はじまり
「では、次回までに偉人を一人選んでまとめてくること。」
教師がそう言えば教室の至る所から生徒のブーイングが飛ぶ。
「今ブーイングしたやつは二人調べてくるように。」
そう言われれば黙るしかない生徒。
馬鹿馬鹿しい。
「じゃ、今日はここまで。」
そう言って教師は教室から出て行った。
偉人かぁ…。
黒板には、江戸末期、桂小五郎、坂本竜馬、薩長同盟。と書いてある。今日の日本史の授業は幕末動乱の時代。担当教師はこの時代が好きでいつもより熱が入っていたような気がする。
さて、どうするか…。
教科書とノートを片付けながら思案する。評価をもらおうとすればこの時代の人物だろう。けれど、受験勉強をしている傍らで興味ない人物について調べるなんて時間の無駄にしかならない。
「咲良、まとめどうする? てか、面倒だよね。人物調べるなんてさぁ」
とそばに寄って来る友人。
「まぁ、図書室で適当に見繕ってくるつもりしてるけど…」
「そうなの?じゃあ、私も…」
「ごめん、その後勉強したいから」
「そなの?残念。」
そう言って友人は自分の席に戻っていった。
友人はすでにAO入学で合格通知を得ているため、受験勉強は必要ないのだ。その上、元々勉強が嫌いらしく、よくノートをせびりにきていて、今回もそういう魂胆だと睨んでいる。 自分でやれよと言いたい所だが、あと半年以上もこのクラスでやっていくのに人付き合いで面倒を起こしたくないため、上手くかわすようにしている。けれど、昼休みぐらいそんな煩わしい事から逃げたくて、鞄を持てば図書室に逃げ込むのだった。
「偉人、偉人っと…」
伝記の棚には多くの本が並んでいる。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などの偉人の伝記がなくなっているのはすでに誰かが課題のために借りて行ったのだろう。
「めんどくさいな…ネットで探すか…ん?」
一冊だけ背表紙が真っ白な本がある。普段なら見向きもしないだろうになぜかその本に惹かれた。
「真っ白…」
その本を手に取り、表紙を見れば『土方 歳三』と書かれていた。
「土方…。誰だっけな、この人」
どこかに引っかかっているのにそれ以上は出てこない。
「まぁいいか。読んでみれば」
そのまま適当にページを開く。目に付いたのは池田屋という文字。
「池田屋」
そうだ。教室を出るときにちらっと見た黒板に書かれていたのだ。
たしか、新撰組の副長が土方 歳三って名前だった。
1864年6月5日。池田屋で密会していた長州藩の尊皇攘夷派のもとに新撰組が乗り込んでいき、大手柄を得た事件。
その後どうなったんだっけ…
そう思いながら次のページをめくるが白紙だった。その次のページもその次のページも…
「いやいや、おかしいから。」
興が削がれ、本を閉じようとすると本が急に光りだした。あまりの眩しさに目が開けてられずそのまま瞼を閉じた。