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そしていま

「副長、お茶をお持ちしました」

「…」

返事がない。またか

「八雲、入ります」

と返事も待たずに入室する。初めのころは辛抱強く待っていたが今では問答無用で部屋に入ることにしている。

「副長、お茶をお持ちしました。」

「…後でもらう」

「後とは何秒後ですか?いくつ数えれば休憩されますか?」

子供のように捲くし立てればしぶしぶこちらを向く土方さん。その目は恨めしそうに私を見ていた。

それを無視するようにお茶を差し出す。

いちいち気にしていたらこの人の小姓など務まらない。大体、この人もそろそろ学習すればいいのだ。無駄な抵抗だって


「八雲、今日の茶は熱くないか?」

「そうですか?副長の勘違いでは?」

と惚ける。本当はいつもよりも熱めのお茶を用意した。

最近分かっていたのだが、土方さんは猫舌らしい。少々なら大丈夫らしいが…

お茶を冷ますために休憩が伸びることを見越して少し熱めのお茶をたまに出すようになったのは仕方ないことだろう。


もうすぐここで過ごし始めて1ヶ月が経とうとしている。

最初の頃は大変だった。何が大変だったかと言われれば、近藤さんが副長付きの小姓にすると宣言した日、土方さんは荒れたからだ。

「なんで俺なんだ」とか「小姓なんていらない」とか近藤さんとの押し問答がしばらく行われていた。

土方さんは好き勝手言ってくれて、私はムカついていたが黙って二人の押し問答を聞いていた。結局は、近藤さんが「トシが『誰かの小姓にでも』と言ったんだろう」と言いくるめて私を副長付きの小姓に据えたのだった。

副長付きの小姓になるかわりに男装を求められた。土方さん曰く「女がいるとなると隊士の士気に関わる」らしい。私なんかで士気が変わるとは思えないけど、頷かなければまた面倒なことになるのが目に見え何も言わずに頷いておいた。私の男装を知っているのは近藤さん、土方さん、山南さん。それから組長幹部たち。観察方の数人。一般の隊士には知らされていない。まぁ、隊士の士気に関わると男装をしているのだから当たり前か。

未だ帰り方は分からないが、ここでの暮らしに馴染み始めた様に思う。



「おい、八雲」

「はい、何でしょうか」

「明日、非番をやる。」

「……は?」

「だから、非番だ」

何を言い出すんだ、この人。『なんで理解できない?』って顔してるが、それに至るまでの経緯が抜けている事になんで気付かないんだろ。つまり、言葉が足りない。

近藤さんか山南さんの通訳が欲しい。

「それじゃあ伝わらないと思うぜ、土方さんよ」

「左之さん!」

「よ、咲良。いつもご苦労だな」

後ろから声をかけてきたのは左之さん。

原田左之介。十番組組長で私の男装を知る一人。気さくで信頼できるまるで兄みたいな人だ。

「あ?どういう意味だ?」

「どういう意味って、本当に分かってないのか?ったく…

土方さん、急に非番だって言われても困るだろう。なんで非番なのか言ってやらねぇと。

こいつだってここに着てまだ1月も経ってないんだ。土方さんの不器用さは伝わらねぇよ」

「……」

うわ、図星だったのかぶすっとしてる。や、言いたいことは左之さんが言ってくれたから助かったけど…。

「で、なんで非番なんだ?」

「………こいつ休んでないだろ」

土方さんの言ってる意味が分からない。私、毎日休んでるけど

「あぁ、なるほどな。」

左之さんはそれだけで理解できたのか頷いている。まったく分からないから説明して欲しいんだけど。

それとも私の理解力が足りないんだろうか。いや1月足らずで理解できると思えない

「つまりだ。土方さんは咲良がいつも働いていることに気付いて非番をくれるってわけだ。まぁ、毎日働いていたら心配にもなるか」

「心配なんかしていない。…倒れられたら迷惑だからだ」

とふいっとそっぽ向く。なんだ、その言い方…誰が倒れるか!非番なんか要らないと口を開きかければ

「土方さん。その言い方はないだろ。自分から近藤さんに頼みに行ったくせに」

「なっ…原田!」

土方さんがわざわざ?

左之さんの言葉を遮るように上げられた声は非難めいた声ではなく、真っ赤になった耳を見ればただ照れているよう見えなくもない。

「と、とにかくお前は明日非番だ」

ぶっきらぼうに言い背を向けてしまった。

「ありがとうございます。副長」

その背に感謝の言葉を述べて席を立とうとすれば

「そうそう。近藤さんが『トシも明日は非番にしたからな』って伝えるように言われてたんだ。最近体調悪そうだったからな。

それと、明日は市が立つんだ。息抜きがてら咲良を連れて行ってやったらどうだ?」

左之さんが楽しそうにその背に声をかける。

「や、体調が悪いならゆっくりしたほうが良いと思いますけど…。だいたい、男を連れて市っていうのも」

もごもごと言い訳のように呟く。市に興味はあるけど…

「女の格好をすれば良いだろう。普段男装させているんだ、それくらい近藤さんも許してくれるさ」

近藤さんなら許してくれるだろうけど…

土方さんのほうを伺うと目が合い、思わず逸らしてしまう。

やば…思わず逸らしてしまったけど土方さんの不機嫌さがひしひしと伝わってくる。

そんな様子にもかかわらず、「まぁ、総司に言っても良いんだけどな」と土方さんをチラッと伺いながら左之さんは続ける。

総司がいるなら総司でいいだろ。むしろ、総司のほうが気が楽だ

「…俺が連れて行く」

ボソッと土方さんが呟く

「ん?なんだ?」

「だから、俺が連れて行くって言ったんだ。八雲、明日の朝餉の後出かける。準備しておけ」

それだけ言えば今度こそ背を向けて書状に向かい始めた。

「は、はい。失礼します」

それだけ言って空になった湯飲みを持って退室する。

雰囲気に負けて返事してしまったけど良かったのかなぁ


副長室から離れると「良かったな、咲良。土産楽しみにしてるからな」と左之さんは笑った。

「はい。けど、良かったんですかね、土方さんせっかくの非番なのに」

「いいんだよ、最近捕り物や書状が溜まってて部屋に篭りっぱなしだったからな。たまには羽を伸ばさねぇと。ただ、空咳が気になるところだよな」

ここ2.3日土方さんは空咳をしていた。今までもよく空咳をしていたのだが、ここ2.3日は頻度が高い。風邪かと思ったが熱もなさそうだし疲労が溜まっているのかもしれない。

「咲良、土方さんのことよろしくな」

「はい」



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