メッセンジャー
新しい本が欲しいなら、普通にリクエストを出して待っていれば良い。学校のルールとしてはそれが自然だろう。
そう考えていた灯也の頭の中を覗いたかのように、薫子は頭を左右に振る。
「一般図書なら数百円、高くても数千円ですぅ。でも世間では専門書や学術論文は一冊数万円なんていうのもあるんですよぉ? それを繰り返し購入したら、どうなると思いますかぁ?」
浅雨高校での予算は、部活動だけではなく委員会にも配分される。部活なら自分たちの設備の充実は計るだろうが、委員会は違う。自分たちの設備プラス学校の為、生徒の為に予算を使用しなければならない。その為部活より多少多めに分配されているが潤沢ではない。予算が足りなくなれば学校から借金という形で補充してもらい、返済として来年度の予算が減る。廃れる事のない委員会で借金は後輩への重荷でしかないので、絶対に避けなければならない。
「なるほど、無暗にリクエストを受け入れたら借金地獄」
「その通りですぅ。緑化委員会さんは以前から一冊三万円くらいの本のリクエストが入ってましたから、今回の試合の要求勝利品はそれでしょう」
ため息とともに綾女が言う。
「確かに緑化委員会からのリクエストもあったけど、今まで話合いで解決してきたのよ。それをいきなり試合を申し込むなんて……」
「試合を仕掛けるのってリスクとかあるんですか?」
「菅野、よく考えてみなさい。何かを手に入れたいから勝負を挑む。そもそも欲しいものが無いのに勝負を挑んだ時点でリスクしかないわ」
仕掛ける側は、欲しいものがあるからリスクを承知で挑む。勝てば欲しいものが手に入り、負ければ罰として校内奉仕を与えられる。
仕掛けられる側は、勝てば良し。負ければ相手の要求を飲む。
「じゃあ、今回はウチにメリットは無いって事ですか?」
無いわね、と綾女は即答し司書さんを見る。
目を合わさない様に視線を下げる彼女を見て再度ため息。
「仕方ないわ。今回の試合は新入生の為の実戦経験としましょう」
前向きに切り替えて話を進める。本人も十分反省したので、司書さんも椅子に座り話に加わる。
「試合は再来週の日曜日、緑化委員会の予想人数は二十人前後、こちらは私と貴方」
綾女は自分と灯也を順に指さした。
●
一夜が明けて次の日、教室に入って自分の席に着く菅野に、友人の一人が近づいてきた。
「なぁ、噂なんだけど緑化委員会と試合するって本当?」
昨日の話が既に広まっている事を知り、誤魔化す必要も無いので正直に、本当だと伝える。すると様子を窺っていた周りのクラスメイトも、わっと盛り上がる。
クラス、学年で初の正式な試合、これに盛り上がらないはずが無かった。
「必ず見に行くからな」「菅野君ってあの図書委員会だよね。菅野君も、もう強いの?」
等々の質問がホームルーム開始まで飛び交った。
そして昼休みに突入した瞬間、菅野は教室を飛び出す。その理由は休み時間ごとに興味がある人が寄ってくる状況が続いた為だった。
購買部で何か買って図書館に行こうかとも考えたが、入学してからずっとそうだったので、気分で屋上に避難した。
購買部で買ったパンとお茶を持って屋上の扉を開ける。そこに広がっていたのは、幾分か近くなった太陽と青い空だった。屋上には何脚かのベンチが備え付けてあり、その一つに座り足を放り出す。暫く呆けた後、購入したサンドイッチの包装を開け口に運ぶ。
テリヤキチキンの味を楽しみながら、ゆったりとした時間を満喫していると、鉄扉が軽く音を立てて開く。
「菅野君も此処でご飯なんだ」
扉から現れたのは、楓だった。彼女の手には小さい布製の袋を持っていた。
「教室に居ると質問攻めだから」
「有名人だもんね。……隣、空いてる?」
ベンチの真ん中に座っていた菅野は左側に寄り、空いた右側に楓がストンと座る。
そして彼女は手に持っていた袋を開け、可愛い柄の弁当箱を取り出した。蓋を取ると色鮮やかなおかずが現れる。
自分の昼食と全く違う食生活に驚きながら、パックのお茶を飲む。
「そんなに見られたら恥ずかしいな。ほとんど手抜きのおかずだから」
そう言って箸で小さく口に運ぶ。
楓が弁当箱の蓋を閉じたのは二十分後、昼休みも後十分で終了するまでに迫っていた。彼女の昼食が終わったので、そろそろ教室に戻るだろうと灯也は残りのお茶を吸い上げる。
「あのね菅野くん、実は貴方に伝える事があるの」
「うん? なに?」
「図書委員会と緑化委員会の試合の詳細が決定した事を、生徒会役員の長坂楓がお伝えします。説明は後ほど」
恭しく礼まで付けた楓は笑顔で灯也を見る。
そこで灯也は、楓の言った意味を理解する。
生徒会は生徒同士の試合を全て管理する立場にある。事前に申請の無い試合、つまりケンカが行われ得た場合は強制介入と罰則を与える権限がある。事前申請があった試合の場合は、安全管理から審判までを担当してくれる。
楓は、その生徒会のメッセンジャーとして灯也の前に居た。




