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退廃の天使(prototype)  作者: 笹井結奈
第一部 小学生編
9/13

第九話 意馬心猿

 霜月 二十日 日入にちにゅう


 地面にはあかがぶちまけられていた。暗い闇にとごる緋のおり。そこへと、ぴちゃり、ぴちゃりと水音を立てながら歩み寄る。

 少し離れたところには黄色い靴を履いた脚が落ちている。


「どうした? あがなわせるんじゃなかったのか?」


 達磨だるまになった状態で地面に臥すニンゲンへと声をかける。

 しかし、返って来るのは呻き声ばかり。流石に四肢をもがれた状態では生命維持もままならないか、と遅ればせながらも気が付いたので止血と痛覚遮断をして、改めて問うた。


「お前は何者だ? 何故私を攻撃した?」


 私は男の前でしゃがみ、髪を掴んで顔を上げさせた。その際に小さく声を上げていたが、コレは日本人特有の痛くないのに、いたっ! と言ってしまう例のアレだろう、故に黙殺する。だが、そんな呻き声の後に言葉が続いた。


「……くそっ、ぶっ殺してやる」

「ほう、その状態でまだ悪態を吐くのか」


 男の意志を折るために、痛覚遮断のレベルを下げる。すると再び苦悶の表情を浮かべる男。


「もう一度聞く。お前は誰で、何故私を攻撃した? 組織の命令か?」

「……組織からの命令なんて受けてない。さっきも言っただろ? 俺はアニキの仇討ちをしに来ただけだ」

「ああ、さっきのは仇って言ってたのね」


 何か納得した様子のこいし。

 どうした? と視線を送れば、返って来るのは何でもないという視線。そんなこいしの視線を受けて思ったのだが、こいしはこの状況をどう思っているのだろうか? 一応一般人ではないとは言え、私は他人を傷付けている訳だ。ちらりとこいしの方を見やるが、その表情に変わりはない。まあ、何も言ってこないという事はいいって事なんだろう。沈黙は肯定ととろう。

 さて、後はこの男の扱いだな……


「まあ、お前の独断専行であるなら問題無いな」


 そう言って取り出したのは一枚のコンパクトミラー。言わずと知れた便利収納グッズだ。それを男に向けると、全てが吸い込まれていく。胴体、脚、腕、そしてぶちまけられた血さえもが収納された。


「よし、帰るぞこいし」


 そう言って歩き出す私。うん、いい夜だ。何故だか太腿の辺りが湿っぽいが気の所為だろう。私が濡れる要素なんて一つも無かったからな。


「……ありす、そんなかっこで歩いていたら警察官とお話しすることになるわよ?」


……何でだ? この国には髪形・服装の自由があるじゃないか。私のゴスロリを国家権力に抑する事なんて出来ないはずじゃあ……


「えーと……スカートの裾、真っ赤よ?」


 スカートの裾、真っ赤? 言われた辺りに手を持っていくと、生温かく、ぬるりと少しの粘性を持った液体が手に付いた。 その液体は鉄の様な生臭い臭いがする。手で服を触ってしまわない様に身体から離し、身体を捻って尻の方を見る。すると、スカートの裾の白いフリルが真っ赤に染まっているのが見えた。

 この惨状の原因として思い浮かぶのはあの時ーー男の髪を引っ張った時だ。

 あの時のしゃがんだ拍子に裾が男の血に浸されてしまったのだろう。いやしかし、濡れた衣類が脚にぺたぺた触れてくるのはいい気分ではないな。何度も触れる事によってタイツにまで染みてしまった様だ。太腿の辺りがじっとりと濡れてきている。


「全く、乙女の純白を血で穢すとはいい度胸じゃないか」


 思わず漏れた言葉だ。そこに本意も無ければ他意も無い。

 ……だと言うのに反応をして来た変態が一人。


「何だか文字に起こすと卑猥な表現ね」

「……何を考えているかは知らんが碌な事ではない事だけは分かったからな?」


 たく、と呆れの色を滲ませた言の葉を紡ぎつつ、スカートの裾を摘んで持ち上げた。目視出来ないと『収納鏡』を使えないからな。別に誘ってる訳じゃないからな? だからそんな目でこっちをーーなっ!? よ、寄るな! その気色悪い手の動きを止めろ!


