RFO1-4 【深緑優菜と西野星斗】
「【インペトゥス・ロザリオ】!!」
最初に聞こえたのはそう唱える先輩の声、その後すぐに物凄い風の音。
確かあの風は吹き飛ばすではなくカマイタチのような斬り飛ばす風だったはず。だがドローンもあり得ない反応速度で横に跳んだが……間に合わず左腕が切り落とされている。だがまだ動くようだ。
「ウソだろ……」
思わず零れ落ちる。先輩の魔法詠唱の速さにも驚きではあるが、見慣れているせいかドローンのハイスペックぶりの方に関心がいった。
速すぎる。
「【ベトリーブ・ヴェン……っ! 【ウィンドオペレーション】!!」
移動速度が速すぎるせいで先輩ですら狙いがなかなかつけられず、気付いた時にはドローンに肉薄されて、脚力向上魔法で離れる。それの繰り返しとなっている。
目では追える速度だ。だがアレに魔法を当てろと言われたら難易度は跳ね上がる。ゲームみたいに勝手に相手を追従する魔法など非常に少ないのだ。ましてや風属性となると直接的な威力は低めだ。
しかもドローンはそんな速度で移動しながら様々な魔法を放ってくる。通常は全速力で移動しながら魔法詠唱など出来たものではないが……ちょっとここの教師たちオーバースペックすぎるもの作ってねぇか?
これで『勝てたら魔法科の成績に加点する』ってか……。なるほど、点を与える気はさらさら無い訳だな。
「あーもうちょこまかと! だから最初の一発で決めたかったのに!」
これもうあれだな。ゲームでCPUを相手にするのはいいが、『プレイヤーの入力した内容を元にして最も適切な反撃をする』ようなもんだ。きつすぎる。
まぁしかし先輩も先輩で一発も被弾してないから相当なものだろう。これなら5分間逃げ回るのは楽勝だろうが……プライド的にはしっかり叩きのめしたいんだろうな。
「うーん……どうしようかなぁ……」
先輩が若干気を抜いた……のをドローンが機敏に感じ取ったのか物凄い勢いで肉薄してきた。流石に一発は被弾するかと思ったが、よく見ると先輩の口端が上がっている。
ドローンが武器を振りかぶった状態で停止した。
いや、よく見ると動こうとはしているが阻害されている。
「やーっと捕まえたよ」
魔法か……? だが詠唱してる様子はなかったぞ。
「おー、さすが優菜」
「若松先輩、何ですかアレ」
「優菜お得意の疑似拘束魔法だよ。名前忘れちゃったけど。あらゆる方向から風を一点に集中させて対象の動きを阻害させるの。たまにあるよね、巨大な扇風機用意して向かってどれだけ進めるかーっていうの? けどまず歩けない、アレと同じ」
「そんな大魔法を詠唱なしで?」
「よく見てるねー。でも詠唱はしてるよ」
「……まさか詠唱維持?」
「せいかーい♪」
詠唱を『中止』ではなく『中断』し、好きな時に『再開』する。詠唱完了直前で止めて自分が狙ったタイミングで即時発動させれる……と話だけなら聞いたことが一応ある。だが体内で練っている魔力をそのまま維持するのは並大抵なことではない。下手すると暴発すら有りうる。
「どこまでハイスペックなんですかあの人……」
「まあそれには同意だね。小学校からの付き合いだけど中学卒業前には出来るようになってた気がするよ」
ハイスペックの部類に収めていいのか頭を悩ませてると先輩がトドメを刺すべく動いていた。
手を掲げて……。
「じゃ、これで終わらせ……」
「5分経過! そこまでとする! ルールに則り、生徒側を勝者とする」
「……え」
という先輩の声がやたらと響いた気がした。
隣の若松先輩は身体震わせながら何かに耐えてるし。
***
深緑先輩が戻って来るなり若松先輩がひとしきり大爆笑。
「あっははは!! やっぱ最後に決まらない所が優菜!」
「や、やめてー!」
顔を赤くしながら猛抗議しているがのらりくらりとかわされている。まぁ……気の毒だと思う。
ちなみにその後若松先輩が行ったが4分耐えた所で10回被弾してしまった。しかしあのスピード相手に4分は相当なものだと思う。周りを見てみると3分耐えれれば良い方で大抵は1,2分で10回被弾してしまっている。
やはり破壊一歩手前まで行った深緑先輩は相当なものだと実感した。
ざっと見てみると2年生もそろそろ全員終了しそうだ。
「んじゃ俺、1回戻ります」
