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いつの間にか攻略していた悪役令嬢

作者: 佐倉アキ

スマホ初投稿です。

いまいち話の区切り方も分からない初心者で粗が目立ちますが、大目に見てくださったら嬉しいです。

先に言っておきます、無駄に長くてすみません。

アドバイス、誤字脱字など指摘がありましたら宜しくお願いします(ペコ)

 皆さま、ご機嫌麗しゅう。

 突然ではありますが、わたくし自身の意志とは関係なく、修羅場の真っ只中に立たされています。


 「ルシエラ=ルーカス=アルフォーヌ!今日この時をもって、貴様と私の婚約を破棄させてもらう!」


 わたくしを真正面から見据えながらそう叫ぶのは、この国のシルベキスタ国王の第二王子、ルシエド=ヨルム=シルベキスタ。

 補足情報を加えますと、この国では珍しくもなんともない金髪碧眼の貴公子で、一応わたくしの婚約者です。まぁ、それもたった今本人から破棄宣言されたのでどうでもいいことですが。


 「つきましては、これまで貴女が行なってきた数々の悪行を白日の下に晒していく所存です」


 ルシエドの側に控えていた男が便乗するかのように笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。

 彼の名前はデメトリス=ブラッサム。補足情報を教えますと、こちらもこの国では特に珍しくない茶髪に緑眼の持ち主で、彼のお父様はこの国の総務大臣です。つまり、いわゆる『坊ちゃん』ですね。


 「………」


 無言でわたくしを睨みつけてくる彼の名前はジャックス=ワズゥーグ。声こそ出さずとも、わたくしを憎々しげに睨みつけてくる目がありありと言葉以上に語りかけてきます。

 補足情報と致しまして、赤髪赤眼の無口な剣士といったところでしょうか。彼のお父様も、この国に忠誠を誓った誇り高き騎士です。


 「ほーんっと、女の嫉妬は醜いとはよく言ったもんだね〜。ルシエドに振り向いてもらえないからって、こぉぉぉんなに可愛いパティを虐めて、あわよくば亡き者にしようなんてさー」


 徐々にピリピリとした不穏な空気が漂う中、場にそぐわぬ明るい口調でそう言ったのはヒューヴェス=ユニエード。

 補足情報になりますが、濃紺の髪に茶色の瞳をした、噂に違わぬ女誑しです。そんな彼のご両親は大変立派な隣国のご教授なのですが――親が凄すぎて反抗したくなる年頃というやつですかね?別に彼の心境なんて知りたくもなんともないですが。


 「みんな、気持ちは嬉しいけど、そんな殺気だっちゃったらダメだよぉ。話せるものも話せなくなっちゃうし……それに、他の人たちにも迷惑かけちゃうでしょっ?」


 現在進行形で一番迷惑被っているとツッコミたくて仕方がない発言をした彼女の名前はパトリシア=ブリリアント。

 あえて補足情報をあげるとすれば、深緑の髪にピンクの瞳を持った、小柄で可愛らしい少女です。ええ、外見情報だけをあげるとすれば。


 すると、彼女の甘ったるい声に締まりのない口調を聞いた男共は、わたくしから視線を外し、こぞってパトリシア嬢に対して優しい笑みを浮かべました。


 「すまない、パティ」

 「つい感情的になってしまって……」

 「君を怖がらせてしまうつもりは毛頭なかったんだ」

 「それはわかってくれるかい?」


 見目麗しい青年に囲まれ、少し困ったように、でも嬉しそうに頬を薔薇色に染めて笑う少女の姿は本当に可愛らしいと思いますよ、ええ。出来ればわたくしのあずかり知らぬところでやっていただきたいものです。


 それにしても、彼らはパトリシアに夢中になり過ぎてて気付いていないのかしら?


 今日は奇しくもシルベキスタ国が誇るシルベーヌ学院の卒業式。権力ではなく、あくまで実力主義を謳うこの学院には、貴族のみならず、何かしらの才能に秀でた12〜18歳未満の少年少女が通うことが出来る。

 たとえどんなに貧しくても、通常の入学試験とは別に国家試験並みのテストを受け、尚且つ規定の魔力値を所持し、見事クリアできれば学費は免除されるという破格の待遇が約束されている。そこに貴族や平民という壁はない。


 つまり何が言いたいのかというと――わたくし達の周りには数えるのも億劫なほど野次馬が集っているわけです。


 しかも今わたくし達が立っている場所は学院でも拓けた校庭。騒ぎを聞きつけた生徒が「なんだなんだ?」と増えていく始末。

 おまけに今日は長いことお世話になった学院に別れを告げる卒業式。となれば、当然卒業生の保護者の方もいらっしゃるのです。



 わたくしの気のせいでなければ――視界の端に長年ルシエド様に仕えている老執事が、あまりの展開に気を失い、周りにいた人達から介抱されているようですが?



 それからあれはブラッサム伯爵夫人でしょうか?ご子息のわたくしに対する態度に顔面蒼白で、老執事同様、今にも倒れてしまいそうなご様子。



 ブラッサム伯爵夫人とは対照的に、お顔を真っ赤に染めて怒気を隠しもしない女性はワズゥーグ子爵夫人ですね。遠目からでも全身をブルブル震わせ、すぐにでもご子息を殴りかかりそうなオーラを漂わせています。



 わたくし達から顔を背け、頭を抱える紳士とハンカチで目元を拭うご婦人の姿も見えますね。あれはユニエードご夫妻でしょう。隣国からわざわざ同盟国の我が国のためだけに教鞭を振るってくださり、恐悦至極であります。



 本当に、どうして気付かないのか。

 わたくしよりも自分達のほうが、周りから遥かに侮蔑の目で見られていることを。


 そうそう、申し遅れました。

 わたくし、アルフォーヌ公爵が息女、ルシエラ=ルーカス=アルフォーヌと申します。

 実を申しますとわたくし、いわゆる『転生者』というものですの。ふふふふふっ。




 ……はぁ……慣れたとはいえ、このお嬢様口調、めっちゃ疲れるわー……。




 * * * * * * *




 わたくしの前世は、地球と呼ばれる惑星にある国のひとつ、日本という島国に住むごくごく普通のオールドミスでした。

 友人も少なく、人付き合いよりも自分の娯楽を最優先させていた『あたし』は、気づけばいい歳こいてゲーマーになってた。人気のRPGから格闘ゲーム、謎解きパズルゲームに巷で噂になったクソゲーと呼ばれるものまで、ありとあらゆるジャンルに手を出した。

 そして、ついにゲーム実況者として華々しくデビューを飾ったのが恋愛シミュレーションゲーム、通称乙女ゲームと呼ばれるものだった。

 リアル喪女の『あたし』は、ゲーム内でも攻略対象者とのラブストーリーを楽しむより、わざとハズレ選択肢を選ぶことで視聴者の色んな反応を楽しむ方に専念した。

 中でも好評だったのは悪役のライバル令嬢が絡んでくるシナリオで、視聴者から「ヒロイン(お前)の方が悪役に見える不思議w」とか、「こいつライバル令嬢に罪を着せやがったwww」とか、悪役よりも悪役らしい立ち振る舞いをしたり、攻略対象者をわざと貶してバッドエンドまっしぐらなクソプレイが結構ウケたのは『あたし』自身不思議だったけど。

 まあ『あたし』も楽しくプレイ出来たのはいい思い出。


 そのプレイした数々の乙女ゲームの中で、中世のヨーロッパをモデルにした世界観に、エルフ族や龍族、獣人族といった亜人種がいて、さらに魔法が使えるファンタジー要素満載の恋愛シミュレーションゲーム【夢でキスを終わらせない】という、まぁまぁサブイボを覚えずにはいられないタイトルの乙女ゲームがありまして。

