まいご、そして
「八雲、そろそろ出発する」
「はい!」
土方さんに呼ばれ、着慣れない着物に四苦八苦しながらも玄関に向かう
玄関にはすでに土方さんがいて、こちらを凝視していた。
え、何か変?着付けは如月さんに、化粧は山崎さんにやってもらって…おかしな所はないはずだけど
どこか変なところがあるのかと訊ねようと口を開くと土方さんは目を逸らして
「行くぞ」と歩き出した
変ではないのかな?
何も言わなかったため、一度だけ着物を確認して土方さんを追いかけた。
京の市は人が多い。食材や日用品が大部分を占め、かんざしや紅といったものも売っている。
「すごい人」
人に流されないように、土方さんを見失ってしまわないようにと歩くが、人の波に押されて思うように動くことが出来ない。それに、客寄せの声や人々の熱気や匂いに酔ってきて気持ちが悪い。
「おい」
立ち止まってしまいそうな私の手が牽かれる。引かれるままに歩けば、人ごみから少し離れた川沿いに出てくる。熱や匂いが引き少し気分が楽になってくれば顔を上げれば知らない男性が立っていた。
「大丈夫か?」
「えぇ、ありがとうございます。」
「うんにゃ、気にすんな。もう平気か?」
少し訛りのある男性。
「はい、大分良くなりました。」
「そうか、京の市は人が多いからな。大坂はもっと活気があって…。慣れてないということはここの生まれじゃなさそうだな」
「…京に親戚がいるので」
ここの生まれじゃないと言われドキッとするが、深い意味ではなさそうなので当たり障りのない答えを返しておく。下手に返して突っ込まれると困るのは私で、しいては近藤さんや土方さんにも迷惑がかかる。
「本当にありがとうございました、お兄さん」
「お兄さん!?」
「あれ?違いましたか?…なら、お姉さん?」
男性にしては小柄だが、見た感じ20代だからお兄さんって呼んだんだけど…。この時代にはもうオネェがいるんだろうか…
「いや、女じゃねぇ。俺は、高…谷 潜蔵だ」
「あ、八雲 咲良です」
「咲良か。連れはいるのか?」
「はい。けど途中ではぐれてしまって」
谷さんに言われてはっとする。土方さん探してるよね。
「そんな顔すな。一緒に探してやる。」
「え、や、大丈夫です。見回りの人に聞いたり、いざとなれば屯所に戻ればいいですし」
「屯所?見回り?」
谷さんの顔が強張る。なんか変な事言ったかな?
「私、新撰…」
「八雲!」
「土方さん!」
「勝手にいなくなるんじゃねぇ。」
土方さんの額には汗が浮かんでいた。
「新選組の…」
「誰だ、こいつ」
土方さんの顔には怪しんでますと書いてあるように不機嫌さが増している。
「あ、この方は谷さんで…人ごみに酔った私を助けてくださったんです」
「…そうか。こいつが世話になったな。」
「連れが見つかってよかったじゃねぇか。じゃ、俺はここで」
「待て」
そういって谷さんは足早に立ち去ろうとが、その背中に向かって土方さんは鋭い視線を向け、声をかける。
「…何か?」
「お前の正体は想像がつく。俺はだてに新撰組副長をやっている訳じゃねぇ」
「なんだ。それなら俺のことを捕まえるか?」
そう言って谷さんは刀に手を添えて鯉口を切る。
谷さんは土方さんにとって敵だったの?
一発触発な雰囲気の二人に息をのむ。
けれど、土方さんは刀を抜くわけでもなく、
「生憎、俺は今非番だからな。それにこいつが世話になったようだ。今日のところは見逃してやる。」
「それはどうも」
鯉口に伸ばされた腕を離し、掌をひらひらとさせてそのまま踵を返していく。
「あ、そうだ。咲良、できるなら近いうちに亰から離れた方がいい。」
「え?」
「忠告はしたからな」
そうニヒルに笑って谷さんは人ごみに紛れてしまった。
亰から離れた方がいいって、いったいどういうことだろう。
「行くぞ」
土方さんはそれだけ言うとすたすたと歩いていく。
「え、ちょ、土方さん!待ってください」
慌てて土方さんを追いかける。今度は見失わないようにしないと。
「また、な。八雲 咲良ちゃん」
そんな私を見ていた谷さんが呟いて笑ったことを知らない。