始
声が聞こえる。
男なのか女なのかわからない。そもそも人間なのか、それすら定かではない。
「”あれ”は君の望んだ死か?」
何を言っているのか理解できない。しかし得体のしれない何かが早く答えろと僕を急かす。
質問の意味も意図も読めない。それでも、ごく自然に言葉を紡いだ。
「いいや、僕は死なんか望まない」
一瞬の間。
「そうか――ならば行くといい、一夜」
EP1 遭遇
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幕間:離別の魂
二つの命が生まれ落ちた。
二人は何の疑問も抱かず長い間離れなかった。
まるで兄妹。
まるで姉弟。
まるで恋人。
まるで親子。
それほどまでに欠けることはありえなかった。
しかし互いに対する感情を理解するのには幼稚すぎた。
表現するのにはもっと幼すぎた。
それの正体を知ったとき
既に全ては奪い去られ
互いの姿さえ見つけることは叶わなくなっていた。
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1
急激に意識が覚醒する。身体中が痛い。特に頭。
視界が真っ暗だ。瞼が降りていることに気づく。
そのことを意識した瞬間、様々な情報が流れ込んできた。鼻からはどこか懐かしいような雨のにおい。手からは少し湿った布の感触が伝わってくる。しかし雨粒が身体を打つような感覚はない。
不安ながらもゆっくりと目を開ける。見えたのは黒い壁……いや、空か。どうやら仰向けの状態だったらしい。布団のようなものに寝かせられていたが布が薄くて直に地面を背中に感じる。軋む身体を庇いながら、これまたゆっくり起き上がる。
周りを見渡すがまったく見覚えのない景色だ。視界が全体的に薄暗い。自分の目がおかしいのではない、この世界がおかしいのだと直感的に悟る。その拍子にある疑問にぶち当たった。
「ここは……どこ?」
初めて見る赤い地面に初めて見る黒い空。何もかもが記憶の一片にすら存在しない光景だ。加えてわからないことがもう一つ。僕がなぜここにいるのかだ。……思い出せない。
「まさか、記憶喪失?」
不安になる気持ちを抑えながら頭の中に浮かんだ自分自身の情報を口に出してみる。
「名前、黒見一夜。年齢、十七歳。誕生日、七月二十六日。身長、一八〇センチ。体重、六〇キロ」
どうやら素性については羅列するだけの記憶はあるらしい。その他の記憶にも思い出すことに支障はない。この場所に来る直前だけ思い出せないということになる。
服装を確認すると、高校の制服を着ているし、上着の右サイドポケットには自分の顔写真が張り付けられた学生証を発見した。記憶と合致するため自分の認識に間違いはないはずである。
さらに頭が痛くなる。おそらくこれは事実ではなく、僕の思い込みなのかもしれない。何もわからないことによるストレス。それがこんなにも気持ち悪いことだとは思わなかった。吐き出してしまいたい。胸のあたりで渦巻く意味のわからない感情が抑えきれない。
「なんだ、何が起こった?」
焦る気持ちを無理矢理押さえつけようと早足に数歩歩いてターンを繰り返す。
「どうしてだ? 原因、要因? わからない、わかるわけない」
頭痛だけでなく耳鳴りまでしてきた。痛みに耐えられず膝をつく。これも思い込みか、それとも……
「一体これは、何なんだよ!」
よくわからない感情をぶちまける。誰に向けたかもわからない質問らしき叫びは当然のことながら何物にも回答されることなく静寂の中へと溶けていった。
――――――――――。
ん、しかしこんなところで油を売っている暇はない。ここがどこか調べるにしろ、元いた場所に帰るにしろ、行動を起こさないことには何も発展しない。
「とにかく歩いてみるか。もしかしたら人がいるかもしれないし!」
自分を奮い立たせるように言い放った言葉を耳で受け止めながら、膝を立て鋭く立ち上がった。