 このゲームは男爵令嬢のヒロイン――つまりパトリシア=ブリリアントがシルベーヌ魔法学院に入学する前日の夜、突然夢渡りの能力に目覚めてしまうところから始まり、夢渡りの能力を使って現実世界と夢世界を交互に利用しながら攻略対象者を着実に落としていくというシステム。


 で、パトリシアに惹かれていく婚約者と、彼女を持ち上げる貴公子達が許せなくて、パトリシアをあらゆる手段を使って追い詰めてやろうとするのがライバル令嬢のわたくし、ルシエラ=ルーカス=アルフォーヌというわけです。

 ラノベでありがちな異世界転生ものにいざ自分がなってみると、案外面白いものですね。

 前世の『あたし』の性格ゆえか、わたくし自身はそんなに気落ちしたり悲しんだりすることはありませんでした。

 前世でどうして自分が死んだのか、死んだ直前の記憶も心当たりも全くないのです。

 だからこそと言いましょうか、思い悩んでも仕方ないのでこの世界で自分の人生を謳歌しようと思い至った次第であります。

 わたくしの前世において、親兄弟姉妹はおろか、愛する旦那様も子どももいなかったのが不幸中の幸いでしょうか。特に子どもがいたとなれば、置いていってしまった後悔と自責の念に駆られてさっさと自殺してしまっていたところです。


 そんな訳で、わたくしは今生で大事にしてくださるお父様とお母様、そして自慢のお兄様達の恥にならないよう、アルフォーヌ公爵家の誇れる娘として品行方正の淑女として振る舞ってきた所存であります。




 * * * * * * *




 さてはて、現状をもう一度確認しましょうか。

 今、わたくし達は拓けた校庭のど真ん中に佇んでおり、ヒロインを囲う攻略対象者共と、少し離れたところにわたくしがいて、周りは野次馬でドーナッツ状態になっていると。

 けれどもおかしな話です。何故ならこのような事態に陥るのは、ルシエラがパトリシアを虐めに虐め抜いた後、はした金で雇った暗殺者にパトリシアの命を狙うように仕向けたストーリーに持ち込まなけれ出来ない状況です。

 わたくしは勿論、パトリシアを虐めていなければ暗殺者も雇っていません。

 これがゲーム補正というやつでしょうか?

 だからといって、わたくしを愛し、育んでくださった家族の為にも、ここで決して崩れ落ちてはならないのです。

 身に覚えのないわたくしに対する侮辱は、わたくしを愛してくださる家族への侮辱でもあるのですから。


 「お言葉ですがルシエド様、わたくしと貴方様の婚約はお国のため、そしてパワーバランスを保ちつつ互いの絆を結びつける為のもの。とはいえ政略結婚には違いないので、貴方様が婚約を破棄されるというのであれば、それはシルベキスタ国王と宰相であるアルフォーヌ公を含めたほかの大臣も集め、しかるべき場所で話し合いをするのが筋というものではありませんか?なにもこのような大衆の目が集まる場所で好奇の目に自身まで晒すとは、王家の血筋を引く者としていかがなものかと……」

 「うるさい!黙れ!そもそも私はお前との婚約に納得などしていなかったのだ!それに、私と同い年でありながら、無駄に落ち着いた物腰も口調も気に入らなかった!まるで爺やが二人いるみたいで息が詰まる思いだった私の気持ちを、お前は知らないだろう!?」


 無駄に落ち着いた口調と物腰ですみませんね。なんせこちとら前世じゃいい歳したゲーマーのオールドミスだったもんで。

 わたくしからしてみれば、もう大人の仲間入りをしていてもいい歳のくせに一向に落ち着かないうえ、恋愛脳でお花畑になったお前の方が不思議でたまらねーよ。


 おっと……わたくしとしたことが、つい前世の口調に引っ張られてしまいましたわ。

 どうせならいっそのこと「若造がこしゃくなこと言ってんじゃねーぞ!!」と怒鳴りつけてやればいいかしら?


 呆れ果てたわたくしがそう思った直後でした。




 「「「ふざけるなああああ!!!」」」




 野次馬の中から突然3人の男性が叫びながら飛び出してきたと思ったら、彼らはなんと、私を庇うようにルシエド様達の前に立ち塞がったではありませんか。

 わたくしが呆気にとられている間、ジャックスがいち早く反応し、パトリシアと(ついでに)ルシエド様を守るように前に躍り出ます。腐っても剣士といったところでしょうか。

 ゲームでは決してあり得なかった事態に、さすがの無駄に落ち着いた口調と物腰を持った前世オールドミスだったわたくしも目が点になってしまいます。


 これは一体どういうことなのでしょう?

 ひとまず黙って事態を見守りましょうか。


 「何だ、お前達は?」

 「これ以上、彼女を侮辱するのを許さない」


 わたくしの前に立ち塞がる彼らに胡乱げな眼差しを向けながら問いかけるルシエド様に、わたくしから向かって左に立った男性――やけに体格が良さげです――が、ルシエド様達に対して“キッ!”と鋭く睨みつけ、短くそう発しました。

 身分を問わない学院内だからまあ許されるかもしれませんが、相手はどんなにボンクラでもこの国の第二王子です。通常なら不敬罪に問われるべきなのでしょうが、この異様な空気に当事者を含め多くの人が飲まれている為気付いてはいない様子。


 「侮辱ですって?そこにいるアルフォーヌ公爵令嬢は権力を笠に着て、こちらのパトリシア嬢に数々の嫌がらせと暴言を吐くに飽き足らず、先日はついに金で暗殺者を雇って命を狙った罪人です」


 デメトリスの発言にほんの一瞬だけ周囲の野次馬がざわめきたちます。


 ルシエラのパトリシア暗殺未遂は、このゲーム内における最大の断罪イベントですね。

 パトリシアを亡き者にしようとしたルシエラが暗殺者を雇うものの、ルシエラの行動を怪しんだルシエド様がパトリシアに内緒で【聖なる加護】をかけた為、パトリシアに危害を加えようとした暗殺者はその場で【聖なる加護】によって廃人になってしまい、パトリシアは間一髪のところで危機を逃れるといった流れです。


 ですが、今度は私の右側に立った男性――淡い水色の髪からのぞく尖った耳から察するにおそらくエルフ族の方でしょうか――が、腕を組みながら「ふっ…」と鼻で一笑しました。

 わたくしの位置だとお顔まで拝見できませんが、雰囲気からありありと馬鹿にした表情を浮かべているのだろうと予想はつきます。


 「ルシエラ様ほど高潔なお方が、何故わざわざそんなことをせねばならん?数々の嫌がらせをしてきたのはむしろそちらの男爵令嬢の方ではないか。ルシエラ様の行く先々に出没してはわざとこけてルシエラ様を思いっきり突き飛ばしたり、全院生徒を集めた礼儀作法の授業でいそいそとルシエラ様の隣に座ったかと思えばカップを落としてルシエラ様の制服を汚したり、掃除の時間にバケツの水を前から歩いてきたルシエラ様の目の前で零して進路を塞ぐなど……しかもその水浸しになった廊下はそのままに立ち去った挙句、何の関係もないルシエラ様に後始末させたんだぞ!ここが身分を問わぬ学院でなければ、そちらの男爵令嬢は速攻で首を刈り取られていてもおかしくない無礼の数々を、ルシエラ様はその広い御心で許され続けた!その恩を仇で返すなど、言語道断!恥を知るがいい!」

 「わたくしを庇ってくださるのは大変嬉しいですが、水浸しになった廊下は掃除係のマルガリータさんを呼んでやってもらったので、実質わたくしは何もしておりませんよ」


 聞き入れてもらえるかどうかはさておき、マルガリータさんの存在が蔑ろにされるのは嫌なので一応口出ししておきます。ちなみに御年62歳の元気で茶目っ気たっぷりある可愛らしいおばあ様です。

