RFO1-8 【夕凪兄妹の優しさ】
「……先輩の隣だと涼しくて楽ですね」
「ん? 何なら風魔法教えようか?」
「風属性は才能ないんで無理です……」
相変わらず自身の周囲だけ風を起こして涼しそうに外を歩く深緑先輩。その隣を歩いているので俺にもその恩恵が来る。風が冷たくてすげぇ心地いい……。のはいいんだが筋肉痛が更に少しひどくなってきた。
まあそれぐらいの事は顔に出すほどでもなく。
「これ、冬だと温風になったり?」
「お、ご明察。火属性の力も借りて暖かい風を吹かせるよ」
うっわ、羨ましい。光属性だとそういうの出来ねぇしな…………太陽光捻じ曲げて俺にだけ当たらないようにとか出来ないもんか。
そんな馬鹿みたいな雑談をしつつ、15分ほど歩けば目の前には我が家が。
「ほう、結構近いんだね」
「家から近いって理由であの高校選んだぐらいですから」
話しつつ、鞄からカードキーを取り出しドアノブの上にあるリーダーにタッチして解錠。
「どうぞ」
「ん、お邪魔します」
先に先輩を通してから俺も入って鍵を閉める。
「お帰りお兄ちゃ……あれ? 優菜さん?」
「おう、ただいま。ちょっとな」
「なに? 付き合い始めたとか?」
ぶほぉっ! と先輩が盛大に吹いていた。
「ち、ちちちちち違うぞ!? 付き合い始めたとかそういうわけじゃにゃくて!」
「かむほど慌ててますよー?」
風菜のニヤニヤ顔がどうも若松先輩に似ている気がする。頼むからイジリ癖まで似るんじゃねえぞ。
どうも深緑先輩はクールビューティーに見えて別にそうでもないんだよな。
俺は完全に無反応で『くだらねぇ……』と思いつつリビングへ移動し、コップを3つ取り出して冷蔵庫にあるお茶を注ぐ。
「何ならお兄ちゃんの部屋見てみますか!」
は?
今度は無反応という訳にも行かなかった。
「おい待て風……」
「べ、別に結構だ! って手を引っ張らないでー!」
女2人、俺の部屋へと消えていった。
いや、別に見られて困るようなもんは何も置いてないが。
「あの人風菜より強いはずだよな……」
ぼやいてから一口だけお茶を飲んで、あの2人が戻ってくるまで暇つぶしでスマホを取り出す。
暗転した画面に映り込む相変わらずな自分の女顔にウンザリしつつ、適当に入れてあるゲームを起動。風菜の気が済めば戻ってくるだろう。
***
で、まさかの30分経過。
ゲーム機とパソコンと後はベッドとかの生活用品しかないような部屋に果たして何の見所があるのか。
「おっ待たせー、お兄ちゃん」
などと考えているとようやく2人がリビングに入ってきた。先輩は何やら少し疲れてそうな感じが。
「長えよ……何してたんだ?」
「ちょっとお兄ちゃんのパソコンの中身覗いてた!」
さて、おかしいな。中身を見られるのは別に構わんとして、
「自分用のパソコンだからお前にもパスワード教えてないはずなんだが」
疑問を投げると、
「前に肩越しに見たから!」
見事に打ち返してきた。
知ってるか妹。それショルダーハッキングって言う行為だぞ。
「はぁ……まあいい。それより湿布ってどこだ」
「湿布?」
コテンと首を傾げる妹。まだ言ってなかったな……。
「あぁそう言えば璃緒くん、身体強化魔法でダメージを負っているんだったか」
「えぇ……だんだんひどくなってきました」
「あー、あれ使ったんだ。無茶するねぇ。えーっと……」
ガサゴソと風菜が薬品系が入ってる物入れをあさり出した。まあすぐに見つかるだろう。
「しかし難儀だね。身体強化で結構なデメリットがあるというのも」
「全くです。先輩の風を利用した強化法が本当に羨ましい」
「あれは風でアシストしてるだけだからね。追い風で足が速くなったりするような感じのものだから」
てことは実際に能力が上がってる訳でもないのか。しかしこの人の正確さなら風で空を飛んでても不思議ではないが。
「あ、あった。お兄ちゃん、何枚要る?」
それを聞いて少し体をひねったり腕を回したりし、
「両腕に1枚、両脚は2枚……と、背中に1枚だな」
「はーい」
「そ、そんなに使うものなのか?」