「あぁ、璃緒くんの試験、しっかり見させてもらうよ」
やっぱりそう来たか……。あまり無様な姿見せるわけにも行かねぇし、負けそうなら切り札使うか。あんまり使うな言われてるが大丈夫だろう。
***
「よし、全員居るな。んじゃ1番から6番はあの結界前に並んでくれ。以後6人ずつ別の結界前に並べ。前の奴が終わったらすぐ結界内に入っていいぞ。後は審判員の先生に従ってくれ。」
名字が夕凪、の俺は必然的にほぼ最後の番号となる。集合場所から一番遠い結界だ。
「頑張ってね璃緒」
「お前こそ。さんざん武器振り回してきたんだから簡単に負けるなよ」
星斗とそう言葉を交わしてから移動し、結界前へと並ぶ。既に一人目の試験が始まっているようだ。
「……」
見た限り、2年生の試験で使われたドローンよりは多少スペックは落ちているようだ。スピードや反応速度には結構な違いがある。
だがそれでもそこらへんのモンスターよりは圧倒的に強いだろう。戦闘経験が全くなければまず勝ち目はなさそうだ。
「くそ! 速すぎんだろが!!」
名前は忘れたが出席番号25番の奴であろう男子生徒が明らかに不利だ。ドローンの速度、放ってくる魔法対して全く対処が出来ないまま、ヒット判定の旗が連続で揚がっている。
「そこまで! 10回被弾により、ドローンの勝利とする!」
「いや、無理だろ……」
そうぼやきながらあの生徒は鞄を持って帰って行った。完膚なきまでに叩き潰されてそのまま放課後突入というのは……やはり教師たちの正確の悪さが表れている気がする。
正直星斗の戦闘が見たいのだが、ここからだと星斗が使うであろう結界は確認が出来ない。
順番的にはもうやってるかもしれんが……
***
「次、西野星斗!」
「はい!」
教師の声が星斗を呼び、応えながら結界へと向かっていく。その最中に背中に背負っていた鞘から愛刀『ツーハンドソード』を取り出す。その名の通り両手剣だ。
重量も相当なものであり、斬るというより潰すに近い武器だが星斗はそれを片手で扱う事が出来る。
筋力は勿論、運動神経も良く反応速度も速い。が、弱点もやはりある。
「では、始め!!」
教師の開始の合図と共にドローンが火属性初級魔法【ファイアボール】を放ってきた。
「っ!」
初級とは思えないスピードで迫る火球に驚きはしたものの難なく回避、そのまま一発浴びせようと接近し、武器を思いっきり振った。
「……」
当然だがドローンは喋ることも、表情を変えることもせずそれを最小限の動きで回避しカウンターを行ってきた。
「くっ……」
癖で武器を使って防御しようとしたがドローンの持つ刃はそれをすり抜け、星斗の身体に吸い込まれていった。周りの教師を見るまでもない、どう考えても被弾判定だ。
----武器は魔力を可視状態にしてるだけだから実害はない。
たった今思い出した担任の発言。魔力は基本的に触れることは出来ない。一部は実体化させた上で刃の形にし、物体を切断するというのもあるがドローンの武器はそういうタイプではない。
非実態状態のまま、可視化させてるのみ。
つまり、
「パリィは不可能……か」
相手の武器を自分の武器で防ぐことは出来ない。全て自分の身体能力に頼らなければならない。
「このスピード相手にそれはきつい……なっ!」
5分逃げ回るのすら困難な相手なら、倒しきるしかない。後8回の被弾ならセーフだ、捨て身の戦法でドローンを破壊出来ればそれでいい。
そう考えて突撃し、思いっきり振りかぶる。狙うは首の一点のみ。切り離せれば行動不可になるはずだ。隙が大きいのは承知済み。数発貰いながら重い一撃を与えれば終わると思っていた。
だが、
「なっ……!?」
その戦法は多数の人が考え付き、実行し、失敗している。
星斗が剣を振り抜く前の僅かな間にドローンは星斗に3回ダメージを与え、更に風属性魔法で自分を吹き飛ばすことで星斗の攻撃からも逃れてみせた。
「はは……これはそこらへんの人間とかモンスターよりは明らかに強いね……。これに勝てるなら街の外をほっつき歩いても自衛出来そうだ」
これで被弾は4回。許されるのは残り5回。時間は3分を過ぎた所だろうか。1分がとてつもなく長く感じるのは果たして気の所為か。
