RFO1-2 【妹】
「で、君たち二人はなんでこんな所に?」
現在位置は先程の廃墟を出たところだ。
正直何が起こったのか分からないまま外に連れ出されたのが正しい表現だろう。
「あの……鍛錬も兼ねて中ボスクラスに挑んでたんですが……」
若干元気が無さげな星斗がそう答える。
「あー、なるほど。タイミングが悪かったんだね」
「タイミング?」
気になったので今度は俺が尋ねる。
「例外モンスターって聞いたことあるかな?」
「あぁ……たまにテレビとかで聞くやつか」
「そうそう、突然能力が強化された上で、エルフが街に貼ってる障壁も無視出来るようになっているモンスターのことだけど」
少しだが聞いたことがある。
本来街はエルフの貼る障壁により、モンスターの侵入はあり得ないはずだが、たまにそれを無視して入ってくることが出来る、例外とされるモンスターのこと。
しかも何故か例外モンスターは決まって強化されており、対処が遅れると甚大な被害をもたらすらしい。
「で、今回はあれが例外モンスターだったというわけですか……あれ? でもボスレベルのモンスターが例外になったっていう話は聞いたことが……」
「んー、気になるなら明日の12時に学校の食堂でね」
「「え?」」
俺と星斗の声が被った。
今この人はなんと言った?
「あ、私、楳嶺高校二年の深緑優菜です。宜しくね」
パチっとウインク。そしてそのまま立ち去っていった。
楳嶺高校だと……? つまり……。
「僕達の先輩だね」
星斗の言う通りだった。
「思いっきりタメ口で話してしまったぞ……どうするか……」
そんな俺の疑問に星斗は苦笑するだけだった。
浮かべるべき疑問は、まだかなりあるはずだったのだが。
***
ピッとドアの解錠音が響き、家の中へと入る。
あれから少し時間が経ってもう夕方だった。
自室のベッドで爆睡したいのはやまやまだが、もう少しで夕食ということもあるのでそのままリビングへ。
「ただいま……」
リビングのドアを開けながらそう呟くと、
「お兄ちゃーーーーんっ!!」
「ぐへぁっ!?」
下腹部に強烈な衝撃が走ってきた。
視線を下に向けると俺と同じ茶髪の頭が視界に入る。みぞおちに恐ろしい威力の頭突きを放ちやがったな……。
「風菜……なにしやがる……」
「だってだって! 私が帰ったらお兄ちゃんいないし、マジックメモ見てみたらブルーナイト・ラージのとこに行くってあったから心配だったもん!」
心配とか言う割にはこっちに思いっきりダメージ与えてんぞ……。
ちなみにマジックメモとは所謂書き置き専用タブレットだ。今は一家に一台はある物で、これにパソコンみたいに文字を打ち、保存。後はその家の者が魔力を流すとそのメモが表示される仕組みとなっている。
俺のことをお兄ちゃんと呼ぶこいつは夕凪風菜。もう中学3年、15歳にもなるというのに未だに兄のことをお兄ちゃんと呼び続けるぐらいには年よりも幼く見えることが多い。
が、血は繋がっていない。こいつは元々は孤児院に居た……らしい。両親が突然連れてきたから詳しいことは知らない。
しかし身体的特徴は俺と似ているところも多い。茶色の髪に澄んだ青い瞳等。そしてブラコン。
流石にずっと人の胸元に顔をうずめて『ぅー』と唸られると鬱陶しい。
「分かったから……取り敢えず離れろ」
「怪我とかない? 大丈夫?」
「何もねぇよ。心配しすぎだ」
「ん……」
やっと離れた。まだ下腹部が痛ぇ……。
「おい」
「なに? お兄ちゃん」
未だに『良かったぁ……』などとトリップしてる妹に聞きたいことがあるので現実へと引き戻す。
「まだ親は二人とも帰ってきてねえのか?」
「あぁ、それなら」
とてとてとリビングの机に向かい、置いてあったマジックメモの端末を持ってきた。いや、知ってるなら言えよ……。
「はい」
渡されたので仕方なく手をかざし、魔力を流し込んでメモを確認。
「……母さんはただ遅くなるとして、なんで父さんが海外出張行ってんだ」
「さあ? 私も初耳だったし」
家族の誰にも言わねえでいきなり海外かよ。どんだけ急だったんだ。
「となるとしばらくは帰ってこないってことか……」
「そうだろうねー。ところでお兄ちゃん」
「なんだ?」
「夕食は?」
そうだった。母さんの帰りが遅くなるなど相当久しぶりだから忘れていた。
