RFO1-15【休息】
「……帰るか」
「そうだね……もう疲れた……」
まさか実力向上のために外に出たら中ボスの例外に出くわすとは思いもしなかった。とてもじゃないがこれ以上は戦う気にならないのでさっさと帰ることにする。
「身体がめちゃくちゃダルいんだが……」
ノロノロと歩きながら少し前を歩く風菜に愚痴ると、くるっと振り向きながら困った顔で見てきた。
「そりゃ身体強化魔法の副作用とか右手の傷も治ってないままにあんな戦闘すればねぇ」
「はぁ……」
本当にしばらく家に引き篭もってた方が良さそうだな。よくこんな状態で【サンダーアトラクト】が使えたものだ。
「ていうかお兄ちゃん」
風菜が歩くスピードを落として俺と並列に歩き始めた。
「なんだ?」
「お風呂入れないって言ってたけどどうするの? すっごい汗かいてるけど」
「…………」
失念していた。痛みを感じないのも困りものだな……いや、右手の傷を見て風呂に入るのはキツそうと言ったのは俺自身なのだが。
「右手が濡れなければいい」
「いや無理でしょ」
右手を顔の前でぶんぶん振って高速否定。冗談に決まってるだろ。
「じゃあ最初の予定通りに濡れタオルでいい? なんなら私が一緒にお風呂入る?」
「タオルで十分だ」
声音的にいつもの冗談じゃなくて少し本気だったようだが、流石にお断りだ。俺を犯罪者にする気なのか。
「義理だからセーフだよ」
「アウトだ馬鹿」
思考を読むな。
***
道中で何度か雑魚モンスターに襲われはしたものの、割とまだ元気だった風菜が片っ端から蹴散らしてくれたお陰で俺は非常に楽ができた。
「ただいまー……」
とは言ったものの、疲労はかなり溜まっているようだ。声に覇気を感じられない。俺もこのまま風呂に突撃してさっさと寝たい気分だが……。
「ちょっと待っててねー」
「……」
とことこと洗面所に向かい、タオルを3枚手に取り。
「【クリーンウォーター】」
手から控えめに水を出してタオルを湿らせていく。水属性は戦闘だと威力不足な魔法が多いが、こういう所で役に立つ事が結構ある。
「はい」
「おう、サンキュ」
俺としては素っ気なく礼を言ったつもりなのだが、向こうはそう捉えた訳ではないらしく、クスッと静かながらさぞ嬉しそうに笑っていた。
「……背中の湿布だけ取ってくれ」
「あれ? 付けっぱなしだったの?」
シャツをぐいぐいと上げながら背中を風菜に向ける。
「腕と脚の奴は取ったけどな……」
背中にまで手を伸ばすと痛みが来るせいで取れなかった。というのは黙っておく。
「ふーん……ぺりぺりーっと」
背中の湿布が剥がれたのを確認してからそのままシャツを脱いで半裸となる。汗をかきすぎて非常に気持ち悪かった。
「悪いな。汗まみれの身体触らせてしまって」
「お兄ちゃんのだから気にしてなーい」
その言葉の意味を理解しようとしたが、深く考えない方が良いと直感し、タオルを持ったまま自分の部屋に移動する。
しっかり拭きたいのと気持ち悪さとでとりあえず下も全て脱ぎ、いざ拭き始めようとしたところで。
ガチャ。
「忘れてた。お兄ちゃ——」
「【ベトリーブ・ヴェンタス】ッ!!」
バターン!!
