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退廃の天使(prototype)  作者: 笹井結奈
第一部 小学生編
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第五話 行尸走肉

 霜月 二十日 日出にっしゅつ


 『雷光』私の部下である彼は戦闘力だけで言えば、『ロ級甲種』の力を持つ異能力者だ。

 ありすの計画を聞いて私はありすへの当て馬に彼を選んだ。戦闘狂の気がある彼は、命令違反、独断専行、協調性の無さ等によって位階を著しく下げていた。だから、彼の総合位階は『八級甲種』だ。ハ級である彼ならばありすの提示した弱い奴、という条件に合致する。ありすの異能によって縛られている私に出来る細やかな反撃がこの人選だった。

 ありすは『翻転ほんてん』してからまだ日が浅い。だから、強くてもまだ弱い。そこで、単純戦闘能力の高い彼ならばありすを打ち倒す事ができるのではないか。まあ、希望による補正が多分にかかっていた気もするけれど、私はそう予想していた。

 彼女の戦闘スタイルは後の先を取るものだ。相手が自分の領域の中に踏み込むのを待ち、有効圏内に入った瞬間に異能によって拘束する。だから、『雷光』とは相性が悪いはずだった。彼は異能によって高速移動、範囲攻撃、超高出力攻撃すら可能で、どれもありすには対処の難しい攻撃のはずだった。


 鈍い音が聞こえた。どうやら先制した彼が弾丸のように飛び出し、ありすに掌底を撃ち込んだようだ。それをありすは防御をせずに受けた。酷いダメージは免れないはず。なのに、ありすは一切ダメージを受けていない様子で、ケロッとしていた。


 『雷光』であってもありすに傷一つ付けられない。


 私は眼前で繰り広げられる戦いを観て予想を改めざるをえなかった。

 ……そして結局戦いはその予想通りの結果に終わってしまった。


「こいし! 例の物はできたか?」


 飛び跳ねながら手をぶんぶん振って、ありすがこちらに呼びかける。


 異能を行使する事がどういう事か教えてやろうーーありすはそう言っていた。確かにそう言うだけありすは強かった。それこそ七歳とは思えないほどに。そのせいで私の疑問は募るばかりだ。

ああもう、私はどうしたらいいのよ……?


  ◆◆◆


「全く、遅いぞ。呼んだらすぐに来い。……それで、例の物は?」

「勿論、完璧に仕上げたわ」


 はい、と手渡されたのは二枚のコンパクトミラー。一枚が黒。そしてもう片方が白色だ。わかっているとは思うが、これらは只のコンパクトミラーではない。その只ではない部分の説明を視線で促した。


「収納したい物に鏡面を向けて、念じれば異界へと送りこめるわ。鏡面以上の大きさの物も収納できて、容積は地球一つ分ほどね。鏡の中の世界全てを贅沢に倉庫に変えたから、実質無限ね」

「へぇ、希望以上の物だな」


 ミラーを開き、鏡面を覗き込んでみる。が、そこに私のかんばせは映らなかった。代わりにそこに映るのはどこまでも続く回廊だけ。

 その回廊の両端には棚が作られており、その切れ目にある燭台の火がチロチロとした影を床に落としていた。

 私は鏡面を倒れている彼に向け、念じた。すると、実像の世界から彼の姿は掻き消え、虚像の世界に幽閉された。


「成る程、こう使うのか。それにしても、よかったよ。こいつを収納したいとだけ念じても、ちゃんと服まで収納されるんだな」

「そうよ! その式を組むのがすごーく大変だったんだからね! もっと労わりなさい」

「ああ、助かったよありがとう」

「私はちゃんと仕事をこなしたわ。それに異能の使い方も分かったわ。だから彼を解放しなさい」

「何を言ってるんだ? その話はまだこれからだぞ?」

「へ?」


 私の言葉に惚けた面を晒すこいし。


「その話は家に帰ってからだ。それにそっちの調子も確かめたいしな」


 私はこいしが脇に抱えている姿見を指して言う。


 こうして私の初戦闘はつつが無く終了したのだった。




 霜月 二十日 食時しょくじ


 ところ変わってここは私の部屋。小学一年生らしい、殺風景な部屋だ。この歳ではまだ周りに示す自己も無く、部屋に私という個人が現れていない。


「さて、もう一つの方はどうだ?」


 私は姿見の前に立ち、右手を前にかざす。


「さあ、『譎詐の鏡けっさのかがみ』よ! 私を異界へといざない給へ! 」 


 しかし、何も起こらなかった。


 暫く立ち尽くす。と、背後から笑いを我慢する様なくぐもった音が聞こえてきた。


「……ぷっ、ダメ、我慢できない……あははははーーほ、本当にやるなんて」


 ……謀られたのか。


 よし、殺そう。


 するりとこいしの背後を取り、抱え込む様に手を回し、胸の辺りを掴む。そのまま両手を引き絞り、頸部を締めていくが、いかんせん身体の大きさと力が足りない。締め落とすのなど夢のまた夢。あっさりと抜けられた上に、押し倒され立場が逆転してしまった。


「送襟締……? どこで覚えたのよ、こんなの。それに遊びで技なんかかけちゃ駄目よ……そんな悪い子にはお仕置きが必要ね」


 こいしの指が頬をなぞる。なぞる様に撫ぜる様に愛撫され、私の柔肌が蹂躙される。


「ひあっ!? あ、あは、あははは、あははははーーや、止めろ! くすぐるんじゃない! ーーて、おい貴様どこを触ろうとしてる、スカートの中に手を入れるな!」


「いやいやって言いながらも、実際は喜んでる癖にっーー!?」


 蒙昧なことを言うこいしの後頭部に辞書を引き寄せ、ぶつけてやった。それにしたもこいつは偶にトリップするな……昨日はあんなに刺々しかったのに今日はこれだ。気をつけないと危険だな、主に私の貞操が……