両親が共働きである以上家事も基本親二人がやってくれるのだが、父さんが居ない時等は俺達も手伝うことになっている。
が、それは洗濯や掃除などであって炊事は母さんがやってくれていたがその母さんも今日は遅いとなると……。
「お兄ちゃんが作っ……」
「却下」
言いたいことは分かったので言い切る前に即座に切り捨てる。
「えー! なんでー!?」
「めんどいの一言に尽きるな」
普段は母さんが作っているが、ちょくちょく手伝いをしたりすることがあるので料理は作れない訳ではない。しかし全部自分一人でやるのは普通に面倒に感じる。
「じゃあどうするの?」
「適当に外で済ませるぞ」
「はーい」
案外素直に頷いた風菜。まあ俺の返事を予想してたのだろう。
着替えを済ませ、再び外へ。現在時刻およそ6時半。
真夏のこの時期はまだ太陽もしっかりと顔を出しているが幾分は涼しく感じる。
近場のファミレスへと足を運び、注文を済ませる。
「お兄ちゃん、ブルーナイトってどんな感じだったの?」
「笑えねえぐらい強かった。俺の剣ですら弾かれるぐらいに硬いし」
それを聞いた風菜の顔が少し青ざめる。まあ俺の武器の性能を知っている故の反応。
「……サウンドブレードでも通らないの?」
「あぁ、本気で振ったせいで反動がめちゃくちゃ痛え」
「よく勝てたねぇ……」
「いや、倒したのは俺じゃない」
「あれ? じゃあ星斗さん?」
「違う、あの人」
と、今店に新しく入ってきた客を指差し……ん?
「あ!」
向こうがこちらに気付いた。間違いなく俺たちを助けてくれた深緑先輩だ。
「や、こんばんは。相席いいかな?」
「こんばんは……どうぞ」
「んー? 何かお昼の時とは少し対応違う?」
「いや、流石に先輩って分かった上でタメ口とか出来ませんし」
「あはは、別に私は気にしてないんだけどね」
朗らかに笑う先輩。風菜は『この人だれ?』みたいな顔をしている。だろうな。
「風菜、この人だ。ナイト戦の時に助けてくれたのが」
「へぇ……そうなんだ……すっごい可愛い人……」
最後の言葉がよく聞こえなかったがまあ大したことじゃないだろうから気にしないことにする。
「この……風菜ちゃんって言ってたっけ?可愛い子だよね、彼女?」
「違います、妹です」
先輩がとんでもない勘違いをしているので即座に否定する。
「なるほどね、だから少し似てたんだ」
似てるか? 髪色と瞳の色は確かに同じだが。性格とかは真逆と言っていいだろうし。
「深緑優菜です。宜しくね、風菜ちゃん」
「あ、は、はいっ! よろしくお願いします!」
なんで焦ってんだコイツ。
まあ、この様子ならすぐに意気投合しそうな感じだろう。女の友情は色々怖いと聞くしな。妹と先輩が魔法のぶつけ合いで喧嘩などする姿は想像したくもない。
「と、先輩。昼間はありがとうございました」
「やー、気にしないで。偶然だったけど良かったよ」
しっかりと感謝を伝えたところで昼間の疑問をぶつけることに。
「それで、ボスも例外モンスターになるって有り得るんですか?」
まあ自分の目で見たので何をバカなことを、と言われそうな質問だがそれでも気にはなるのだ。
「あぁ、えーっとね……」
店員さんが置いたお冷を一口含んで喉を潤してから先輩は口を開いた。
「多分だけどね……作られてる」
「作られてる? 例外モンスターは自然発生でしたよね?」
テレビで何度かは見ている。街に張られてる防壁を我が物顔で通り抜け、暴れるモンスターを。
殆どのモンスターは街に近付いた所でその魔力に反応し、帰っていくらしいがたまに例外としてその魔力に反応を示さない奴がいる。
「ボス系の例外なんて聞いたこともなかったけど、つい最近からいきなり聞くようになったからね。作られてるとみていいんじゃないかな」
「なるほど。で、それを倒すのが先輩の仕事と?」
「お恥ずかしながらそういうことですよー」
なにがお恥ずかしいのかよくわからないがそこはスルーしておく。
「おぉ……深緑さんって凄いんですね……」
「いやーそんなことないよ。ただ疲れるだけだよー? ともう一つ、優菜でいいよ」
「いや……でもいきなり名前で呼ぶのも失礼かなと……」
「いいっていいって。ね? 璃緒くん」
「なんでそこで俺に振ってくるんですか」
なぜ風菜との会話でいきなり俺に飛び火してくるんだ。呼び方なんざ何でもいいだろうに。