 彼が言った事は全て本当にあったこと。実際はもっと他にも色々やられましたけど。


 そう、パトリシアは必要以上にわたくしに絡み、わざとわたくしを怒らせようとしていました。

 これはわたくしの予想なのですが、おそらく彼女もわたくし同様、転生者なのでしょう。

 ゲーム内だとルシエラの虐めや妨害によってパトリシアと攻略対象者の絆がより深まるシステムですから、きっと彼女はわたくしをわざと怒らせ、ゲームのように恋愛イベントを発動させようとしていたに違いありません。


 ですが、残念ながらわたくしは前世で婚期を逃して一人孤独死を迎えるのを待つだけのオールドミス。小娘一人の嫌がらせなど、前世の職場で妻子ある男性と不倫していた勤務年数が長いだけのイヤミったらしい無能女に比べれば、仔猫がミーミー鳴きながら爪を引っ掻いてきた程度の可愛いもの。


 命に関わることではないので放置しました。彼女の目的はわたくしを怒らせることが見え見えだったので、それにいちいち乗っかってやる義理はありませんでしたしね。


 しかし……制服汚しの件は全院生徒が知ってるところだからいいとして、何故このエルフ族の方は突き飛ばしの件と廊下水浸しの件まで知ってるのかしら?あの時周囲には誰もいらっしゃらなかったはずなのに……ぶるっ。

 おっと、今一瞬鳥肌が立ちましたわ。ずっと外にいるせいかしら?こんなに暖かい天気ですのにねぇ。早く学院内に入りたいばかりです。

 エルフ族の男性の言葉に、『え、そうなの?』と、その事実を知らない野次馬+取り巻き4人組は思わずパトリシアへと視線を向ける。当然、パトリシアはあわあわと弁解をし始める。


 「ち、違うのっ。ぶつかってしまったのは本当にこけたからだし、わざとじゃないのっ。そ、それに、礼儀作法の授業は……お隣にルシエラ様がいた方がお手本になると思ったからだし、制服のことは勿論謝ったとこ、みんなは見てたでしょっ?それからそれからっ……バ、バケツのやつは、モップを探しに行ったの!でも戻った時はすでに片付けられててっ……!本当なの!嘘じゃないの!お願い、みんな信じて!あなた達も!」


 彼女は瞳に涙を溜め、うるうると周囲の野次馬に同情を引こうとした――かと思えば、『あなた達も!』と言ってわたくしの目の前に立つ男性3人組に向かって頬を赤く染めながら訴えかけます。


 はい、そのあからさま過ぎる様子だけでわかりました。


 わたくしに背を向けて立つ彼らは、とても美しい容姿をしているのでしょう。彼女の男好き(ただしイケメンに限る)は取り巻きの4人組以外、学生の間ではとても有名なお話ですし。

 取り巻き以外の男性にもちょっかいかけて他の女子から嫌われているのに、どうして気付かないのかしらね。


 「でもさぁ、暗殺者の件は覆らないよ?なんてったって免れようのない証拠があるんだからね」


 そう言いながらヒューヴェスが懐から徐に取り出したのは、ビニール袋に入れられた一振りの短剣。鞘のない剥き出しの刃には、わずかに赤い何かが付着しています。

 短剣に付着した赤いものとくれば、それが何なのか容易に想像できます。

 それに気付いた周りのギャラリーの中から「きゃあああっ!?」と女性達の甲高い悲鳴が飛び交います。

 そうですよね、驚きますよね。何故ならこの学院に通う多くの女性は血生臭いことに無縁の淑女ばかりですから、騎士学専攻でなければ驚かない方がおかし―――――あっ。


 ルシエド様の口元がニヤリと醜く歪んだ気がします。


 「この短剣は先日、パティが実家に帰ったその日の夜、彼女の寝室に忍び込んだ暗殺者が残していった物。この短剣にはご覧の通り、血液が付着している。鑑識の結果、短剣に着いた血はパトリシア嬢のものだと判明しており――尚且つ、この短剣の柄にはアルフォーヌ公爵家の家紋が彫刻されている!」


 ルシエド様が高らかにそう言い放つと、野次馬のざわめきがより一層強くなった。

 そのことに満足げな笑みを浮かべながら、デメトリスが更にわたくしに向かって声をかける。


 「ルシエラ嬢、貴女は先程、この血液が付着した短剣を見ても眉一つ動かしませんでしたね?真の淑女ならば、ちょっとした血を見ても気を動転させるのが普通ではありませんか?」


 なるほど、彼らの意図に気づくのがちょっと遅かったですね。

 確かに彼らの言う通り、普通の淑女ならば声をあげるなり顔色を変えるなり、何かしらリアクションをとる。にも関わらず、わたくしにはそれがなかったと。そのことを公衆の面前で示すことにより、わたくしを『常識外れの女』という認識にさせようという魂胆ですか。偽の短剣まで用意して。いえ、短剣を用意したのはパトリシア自身でしょうね。


 まったく……どうあってもわたくしを悪役令嬢に仕立て上げたいのですね。自分で自分に傷つけることを厭わないくらいに。

 だからといって、こんな茶番にいつまでも付き合ってあげるほどわたくしの心は広くありません。


 「お言葉ですがルシエド様、残念ながらわたくしにはまったく身に覚えのないことばかりでございます。それにその短剣、本当に我が公爵家の物かしら?」

 「はっ……!この期に及んで言い訳しようと?さすが、性根の腐った貴様は」

 「血液は鑑識に出されたようですが、その家紋自体の証明はまだではなくて?」


 まだ何か言い募ろうとしていましたが、わざわざ最後まで聞いてあげる必要はないので、少々マナー違反ではありますが、セリフの途中で強引に言葉を被せます。


 わたくしの指摘に彼らの眉がほんの少しだけピクッと動いたのを見逃しません。ああ、図星ですか。ふーん?

 わたくしは目の前に立ち塞がる中央の男性に声をかけます。


 「失礼、ちょっとよろしくて?」

 「駄目だ。貴女をあんな馬鹿達の前に晒したくない」


 前に出ようとするわたくしでしたが、中央の彼から片腕でやんわりと押さえつけられました。発せられた声色は低くも耳心地よく、見た目細いのになんだか逞しく印象です。


 「大丈夫です。今日という今日はその馬鹿達に目に物を見せて、喧嘩を売った相手を間違えたのだと後悔させてやりますから」


 わたくしがそう言うと、3人は揃って振り返りました。

 あ、イケメンです。3人共すっっっごいイケメンです。わたくしの語彙力では到底表現することは敵わないほどとても見目麗しい殿方ばかりです。パトリシアが媚を売ろうとするのがわかります。


 左側の男性は立派な体格から見て獣人族かしら。襟足まで伸びた灰色の髪は太陽にあたると銀色のように煌めき、瞳は血潮のように紅く鋭い。ですがちっとも怖くないと感じるのは、彼がわたくしの身を案じてくださる様子がありありと伝わってきているからでしょう。


 右側の男性はやはりエルフ族の方でしょう。尖ったお耳が何よりの特徴ですし。長くて淡い水色の髪を肩のあたりで組紐でゆるく括り、水晶のように透き通った水色の瞳はちょっぴり冷たい印象を覚えてしまいそう。


 そして中央の男性は――残念ながら種族までわかりませんが、おそらく人族でないことは間違いないでしょう――バターブロンドの髪に菫色の瞳を持った、なんだかとても神秘的な殿方です。首にやや色褪せた白いリボンを括っていますが、あれはオシャレなんでしょうか?


