RFO1-17【深緑優菜の強さ】
「で、先輩……なんで障壁外に?」
「私だって鍛錬ぐらいはするさ。まあ付いてきてもらったのはデー……じゃなくて何となくだけど!!」
何か言おうとしてたのを誤魔化してるような気がするが……まあいいか。
相変わらずの熱波に少し頭痛を感じながら先輩の数歩後ろを歩く。
「ん、あれは……」
先輩の足が止まったので隣まで歩き、視線の先を辿ると。
「オークの群れ……ですかね?」
「みたいだね。群れで何かをしてるみたいだ、アレは放っておこう」
「え、いいんですか?」
「敵意を向けてきてない相手を不意討ちで倒すのはちょっとね……蚊を殺すのとは訳が違うんだし」
それもそうか……というか完全に不意討ちだと大した鍛錬にはならないような気もする。
「ちなみに襲われたら?」
問いながら先輩と共にオークの群れを横切り、やはりというべきかオーク達が反応した。
「まあ、その時は勿論———」
より近い場所に居た先輩の背後から3匹のオークが飛びかかってくるのを、先輩はチラッと視線だけ向けて。
「———殺るしかないさ」
「グギッ!?」
最早見慣れた光景だが、チラッと一瞥しただけで3体すべての四肢が切断された。
恐らくは風属性真空刃系列の魔法を使ってるのだろうが、俺にはどんな魔法なのか判別が付かない。俺が知っている魔法ではないのだろう。
「相変わらず一瞬ですね……」
「このくらいなら簡単さ。君もすぐに出来るようになる」
「詠唱維持をですか」
「ん? 今のは普通に詠唱しただけだぞ?」
なんだと……チラッと見てから魔法発動までがやたら早いから詠唱維持をしてるのかと思ってたんだが……。
「……どっちにしろすぐには出来そうにないです」
最初級ですらまだ1秒はかかるのに、戦闘で有用な中級以上の魔法を1秒未満で詠唱するなど正直夢物語な気がする。
「そうかな……璃緒くんなら出来そうな気もするんだが」
「そんな高速で魔力を練ってもまともな魔法が発動しませんよ、俺だと」
「そんなもんだろうか……っと」
ふと視線を前に向けると再びモンスターの姿が。
小型の狼型モンスター……真っ白な身体をしたライトウルフだろうか、まだ少し距離があるがこちらへ一直線に向かってきている。
「次は璃緒くんがやるかい?」
「そうですね……じゃあ貰います」
ウルフがこちらに接触するまで7秒ほどだろう。それくらいあれば【サンダーアトラクト】の詠唱ですら間に合う。使わないが。
タイミングを合わせ、確実に命中させれる距離まで近づいてきた辺りで魔法を発動出来るように詠唱を開始し……。
待て。
足の早いライトウルフですら7秒もかかる距離で俺達はコイツを見つけた。そのくらい距離があれば小さく見えるのも当たり前だろう。
だが近づいてきた今はどうだ、どう見ても俺が知ってるライトウルフの――。
「前言撤回。下がれ璃緒くん」
――どう見ても俺が知っているライトウルフの大きさじゃない!