まあただの筋肉痛なら確かに過剰な枚数なのだが……普段は無理なレベルで筋肉を酷使させるような魔法だからダメージがデカすぎる。もう少し精度が上がればむしろ筋肉を保護しながら酷使する……というのも出来なくはないそうだが、今の俺には到底無理な話だ。
「これでも明日は多分一歩も動けない状態なりますよ」
「そ、そうなのか……」
『ほい』と湿布を6枚渡してくる風菜。普通に受け取って両腕に1枚ずつ、両脚には2枚ずつ貼り付ける。
「背中は私が貼るよー。どこらへん?」
「全体的に痛えし……まあ中心辺りに貼っといてくれ」
「ほいほーい。シャツ上げてー」
生真面目に制服のズボンに突っ込んでいたシャツの裾を引き抜いてそのままたくし上げる……と、何故か先輩がそっぽを向いた。
「どうかしました?」
「いや……傍から見ると女の子が躊躇いなく服を脱いでるように見えて……ね」
「…………まあ、自覚はあるので、一応」
「せっかくのこの顔だし、お兄ちゃんには余計な筋肉絶対付けちゃダメ! って私が言ってるので体つきも結構女の子っぽいですよー」
風菜も大概馬鹿だが一番馬鹿なのはそれに従っている俺だろうな。まあ武器さえ振り回せれば十分ってことで、あまり気にしなくなった。
「ほい、ぺったりと……かんりょーです。お兄ちゃん」
「ん……サンキュ」
背中に若干ひんやりとした感触を確認し、シャツを降ろす。学校内でもないので裾をズボンに突っ込むようなこともしない。
「さて……先輩」
その一言で何が言いたいか分かったらしい。一回頷き、真剣な表情で風菜の方を向く。
「風菜ちゃん。唐突で申し訳ないけど……、私たちに、協力してください!」
「へ?」
「とかすっとぼけたこと言ってるけどな。どうせ先輩がここに来た時点で何か用があるとは思ってたんだろ? 頭のいいお前のことだ」
「むぅ、なんでそんなあっさりとネタバレしちゃうかな……まぁ、そりゃあね。優菜さん少し思いつめた表情で家に入ってきてたし」
で、それを解消するために俺のプライバシーが見事に侵害されたわけだ。まぁ別にいいが。
この妹、普段は非常にバカっぽい性格をしているが、実はかなり頭がいい。知識的な意味でもそうだが、人の表情や仕草からおおよそ何を考えているのか、何をしようとしているのか大体理解してしまう。たまに実力の確認として模擬戦を行うこともあるが、俺はこいつに対していままで引き分けたことか負けたことしかない。
皮肉にも『お兄ちゃんより絶対強くなる!』が有言実行されているわけだ。
魔法の精度はどっこいどっこいと言ったところだろうが、武具の扱いに関しては間違いなく俺の方が上だ。だがその差をこいつは戦略で覆してくる。自分の使える魔法とその効果、相手の使える魔法とその効果に加え、相手自身の癖や考えを読み取って確実に裏をかいてくる。つまり身内である俺に関してはほぼ熟知しているために俺に勝ち目がほとんどないのだ。
そんな強さをもってるからこそ、俺はコイツにも協力を頼みたい。危険なことをさせたくはないという兄としての気持ちを殺してでも。
「ファミレスで話してたこと関連の内容かなーと思ってるけど」
「まぁ、そんなところだな。テレビでもたまにやってるから知ってるだろうが、例外モンスターを排除したい。正確にはその原因をな」
「学校で璃緒くんには話したんだ。例外モンスター排除の協力を……だが圧倒的に人が少ないんだ。人間で魔法が使えるのは今の所未成年だけしかいないし、かといってさらにその中でもかなりの強さを持った子供は世界で見てもホント少ない。完全に私個人の我儘で、かなり危険な内容だけど……協力、してほしい」
風菜が考える素振りをしているが……まぁ出る答えは決まっているだろう。
「いいですよ、全然オッケーです!」
その満面の笑顔は先輩に対して何かを思わせないためだろうか。本当にこいつは人を気遣うのが上手い。
「……ごめんね。ありがとう」
先輩が風菜に深々と頭を下げる。それを見た風菜、何やら慌てだし、
「うわわわわわわ、ダメです先輩みたいなカッコイイ女性が私みたいな人に頭下げるのはダメです頭上げてください!!」