 乙女ゲームの世界だからでしょうか、攻略対象者も含め、この世界には目鼻立ちの整った方が老若男女問わず沢山いらっしゃいます。かくゆうわたくしも、ライバル令嬢の立場のくせにそこそこ綺麗な容姿をしています。おかげで目が肥えます。しかし慣れとは恐ろしいもので、あまり美形に囲まれて生活していると、ちょっとやそっとの美形を前にしても始めの頃のドギマギした気持ちが薄れてしまうのです。

 なので、その中でも飛び抜けた容姿を持ったのが攻略対象者という訳ですが――わたくしの目の前にいる彼らも引けを取りません。


 心配そうに眉頭を寄せる彼らに、わたくしは安心させるようにっこり笑うと、通せんぼする腕を半ば強引に押しのけてパトリシア達の前に出ました。そして、制服の内ポケットから持ち歩いている扇子を取り出します。


 「ルシエド様、やけに得意げになってるところ申し訳ありませんが、その短剣はわたくしの物ではないというこは断言致しましょう」

 「……貴様は本当に往生際が悪いな。確かに家紋まで詳しく鑑定していないが、このグロリアの花と鷲の家紋はアルフォーヌ公爵家の家紋で間違いないだろうがっ」

 「ええ、ですから『わたくしの物ではない』と言っているのですよ」


 わたくしは微笑み、手にした扇子を広げます。

 この世界のシステム――というかルールなのか、貴族の私物には必ずどこかに家紋が刻まれています。無論、この扇子も例外ではありません。


 「よ〜くご覧になりまして。この扇子には、わたくしのお母様の生家の家紋、スズランの花と蝶が描かれていましてよ?」

 「なっ……!?」


 息を飲んだのは、果たしてどなただったかしら?



 * * * * * * *




 あらあら……美形の驚愕したお顔は崩れても美形といったところでしょうか。パトリシアもあんぐりと口を開いていますわ。


 「なっ、なっ、なっ……何故、お前がその家紋を……!?」


 今日一番の驚きを隠しきれないルシエド様は、人差し指を震わせながらわたくしに向けてきます。

 まあ驚くのも無理はありません。この家紋は現王太后様――つまり、ルシエド様のお祖母様の生家の家紋でもありますから。


 「ご自分の家系図をお忘れですか、ルシエド様?貴方様のお祖母様とわたくしのお祖母様は、ご姉妹だったんですよ」


 王太后様が王家にお召し上がりになられる際、生家の家紋が刻まれた私物をいくつかお持ちになられたと聞き及んでいます。ルシエド様は皇太后様によく懐かれていましたから、この家紋のことを知っていたのでしょう。


 わたくしのお祖母様はお家存続の為、他家から婿をおとりになった。ですが跡取りはお母様しか出来ず、お母様も婿をとるはずだったけれど、アルフォーヌ公爵()が母を見初めてしまい、断っても断ってもしつこくプロポーズしてくるお父様についに折れたお母様が『こうなったら自分が二人以上産んで、一人はわたくしの生家の家紋を継いでもらいましょう』という構図になったそうな。


 こうして両親の頑張りにより、アルフォーヌ公爵家は三人の子宝に恵まれました(わー!パチパチパチパチ!)


 ゲームではルシエラの長兄がお父様の跡を、次兄がお母様の生家を継ぐストーリーになっていました。

 ですが、この世界でわたくしはアルフォーヌ公爵家の一員として頑張りました。アルフォーヌ公爵令嬢として家族の名に恥をかかせぬよう。

 そんなわたくしをお父様とお母様は優しくも厳しく愛してくださり、お兄様達に関してはプリンにホイップクリームとバニラアイスにチョコレートソースをかけたくらい、でろんでろんに甘やかしてくださいます。

 正直、お前らは蜂蜜に集るありんこか!?とキレてしまいそうなこともありますが……それだけわたくしを深く愛してくださっているのだと思えばこそ!行き過ぎた家族愛も我慢できるというものです。


 まあそんな訳で。

 ルシエド様がパトリシアに夢中になり始めた頃からわたくしはお母様とお兄様にこっそり事情を話し、ルシエド様に婚約破棄されるかもしれないと相談しました。

 え?そこでなんでお父様に相談しなかったのかですって?だってお父様に「ルシエド様が男爵令嬢に懸想して婚約破棄されそうなんですが、わたくしの醜聞が最小限に抑えられるよう、何かいい対策って思い浮かびません?」なんて相談でもすれば、わたくしとルシエド様の婚約を取り決めた王様に直接殴りに行きそうですもの。ややっこしい事態は避けるが吉です。

 そもそもわたくしとルシエド様の婚約は、王様が『同じ年に同じ月で生まれた男児と女児……図らずともよく似た名前……これはもはや運命だ!』などと、謎発言をぶちかましてくれたおかげでわたくしとルシエド様は問答無用で婚約者となった次第です。

 ちなみに「他家とのパワーバランス」だの「両家の絆」云々のくだりは完全なる後付けです。そうでなければ、王様の『運命だ!』というゴリ押しだけで婚約が決まったなんて知られると体裁が悪いじゃありませんか?他の貴族にも示しがつきませんでしょうし。


 元々わたくしとルシエド様の婚約に反対し続けていたお兄様達は、わたくしからルシエド様の心変わりを聞いてより一層憤慨し、お母様もまた、わたくしが婚約者であるルシエド様に蔑ろにされている事実を思い憂てくれました。

 そこで、わたくしが本当にルシエド様から婚約破棄された場合を考え、お母様の生家を継ぐ資格のある者としてわたくしの私物にお母様の家紋を少しずつ増やしていったのです。

 例えわたくし自身が望まぬ婚約であったとしても、仮にも貴族階級のヒエラルキーの頂点に君臨する王族の婚約者である事実は覆しようがなく。それが破棄されたとあっては、シビアな貴族社会だといい笑い者でしかありません。

 ですが、もしも本当に婚約破棄されたとき、わたくしに『継ぐべき家がある』ことを最初から周囲に示していれば、婚約破棄はお家相続の為であったと認識され、傷はとっても浅く済みます。

 今やわたくしの私物はすっかりスズランと鷲の家紋ばかりです。


 自分が狙われているとわかっていて、対策を取らないほど耄碌していなくてよ


 「ですから、その万が一にもアルフォーヌ公爵家のものであったとしても、わたくしの物だと断定出来ないのです。それなのに貴方がたは、わたくしを端から疑いにかかってきましたね?しかもこのような晴れの日に、大衆の目の前で……弁護士を通して、訴えさせてもらっても文句はありませんわよね?」


 わたくしは愕然とする彼らをキツく睨みつけます。

 不敬罪?上等ですわ。


 「それからデメトリス様……貴方はわたくしが血を見ても動揺しなかったことを指摘しましたが、それは当たり前です。何故ならわたくしは5年も前から戦場に赴かれた兵士の元へ慰安訪問しているのですから。そのような僅かな血ごときで、生死をかけて我が国を守ってくださる兵士達に顔向けなど出来るはずがありません!」


 これまで声を荒げることのなかったわたくしが一喝したことに驚いたのか、はたまた慄いたのかは分かりませんが、彼らの肩が目に見えて“ビクッ!”と震えたのが分かって、ちょっと爽快な気分です。

 けれど、いい加減他人の目に晒されたくありません。というか、ここまで来てどうして教師が一人もこの騒ぎを収めようとしてくださらないのかしら?


 わたくしがそんな風に思考を張り巡らせた、まさに時でした。


 「やあ、なんだか楽しそうなことをしているね?」

 「ルゥラァァァァァァァァァ!!」

 「え?お、おにいさ……ぐえぇ!?」


 聞き覚えのある涼やかな声に思わず反応して振り返ってみれば、野次馬の塊がそこだけぽっかりとモーゼの十戒のように開いていました。

 そこにはこの国の第一王子と、その懐刀と誉れ高い我が長兄の姿が――などと視認している間に、わたくしは長兄ルベルト=ルーカス=アルフォーヌに力一杯抱きすくめられ……って!ちょ、おまっ……!?キブギフギブギブ!!