「くっ……【サンダースピア】!」
大したダメージは与えられないと分かってはいるが、体内で練った魔力を留める術……詠唱維持は出来ないので魔法を放つ。
その反動で後ろにいた先輩と入れ替わるように移動する。
その時にはもうウルフが口を大きく開いてこっちを噛み殺そうとしているのが見えた。
「風よ……靡け、すべてを守れ【エアー・バスティオン】」
唱えた瞬間にウルフの牙が先輩を捉えた……が、牙が肌の数センチ手前で止まった。
今先輩の周囲数センチの空気は魔力で固められている。
「デカイですね……」
「恐らくベアウルフだ。名の通り熊ぐらいの大きさがある」
「そんなヤツが居たんですか!?」
「普段は山奥に居るはずなんだけどね……なんでこんなところにまで」
周囲を見れば山は確認出来るが、結構な距離がある。
わざわざこんなところまで来たというのか……。
「なんにしろ倒さないとマズイ。万が一例外モンスターだとしたら街の中に入られるととんでもないことになる」
「例外……なんですか?」
「判別のしようがないね……コイツを生で見るのは初めてだから違いがわからない」
まともに戦うと骨が折れそうな相手な気がするが……今は先輩が捕まえてると言ってもいい。すぐに終わりそうな予感はする。
という思考を読んだかのように先輩が口を開いた。
「さっきから【インペトゥス・ロザリオ】を放ってるんだが全然効いてる様子がない。真空刃系列の中じゃかなり強力なんだけどな……」
「硬い……と?」
「デフォルトなのか例外なのか分からないけどね……で、申し訳ないが璃緒くん」
「はい?」
未だに先輩を噛み殺そうと口をぶるぶる震えさせているウルフに背を向け、こちらに飛びっきりの笑顔を向けてくる。
あ、嫌な予感。
「5秒だけこいつの気を引いてくれ」
「……まだマシな話で良かったです」
「どれだけの無茶振りを要求する気だと思ってたんだ君は」
先輩が自分基準で何かを要求してきたら絶対俺じゃ無理でしょう。
そんな言葉は飲み込んでおき……。
「【ライトニングスピア】!」
生成した電撃の槍を、大口を開けているウルフの口に放り込む。
「グルッ……」
流石に口の中に電撃をぶち込まれるとノーダメージという訳でもないようだ。
少し怯んだウルフがこちらへと視線を向け……。
「グルアッ!!」
「こわっ……」
こっちへと突っ込んできた。
正直すこしビビったぞ。
「っと……【ライトソード・エレクトロン】」
右手に光元素で作った剣を握り、敵の攻撃を避けながら斬りつけていく。
普通の【ライトソード】は光元素で作られてるだけなのだが、色々と属性をエンチャントさせることでそれ特有の効果を持たせることが出来る。
今は剣に電気を纏わせ、相手を痺れさせる効果を追加しているが……どうも効いてないようだ。
「魔力の無駄だな……エンチャントは外すか」
エンチャントそのものは大した難易度ではない。
その効果を高めるのは結構大変ではあるが。
「まだですか先輩……そろそろキツイんですけど!」
「あぁ、大丈夫だ! そのままこっちに来てくれ!」
相手が速いしデカイので結構本能的な恐怖を感じる。
いつまでもそんな状態でいたくはないので少しだけ脚力を強化して先輩の元へと走る。当然ウルフも付いてくる。
「そのまま私を飛び越えてくれ。風よ、靡け……すべてを裂け! 【エアー・ゼロコルテ】!!」
走る勢いはそのまま、言われた通り先輩の頭の上を飛び越える。
着地時に一回転してできるだけ衝撃を殺しつつ、どうなったか後ろを確認すると。
「んな……」
「久しぶりに使ったけど、まあ精度は落ちてないかな」
先輩の前には恐らくウルフが居るのだろう。
予想にしかならないのは、それが原型を留めていないからだ。
「これ……どうなってるんです?」
「あまり見せたくなかった魔法なんだけどね……喰らった対象がこれでもかってぐらいに切り刻まれるから」
となると……このバラバラになった白い破片はやはりさっきのウルフなのか。
モンスターに血液というものが存在しなくて良かったと心から思った。あったとしたらさぞスプラッタな光景と化していただろう。
「【エアー・ゼロコルテ】風属性真空刃系列の準最上級魔法さ。私が扱える攻撃系風魔法の中では最強だ」
「やっぱり攻撃系も持ってたんですね……」
「守るだけじゃ勝てないからね。まあ私が扱える準最上級はこれで全部だけど」