「……そういうわけにもいかないさ、本当にありがとう」
そう言ってから先輩は頭を上げた。その表情に曇りはなかった。
「では、私も隠し事はなしだ。2人はマジッカーフォースメント、という名前に覚えは?」
その言葉に一瞬風菜と目を合わせ……知らないと言う意味を込めて同時に首を振る。聞いたことがない名前だ。
「うん、まあ知ってたら逆に問題なんだけど。要は人間領で起きた魔法関連の問題解決に尽力する組織。知ってると思うけど、警察等の大人で魔法は一切使えないからね。」
それは聞いたことがある。世界改変時、主に10歳以下……最年長でも12歳の子供までしか魔法を扱えないという話。原因は不明とされてるが、エルフ……フェルトの予想だと地球環境に完全に身体が慣れきって、魔球環境……つまり魔力が充満した環境に適応が出来ていないかも知れないとのこと。適応出来なくて死ぬというわけでもないが、魔力が身体に全く馴染まないので結果扱うことが出来ないらしい。
「つまり、警察の代わりと?」
「わかり易く言えばそうなるけど、警察と違ってこれは完全に秘匿されてる組織なんだ」
秘匿されてる……? それだと一般人が魔法関連の問題とやらに直面しても通報先がないに等しいのではないか。
疑問が顔に出ていたのか、先輩が補足してくれた。
「秘匿と言っても警察や政府の特に上の方は知ってるさ」
「うーん…優菜さん、秘匿されてる理由ってもしかして……子供?」
「……鋭いな、風菜ちゃん。そう、組織はオペレーターと実働部隊がある訳だが、実働部隊には子供しか居ないんだ」
「あぁ……なるほどな」
魔法が使えるのは現状子供しか存在せず、それでも魔法関連の問題解決を行うとすればそれはほぼ子供にしか不可能。人間領で起きた魔法関連の問題と言っていたからエルフを実働部隊に入れるわけにもいかない、と。
「勿論強制ではなく、皆リスクを十分理解した上でそれでも協力すると言ってくれている。それでもこれが公になれば世間的な批判は免れないからね」
「なるほど……で、そんな話を俺たちにして良かったんです?」
「もちろん絶対に口外禁止。でも君ら2人なら信用出来る」
そう言って俺たち2人をじっと見つめてくる。出会ったのはつい昨日のことだというのに……なぜそこまで信用出来るのか。
「風菜ちゃんほどじゃないけど、コールドリーディングには自信があるのさ。2人とも、人の害になるような事とか嘘とかは絶対に出来ないタイプだよね」
「優菜さんも普通に鋭いですね……お兄ちゃんの優しさは接してればハッキリ分かりますよ!」
この俺の性格で果たしてどこから優しいだのという感想が出てくるのか。こんな口調で態度もめんどくさがったり何だりだと、優しいという要素は皆無に等しい。誰かのために動いたことなどあったかどうか。
「……まあ優しさの塊みたいな風菜ならパッと見で分かるでしょうけど……俺が優しいなんて根拠がどこから」
「分かるよ。璃緒くんは風菜ちゃんに絶対的な信頼を置き、その逆も然り。優しさ以外の何があるのさ?」
そう言って太陽のような明るい笑みを浮かべてきた。あまりの真っ直ぐさに直視出来るハズもなく、顔を逸らした。
ここまで信頼されてちゃ……もう適わねえな。
「はぁ……まあ、いいです」
出来るだけぶっきらぼうに言ったつもりだったが、女子2人にはクスクスと笑われただけだった。
「女顔だから照れてるお兄ちゃんが純粋に可愛く感じる」
黙ってろ妹。
***
で、およそ5分後。なぜか俺はキッチンに立っている。
原因は風菜が、
「よしお兄ちゃん、せっかくのお客さんなんだから何かお菓子!」
とかほざきだしたため。筋肉痛の俺を労れ。
最初はメンドイために却下の意思を遠まわしに伝えたのだが、先輩を盾にして発言してくるために俺に勝ち目がなかった。
絶対自分が食べたいだけだろ。
「いや、璃緒くん……別に無理しなくとも」
「いえ、大丈夫です……」
はぁ、と心の中でため息をつきつつ、材料の確認。これなら……。
「おい風菜、ホットケーキでいいな」