 「ああ!愛しのルーラ!可哀想に!こんな大衆の前で見世物みたいにされて!」

 「ル……ルベ……ぉ、にぃ……さ……っ!」


 王家に仕える騎士の中でも特に優秀な方達を集めた精鋭部隊の聖騎士隊に所属している長兄は、いわゆる細マッチョです。

 ふんわりとカールした栗色の髪に空色の瞳をした端整な顔立ちをしたルベルトですが、脱ぐと腹筋がぱっきり割れています。筋肉もりもりです。

 そのギャップが堪らないと女性に大変人気で、名だたる名門貴族の淑女達から婚約の申し込みが殺到しています。それなのに本人は「ルシエラ以上と欲は言わないけど、せめてルシエラ並みに可愛くて性格が真っ直ぐした凛とした子じゃないとやだなぁ」などとのたまい、未だ独身貴族を謳歌しています。

 しかも最近では家督を次兄に譲って余生をわたくしと共に過ごしたいと世迷言を言い出し始めたので堪ったもんじゃありません。

 早くいいお嫁さんをもらって、お父様の跡を継ぎ、両親を安心させてあげてほしいものです。


 ――てゆーか、いつまでぎゅうぎゅう抱き締めてんだこのシスコン!?マジで窒息死するぅぅぅぅぅぅ……っ!!


 「ルベルト、君は自分の馬鹿力をもっとちゃんと理解すべきだ。そろそろルーラを解放してあげて」


 見えないはずの魂が口から出てそのままあっちの世界へ飛びさそうとした寸前、天のお告げによりわたくしは辛うじて一命を取り留めました。


 「あ、あ……あに、うぇ……?」

 「ルシフェル閣下……!」


 ルシエド様の目が限界まで開かれ、その側にいたデメトリス、ジャックス、ヒューヴェスの3人は顔色を悪くしながらも慌てて膝を折る。


 繊維のような金糸の髪に聡明な瑠璃色の瞳を持ったこの人こそ、我が国の第一王子ルシフェル=ロージュ=シルベキスタ。ルシエド様の腹違いの兄君です。

 先にお産まれになられたのはルシフェル様ですが、ルシフェル様のお母様は身分の低い第三妾妃。一方、ルシエド様のお母様は由緒ある侯爵家のご令嬢で、尚且つ正妃様の次に位の高い第二側妃であらせられることから、身分制度の厳しいこの国では次期国王はルシエド様ということはほぼ決定事項でした。

 個人的な意見を言えば、現在進行形で恋愛脳のお花畑ボンクラ王子に、国民を第一に考えるべき国王の大役が務まるとは到底思えませんけどね。

 それはそうと、またしても予期せぬ人物の登場にいい加減わたくしの頭もショートしそうです。

 本当になんなのかしら、この展開?

 未だわたくしをガッチリホールドしているルベルトの腕の中で、わたくしは何度も瞬きを繰り返す。

 すると、ルシフェル様はおもむろにイケメン3人組に向き直り、胸に手をあてて――恭しく頭を下げたではありませんか!

 いくら王位継承から外れているとはいえ、仮にもこの国の第一王子です。王族の方がそう無闇やたらと誰にでも頭を下げるものではありません。

 驚きに目を見開くわたくしに、ルシフェル様はその形のいい唇をゆっくりと開き、こう言いました。


 「獣人族の中でも賢狼と誉れ高い王家の血を引かれるギルベウス殿」


 灰色の髪に紅い瞳の青年が短く息を飲み。


 「精霊に愛された、知恵と長寿の象徴であるエルフ族の若き長、ユアン殿」


 ミステリアスな水色の色素を持つ青年は『おや?』と器用に片眉だけあげ。


 「そして――誰よりも気高く、神をも恐れぬ存在、各種の頂点に君臨する竜族の末裔、カイザー殿」


 最後の彼は無反応ですが……まさか古代種の中の竜族だったなんて……。

 下手に刺激したり、不興を被れば最後、あっという間に世界を滅ぼすことが出来ると言われているあの危険種でしたか……。


 ……あっ……。


 そ、そういえばわたくし……先程心配する彼を無視して、強引に前へと躍り出ましたわね……?


 や、やばばばばばばばば……!!

 どうせならルベルトに抱きつかれた際、あのまま気絶してた方が良かったかもしれません……!


 内心恐慌状態のわたくしを尻目に、ルシフェル様は続けます。


 「この度は我が弟の浅はかな愚行を咎めてくださっただけでなく、こちらのルシエラ嬢を身を呈して守ってくださり、深く感謝致します。彼女は私の忠臣であるルベルトにとって大事な妹君であり、また、私にとってもかけがえのない姫君、感謝してもしきれません」

 「私からも感謝致します。本当にありがとうございました」


 王族であるルシフェル様が優雅に礼をしている傍らで、わたくし()の肩を抱いたまま口だけお礼を述べる臣下()ってどうなんだろ……?礼儀が欠けてるって思われない?常識的に考えて。

 すると、無表情だったカイザー様の口元がわずかに緩み、笑みらしい笑みを浮かべた。


 「面をあげてくれ、純人族の王子。私はただ、幼い頃に私の命を救ってくれた恩人が謂れなき罪に問われるのを黙って見過ごすことが出来なかっただけだ。もっとも、彼女の方はそのことをすっかり忘れてしまっているようだが」


 彼はそう言うと、わたくしの方に顔を向けて菫色の瞳を優しげに細めた。

 えー……もしかして……わたくしが『ここが例の乙ゲーの世界なら、あたしも魔法が使えるってことだよね!?ヒャッハー!どんなもんか試してやんよ!』とかいきり立って、卵型のオレンジ色をしたジェムストーンを使ってテレポートした時のことかしら?

 とにかく人気の少なさそうな場所を頭の中でイメージして跳んだ場所は、木々が鬱蒼と覆い茂った森の中で、その時たまたま視界に入り込んだ光景が、黒づくめの魔女らしき人物に尻尾を掴まれ問答無用で引きずられて行く、金色の鱗を持ったトカゲっぽい生き物だったんですよね。

 トカゲらしき子はとても傷ついており、尖った嘴の奥からキューキューと掠れた声をあげていて、これアカンやつや!と悟ったわたくしは、咄嗟に「小さい子に何してんだあああぁ!!」と激情に任せて手加減なしの攻撃魔法をぶっ放してトカゲの子を救出。

 救出優先で後のことを考えていなかったわたくしは、傷ついたトカゲの子に回復魔法をかけるほどの魔法力が残っていなくて、仕方なく髪を結んでいた白いリボンで手当てをしてあげて……。


 ――え?リボン?


 そういえば……彼の首にはやや色褪せた、でも白色だと分かるリボンが括られていたような……?

 わたくしが恐る恐るカイザー様を見ると、彼は明らかに喜色の笑みを浮かべました。

 途端、野次馬の中から場違いな黄色い声が上がったのはあえて無視です。


 「ようやっと、思い出してくれましたか?」

 「う、うそ……ほ、本当に……あの時の……?」


 まさかあの時助けたトカゲの子が、実は竜族だったなんて!

 あまりに強大過ぎる力ゆえ、どの種族とも交流を持たず、絶滅の一途を辿っている孤高の種族だったなんて気付けるはずがありません!




 衝撃の事実に茫然とするわたくしでしたが、追い討ちをかけるように今度は獣人族のギルベウス様が口を開きます。


 「俺もカイザー殿と同じです。俺は幼少期、一時的にアルフォーヌ公爵が治める領地の教会で純人族の子に混じって過ごしていました。その目的は、これから先も純人族と円滑が持てるように、純人族の生態を詳しく知る為です」


 えええええ?ルシフェル様の言葉通りなら、あなた獣人族の中の王族なんじゃないの?そんなことわざわざするの?一族の王子様が?

