RFO1-1 【同じであって違う世界】
2012年に、マヤの予言というのが話題となっていたらしい。
当時産まれていない俺は両親から聞いた話でしか知らないが、ひらたく言えば世界が終わるという予言。
が、ふたを開けてみればそんなことは全くなく、いたって普通に2012年を過ごし、2013年を迎え……と、時は流れていった。
その18年後の2030年。またテレビでそのような話題が盛り上がった。海外の学者曰く『今年で世界は終わる』と。
8歳だった俺は馬鹿正直に信じ、ビビっていたのだが、両親は別に何を思うでもなく普通に仕事をしていた。
「どうせいつものデタラメだから何も起こらない」
両親が何度もそう言うに連れて、俺の意識からも世界が終わる、なんてものは消えていった。
2030年12月31日、つまり大晦日。
結局本当に何もなかったと思いつつ、早めにベッドに入り……。
そして日付変更直後。
俺は物凄い揺れを感じて目が覚めた。地震かと思ったが違う。家具などがまったく揺れていないのだ。
本当に空間だけが激しく震えているようなイメージ。
まさかこれで世界が終わるのかと俺自身が恐怖で震えながらベッドに潜り込んだ。
途中で両親が部屋に入ってきて安否を確認してきたが、一言大丈夫、としか答える余裕がなかった。
およそ5分ほどで揺れは収まったが、寝つけれる訳もなく、ほとんど寝れないまま過ごしたのははっきりと記憶に残っている。
翌日の2031年元旦。
意を決して外を確認し……唖然とした。
まっさきに目に入ったのは、島らしきものが……空に浮いていたり。見たこともないような鳥が空を飛んでいたり……。
テレビをつければ話題はそのことで完全にもちきりであり、日本全国……いや、世界各地が同じようになっていた。
日本政府は即座に外出禁止令を発令、食料などは警察や自衛隊の人が持ってくる等、自衛能力のない者は絶対に外には出れない事態となっていた。
いわゆる、見たこともないような鳥はモンスターというもので、人を見ればほぼ容赦なく襲い掛かってくる。
地上にも同じようにモンスターと言われるものがたくさんいて、これも性格はほぼ同じ。見た目は様々な種類がある。
そして、今までの人とは明らかに違う、耳の長い人種……つまりエルフ。
世界各国が手を結び、四苦八苦しながら何とかエルフと対話を行い、なぜ世界がこうなったのか、どのような対策を取ればいいのか、あらゆる情報を引き出した。
曰く、地球と魔球(エルフ族の惑星)が合体したと。衝突ではなく合体となったのは魔球側にある大量の魔力が作用し、調和の役割を果たしたと。
モンスターに対する対策はエルフ族が『それはこっちの世界の動物のような物。危険だから排除はしているが……やはり危害を加えてきているようで申し訳ない、対策はこちらで取る』と。
結果、人口がある程度密集しているエリアをエルフ族が魔法障壁で覆い、人間とモンスターの住処を明確に分断した。
どうしても住居が障壁内に入りきれない場合、政府の負担で障壁内エリアへの引っ越しを行う等、様々な対策が取られていった。
問題は障壁を張った後、その内部に残っているモンスターの殲滅だが、これはエルフの協力によって1か月ほどで殲滅が完了した。よって外出禁止令も同時に解除。
自衛として武器に値するものを特に許可なく所持することが可能となり、障壁外エリアに行くときは必ずもって行くようにと通達がされた。(障壁と言っても単純な魔力のドーム。モンスターが近づこうとしない魔力で作られているだけであって物理的な障壁でないため、普通に通り抜けが出来る)
およそ半年もすればほぼすべての対策が取られ、人々は普通に生活することが出来るようになっていた。行動範囲が狭まったのはまぁ致し方ないことだろう……今では海に行くなどほぼ不可能と言っていい。
魔法が主体の文明だったエルフ族も人間の協力によってよりハイテク化し、互いに手を取り合って生きていくことが出来るようになっている。
そして……。
***
2038年8月3日、夏休み真っ直中。
非常に蒸し暑い中、俺は障壁外エリアと呼ばれる、モンスターが出現するエリアで狩りをおこなっていた。理由は単純な鍛錬。
「…………28匹目……やべぇ、熱中症で倒れてもおかしくないぞこれ……」