そのあともしばらく他愛ない会話を続けていると。
「お待たせしました」
注文していた料理が届いてきた。
俺がオムライスで風菜がハンバーグセットと。
「ん? そういえば先輩は料理注文しないんすか?」
「うん、ここに来たのはデザート目的だったし」
「なるほど……」
「何か失礼なこと考えてない?」
「いえ、全く」
太るんじゃないかとかそんなことは一切思っていない。断じて。
「でもお兄ちゃんってここのデザート好きだよね。というか甘いもの好きだもんね」
「へー、そうなんだ」
「おい、何をいきなりカミングアウトしてるんだ」
「ここのパフェとかかなり大好物みたいですよ!」
「おぉ! 私と一緒だ!」
思いっきり無視されたな。
好きなのは事実だが……なんだ、男が甘いもの好きで何が悪い。
「んー、でも璃緒くんはあんまり違和感ないよね」
「な……なんですか?」
先輩が思いっきりじろじろと見てくる……いやな予感が。
「璃緒くん、傍から見たら物凄く女の子っぽい顔だよね?」
「っ!? げほっ! ごほっ!」
「わ、お兄ちゃん大丈夫?」
お冷飲んでるときにとんでもないことを……思いっきりむせてしまった。
俺には一つコンプレックスがある、それが顔だ。
生物学上俺が男なのは間違いない、つくべきものがついてるから間違いない……が、何が起きたのか俺の顔の造形は女のそれに物凄く似ているのだ。そのせいで学校だとたまに男の娘とか言われる。
声はふつうの男声なのだが、顔とのギャップで初対面の人には大体驚かれる。
電車内で痴漢された回数は数知れず、風菜と買い物中にナンパを受けたこともある(風菜に吹き飛ばされていたが)。
とにかくそのくらいのレベルなのだ。マジで整形手術考えた方がいいのかもしれんな……。
「あの先輩……出来ればそれには触れないでください」
「あ、もしかして気にしてることだった? ごめんね」
「いえ、謝るほどでもないですけど。どうもそれを言われると落ち着かないので」
「気にしなくていいとは思うんだけどねー。普通に可愛い顔してるよ?」
「男が可愛いってのはダメでしょう」
かっこよくなりたい訳でもないが。
多少げんなりしつつ、料理を完食し、少しして運ばれてきたパフェに口をつける。
「美味い……」
やっぱり甘いもの食ってると落ち着くな。
『やっぱりこうしてみると普通の女の子だね』『ですねー』とか聞こえた気がするが気にしない。
***
「それじゃまたね、風菜ちゃん、璃緒くん」
「はい、また明日」
「優菜さん、ありがとうございました」
何やら仕事がある、ということで先輩はそそくさと……消えた。多分例外モンスター狩りだろう。
「風魔法で脚力跳ね上げてるな」
「へぇ、あんなに速くなれるものなんだね」
「お前の風魔法とは大違いだな?」
「わ、私は風属性がメインってわけじゃないし! 水だし!」
「つい最近どや顔で俺に対して風魔法の脚力強化使ってたよな。あの人の足元に及ばないレベルだったと思うが」
「うぐ……」
そんな会話をしながら俺たちも帰路に着く。辺りはすっかり暗くなってるが、真夏ということもあってまだ少し蒸し暑い。
こんな中で仕事とは……あの人も大変だな。
「そういえばお兄ちゃん。さっきまた明日って言ってたけど明日何かあるの?」
「登校日だ。魔法テストがメインのな」
「あ、なるほど」
面倒としか思わんがうちの高校は夏休みは2回、ついでに冬休みも1回魔法テストがある。
内容は簡単な筆記と……教師が魔法で作り上げたマジックドローンと呼ばれる、いわば人工モンスターとの模擬戦。
筆記は夏休み前に出題予想問題集を貰っているので大してきつくはないが、模擬戦が案外厄介(らしい、一回目だから知らん)だ。
それなりの強さらしいが夏休み中の修練を欠かしてなければ勝てる、というのが担任の言っていた話……なのだが、ニヤニヤしていたので信用していない。
負けても成績に変化はないが勝てればそれなりに加点されるらしい。
「私の中学はそんなものないしなぁ」
「羨ましい限りだ」
「頑張ってね、お兄ちゃん」
「あぁ……」
そう返事をした辺りで目の前には我が家が。
ブルーナイトとの戦闘での疲労がたまっていたのか、風呂を済ませてベッドに入ったらあっさりと眠ってしまった。
8/12
RFO1-5から1-7を改稿、統合し、1-2として編集。