 交流留学みたいなものかしら。


 「ですが、長きに渡って獣人族は野蛮という中傷が他の子ども達に受け継がれていて、俺はいつも仲間はずれにされていました。だけど、そんな俺を救ってくれたのがルーラだったんです」


 あ、あ……ああー……思い出しましたわ……。


 あれはわたくしが10歳になった頃でしょうか。我が領地の偵察ついでに、身寄りのない孤児を引き取って面倒をみている教会の巡回をしていた時ですね。

 着らなくなったドレスを売ってお金にし、それを元手に絵本と図鑑、子どもが喜びそうなオモチャや勉強に興味がある子どもの為に教材を買い込み、それらを各教会に寄贈していました。

 いくつか目の教会にたどり着いた時、他の子ども達と明らかに距離を置いている男の子が一人いました。互いに笑い合う子ども達を羨ましそうに、そして寂しげにぼんやりと見つめる様子はこちらの胸をキリキリと締めつけました。

 前世において子どもどころか伴侶も見つけられなかったオールドミスのわたくしですが、もしも自分の子どもが集団から弾かれて孤独感を味わっていたのではないかと想像すると、例えようもない悲しみと苦しみに襲われ、自然と呼吸が浅くなりました。

 わたくしは無言でずんずんとその男の子に近づくと、わたくしが目の前に来てもぼーっとしている彼の手を取り、ボールを蹴り合いこしている子ども達の輪にその子を連れて混じりました。

 最初は互いにぎこちなかったものの、同じ時間を共有することで仲間意識が芽生え始めた頃合いを見計らい、わたくしは前世の記憶を駆使してサッカーのルールを彼らに伝授し、チームに分かれて遊ぶことにしました。

 女の子の反応はイマイチでしたが、男の子は興味津々で参加してくれましたね。チーム分けの際、独りぼっちだった男の子の運動神経がいいことからチーム分けの時に取り合いっこになったのもいい思い出です。


 「あの時、貴女が俺を孤独から救ってくれなかったら、俺は子どものまま、人に対して信じる力を失っていたと思う……だから、本当に感謝するべきなのはこちらの方だ」


 美形のはにかみって威力凄いですね。またしてもカイザー様の時のように野次馬から黄色い声が上がります。

 無駄に顔の整った人達に囲まれて育ったわたくしでも思わずキュンっとときめいてしまいました。




 「僕も言わせてくれ」


 や、もうお腹いっぱいなんで結構です――なんて言える勇気も気力もなく。

 お兄様の腕にすがりつく形でなんとか立っているわたくしに、エルフ族のユアン様が微笑んでくださいます。

 前の二人に比べて中性的なお顔立ちのせいか、女性のみならず、周りにいる多くの男性が生唾を呑んだのは気のせいかしら……?


 「僕らエルフ族は、竜族に次いで永らく他の種族と交流を絶っていました。その理由は知っての通り、かつての蛮行――エルフ狩りが行われていたからです」


 エルフ狩りとは今から1000年以上も前、エルフ族の女性をターゲットにした蛮行のこと。どの種族が始めたのか、また何の目的があったのか定かになっていないけれど、多くのエルフ族の女性が誘拐、拉致され、無理やり子を孕まされた者もいれば、長寿の秘密を探ろうと実験台にされた者、抵抗すれば殺されるという、まさに極悪非道の惨虐事件が多発していたと言われている。

 これによってエルフ族の人達は他種族の前から姿を消し、誰も足を踏み入れない静かな場所で仲間内で集落を築いて、ひっそりと息を潜めながら生活している――と、わたくしは子どもの頃にそう教わりました。


 「けれどもある時、僕らが住む村に思いもよらない事態が起こりました。原因不明の流行り病が、村の人々を襲いました」


 1000年以上にも渡って変わらぬ生活を送っていた平和な村を襲った謎の奇病。

 それが人為的なものでなく、自然に起こったことなら、万物の理に生きる彼らに課せられた運命として、彼らはそれを黙って受け入れる。

 けれど、当時まだ幼かったユアン様はそれを受け入れられなかったのだと言います。


 「僕の両親と妹が流行り病に倒れました。僕にとって何よりもかけがえのない家族です。僕は――なり振り構っていられなかった」


 ユアン様は病の原因を探る為、誰にも行く先を告げぬまま村を飛び出し、別の国、別の地域で生活を送っているエルフ族の仲間に協力を仰ごうと足を運んだそうです。

 でも、一縷の望みをかけてようやく見つけたその集落は、病を持ち込まれたくないとユアン様を門前払いしたそうです。


 「同じ種族で、同じ悲痛な運命を分かち合った仲間同士だというのに、こうも簡単に切り捨てられるものなのだと、幼いながらに痛感しましたよ」


 その時のことを思い出してたのか、ユアン様の口元にどこか自嘲の笑みがこぼれます。


 「同胞の仕打ちに絶望し、自暴自棄に陥った僕は、精霊達の声を無視して村に伝わる【禁忌の呪文】で悪魔を喚び出し、僕の命と引き換えに村を救ってくれるよう頼むつもりでした。ですが、外道に走りかけた僕を引き留めてくれたのがルシエラ様だったんです」


 うわぁぁぁぁぁ……。

 あれって、そんなにヤバい場面だったんですか。それに関しては『わたくしグッジョブ!』と自分で自分を褒めずにはいられません。


 ええ、そこまで語られたら思い出さずにはいられませんよ。

 わたくしはその日、恒例となった新魔法を編み出す為、脳内にとても広い草原を思い描きながらテレポート用のジェムストーンを使って跳びました。

 跳ぶ一瞬の間に感じる無重力。まるで勢いよく飛び立った飛行機が、機体を安定させた時のあのふわっとした瞬間に似ていて、使うたびにちょっとドキドキしながら楽しんでいました――が。

 いつもと同じように地面に降り立ったつもりが、何故かその日、耳の尖った少年をあろうことか踏んづけていたのです。それも思いっきり。

 顔から地面にのめり込む形で倒れた少年を見て、わたくしパニック。慌てて回復魔法を唱えました。

 一応傷ひとつなく治すことが出来ましたが、彼の親御さんが近くにいたら傷害罪で訴えられても文句は言えないと内心ビクビクしつつ、わたくしは少年が起き上がるのをじっと待ちました。

 起き上がったらすぐ謝罪をせねば――そう思っていたわたくしでしたが、目にも止まらぬ速さで起き上がった彼はわたくしの手を取り「お願い!僕の村を助けて!」と、何もかに絶望しながらも霞に手を伸ばすような、そんな印象を与える必死の形相で叫んだのです。

 ですが、いきなりそんなことを言われてもわたくし「?」。

 ひとまず掻い摘んで事情を聞きだします。

 見た目幼女のわたくしですが、これでも前世の記憶持ち。しかもいい歳したオールドミス。脳みそをフル回転させ、冷静に少年の言いたいことや伝えたいことを分析し、少年の住む村が大変であることを理解します。


 まだ年端もゆかぬ幼い子が1人で懸命に頑張っている姿を見ていると、手を貸さずにはいられません。


 わたくしは手持ちのテレポート用のジェムストーンを少年に渡すと、村の集落を頭の中に思い浮かべるよう指示。少年はジェムストーンを初めて見るようで、使い勝手がよく分からず四苦八苦。

 そんな彼に、わたくしは「うまくいかない時は大事な人の姿を思い浮かべればいいのですよ」とアドバイス。

 すると、しばらくして少年の持つジェムストーンが輝き始めました。わたくしはジェムストーンを持たない少年のもう一方の手を握り、少年と一緒に少年の住む村に跳ぶことが出来ました。

 わたくしは少年の案内に従い、まずは彼の家に向かいました。

 まだ出会って間もない、魔法が使えるだけの正体不明の女を自宅にあがらせるほど、彼の心はとても追い詰められていたのでしょう。

 連れられてやって来た寝室には、彼のご両親と思しき男女と、まだ幼い女の子が1人、額から絶えず汗を流しながら呻き声を上げているではありませんか。

 わたくしは魔法力をコントロールしつつ、まずは体力回復の為の呪文をかけた後、状態異常を治す魔法をかけました。やがて親子3人から健やかな寝息が聞こえてきたのを皮切りに、わたくしは病で倒れたエルフ族の方達に魔法をかけ続けました。魔法力が尽きかければ、腰にぶら下げたマジックポーチに常備している魔法力回復のドリンクを飲んで、ひたすら村中を走り回りました。ちなみに通常の魔法力回復のドリンクはとても飲めたものではないので、わたくしが持ち歩いているのはわたくしが勝手に開発したフルーティな味わいのものですのであしからず。


