。
……だが、この場所はメンテナンスルームのそばだった。
北斗七星は、この研究所の全てのカメラと視覚をリンクさせる事ができるのだ。
メンテナンスルームで待機していたクッコローネRは、銃声を察知するとカメラを通して状況を確認し、すぐに駆けつけ、ライトに向けて銃を構える男を見つけると一瞬で接近し、剣の鞘で後頭部を殴り、一撃で気絶させた。
こうしてライトの命は危機は去った。
……そして、ライトが攻撃されたのを見ていたのはクッコローネRだけではない。
北斗七星は全てのカメラの映像を確認できる、ということは当然……。
ーーーー
「マエザー・ユサック。約束を破りましたわね?」
エリザベスXの冷たい声が部屋に響いた。
いつもよりも穏やかで、それでいて寒気がするほど凄味のある声であった。
「……なんの事だい? 約束通り、僕は彼に何もしていないよ?
全ては部下が勝手にやった事さ」
「見苦しいですわね、所詮は小悪党ですか。……まったく、悪ならば悪で、それなりの美学を持っていて欲しいものなのですが…… ああ、契約を破った事すら誤魔化す程度の小物に美学を求めた私が間違っていましたね。
貴方は所詮、黒い全身タイツを着て『イーッ』とか奇声を上げる程度の悪役でしたわね」
「……っ! 君はいちいち口が悪いな! いいだろう。どうせ僕の勝ちは揺るがない。
契約なんか無くても、所詮アンドロイドである君たちは、人間である僕には最終的には逆らえないんだ! ならば認めて、ここでハッキリと宣言してやろうじゃないか!」
マエザーは、ドーン! っとエリザベスXを指差し、その言葉を口にした。
「エリザベスX! 僕は君との契約を破棄する!」
その瞬間……空気が変わった。
……そして、どこからともなくパイプオルガンの演奏が始まり、それをBGMにして謎のアナウンスが聞こえて来た。
《ヘイトエネルギーの上昇を確認》
「言いましたね? その言葉を」
俯いたままエリザベスXがそう言った。
《状況『契約の一方的な破棄』を確認。条件A、クリアー》
「やっと今までのお礼をして差し上げられますわ」
《ヘイトエネルギー120%充填。条件B、クリアー》
「さあ、ここからは私のターンですわ」
《ざまぁシステム、起動します》
アナウンスが終了した途端、パイプオルガンの演奏がボリュームアップした。
更にシンセサイザーやベースなどの音が追加され、讃美歌やレクイエムに近かった曲は、一気にゴシックメタル風にアレンジされる。
そして最後に、エリザベスXのトレードマークであるドリルツインテールの髪の毛が立ち上がり、悪魔の角のような形で固定された。
バキッ! っと言う音と共にエリザベスXを拘束していた首輪と足枷が砕ける。
マエザーは即座に警戒し、身構えようとしたのだが、もう遅い。その時には彼の体はすでに数メートル後ろまで吹っ飛んでいた。
「ぐはぁっ!? ……な……なにが?」
マエザーは、自分の頬が腫れ上がり、口から血が流れている事に驚愕した。
エリザベスXがビンタを放ったようだ。……そう。人間に過剰な攻撃が出来ないはずのアンドロイドが、成人男性が吹っ飛んで出血するようなビンタを放ったのだ。
「今の一撃は撫でただけですわよ? 本気を出したら何が起きたかも理解できずに死んでしまいますからね。 ……フフッ、驚きましたか? 今の私に制限はありません。
人間への攻撃も、殺人も、惑星に向けてコロニーを落とすことさえも可能ですわよ」
「くっ……!」
身の危険を感じたマエザーが胸元のスイッチを押すと、宇宙服の襟元に収納されていたカプセル状のヘルメットが閉じて顔を完全に覆い、宇宙服の出力も跳ね上がった。
これで最新鋭の軍事用パワードスーツに匹敵するスペックが解放されたが、その高いスペックを使ってマエザーは……。
「総員、撤退だ!」
迷わずに退却を選び、バーニアを吹かして駆け出した。
臆病と言ってはいけない。エリザベスXの制限が解除されたという状況を知った瞬間に、勝敗が覆ったことに気づいて迷わずに退却を選んだマエザーの判断は、むしろ見事と言っても良いだろう。
……退却に成功するかは別の話だが。
「あら、知りませんでしたか? 悪役令嬢からは逃げられない、ということを」
全速力で逃げたはずのマエザーの正面には、エリザベスXが立っていた。
「っ! ……くっ! ならばっ!」
逃げ切れないと察したマエザーが覚悟とヤケクソの半々の気持ちで拳を構えると、宇宙服の拳の部分から長さ30センチほどのビームの刃が飛び出した。
宇宙船の装甲も解体できるビームブレイドだ。例えエリザベスXであっても、直撃すれば只では済まないだろう。
『直撃すれば』の話だが。
「クソ! クソッ!!」
ビームブレイドを振り回すマエザー。その動きは、大企業の社長とは思えないほど様になっていて、武道の経験があるであろうことが見てとれる。
だが、実戦経験豊富なモヒートと比べると未熟であり、そのモヒートの攻撃を楽に避けていたエリザベスXにしてみればアクビの出るような攻撃だ。
宇宙服の性能で動きは速いが、それでも彼女にとって脅威になるスピードではない。
それでも恐怖を振り払うかのように攻撃を続けるマエザーだったが、次の瞬間、彼は突然エリザベスXの姿を見失った。
「なっ……!?」
「下ですわ」
エリザベスXはマエザーの足下で身を屈めていた。……そして彼女のハイヒールが振動を始める。
「超速振動ハイヒール・『激怒灰被り発動!』
さあ、これでフィナーレですわ! これが私の……!」
そして彼女は飛び上がり、逆上がりのように回転しながらマエザーを激しく蹴り上げた!
「ざまぁソルトキックですわっ!」
「ぐわあぁぁぁっ!」
格闘ゲームで言えば、『レバー下・溜め・上&キックボタン』とかで出そうなその技を食らったマエザーは、自慢の宇宙服が千切れ飛び、その下に着ていた服もビリビリに破れた。
……だが、何故かネクタイと革靴と腕時計は破れなかったため、マエザーはパンツ一丁に高級なネクタイと革靴と腕時計を装備するセレブ変態スタイルで倒れ込む。
……部屋のモニターには、大きく『KO』の文字が映し出されていた。
次回の投稿も金曜日の予定です。
次で1章が終わる予定です。
まだ書いてないのでハッキリとは決まってませんが、1章のエピローグと2章開始の繋ぎの回なので短めになると思います。