「きゃんっ!?」


 こいしに抱き抱えられ、私は強引に木陰へと連れ込まれた……


 霜月 二十日 黄昏こうこん


 所変わってここは私の部屋。血で汚されたスカートは洗濯中で、今の私は部屋着、ワンピースだ。部屋着であるからこのワンピースにはごてごてした装飾は付いていない。青っぽい白の無地で、首元に紐ネクタイが付いているだけのシンプルなモノだ。部屋はリラックスするべき所だから妥当な服装だな。

 対してこいしはと言うと、余所行きの服を着て私の目の前で正座中だ。


「まあ、警察から私を隠した事には感謝してもいい……だがなこいし、その後お前は何をしようとした? ん?」


 腕を組み、ゴミを見る目で見下す。目下のこいしに昨日までの威厳は欠片もなく、受けるのは小娘相応の印象だけだった。完全にキャラ崩壊だな。クールなペルソナはどこかに置いてきてしまった様だ。


「……えっと、汚れちゃった服を脱がしてあげようと……」

「……成る程、お前は野外で幼女を裸にひん剥こうとする変態だったのか……万死に値するからな?」

「すっ、すみませんでした!」


 土下座。日本においての最高の謝罪形態であるそれをこいしはとっている。地に額を擦り付け、誠意を示す。そんなこいしの頭を足蹴にしながら、『収納鏡』から『譎詐の鏡』を取り出した。


「おい、異界に行くぞ。顔を上げろ」


 足を下ろし、立てた姿見にもたれかかる。正座に戻ったこいしを見下すが、堪えた様子は微塵もなく、それどころか心なしか嬉しそうだ。やはり、こいしは変態なんだな。同性愛にペドフィル、マゾヒストか……実に倒錯しているな。別に嫌ではない。むしろ良いぞ。私は自身を含め倒錯者は大好きだからな。私が成長していれば相手をしてやってもいいんだが、いかんせんこのなりだからなぁ……

 まあ、そんな事を口に出したら付け上がるのが目に見えているので言いはしないがな。


「異界? 何でよ?」

「手に入れたいいモノを見せてやろう。後は……お前への罰を兼ねた戦闘訓練だな」

「え゛っ?」


 強化した身体能力でもってこいしの襟首を掴み、『譎詐の鏡』の中へ投げ込んだ。無様な体勢で鏡に突っ込むこいし。


「わ、わ、わ!?」


 さて、私も行くか。あ、その前に着替えなければ。今着てるのは部屋着だからな。ゴスロリ着にいかないと……


◇◇◇ 


「遅いじゃない」


 なるべく早く着替えて向かったつもりだったが、待たせてしまったらしい。こいしはテーブルに椅子、そしてティーセットまで出して優雅に茶を嗜んでいた。


「すまんな、部屋着で外に出たくないんだ。それより、そのティーセットはどうしたんだ?」

「ああ、これ? これは私が異能で創造したのよ。この異界は私の世界だから生物以外だったら好きに出せるわ」

「へぇー、じゃあ白金を作って換金とか出来るのか?」

「いきなりお金……もっと小学生らしい願いとかないの?」

うるさいな、私はリアリストなんだ」

「ああそう、随分とロマンチックなリアリストもいたものね……でも残念なことにここで作ったものは外には持ち出せないわ」

「ちっ、使えないな……ああ! そうだ、ここで美味いモノを食えばいいんじゃないか? 正しくデザートを別腹に出来るんじゃないか?」

「ーーその発想はなかったわ! 早速やりましょう! 出すのは……さっき食べたケーキでいいかしら?」

「ああ、いいぞ。やってくれ」


 これが出来れば好きなだけ甘いモノを喰らえるぞ。糖質は健康への影響が大きいからな。摂り過ぎても、摂らなさ過ぎても駄目とはこれいかに。自由に飲み食いをしたい。

 私は甘いモノと可愛い女の子が大好きなんだ!

 ……っと、興奮し過ぎたな。

 だが何にせよ、この方法が確立されればもっと退廃的な暮らしが手に入るな。と、取らぬ狸の皮算用をしていた所、爽やかな香りに食欲を刺激された。テーブルの上を見ると、金縁の白い皿の上に金色の宝石が乗っている。ああ、美味そうだ。私はもう一つ高めの椅子を出してもらいそこに座った。


「上手くいったじゃないか」

「ええ、それじゃあ食べてみましょう」


 頂きますと唱和し、フォークを手に取りその黄金を切り分ける。その黄金の欠片をフォークで口に運び、そのままぱくりと……


 まずいーー!