 さて、病に倒れたエルフ族の人々を助けたわたくしは、まるで女神のように崇められる――ことはなく。


 突然現れた余所者が、死を受け入れていた自分達の運命を捻じ曲げたと詰られ、暴力こそ振るわれませんでしたが、早急に村から追い出されました。

 まあ、自然の調和を第一に考える彼らからすればそうなりますよね。

 永いこと他種族との交流を断ち、世情から離れて過ごしてきた彼らにとってわたくしは紛れも無い余所者であり、運命を変えた極悪人なのですから。

 別に恩を着せようと思ってした行為ではなく、あくまでわたくしのエゴによる行為なので、不思議とショックは受けませんでした。


 ただ1人、わたくしに助けを求めた少年だけがわたくしを庇い、自分よりも遥かに体格のいい大人達に対して歯向かっていきました。


 「彼女のおかげで村が助かったんだ」と。

 「同胞さえも見捨てた僕らを彼女は救ってくれた」と。

 「お礼をするならともかく、追い出すなんてあんまりだ」と。


 泣きながらわたくしの身の潔白を叫んでくださるだけで、わたくしはそれだけで充分でした。

 わたくしが手にしたジェムストーンが輝き始めた時、少年がわたくしの腕を掴みました。

 このままでは少年を連れて跳んでしまう。そう思ったわたくしは、少年に手を離すよう言います。けれども少年の力は思いのほか強く、わたくしを離してくれません。

 少年は言いました――この恩は必ず返す、だからわたくしの名を教えて欲しい、と。

 この時、偽名を使ってもムダ、すぐに精霊による罰が下されると脅されたわたくしが、真名以外の名を教える術があれば是非とも教えていただきたいものです。

 そしてわたくしは少年に名前を教えました――ルシエラ=ルーカス=アルフォーヌと。


 「あの日から君を忘れたことは一日たりともありません。見ず知らずの僕の願いを無償で聞き入れてくれただけでなく、我が同胞のひどい仕打ちも笑顔で許してくれた貴女を、なんと気高くも優しい心の持ち主なのだろうと、ずっと想い続けてきました」


 あの時の小さな少年が、こんなに立派になって……!感無量です!


 「あの日の出来事を境に、僕の住む世界……いえ、エルフ族の生きる世界はなんと狭いのかと実感しました。細胞の治癒能力を促す不思議な魔法、あっという間に瞬間移動する謎のジェムストーン……村を出なければ、触れることも知ることも出来なかったことが、僕は嬉しかった。僕だけじゃありません。あの時貴女に助けられた同胞は、少しずつ切り離された世界に目を向け始めました」


 ユアン様はそこで一旦言葉を切ると、再びわたくしに向かって笑いかけてくれました。


 「かつてエルフ狩りが行われたこと、それは覆すのとの出来ない事実です。けれど、1000年も経てば人々の考えは変わり、人々の考えが変われば世情も変わる。そんな当たり前のことに、僕らはずっと背を向けて生きてきた。気付かせてくれたのはルシエラ様、貴女という尊い存在のおかげです。今すぐは難しいでしょうが、これからエルフ族は少しずつ、再び他種族の前に姿を現わすつもりです」


 わたくしは別に大それたことはしていませんが……。

 まぁ、異なる種族に生まれた者同士が互いに手を取り合える平和な世界が築けるなら、とてもいいことですわよね?

 つい先程まで気絶したかった気持ちが嘘のように晴れていきます。


 「それにしても……僕の存在を知っている君は一体何者ですか?エルフ族の存在はともかく、名前まで言い当てるなんて、ただの純人族にしてはあり得ないことだ」


 ユアン様の問いかけに、ルシフェル様はイタズラっ子のように小さく笑いました。


 「まぁ私の身にも、少なからず君と同じ種族の血が流れているということかな」


 え、なにそれ初耳なんですけど?

 わたくし、前世で一応公式サイトにいってキャラクター設定を調べましたけど、そんなことちっとも書いてませんでしたよ?

 本当になに、この展開?


 「う、う…うそ……うそよ……!だって、こんなの、ゲームになかった……!」


 うん、そうだねパトリシア。意味わかんないよね。

 やっぱりわたくし、この状況から現実逃避していいかしら?

 戦線離脱したいわたくしをそっちのけに、ルシフェル様はルシエド様達に向き直りました。


 「さて――ルシエド、よく聞きなさい。私がここにいるのは、父王から代役を務めるよう勅命を受けたからだ」

 「ち、父上、から……勅命……?」

 「そうだ。よって私がこれから言うことは、父王の言葉であると深く認識するように。そこにいるデメトリス、ジャックス、ヒューヴェスもだ」


 何かしら……風もないのにルシフェル様の周りがざわざわと騒いでる感じがするのは気のせい……?

 わたくしが自分でも気付かないうちにルベルトの腕をキュッと掴むと、わたくしの心情を察したルベルトがわたくしを安心させるかのように、穏やかな声で語りかけてくれた。


 「ルーラ、心配ない。あれはルシフェル閣下の周りに集まった精霊が、ルシフェル閣下の身の内から溢れた感情につられて怒ってるだけだ。まあ、馬鹿共のアホ面でも拝見するとしよう」


 ――どうやらわたくしがどうこうする問題ではなさそうですね。

 わたくしは仕方なく、視線を前へと向けました。


 「ルシエド、お前は気付いていなかったが、今日この日を迎えるまでの一年間、父王は秘密裏にお前の監視をされていた」

 「……は!?私の監視!?い、一体なぜ……!?」

 「お前はこともあろうに、由緒正しいアルフォーヌ公爵令嬢と婚約している立場でありながら、そこにいる男爵令嬢に現を抜かしたな?」


 ルシフェル様の鋭い視線に射抜かれ、ルシエド様はグッ…と息を飲んだあと、何か思いついたかのようにわたくしを睨んだ。

 おっと、そこでわたくしにきますか。まぁ普通に考えれば、仮にも婚約者であるわたくしが国王陛下に泣きついたと思い至るのも無理はありませんけど。

 ルシエド様の睨みつける先に気付いたルシフェル様の周りが、より一層ざわざわとざわめき立ちました。


 「先に言っておくがルーラ……ルシエラは父王に何も告げ口していない。第一王太子の権利を持ちながら、お前はどこまで貴族社会に疎い?我らは王族だ。常に権力を狙う連中は目を光らせ、些細な変化に過敏だ。そして無駄に頭がキレる。そんなハイエナみたいな奴らにとって、私達王族という存在は極上の肉に過ぎん。お前が婚約者であるルシエラを蔑ろにし、身分の低い男爵令嬢に寵愛を注いで骨抜きにされたなぞ、もはや社交界で知らぬ者はいないほど噂の的だ。にも関わらず、ルシエラは恥をかくも承知で招待された茶会には出席し、お前のいない夜会も一人で参加し、影で笑い者にされながらも耐えられた。誇り高いアルフォーヌ公爵令嬢として、胸を張り続けられてきた。そんな彼女を逆恨みするというのか、お前ごときが」


 ルシフェル様の言葉に、カイザー様含むほかのお二人からも殺気が立ち上ります。

 でもわたくし、ルシフェル様が言うほど高潔な性格はしていませんよ?

