ハードラックダガーB パイルVS硬質ダガー
昼どきだというのに閑古鳥の鳴く、メキシコめいた場末のバーに、三人の影があった。
「これは何なの?」一人の姉、兼、ウェイトレス。
「何なのさ?」一人の弟、兼、ボーイ。
そしてもう一人の、マントを羽織った男。男は言った。
「硬質ダガースピナーだ。中にベアリングが入っていて、回すためのものだ。触ると危ない」
「何のために回すの?」
「回すためだ」
回答に不服そうな、姉と弟。
「……回すとどうなるの?」
「座禅無しでゼン・スピリッツが得られるらしい。本当かどうかは知らないが、材質は硬質だ。540cで買った」
「ッ! あんたはその大金をこの酒場で消費しようとは思わなかったの!?」
「俺は(酒以外には)強い」
バァン!! 轟音と共に酒場の扉が木片となって砕け散る。
「ちょっと! 普通に開けて入りなさいよ!」怒る姉を、
「お姉ちゃん。あいつ、9本のパイルを背負ってる」弟がなだめる。
「人間がパイルなんて撃てるの? ウォーハイドラじゃあるまいし……」
その瞬間、轟音と共にテーブルと椅子が砕け散る。
「なあ、お嬢ちゃん。今なんか言ったか?」
「う、うちの備品を壊さないでくれますか?」気丈に振る舞う姉。
「新聞で見た……ナインパイル……脱獄の噂は本当だったんだ……」弟が驚愕する。
「人間……なの?」怯える姉。そこに、審判の声が鳴り響く。
「ピピー!アイアムジャッジマン!イッツパーフェクトリーガルアクション!
ヒーイズヒューマン!ヒューマンレギュレーションオールクリア!
ノットウォーハイドラレギュレーション!パーフェクトリーガル!ピピー!」
「審判も奴が人間だと言っている。認めるしかないだろうな。あいつは素手でパイルを撃つような馬鹿だ」
「ハッ! そういうお前はハードダガーじゃねえか。まだ貧乏暮らしを続けているのか?」
「刑務所よりは上等だ」
「いいや、刑務所のほうが上等だったぜ? お前もパイルに宗旨替えしたほうがいいんじゃねえか?」
「パイルは硬質じゃない」
「おい……言葉に気をつけろハードダガー……いくら手前でも……当たれば死ぬぞ?」
「俺の俊敏値は高い」
「ふん……まあいいだろう。今の俺は追われる身。告げ口されればそこまでだ。だがパイルを馬鹿にされたままでは俺とて気が済まん。俺と戦え、ハードダガー」
「まだ硬質ダガースピナーが止まっていない」
「何だそれは」
「中にベアリングが入っていて、回すためのものだ。もうじき止まる」
「なら、それが決闘開始の合図だな。場所は<デスバレー>だ。このウェイトレスは人質にもらっていくぞ」
「きゃーーー」
「あ、お姉ちゃん! お姉ちゃんを取り返さなきゃ!」弟は取り乱すが、男はその体を引き留める。
男はただ待っていた。硬質ダガースピナーが止まる、その瞬間を。
名前が良く分からないあの丸まった枯れ草が、砂と共に風に飛ばされる。
俺たちは雰囲気で決闘をしている。
俺はニュータイプだから雰囲気でこの決闘の総てがだいたい理解できる。
そんな現実逃避に走る弟だったが、現地に着いて考えが変わった。
死の渓谷<デスバレー>。それは一歩踏み外せば、奈落へと続く片道切符。落ちれば死ぬ高さと、落ちて死んでいったであろう低さを兼ね備えた、まさに高低差のある地形。
「こんなところで、俊敏さを発揮できるのか?」弟は疑問に思う。
「俺は強い」男はずんずん進む。
そこには、岩に鎖で繋がれた姉と、ナインパイルが居た。
「よく来たなハードダガー! そして死ね!」
当然のように繰り出されるパイル。粒子を散らして迫るその一撃を、男はさらりと躱す。
「回避壁だ」男は応える。
「一本目は避けたか。だが合計9本だぞ? 全部避けられるかな?」
「俺の俊敏値は高い……それに、今のでだいたい覚えた」男は余裕の表情を浮かべる。
「そうかよ! じゃあ死ね!」
その瞬間。キンタロアメめいて切り刻まれる二本目のパイル。キラキラと宙に浮かぶ、硬質ダガーの替え刃。
「硬質ダガーだ」
「残り……7本ってわけか。いいだろう。手前には俺の全部を、ありったけをぶち込んでやる!」
またしても、キンタロアメめいて切り刻まれるパイル。パイル。パイル。これで、残り4本。
だが硬質ダガーの切れ味は徐々に鈍り、替え刃は減り、リロードするタイミングは無かった。
男は肩で息をしていた。
「ハハハッ! どうやら俺の勝ちみてえだなぁ! 俺は手前をぶっ殺し、もう一度シャバに返り咲いて、褐色の美女をはべらせて、高い酒を――」
「ハードダガー! 新しい硬質ダガーだよ!」姉を助け出した弟が、もしものためにと預けられていた二本目の硬質ダガーを投擲する。男はこれをキャッチ。
(まさか……手を抜いていやがったのか……全てはあのガキがウェイトレスを助け出すまでの間の……時間稼ぎのために……)
男が受け取った硬質ダガーには、一つまみの塩が振られていた。
高握力。高握力。
最大火力――硬 質 一 閃。
「言わなかったか?」
奈落に落ちていく、ナインパイルを見下ろして、男は言った。
「俺は強い」