回避行動を終えたドローンが間髪入れず星斗の方へと向かってきた。星斗も構え直し、迎え撃つ。
捨て身による一撃が無理ならば最小限の動きで最低限のダメージを少しずつ与えていくしかない。ドローンの刃をほんの僅かな動きで回避し、そのまま小さい動きで反撃をする。それをドローンも回避し……の応酬となっている。
元々は剣でブロックするのが得意分野だが、身体能力は非常に優れているために直接的な回避能力も一般的な人よりは圧倒的に高い。
変わらない状況にドローンがしびれを切らしたか、後方へと大きく飛んで打ち合いから離脱後、火属性準中級魔法【ファイアスピア】を放ってきた。
炎で作られた槍状のそれは戦闘開始時に放ってきた【ファイアボール】よりも威力、速度共に勝る。模擬戦の設定である以上威力はゼロに等しいが、速度はかなりのレベルだ。
「くそっ……!」
かろうじて反応し、回避行動を取ったが教師が旗を揚げていた、つまり被弾。
「(まっずいなぁ……これで5回目か)」
基本的に魔法に対する対処法は回避する、もしくは同等以上の威力の魔法で相殺する、の二つとなる。
術者の練度で変わるが、同属性なら同じランクの魔法で相殺出来る。中級魔法を打ち消すなら中級魔法をぶつければいい。
属性的に有利なら必要なランクは下がる。炎属性中級を打ち消すなら水属性準中級、手練なら初級でも打ち消せる。
元より魔法は武器でのブロックは不可能だ。実体のないものが殆どのため、すり抜けて直撃コースとなる。
「(後何分かな……2分くらいだといいんだけど)」
このままのペースならギリギリ5分耐えれる事にはなるが、あそこまで人間味を帯びたドローンだと時間制限が近くにつれてラッシュを仕掛けてくる可能性もある。
暴れられる前に破壊するか逃げ切るか、どちらも簡単ではない。
まあ、
「どうせならカッコ良く決めたい……ね!」
再び突撃。今度は相手に逃げる隙も与えずラッシュをかけていく。本来なら両手剣である武器を片手で軽々と振り、ドローンに反撃のチャンスを与えないその戦闘スタイルに、気付けば星斗が入っている結界の周りには1年はおろか、2.3年の姿も確認出来る。
『へぇー、1年生で結構強い子居るんだねー』『すげぇな、あれ両手剣だろ? よくあんな振り回せるもんだな』色々と感想が述べられているが、星斗の耳には届かない。
「残り1分!」
「っ!」
教師から残り時間を伝えられ、星斗はさらに攻撃速度を上昇させていく。ドローンも回避しているが、明らかに追い詰められている。
そして、星斗の手に明らかな手応えが帰ってきた。ドローンの左手にあたる部分が、落ちている。
時間も残り40秒程だろう。勝ちを確信した。
それが、マズかった。
ドローンの右手が不規則な動きをしていることに気付けず、次の瞬間にはバチィッ! と雷のような光が3本星斗の身体を貫通していった。
光属性初級魔法【サンダークラック】。実戦でも殆ど威力がない魔法だが、速度だけは一級品であり、こういう模擬戦では脅威だ。一気に3回の被弾カウントが追加される。
「マズ……!」
追撃を警戒し、思わず後ろを確認したがその隙をドローンは見逃さない。武器で攻撃し……これで9回目の被弾。
「くそ!」
振り向きざまに全力で振り抜いたが、相手にも予測済みだったらしく、既にドローンは遠いところに居た。代わりに目の前には火属性最初級魔法【ポータブルファイア】。最初級の魔法は威力、速度共に全く使い物にならない魔法とされる。それを最後に放ってきたということは単純にドローン内部の魔力が足りないのだろう。
魔法への対処は避けるか相殺するか。前者は武器を全力で振り抜いた直後故に不可能。ならば後者しかないが……。
成績優秀、身体能力抜群、動体視力反射神経も共に高い。武器の扱いも申し分ない星斗の決定的弱点。
魔法の才能が、ほぼ皆無であること。
眼前に迫る最初級の魔法を相殺する事すらも出来ないぐらいに苦手なのだ。
「(あー……やっぱり魔法の練習しないとなぁ……)」
そう思ったと同時、10回目の被弾を告げる旗が揚がった。
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1-1から1-7までの大幅な改稿をもとに、この話を1-9から1-4へと変更。