モンスターと言ってもさまざまだ。想像しやすいゴブリンみたいなやつから狼のようなモンスターまで。
まさに今、28匹目のモンスターの頭を剣で切り落とした所だ。グロテスクなシーンを浮かべるかもしれないが、エルフの世界の生物に血という概念は存在しないらしい。まぁ、それでも肉と骨は断面から見えるが、実際は見える前に光となって昇っていくので俺は見たことがない。
大量に流れる汗を無視して周囲を見渡すが、モンスターの元みたいなものである光球が天から降りてこなくなった。
これを期に剣を腰につけている鞘に収めて全力ダッシュ。
10メートル程走った所でまた1匹沸いてきたが、幸いにも補足されない距離だったのでこのまま家まで何とか逃げ切れた。
カードを読み取り部に当てて解錠するタイプの家のドアを開き、タイマー設定で既に起動済みのクーラーがある自室のベッドにダイブする。
家族は全員出払っているようだった。
心地よい冷気に満たされた自室でしばらく身じろぎ一つせず休憩していると、ズボンのポケットに入れていた端末が震えた。所謂携帯の類だが、魔法が使える人には少し便利な仕様がある。
「もしもし……。現在は狩りから帰ったばっかだから用件は早めに言ってくれ」
『障壁外エリアの中でも特にモンスターが大量に居るっていう場所で……? 度胸あるね』
端末には触れてすらいない。
からくりは単純で、端末と自分を魔力で繋いでいるだけだ。要は見えないヘッドセットを魔力で作っていると思えばいい。
便利な物だと思いつつ、正直話しているだけで体力消耗している気になってしまうので、次を促す。
「うっかり入っちまったからな。まぁ2匹以上と相対しないように1匹1匹を初撃で倒したよ。んで何の用だ?」
『あー、うん。ちょっと一緒に倒してほしい奴が……」
「パス」
かなりめんどい内容だと理解したので相手がすべて言い切る前にばっさりと切り捨てる。
『何で!?』
「疲れてんだよ……」
『そんなこと言わずに手伝ってよ~夕凪璃緒君~』
「男にそんな猫なで声出されても気持ち悪いだけだから金輪際しないように。そして一人で頑張ってこい西野星斗君」
と、その後容赦なく接続を断ったが、しつこく端末がブーブー震えてくる。
結局腹をくくることになり……。
「しつけぇな……行きゃいいんだろ」
『おー、さすがリオー』
少し棒読みで賞賛してイラっと来たのでやはり断ろうかという考えがよぎる。
「はぁ……んで、何のモンスターだ?」
『えーっとね。ブルーナイト・ラージ、だったかな』
「……死にてぇの?」
ブルーナイト・ラージ、その名の通り、大きい蒼い騎士。ブルーナイトというモンスターが単純に大きくなっただけ……ではあるのだが。
「お前それ中ボスに分類されてるやつじゃねぇか! 勝てるかよ!」
『だから璃緒に応援頼んだんだよ』
「俺でも勝てるか!」
ゲームで中ボスぐらいなら標準ステータスでも楽々狩れるぜ、という人は大量だろう、がこれが現実世界と言うなら話は別になる。
もちろん動きは本人の運動神経に依存するし、繰り返ししつこいようだがここは現実なのだ、死んだら人生がゲームオーバーというのは当然である。
ましてや使えば一瞬で傷が塞がる回復アイテムなども存在しないのだ。唯一、自然治癒力を高速化させる擬似的回復魔法はあるが、高位のエルフじゃないとほぼ使えない魔法だ。
『まぁ流石に命捨てようって訳じゃないさ。ちょっとでもやばいと思えばすぐに逃げる、それでOK?』
「絶対にその言葉守れよ。最悪勝手に逃げるからな」
『もちろんそうしてくれ。やばいと思ったら僕も勝手に逃げるから。じゃ、いつもの場所で待ってるよ』
という言葉が聞こえた瞬間に接続が途切れた。
面倒というより死への不安の方が少し大きいのだが、まぁこっちも2031年、8歳の時から剣を握っている。15歳の今としてはそれなりに自信もある。
愛刀である〝サウンドブレード〟のメンテを短めに済ませ、服装は普段着のまま玄関を出た。
軽装の理由としては、まぁ純粋に暑いからというのもある。そっちの方で無駄に体力を奪われて動けなくなるのは元も子もない。
加えて、今から狩ろうとしている奴は恐ろしくでかい剣を持っている。俺が持っている防具じゃ装着した所で大して効果はあるまい。
いつも通りの待ち合わせ場所である公園に向かうと、既に星斗は到着していた。こちらに気付いて手を振ってくる。
