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退廃の天使(prototype)  作者: 笹井結奈
第一部 小学生編
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第一話 慮外千万

 霜月 十七日 鶏鳴けいめい


 どうしてこんな事になってしまったのだろう……

 今思えば変化の(きざしはあったように思える。

 とは言え、この兆しが私が今を知った事で過去を恣意しい的に歪曲させた為に生まれたモノなのか、本当にあったモノなのか、今となってはもう知るすべがないし、知っても意味がない。今更知ったところで溢れた水はもう返らないのだ。

 だが、なんにしても私は変化なぞ望んではいなかった。


 只々代わり映えのしない日常を怠惰に、それなりに幸せに過ごして行くコト。


 無常なこの世界において、この願いがどれだけ贅沢なモノかはわかっている。それでも願わずにはいられなかったし、のろわざるにはいられなかった。

 ……でもそれは叶わなかった。

 現に私の側には誰もなく、一人哀しみに打たれている。


「この世界は、無情だ……」


 私は床を流れる金色を見流しつつ、そう呟いた。


 霜月 十六日 食時しょくじ


「ありす、準備は出来た?」


 いっかいからお母さんのこえがする。そのこえにわたしは「はーい」とへんじをして、かいだんをかけおりた。


「ばっちしだよ、お母さん」


 いっかいにおりると、お母さんがおきがえをすませてまっていた。

 お母さんはすっごいいきれいな人で、わたしもあんなふうになりたいなぁっていっつも思ってるんだ。

 今日はそんなお母さんと七五三だからじんじゃにいくの!

 おきものっていうカワイイふくをきれるらしくって、とってもたのしみなんだ。


「早く、早くいこうよお母さん!」

「はいはい、そんな急がなくたって大丈夫よ。神社は逃げないわ」

「もう、そんなことわかってるよ。わたしはもう子どもじゃないんだからね!」

「そう、ありすは大人だったの? じゃあ今日からは一人で寝れるわね?」

「えぇ!? それとコレはべつだから!」


 うがー、とわたしおこってますアピールをするけど、お母さんはさっさと車にのりこんでしまった。おいていかれちゃうのはこまるから、わたしもあわてて車にのった。


「もう、ムシしないでよ!」

「あらあら、ごめんなさいね。でも、早くしないとお着物はなくなってしまうかもしれないわ?」

「うっ……それはこまるかも……」

「だからほら、シートベルトを締めて。出発するわよ?」


 おきものをきれなくなるのはイヤだから、いそいでシートベルトをしめる。

 ……でもなんだろう、なんだかうまくごまかされたきがする。

 まあいいや! 早くおきものきたいなぁ……


 お母さんとがっこうの話とかをしていたから、じかんがたつのは早かった。もう、じんじゃまでの半分をすぎたみたいだった。

 そこでわたしの目に気になるものがうつった。


「ねえ、お母さん。アレ、なに? あのういてるやつ、けん?」

「ああ、アレね。アレはアドバルーンって言うのよ。最近は見なくなったけど、まだあるものなのね。えっとなになに……二十%還元? へぇー帰り駅ビルに寄って行きましょうか」

「いいの? やったぁ! ……あれ? アドバルーン、きれいだったのになくなっちゃった」

「ありす? 何か言った?」

「んーん、なんでもないよ」


 ……残念だったなぁ。空色できれいだったから、もっと見てたかったのに……

 空色のアドバルーンに見とれていたからじかんがたつのは早かった。もうじんじゃにつくみたい。

 よし、色をえらべるんだったら空色のにしよう!


 霜月 十六日 隅中ぐうちゅう


「どうお母さん? カワイイでしょ」


 まっていたお母さんの目のまえでくるりと回る。するとこっぽりがこつこつとおとをたてて、空色のおきものがふわりとまった。

 なんだか楽しくなって、そのままくるくる回っていると目が回ってしまった。


「おっとと……」


 よろけてしまったわたしをお母さんがぽすりとうけとめてくれた。

 あー、あったかくてあんしんする……あれ、アドバルーン?


 お母さんのかおをみようと目を上にむけると、お母さんのあたまのうしろに、さっきの空色のアドバルーンがうかんでいた。

 それを見てわたしはさけんだ。


「あぶない!」

 

 さけぶとどうじに小さくジャンプしてお母さんのふくのむねのあたりをつかむ。あとはわたしの体じゅうがお母さんのあたまを下げさせる。

 そのすぐあと、わたしのうしろにガキリとおとを立ててアドバルーンがささった。お母さんはなにがおきたのかわかってないみたいだ。お母さんから手をはなして、じめんにささり、動かなくなったそれにゆっくりと近づいた。


 何故だか頭が痛い……

 更に、一歩、一歩と近づく度に頭痛が増してくる。おかしいな? 私は偏頭痛持ちじゃないはず。なんで急に頭が痛く?