「いいよー! やったー!」
こんなガキっぽい奴が戦闘になると化けるんだから人間ってほんと分からんな。やっぱ自分が食べたいだけじゃねぇか。
俺が甘党なせいでたまに菓子を作ることはある……が、せいぜい家族にしか振る舞ったことがない。まさか家にきた客人に出すことになるとは思ってもいなかった。もう次からそういう菓子を買っておくか。
「お兄ちゃんが作るお菓子美味しいんですよ!」
「へぇ……ちょっと楽しみ……」
にしなくていいです、と突っ込もうとしたがやめといた。
薄力粉とベーキングパウダーと砂糖を合わせ、棚から泡立て器を取り出し、ふるいの代わりとして使用。素晴らしいことに全自動なので今のうちに卵を取り出して、ボウルに溶き、牛乳と溶かしバターを加える。
で、フライパンを温め始めてさっきの粉類を卵諸々を溶いたボウルにぶち込んでかき混ぜる。あとはフライパンに生地を流し入れて弱火で片面ずつ焼けば……。
「完成……」
皿を3枚用意して1枚ずつ盛り付け、適度にメープルシロップを垂らす。見た目が少し歪だが……筋肉痛のせいだな。
ナイフとフォークを乗せ、そのまま2人の前に置く。
「どうぞ」
「わー! 美味しそー!」
「……璃緒くん、普通に喫茶店営業出来るんじゃないかい?」
「完全に趣味レベルなのでそれは無理です」
『趣味にしてはレベル高い気がするのだが……』と呟いたのを聞き取れた。これかなり簡単な菓子だと思うのだが。
「今私の女子力皆無だとか思ったね?」
「いえ全く」
そういやコールドリーディング得意とか言ってたな。だが先輩、そこまで酷いことは思ってませんよ、本当に。
「まあいいか……頂きます」
先輩が両手をあわせた後にナイフとフォークで一口サイズに切り取ってそのまま口に運ぶ。そのまましばらくモゴモゴと動かし、
「ん……本当に美味しい。その家庭スキルくれないか?」
「練習すりゃ割とすぐに身につきますよ。特にこれは混ぜて焼いてるぐらいですし」
「うーむ……私がキッチンに立つと家族総出で止めてくるからな……」
何をやらかせばそんなことになるんだろうか、結構気になる……が、これはまず聞けないだろう。先輩の名誉のために。
その後も10分程雑談を交えながら軽いティータイムを行い……
「ではそろそろお暇しようかな」
「優菜さん、もう帰っちゃうんです?」
「目的は風菜ちゃんにも協力を頼むことだったからね。具体的なことはまた後日話すよ」
そう言いながら先輩が立ち上がり、玄関の方へ。
「じゃ、またね。2人ともありがとう。頼りにしてるよ」
「任せてください! 私もお兄ちゃんもバリバリ動きますよ!」
「……」
特にかける言葉が見つからない俺は黙っていた……のだが、
「璃緒くん……」
「……何です?」
名指しされればそうもいかない。一言返して先輩の顔を見る。あいにく俺はこの3人の中で一番人の心を読むことが出来ない。この人が何を考えているかは分からない。
ただ、少し悲しそうな目をしていることだけは読めた。
「いや……何でもない。それじゃ、お邪魔しました」
「はい、また……」
その先で一瞬詰まった。単純に言葉が出なかったが、
「……またいつでも来てください。待ってますよ」
「ふふ……ああ、そうさせてもらうよ!」
多少は改善させれただろうか。そうであると祈りたい。
「お兄ちゃんにしては頑張ったね♪」
「ない胸張って上から人の賞賛するな」
「ちょっ! さらっとコンプレックスにしてることに突っ込むの良くないと思うなー!」
さんざん女顔の俺を弄ってるお前が何を言うか。
「諦めろ。成長は15歳ぐらいで止まるらしいぞ」
「私まだ15だもん! これから一気に大きくなる!!」
最早返答することもなく、俺は部屋に帰って少し寝ることにした。少しでも身体を回復させねぇと……。
俺にあの人のサポートが出来るのか懸念は色々あるが、まあどうにかなるだろう。いや、どうにかしないといけない。
あの人も、俺の命の恩人なのだから。
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