かいもの
「土方さん!ちょっと待ってください!勝手にいなくなったことなら謝りますから!」
無言でずんずんと進んでいく土方さんを必死に追いかけながら声を上げる。人の多さも相俟ってまた遅れがちになってしまう。このままじゃまた迷子になってしまう。
「…」
すると少し先で土方さんが立ち止まる。
「はぁ…はぁ…」
「八雲」
私の名前を呼んで土方さんはこちらに手を差し出した。
え?いったい何?
土方さんの顔と手を見比べながらその意図を読み取ろうとする。
けれど土方さんはそんな私に焦れたのか私の手を引いてずんずんと歩いていく。
「土方さん!?」
「…またはぐれでもしたら面倒だ」
それだけ言えばどんどん歩いていく。けれどその歩調は先ほどよりもゆっくりで私に合わせてくれたのかと錯覚してしまう。揺れる髪の陰から赤く染まった耳が見えていた。
「土方さん。さっきの…」
「あ?」
「谷さんです。土方さん、あの人のこと知っているんですか?」
「…谷 潜蔵。お前がそう紹介しただろうが。」
「それは、そうですけど…」
けれど、あの一発触発な雰囲気と京を出ろという言葉が引っかかってうまく消化できない。
そんな私を見て何を思ったのかわからないが、土方さんは私の頭を撫でてきた。
「帰ったら詳しく話してやる。今は買い物を楽しめばいい」
「土方さん。そうですね。お土産も頼まれましたし」
「土産?」
「はい。沖田と平助には甘いものを、原田さんと永倉さんにはお酒を。近藤さんにも甘味を買っていこうと思っています。あ、井上さんには今日の夕飯で使うものをいくつか頼まれてきましたし」
「あいつら…」
あきれたような顔でため息をつく土方さん。
けれど、嫌がっている様子ではなく、我儘な弟に向けるような優しい顔だ。
土方さん、そんな顔もできるんだって少し驚いた。いつも眉間にしわを寄せて難しい顔ばかりで。
「お前は?」
「え?」
「お前は欲しいものないのか?」
まさか私が欲しいものを聞かれるとは思わずぽかんとする。
「なんだ、その顔」
「あ、いや…何でもないです。」
慌てて顔を逸らして市をきょろきょろと見てみる。
欲しいもの…。
着物、は高いし普段は男装してるんだから必要ないっと。
甘いもの、は近藤さんがちょこちょこくれたり、沖田たちと一緒に食べるから欲しいってはならないな。
お酒、は未成年だから飲まないし。
逆に欲しいものって言われても困る。
その様子をどう受け取ったのかわからないけれど、土方さんは私の手を引いて歩き出す。
そして、しばらく行くと女性が増えだしてきた。
ひとつの店の前で土方さんが立ち止まる。その店先には簪や紅、匂い袋が所狭しと並べられている。
「土方さん、ここは…」
と声をかけようとすればいくつか簪があてがわれる。
「えっと…あの…」
下手に動くこともできず、されるがままになっていた。
けれど、土方さんが桜をモチーフにした簪を持った時、これがいいと思ってしまった。
「…これがいいな。すまない、これをくれ」
そう言って簪を買う土方さん。その簪をそのまま私に挿した。
「お前にやる。」
「土方さん!?こんな高いものもらえません!」
「…お前に似合うと思って買ったんだ。いらないのなら捨てればいい。」
「捨てません!でも…普段つけられないのにもったいない…」
「また来ればいいだろう。…お前が頼むなら、また連れてきてやる。」
そう言ってそっぽを向いて頬を掻いた。その耳は真っ赤になっていた。
「土方さん…ありがとうございます!大切にします!」
勢いよく頭を下げれば、
「あぁ…ほら、行くぞ」
土方さんは手を引いて市をまた歩き出した。
そのあとは頼まれた物を買ったり、お店をひやかしたりと初めての市を楽しんだ。
あの時買ってもらった簪は今も私の髪に挿さっている。