 国王陛下に告げ口はしていませんけど、お母様とお兄様達にはしっかり相談という名の告げ口しましたし。

 招待されたお茶会はちゃんと吟味し、わたくしに同情的なお家を選び、いざお茶会の席では婚約者に冷たく蔑ろにされながらも健気に耐える公爵令嬢という仮面被って更に同情引きましたし。

 夜会も別にルシエド様がいなくても、聖騎士に所属している長兄か、はたまた聖騎士と対を成す魔法部隊精鋭【コンドル】所属、この国きっての鬼才と恐れられている次兄を連れて出席すれば、お喋りなスズメさん達の耳障りな声と不躾な視線は最小限に抑えられましたし。

 だからわたくし、皆さまが思っている以上に悪い娘ですよ?わざわざ教えるつもりもありませんけど。

 そんなわたくしの胸中などそっちのけに、ルシフェル様は言葉を紡ぎます。


 「この一年、父王は噂の真偽と、お前が本当に次期国王として相応しい器の持ち主か、秘密裏に【影】を動かされ、時がくるまで沈黙を守り続けられた」


 ルシエド様は絶句しています。無理もないです。

 【影】とは、平たく言えば王様直属に仕える情報収集処理班――いわゆるスパイというやつですね。

 王様以外の人間の前に決して姿を現さず、相手が誰であろうと正体を知ることが出来ない彼らに目をつけられたら最後、朝は何時に起きたか、朝食時に何を食べたか、咀嚼の回数はいくつか、どの時間に誰とどこにいたのか、更には一日に行ったトイレの回数まで知られるともっぱらの噂です。立派なプライバシーの侵害ですね、はい。

 でも、【影】の彼らも王様の命令で動いているだけなので、誰も文句はいえません。


 「よって、今ここに国王陛下の名代の元、決断を言い渡す」


 ルシフェル様は懐からくるくる巻きにされた羊皮紙を取り出すと、それをバッと広げました。

 鳳凰を背景に、武を司る剣、智を司る杖、法を司る錫杖が交差し、それぞれに薔薇の蔦が複雑に絡み合った家紋が。あれは紛れもなく、王様のみが使用される家紋。つまり、王様のご意志そのもの。


 「ルシエド=ヨルム=シルベキスタ――汝を王位継承にあたる第一王太子候補から外し、爵位返上の後、王家ゆかりの地にて生涯過ごすものとする」

 「なっ……!?父上……そんな……っ!」


 それは事実上の廃嫡であり、さらに言えば、二度と王都に足を踏み入れることを許さないということ。


 「デメトリス=ブラッサム、ジャックス=ワズゥーグ、ヒューヴェス=ユニエード、以上3名は王都追放。その後の処遇は各家庭の意向に任せるが、本日限りで王都に足を踏み入れることを許さないものとする」


 まさか自分達まで断罪の対象になっていると思っていなかった彼らは、地面に膝をついたまま崩れ落ちていった。

 力なく呆ける彼らの姿は、まるで浦島太郎がお爺さんになってしまったかのように、一気に老けた感じがします。


 「最後に――パトリシア=ブリリアント」

 「……え?わ、私まであるの!?」

 「何をとぼけたことを。貴様は恐れ多くもルシエラ=ルーカス=アルフォーヌ公爵令嬢を根も葉もない噂で中傷したに飽き足らず、彫刻師に金で物を言わせて短剣にアルフォーヌ公爵家の家紋を彫るよう要求した。許可なく勝手に他家の家紋を使用、悪用したのはとっくに調べがついてる。これは重罪だぞ。法のもとで裁かれるべき由々しき事態。よって貴様は――逮捕だ」


 どこからともなく兵士が現れ、あっという間にパトリシアを囲った。


 「ちょっ、ちょっとふざけないでよ!あたしはこの世界のヒロインよ!誰よりも幸せになることが定められたお姫様なのっ!こんなシナリオ、ゲームになかった!離して!離して!離しなさいったら!どいつもこいつもモブのくせに……生意気なのよ!あたしは悪くない!悪いのはそこのルシエラよ!あいつがゲーム通りに動かないからこんな……こんなことって……!こんな結末、あたしは絶対に認めない!絶対許さな……むぐうぅぅ!?」


 あまり喚き立てるものだから、パトリシアの口に猿轡があてがられ、彼女は兵士達によって身柄を引きずられていった。

 そんな彼女のあとに続くよう、ルシエド様達もまた、兵士達の腕に支えられながら歩いて行く。その様子を、わたくしはなんとも言えぬ感情を抱いてぼんやりと眺めた。

 ほんの一瞬、ルシエド様が助けを求めるかのようにわたくしを見た気がするけれど、確信を得るよりも早く、お兄様の手がわたくしの目を塞いだ。


 「ルーラ……愛しくて可愛い、私のルーラ……」


 耳元で低くも甘い声に囁かれ、わたくしの背筋はぞくぞくと震えました。

 ――しかし、現実は何事もそんなに甘くありません。


 「お前の少々お転婆なところも可愛くて愛しいけれど、一体いつ頃からテレポートジェムを使い始めたんだい?それも家族に内緒で」


 口調はどこまでも優しいですが、お兄様の台詞にどこかただならぬ不穏な空気を感じとり、わたくしの背筋は先程と違った意味でブルッと震えました。

 逃げようと試みるも、男女の性差に加え、相手はグリズリー級なら素手で倒せるほどの実力を持った人物。

 純粋な力比べで勝てるはずがないのです。


 「卒業式が終わったら、久しぶりに家族会議をするか」


 え?仮にも第二王子がしょっ引かれた馬鹿騒ぎのあとに卒業式って出来るんですか?

 嘘でしょ?



 * * * * * * *


 『とある女子の妄言』



 やったああああああああ!!


 ここってあたしが生前どハマりしてた【夢でキスを終わらせない2 〜愛の軌跡〜】の乙女ゲームの世界でしょ!?

 分かる分かる、だってあたしヒロインだもん!!


 ラノベでよくある異世界転生もの!

 夢にまで見た乙女ゲームのヒロイン!!


 これまで一回も神様なんて信じたことなかったけど、薄幸のあたしを気にかけて、美少女に生まれ変わらせてくれたんだわ……!!


 さーて、誰から攻略していこうかな〜♪


 幼少期に純人族から仲間ハズレにされた経緯から、心に傷を負った孤独な賢狼族の美王子さまでしょ〜?


 同じエルフ族に助けを求めるも突き放されて絶望した挙句、村の危機を救う為悪魔と契約したことで精霊からも見放されて希望を失ったエルフ族の若様でしょ〜?


 それからメインヒーローである竜族のカイザー様!幼い頃に魔女の卑怯な手によって捕らえられ、無理やり飼い繋がれたこともあり、死にたがりなヤンデレ要素持ちキャラ!


 他にも無印の時に名前だけ出てきた、お母さんの身分が低いというだけで王宮の中で空気扱いされてきた王様の【影】を務めるルシフェルさまでしょ〜。


 無印の悪役令嬢ルシエラのお兄さんで、ルシエラのせいでこれまで築いてきた功績が崩れ、お家存続の為にもなんとか立て直そうとする一生懸命なルベルトと、隠しキャラのルチェード!


 うふふふふふふ……!


 みんな待っててね!

 ヒロインであるあたしが、みんなが抱える闇を救ってあげるから!!

最後までお付き合いくださりありがとうございました。

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[良い点] 面白かったです! ぜひ連載化して欲しい……いえ、別の連載作品でもいいんですが! 連載かどうかは、最初の設定の短編か連載かのボタンで決まります……よね? 後から変更は今のとこできないはずな…
[一言] お、ピエロが退場して綺麗に終わったな、と思ったら、攻略対象キャラ全員救われてたピエロがもう一人… 彼女は登り始めたばかりだからよ…この長い乙女ゲー坂を!未完! 佐倉アキ先生の次回作にご期待…
[気になる点] 短編だから仕方ないですけど、 あとの自称ヒロインの回想?は、別なお話にした方が お話の余韻にひたれたような。 [一言] 連載化をしてほしいです。 (自称ヒロイン視点は、いらないかな?)…
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