***
「そうか、分かった。すぐに向かうよ」
商店街の中で、とある少女はそうぼそっと呟いた。
無論、独り言ではなく、魔力を使った端末通信だ。
「さて、行くのが少し面倒だなぁ……障壁外エリアだし」
かなり怠そうに、とぼとぼと歩いていく。その腰には短めの刀が2本。
一昔前の日本ならばこれだけで警察が即座に寄ってきてお縄になること確実だが、現在では法律として【武器】に指定されたものなら特に許可は取らずに所持が出来る。それで犯罪を犯せば通常より重い刑罰が待っているが。
態度をそのままに、郊外へと出る。町中はエルフ達の頑張りによって障壁が張られ、モンスターが入ることはないが、街の外……障壁外エリアに出ればそんな恩恵も勿論消える。
案の定、すぐに小型のナイフを持った小人のモンスターが現れ、少女へと飛びかかった。
小型のナイフが少女の可憐な肌へ傷を付けるか否かの所で。
「ウギッ!!」
モンスターが悲鳴を上げながら上下に分断された。
何ということはない。単に腰につけている刀で叩き斬っただけに過ぎない。
ただ、いつ刀が抜かれ、いつそれが振られ、いつそれが鞘に納まったのか、その場に100人居たところで誰一人わからないだろう。
「さて、ブルーナイト・ラージか……厄介だな」
***
道中はかなり楽だった。
目的の奴が居る場所は町外れにある廃屋だが障壁内エリアから出て10分ほど歩けば見えてくる場所だ。
まぁ、それでも多少の敵には謁見するので、容赦なく蹴散らした。
星斗も普段の口調とは想像出来ない程の俊敏さと正確さ、更には攻撃力で確実に屠っていく。
同じ高校の同じクラスなので俺にはわかる。こいつの運動神経の良さはクラスメイトの中でも群を抜いて高いのだ。体育でのこいつのアクロバットな動きは正直引きそうな程に。
そんなこいつでも、俺に協力を求めてくるというだけで相手にする奴がどれだけ強力なのかが窺えるだろう。
特に疲労を感じることもなくぼろぼろな廃屋……夜には来たくない雰囲気をもんもんとだしている建物の前に到着。
「……開けて、向こうがこっちを認識したらすぐにとびかかってくる筈だ。絶対に回避優先。アタックチャンスは確実に隙が出来た時、いいな?」
俺がそう告げると、星斗は頷きだけを返して両手剣タイプの武器〝ツーハンドソード〟を握り直した。
その手に少し汗が多いのは、果たして暑いという理由だけなのか。俺の手汗も暑いだけが原因ではないだろう。
「……よし、行くぞ」
もう手で開ける気にもならないので足で思いっきり蹴破って侵入する。
エントランスらしき所の中央まで進み、五感を全て働かせ、どこから出て来てもいいように身構える。
だが、出てこない。
「……まだか…………?」
そう小さく呟いた声は、恐らく隣に居る星斗にも聞こえていないだろう。
だが、それがスイッチだったかのように、
「ッ!! 璃緒、上だ!」
星斗の叫び声の途中から、俺はもう脚に力を入れてその場から跳んでいた。
身体強化魔法(少し副作用があるが)で補助も行い、4メートル程跳んで確実に回避する。星斗も5メートル近く跳んでいる(こっちは素の身体力)ので地面の破片などでかすり傷も負う心配はないだろう。
土煙の中からブルーナイト・ラージの眼が赤く光るのが見えた。
先手必勝、とにかく1発は入れるべく、すぐに前方ダッシュをして、腰の鞘から抜き取った“サウンドブレード”を全力で叩きつける。
「がっ……!」
手に、恐ろしいほどの痛みが走った。
かなりの硬さだった、全力で振ったせいで反動が響いたようだ……しかしそれ以前に……、
「何故だ!」
「情報と……違う……」
呆然と呟くのも理解できた。
大体のモンスターの情報はエルフ側の協力もあり、ほぼ網羅されている。ネットで検索をかけてしまえばすぐにでも情報が見つかる程だ。
“右手に大剣を持ち、動きが遅いながらも攻撃は重いが、装甲は大したことはない。”
最後の内容が、全く当て嵌まっていない。そもそも俺たちが本気で挑めば倒せるであろうレベルの相手な筈だ。だからこそ星斗も俺を誘ったのだろう。
しかも俺が使う武器、サウンドとあるが、名の通りに音を出すのではなく、剣自身が俺の魔力を使って秒間数万回という振動をして斬りつけた物体を構成する分子を切り離し、簡単に切断出来るようにする武器だ。分厚い金属鉄板ぐらい易々と切り裂けるものなのだが……