やはりこの人でも準最上級は2つしか習得してないのか……一般人の視点で見ればそれでも相当な事だとは思うが。
「となると風属性以外はどこまで習得を……」
「全属性とも上級までは扱えるよ。といっても覚えてる数は少ないけどね」
こう簡単そうに言われるとつい勘違いをしそうになるが、普通の学校で魔法関連を勉強してるだけの子供だと中級ですらかなり難しいと言われている。
上級などはそもそも安全性の関係で教えようとしない学校が多い。
ましてや元素ごとに体内での扱い方は微妙に変わるので、全属性を上級レベルというのは……どれほどの時間を魔法関連の座学や鍛錬に割けばいいのか見当もつかない。
「……変なこと聞いたらすいません」
「ん?」
「なんで……そこまで魔法を極めようとしたんですか?」
「んー……まあ理由はあるといえばあるけど……」
やはり聞かない方が良かったと後悔した。
言い淀んだ時に一瞬だけ表情が曇ったのをはっきりと見てしまった。
「ナイショってことで♪ いつか教えるよ」
そんな表情をすぐに微笑に変えた後、右手の人差し指を立てて唇に当て、何事もなかったように取り繕ってくる。
「……分かりました」
いつか教えてくれるのなら、その時を待とう。
追及は一切せずにその話を切り上げた。
「さて、どうしようか。私は別に戻ってもいいんだが……」
「あ、先に戻っててもいいですよ。俺はちょっと【サンダーアトラクト】のテストがしたいので」
それだけ告げて獲物を探しに歩みを進めるが、後ろからもう一つ足音が。どうやら付いてくるようだ。
「流石に君1人置いて帰るのは……ね」
「全然大丈夫ですけど……さっきの大魔法で疲れてたりしませんか?」
「準最上級を1,2発放ったぐらいでへばったりはしないさ」
さすが……俺だと1回使ったら割とバテるんだが。
「体内の魔力量が俺とは違うんですかね……」
「魔力量は大して変わらないと思うけど」
思わずくるっと振り向いてしまった。どういうことなんだ……。
「要は100の魔力が必要な魔法で150も魔力を使ったら無駄が発生してしまう……というだけさ」
「あー、なるほど」
先輩がこくりと頷いたのを見てその場で足を止める。
ゴブリンを2体確認出来たので申し訳ないがテストの犠牲者になってもらうことにする。
「光よ……轟け、響け、すべてを貫け【サンダーアトラクト】」
詠唱完了と同時に魔力が雷雲を生成し、ゴロゴロと雷特有の音を響かせる。
「ここと……ここだな、落ちろ」
狙いが狂わぬようにいつも通り指先で雷が落ちる先を指定し、落雷を2本発生させ、ゴブリン2匹の頭に直撃させた。
残り3本落とせるが、特にモンスターがいるわけではないので何も無いところにパパッと落とす。
「……相変わらずすごい音だね」
その声に反応して後ろを振り向くと耳を塞いでしかめっ面をしている先輩の姿が目に入った。
「あ、すいません」
「いや、大丈夫だけど……キミは平気なのか?」
「もう慣れてしまいました」
先輩の姿を見て思い出したが、初めてこれを使った時に風菜が大泣きしていた記憶がある。
かくいう俺もあまりの大音量なので封印しようかどうか迷った時期もある。戦闘時の切り札として使えるので流石にそこまでは行かなかったが。
「そうか……それにしても少し威力が上がってるみたいだね」
「ん、そうなんですか?」
自分ではいまいち実感が沸かない。
思わずコテンと首をかしげていると先輩がクスッと笑った。
「魔法の成長は自分じゃわかりにくいからね」
「発動速度が向上したのは実感してましたけど……」
元より雷を落とすという性質上、破壊力はそれなりにあるので威力の上昇というのは認識がしにくい。
「どっちも間違いなく伸びてるさ。私が保証する」
「貴女にそう言われると不思議な自信が付きますね……」
その言葉に先輩はふふっと笑った後、進行方向に身体を向けて顔だけこちらに向けてきた。
「何も無いならそろそろ帰ろうか?」
「そうですね……暑さで倒れそうですし」
「私はそうでもないが」
また冷たい突風が俺の頬を撫でてきた。くそ……。
「ズルイですよ!」
「あっははは! でも確か璃緒くんも風魔法は扱えるだろう!」
そう言ってそのまま先輩は走り出した。先輩は平気かもしれないが、俺はこんな猛暑の中で走ったらとんでもないことになる。
「俺は風の温度まで操作出来ませんってば!」
しかし走らざるを得ない。生真面目な自分を呪いつつ先輩の後を追うように走った。