 私達は奇しくも再び唱和する事となった。


 いや、殺人的な味だな……

 上に乗る黄金の果実は酸味と苦みのバランスがめちゃくちゃで酢漬けの渋柿みたいな味がするし、ナパージュは粘度、糖度が高過ぎで、口の中にまとわりついてきて実に不快だ。

 ……というか、何で渋柿の酢漬けなんて知識があるんだ? この経験の持ち主、奇特すぎるだろう……

 取り敢えず、紅茶を口をすすぐ様に飲み干した。流石にこのままでいたくない。後味が悪すぎる。


「まず過ぎるんだが?」

「あはは、おかしいわね? 紅茶はちゃんとしてるのに……」

「……こいし、料理は?」

「一切できないわ!」

「自慢出来ることじゃ無いからな!? ……取り敢えず、明日から料理の練習な」

「……はい」


 もしかしたら、こいしの料理の腕が上がる事によって作成物が美味くなるもしれないからな。要検証だ。

 残った黄金改め黄銅鉱は紫電にてきっちり焼却しておいた。や、『鳴神』は便利だな。

 紅茶のおかわりをもらって一息つく。紅茶は美味いのに何であんな悲惨な食べ物が出てきたのかは謎だ。


「ふう、酷い目に遭った」

「面目もありません……」

「まあいい、今回は不問とするーーっと話が逸れたな。今回ここに来たのはデザート食べ放題計画ではなく、此奴の事だ」


 『収納鏡』から先程の男を取り出した。一々汚されたら敵わないので身体は全て修復してある。放り出され、重い音を立てて落下した男。意識があれば呻き声をあげたり、苦悶の表情を浮かべたりするだろうが、意識の無い此奴にそんな動作はない。意識はすでに異能で奪ってあるから今のコイツは文字通り只の人形だ。


「いいものって、これのこと?」


 男を見て心底不思議そうな声を上げるこいし。素でヒトをこれ扱いをするとは酷い奴だな。それとも此奴が何かをして二人の仲が険悪なのか? だとしたら許せんな。こいしは私のモノだ。


「いや、違うぞ。こんな外側になんか用は無い」


 男に近づき、手を胸の辺りにあてーー

 ふっーー気合と同時に手で胸を貫いた。


「あっーー」


 こいしの短い悲鳴が聞こえた。私の腕が男の胸を貫通しているんだ。それは驚きもするだろう。探るように暫く腕を動かした後、目的のモノを見つけた私はそれを掴み、一気に引き抜く。

 ぶしゅり、と血が吹き出す事もなく、私の腕も白いままだった。


「ああ、コレだ。コレがいいモノだ」


 取り出したのは一本のナイフ。全てが鈍色で構成されたくすんだナイフだ。


「い、今何をやったのよ……? 確かに胸を貫いて……」

「別に肉体を傷付けてはいない。相手に干渉して強引に内的世界に入り込んだだけだ」

「な、なるほど」

「む、分かっていないな? お前にも出来るはずだぞ? 相手の内的世界を中和するだけだ。ほら、胸を貸してやろう。やってみろ」


 腕を開いてこいしを待ち構える。こいしはおずおずといった様子でゆっくりと手を伸ばし、私の胸に触れた。


「ああ、そのまま挿れればいい」


 が、一向にこいしの腕は入ってこない。

 言うは易し、行うは難し。という事か。仕方が無いのでこちらからこいしに合わせてやることにした。

 内的世界を少しこいしの世界に近づける。するとぬぷりといった感触と同時にこいしの手が私の内へと入ってきた。


 近接相で相対する私達。私の背が高ければ息のかかる距離だ。後ろから見れば抱き合っている様にも見えるだろう。横から見れば恐怖の光景だが……

 と、こいしが腕をぐりぐりと動かしてきた。それによって内臓を掻き回されるような不快な感覚が腹の底から打ち上がってきた。


「……っあ、こいし、動かないでくれ……少し、痛い……」

「……あっ! ご、ごめんなさい」

「ーーやめっ! だから、うごくなっ、てーーうあ……」


 集中力が切れ、こいしを弾き出してしまった。


「はぁはぁ…………下手くそ」

「うっ、だってしょうがないじゃない。普通の人はこんなことできないわ! 相手の内的世界に入り込むなんて信じられない! 下手したら相手に飲まれちゃうわよ!」

「その発想は無かったな。内的世界に入り込む、か。今度試してみるか。でも私の中に挿れるのか……なら、可愛い子じゃないと駄目だな」

「それならここにいるじゃない」

「お前は痛くするから嫌だ」

「そ、そんな……」


打ちひしがれ、跪き首を垂れている。

なんだ、そんなに私の中に入りたかったのか? どうでもいいが、言葉にすると狂気を感じるな。

だがまあ、内的世界探検はまた今度だな。まずはこの手の中にあるなまくらナイフのお話だーー

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