 その地に刺さった剣まであと一寸ほどとなった所で、頭痛はその強さをまるで二次関数のように大幅に増した。強大な痛みが私の視界を霞ませる。


 だが、それでも私は歩みを止めない。


 わからない、わからないけれど私はアレに近づかなければならない。触れなければならない。そんな義務感に私は支配されていた。


「ぐ、うぅ……!」


 酷く長い時間に思えた。ともすれば永遠のよう。その実五秒とない時間の後、私はその剣に触れた。

 バチリ、と何が接続される感覚。その須臾しゅゆにも満たぬ間隔で私はコレがなんであり、今がどういう事態であるのか理解した。いや、理解させられたと言った方が正しいだろう。

 と、同時に何かが聞こえた。そう、絹を裂くような高い響き。どうやら私の発した音が空気と骨、その両方から伝わり鼓膜を揺らしているようだ。

 喉を傷つけながらも私は精神を壊さぬ為にも自身の意識を断ち切った……


 霜月 十六日 日入にちにゅう


「……ん」


 起き抜けの定まらぬ視界に蛍光灯の刺すような無機質な光が飛び込んできた。痛みすら感じるような光線、おまけに天井は病的なまでに白く、この場所全てが無機質に整っていた。

 目を擦りながら身体を起こす。

 右腕を顔に持って行った時、わずかな引っかかりを覚えたので視線をそちらに移すと、細い管が繋がっているのが見えた。さらにそれを辿ると、プラスチック製のバックがあった。

 どうやら私は点滴を受けているらしい。


「……?」


 それにしても何か違和感がある……私の腕ってこんなに華奢だったか?

 それに色も白い……


 ーーまさか! 長い間意識不明で寝たきりだったのか⁉︎ それなら肉が落ちたことも、色が白くなった事も説明できる……

 先ずは説明をーー


「えっ……?」


 ナースコールを取ろうと横を向くと、そこには窓がはめられているのが見えた。時刻は大体六時半。既に外は暗く、窓には外の景色が広がっているのではなく、内の虚像が映っていた。

 問題はそこに映った一人の少女ーー


「だ、誰だ。コレ……」


 十歳にも満たないであろう幼い顔。大きめの瞳に長い睫毛、小ぶりの鼻にぷにっとした唇、幼女特有の曖昧な輪郭。そして、外の闇に溶けるような緑の黒髪には天使の輪が浮かび、その毛先は水平に切り揃えられている。


 そんな、いみじくうつくしき少女が映っていた。


 私はこんな顔ではーーいや、何を思っているんだ? 私の顔はこれだろう。今日の朝も洗面台の鏡で見ている。

 そうだ、コレは私の顔だ。私の記憶では確かにーー


「ーーっ!?」


 そこで私は気づいてしまった。


 今の私の異常さに。


 私は小学一年生のはずだ。それがなんでこんなにもモノを知っている? こんなにも深く思考できる? それにどうして私を私ではないと思うんだ?

 そんな私の溢れる思考の波の中を揺蕩たゆたう知識。その中には私では知り得ないモノまで混ざっていた。


「ふふふ……あは、あははは、あははははは、あははははははははははははは」


 気づいてしまった私は狂った様に笑った。否、既に狂っていたのだ。知識を繋ぎ合わせ、知り得た真実。それは酷く可笑しいモノだった。

 どうする事も出来ない事に直面した時、ヒトはどうするのか?

 そんな時はもう、諦めて笑うしかない。だって、何かをしてどうにかなるのならば、それはどうする事も出来ない事ではないのだからーー

 まさに、今がそれだ。どうにもならない時はただ笑うしかない。


「ーーっ!? 先生! 西行さんが!」


 どうやら私の狂行に看護師が気づいたようだ。医師を呼び、こちらに駆け寄ってくる。


「大ーーーーか! 西行さー、ーかーーーーだーー!」


あれ? なにかをいわれてるけど、わからないや。

あ、お父さん! どうしたの? そんなにこわいかおをして。


 ーーいたっ!?


 ……なんだかひだりうでがいたいな……それにだんだんねむくなってきちゃった……おやすみなさい………………


 霜月 十七日 鶏鳴けいめい


 頭がぼうっとしている……

 消灯時間は過ぎたようで、部屋の電気は落とされ、暗闇の中に時計の針の蛍光塗料だけが浮かんでいた。霞みがかった思考から察するに、先程は鎮痛剤を打たれたようだ。でも、おかげで少し整理がついた。ほのかな灯りをぼんやりと見ながら私は私を考える。


 神社で雪崩れ込んで来た知識、それも男のモノによって、私の自己は確立されてしまった。七年という歳月の中、少なからず積み上げてきた私自身の自己というものは、押し寄せて来た圧倒的物量により一瞬にして押し潰されてしまった。

 そしてこの事によって多くの問題が発生した。

 例え齢七つであっても趣味嗜好は男女で大いに異なる。大抵は日々を過ごしていく中で自身の中にそれが育まれ、それが自然となる。だが、私はそうではない。私の中には、完成されたそれが既に存在してしまっている。

 人格はそのままに、参照する感性を全て一新した状態だ。これによって『わたし』はいなくなり、『私』が生まれることとなった。


 人格と感性が相反しているチグハグな自我。


 こんな歪な私は正常な世界の中では回れない。その事を自覚した時、私の中で何かが廻転かいてんした。

 花瓶、布団、椅子といった部屋の中に置かれた物が浮かび上がる。しばらくはそのまま浮かんでいたが、やがてそれらは重力に抗う術を失い、地に落ちた。落下の衝撃で花瓶が砕け散る。活けられていた黄色のスターチスの花は、水に乗り流れてゆく。

 それを尻目に私は呟く……


 「この世界は、無情だ……」


 私は水に乗り流れるスターチスを見流しつつ、そう呟いた。





スターチスの花言葉は「変わらぬ記憶」「愛の喜び」です!

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