私はこいしの下から抜け出し、部屋の中だからと脱いでいた上着を羽織った。


「何時まで寝てるんだ? 早くこれの使い方を教えろ」


 倒れているこいしを足蹴にする。中々起きないので体重を乗せて思い切り踏んでやろうかと思った矢先、彼女は口を開いた。


「これもコンパクトミラーと同じよ。触れて念じるだけ」

「ならば、最初から言え」


 吐き捨てる様に言って、鏡に触れる。


「さあ、『譎詐の鏡』よ! 私を異界へ誘い給へ! 」


 今度はちゃんと成功した。


◇◇◇


 一瞬の浮遊感と酩酊感の後、私は白く白い、病的なまでに白い空間に立っていた。

 壁、床には一辺一メートルのマスが描かれている。数えてみるとマスは百ほど描かれているのでこの部屋は一万平方メートルあるらしい。坪で数えると三千二十五ほどか。


「高低差を作ったり、遮蔽物を置いたりもできるわ。戦闘用のダミーも生成可能ね」

「便利な異能だな。それじゃあこの部屋を半分に区切ってくれ……ああいや、透明ので頼む」


 五十マス目の辺りをノックしてみる。手はすり抜けず、コツコツと反作用を感じることが出来た。


「うん、これなら問題ないな」


 コンパクトミラーを取り出し、今度は収納ではなく解放をする。見えない壁の向こうに一人の男が倒れた。


「先ずはお前たちの組織についての情報を抜きたい。涼風堂で私にやったように頭を覗いてくれ」

「読心をするの? 言っておくけど、あれは私の能力によるものじゃなくてこの道具を使ったのよ? あと、キミが書かなかった契約書もそう。全部副長が導入したものよ」

 

 そう言ってこいしが渡してきたのは一切れの紙だった。それは只の紙であるはずなのに、どこか私には覚えがあった。


「でも、彼の一番高かった時の位階でさえ私と同じよ? 特に目新しい情報なんて持ってないと思うけど?」

「それは試してみなければ……て、こいつは脳筋なのか? 頭の中、戦闘に関する事で一杯なんだが……」

「それは仕方ないわ。彼はそれで位階を落とされたようなものだもの……ほら、これでもう彼は必要ないわね。解放しなさい」

「いや、まだ本題が残っているだろ? それじゃあ、異能の行使がどういう事か、教えてやろう。それで、たしか異能は使えば使う程強くなるんだったか?」


 背中越しに問いかける。


「え、ええ、そうよ。上はそう言ってたわ。だから異能は沢山使うようにとも」

「こいしはそれに従ったのか?」

「いいえ、異能を使うと段々気分が悪くなるから沢山は使っていないわ」

「そうか、よかったな使わなくて」

「どういうこと……?」

「見ていればわかる」


 目の前の男を支配下に置く。こいしの母親にした様な命令を与えるだけの支配ではなく、私自身が直接操る支配だ。寝ている身体を立ち上がらせ、彼の異能を使い始める。慣れてきたので出力を上げ、この世界を彼の世界に書き換えていく。

 ただ異能を行使するだけというのは手持ち無沙汰で暇なので、こいしへの説明も同時にこなすとしよう。


「ヒトっていうのは誰しも一つは内的世界を持っている。その世界では自分が法則で自分が本質だ。例えばそうだな……内的世界に発火能力があるとしようか。すると、内的世界でそいつは火を起こす時にマッチを使わないはずだ。発火能力でつければいい訳だからな。でも、外的世界じゃあそうはいかない。だが、内側のパラダイムを外側にも適用すれば? そうすれば外的世界でもマッチはいらなくなる。が、しかし、これを繰り返してみろ。いずれどこが内側でどこが外側なのかわからなくなるんだ。要するに内と外の境界がなくなってしまう訳だ。そうなった者がどうなるか、分かるか?」


 話しながらも私は異能の行使を止めさせない。後ろを見ずとも、こいしが彼を食いいる様に見ているのがわかる。彼が起こすスパークが一層大きくなった時、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。


「……そうなったら、どうなってしまうの?」


 尋ねる声が震えている。まあ、仕方もない。自分にも関係する至極重要な事柄だ。緊張し、焦っているであろうこいしが理解し易いようにゆっくりと告げる。


「それはもうヒトではないーー只の『化物』だよ」


 私が言い終えると同時に轟音が響いた。まるで雷が落ちた様な音と光。回復した視界が捉えた壁の向こう側に男の姿はなく、代わりに光の巨人が立っていた。


「雷の巨人……『鳴神』、とでも仮称しようか」

「何、アレ……?」


 隣で震えた声でこいしが尋ねる。


「異能力者の成れの果てだ。内的世界が『翻転』し、奴の周りは異界と化しているぞ……というか、お前達ってこういう『化物』達から常人を護ってるんじゃないのか?」

「……私、こんなの知らないわ」

「ふうん……異能を使わせて『化物』を生ませ、それを退治する。そしてその過程でまた『化物』が……という様なマッチポンプをしていた訳ではないのか……」


 振り返って見ると、こいしは顔面を蒼白にして、少し震えていた。心なしか呼吸も速い気がする。私はそっと近づき、その手を取ってやった。 


「安心しろ、簡単にああなる訳ではない。もしそうだったら世界にはもっと『化物』が溢れているはずだろ? なに、限界を超えて異能を行使しなければ『化物』に成りはしないさ」


 宥めすかす様に優しく声をかけると、震えは少し治まった。包み込んだ手を少し引っ張り、こちらを向かせる。

 そして上目遣いで一言。


「じゃあこいし、アレ、倒してこい」

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