現実はこれだ。そういう武器ですら斬れることが出来ないほどにコイツは硬い。
「くそ! 1度下がるぞ!」
そこまでを理解した途端に、俺はもう無意識に叫んでいた。
「でも……そう簡単に逃がしてくれるかな……?」
「チッ……【エクスプロージョン】!」
星斗の言葉には返すものもなく、代わりに舌打ちした後に火炎魔法を唱える。
デカい火球が一直線に飛んでいき、派手な爆音爆風と共に直撃はしたが、煙が多すぎてどうなったかよく見ることが出来ない。
「放つ魔法を間違えたな……どうなった?」
小さく、呟く。
その直後だった。
煙の中から鎧が鳴らす独特な音がした。
疑問に思う必要は皆無だった。気づいたときには目の前で既に奴は大剣を上まで振りかざしている。
「璃緒!!」
俺の身の丈ほどもある剣が目の前にあることに体が凍りついたが、星斗の叫びで何とか我を取り戻し自分の武器を持ち上げて受け止めようとしたが、
「ぐっ……」
反応が遅れたのが災いとなった。力を入れることが出来ない。
「はぁっ!」
拮抗状態とはとてもいえず、押し切られるかと思ったところで星斗が短い叫び声と共にはじき返してくれた。ナイトは思いっきり仰け反ったので攻撃を叩き込みたいところだが、ガードが硬すぎるので大人しく後方へと下がり、少し深呼吸。
「悪い、助かった」
俺の軽い謝辞を小さく頷くだけで流し、星斗はナイトを睨み続ける。
それに倣い、俺も再び集中し直す。
その瞬間だった。
「ん……?」
「消えた……?」
星斗が呟いたその通りだった。若干の映像のブレみたいなものを残し、一瞬にして消え去った。
「見逃してく……」
俺が僅かな期待を込め呟き……後ろから強烈な殺気が感じ取れた。
「……れた訳じゃないみてぇだな!!」
物凄い速度で横一文字に振られる剣を間一髪屈んで回避し、再び魔力のアシストを使いながら後方へとジャンプ。
そこまでを流れ作業で行ったところで戦慄を覚えた。
再び、消えている。
「まずい! 璃緒の動きに合わせて先回りしてる!」
「っ……!」
まだこっちは着地をしていない。空中での方向転換はよほど魔力の扱いに長けていないと無理だ。
情報の違いが、また出てきた。こんな高速で動くとはどこにも載ってはいなかったはず。
顔を何とか後ろに向けると、既に剣を振りかざしているナイトが見えた。その赤い目がこちらを侮辱するように光った気がした。
「璃緒!」
「【エアー・バスティオン】!」
星斗とは違う、澄んだ声が高く響いた。
瞬間、カンッ! と非常に耳障りな音が俺のすぐ近くで聞こえてきた。
よく見ると自分のまわりの魔力……正確には魔力を含んだ空気が限界まで固められている。これでナイトの剣が弾かれたようだ。
だが驚愕している暇もない、着地してすぐに星斗の元へと戻り……その横にもう一人何者かが増えていた。
歳は俺たちとさほど変わらないように見えるが……どうみても女性だ。
「危ない危ない。ギリギリだったね。大丈夫かい?」
「あ、あぁ……すまん、ありがとう……ってさっきの防御魔法はアンタが?」
「ん、そうだよ?」
正直絶句した。星斗を見ると同じように言葉を失っているように見える。
しかしそれもわかる。先ほど俺を守ってくれた【エアー・バスティオン】という魔法は風属性魔法の中でも準最上級と言われるほど扱いが難しく、そして効果が強いのだ。
「あなたは……一体」
星斗が質問を投げるが彼女は肩をすくめただけで、
「それは後でね。まずはアイツを何とかしないと」
そうだ、まずは何よりもナイトを優先しないといけない。
「……ま、大丈夫だよ。あれぐらいなら行ける」
「は? いや、今のアイツは通常時よりも明らかに強く……」
俺の忠告はそこで止まっていた。
さっきの女性がいつの間にかナイトの目の前にいて、いつの間にか腰に提げていた二本のダガーを抜いていて、いつの間にかナイトの四肢がすべて胴体から切り離されていた。
直後、ナイトの目から光がなくなり、身体すべてが光球となって消滅した。
「ねっ?」
こちらを向きながら軽くウインクしてくるが、反応を返す余裕が俺たち二人にあるはずもなかった。
8/12
プロローグだったRFO1-1を削除し、1-2から1-4までをプロローグを追加したうえで統合、改稿。