煩
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「あれ? 追いかけてきてくれたんですか? うーん、わかりました! 見知らぬところで寂しいでしょうしね、一緒にいてあげます! そうですねぇ、ゆっくりお話もしたいので私の家に行きましょう!」
といった具合に勝手に話が進んでしまい、現在幽霊少女と二人で彼女の家に向かっている。
未だに彼女の素性は自称幽霊ということしか知らない。しかも足は地面についているし身体も透けていない。つまり幽霊というのは彼女の妄想。そんなのについていくなんて我ながらバカだと思う。しかし今のところ手掛かりは目の前の彼女しかいない。ならば危険だとしてもついていく以外選択肢は存在しないだろう。
「それでどこから来たんですか?」
突然の核心を突いた質問に右頬が引きつる。嘘を吐いても仕方がないので正直に話すことにした。
「それがわからないんだ。記憶が混濁してるっていうか。自分が誰かとかはわかるんだけど、ここに来るまでの記憶がない」
「ああ、それなら珍しいことじゃありませんよ? ドーーンって来たんじゃないですか?」
「は?」
「だからドーーンって来たんですって、バーーンって通ってドーーンって」
この少女は何を言いだしたのだろうか。意味の分からない単語を並べてしゃべっているのだが、これは説明しているのだろうか。それとも俺の聞き間違いか。
「えっと、もう一回いいか? 俺はどこからどうやって来たんだ?」
「あれ? 住んでたところは覚えてないんですか?」
「いや、それは覚えてるが」
「じゃあ、そこからバーーンと通って、ドーーンってここに来たんですよ!」
どうやら彼女は要領を得ない上に説明に擬音を多く用いる擬音族らしい。同族でないものに解読は不可能。まともな説明を聞けるとは思わない方がいい。他に人がいればそちらに聞く方が余計な苦労がなくて済む。いなかった場合は自分で調べるしかないが。
「あー、やっぱいいや。それより他に人っているか? 大人とか」
「いますよ。むしろ二十歳以下は私を含め四人しかいません。そういう世界なんで」
彼女はまたおかしなことを言いだした。子供が圧倒的に少ない世界? 少子化だろうか? それ以前に世界? 町や村などではなく?
しかし今までの発言からするにまともに取り合う必要はないだろう。よって余計な発言は置いておくとして、他に人がいることがわかった、僥倖だろう。普通に説明ができる人間がいるかもしれないこと、そして俺を閉じ込めたやつが存在するという可能性が大きくなったことを示す。
「どうしました? 他に何か心配事でもありましたか?」
「心配事なんか山ほどあるわ、お前のことが大半だがな」
思わず口に出てしまった。
「ひどいです! 私はゲームで言ったらナビゲーター役の妖精みたいなものですよ!? それを心配事扱いなんてあんまりです!」
耳元で思いっきり怒鳴られる。耳が痛い、こんなナビゲーターがいてたまるか、などと文句の一つも言いたかったがそれよりも彼女の息が耳にかかるのに意識がいく。冴えない俺には少々刺激が強い。
俺が固まり、彼女がそっぽを向く、二人の間に数瞬沈黙が流れる。
「あの、えっと」
先程まで元気そうだったのに急にしおらしくなってしまった。どうしたのだろうか。彼女を観察してみると、何か話しかけたいのだけれど困っているような……、そうかまだ互いの名前すら知らなかった。確かにそれでは呼びかけるのに戸惑うだろう。ここは一つこちらから打って出るべきだ。
「あー、そういえば自己紹介まだだったな。俺は黒見一夜。十七歳。好きなものは本」
自己紹介なんてそうそうやる機会がないため少し気恥ずかしい。勢いで好きなものまで言ったのは愚策だった。
「私は白上美月です! キョウネン六歳、現在十七歳で、好きなものはいちごみるく飴です!」
「は? キョウネンって」
彼女は上機嫌なのかスキップに鼻歌を携えながらかなりのスピードで先を行ってしまう。もちろん俺の声は届かない。……さっきのは聞き間違いだよな?
底知れぬ不安感をぬぐいきれぬまま俺は彼女の後を追うため走った。