開きかけたドアを風属性魔法で強引に閉め直す。危ないところだった……。
「うひゃあ! な、なに!? 私何かやらかした!?」
扉の奥から焦りに焦りまくっている風菜の声が聞こえてくる。
「入るならノックしてくれ!!」
「え? でもいつもはそんなこと……」
「とにかく今はダメだ!」
「は、はーい」
足音が遠ざかっていく。反応を見る限りギリギリセーフだったみたいだな……。いくら女顔でも性別は男だ、色々とマズイ。
ささっと1枚目のタオルで下を拭いてから下着とズボンを履いてから残りのタオルを持ってリビングへ移動……の最中に1枚目を洗濯機に放り込む。
「風菜」
「あ、終わった?」
「いや、上がまだだが……その前にさっきは何の用だったんだ?」
「大したことじゃないけども……背中拭いてあげようかなーと」
それを聞いて手を背中に回す。フェルトの【フィールト・サイレンス】の効果がだいぶ薄れているのか、少し痛みを感じる。
さっきはしょうがなかったとはいえ、親切心を問答無用で押し返した訳だ。
「……そうだな、じゃあ頼む」
若干心が痛……む訳でもないが、甘えておこう。タオルを1枚風菜に投げる。
「うわっとと……じゃあ後ろ向いてー」
「ん……」
後ろを向いてしばらく待ってると、背中にひんやりとした感覚が。
風菜が魔法で扱う水はある程度の温度調整が出来る、らしい。夏場でかなり暑くなっているということもあってタオルに含ませた水は結構冷たくしているようだ。火照っている身体にはかなり気持ちよく感じる。
「力加減ってこんなもんでいいの?」
「大丈夫だ」
氷剣をよく扱うからだろう。中3の女子にしてはなかなか力が強い。別に痛い程でもないので無難な返事をしておく。
「ごしごしーごしごしー♪」
よく分からんが楽しそうだ。しかしこのひんやり感、ホントに心地いいな……。
「ぴとっ」
「ひゃっ!?」
「あはは! 今物凄く女の子っぽい反応した!」
「いきなり首筋に当てんな!」
突然に冷たいものを首に当てられたら誰だってあんな反応するだろ……。
「もう十分だからタオル貸せ!」
「えー」
何かごねてるが容赦なくタオルをひったくる。まだやらせてたらさらに何かイタズラしてきかねん。これ以上うっかり変な反応をしてしまうわけにはいかないのだ。
「お前も疲れてんだろうからさっさと風呂入ってこい」
「でもまだ14時だよー?」
「臭くなっても知らんぞ」
「入ってくる!!」
「……」
ガチャバターンと派手にドアを抜けて風呂へと向かっていった。もう少し静かに開閉しろ。
自分も部屋に戻り、残りの1枚で手の届く部分を手早く拭いてから着替えを済ませる。
「14時か」
昼食とするには少し遅いだろうか。しかし夕食までは結構時間がある。おやつとして何か作った方がいいかもしれないな……。
「材料なんかあったっけか……」
冷蔵庫などをガサゴソと見ながら考える。殆どなんもねぇな……。
「クッキーでいいか……アイツの風呂長いし」
生地を寝かせる時間があるが、30分ぐらいだからちょうどいいだろう。
てことで……。
「薄力粉……卵……バター……砂糖……」
慣れてる作業なのでさっさと生地を作ってしまい、ラップをかけて冷蔵庫で寝かせる。後は30分程待機。
なにやら風呂場から『 【スプラッシュバースト】ォー!』とか聞こえるが……何やってるんだアイツは。
水場だと水魔法を遠慮なくぶっぱなせて楽しいとか前に言ってた記憶はあるが……。
いちいち気にしてたら身がもたないな。ポケットから携帯を取り出し、暇つぶしにゲームを開始。
***
30分ほど経ったが風呂場からはまだバシャバシャと音が聞こえる。まだもう少しかかりそうだなと頭の片隅で考えながら、先程まで操作していた携帯をポケットに戻す。
「さて……」
オーブンのスイッチを入れてから冷蔵庫に向かい、生地を取り出す。それを5ミリぐらいの厚さに延ばしてから型を取っていく。後はこれを焼けば終わりだ。
こういう手間のかからないものなら俺としても作る気にはなれるのだが……。やはり料理全般めんどくさいのが多くてあまり好きではない。
15分ほど焼いたところで確認。
「……うん」
ちょうど良さそうだ。
「上がったよお兄ちゃんー。なんかいい匂いするけど……」
ちょうどよく風呂から風菜が戻ってきた。まだしっとり濡れている髪にタオルを被せている。
「クッキー作ったが、焼きたてだから少し柔らかいぞ。冷ます時間があるからきっちり髪乾かしてこい」
「ほんと!? 了解ー!」
こういうお菓子系が本当に好きらしく、作ると大体こういう反応をする。アイツも一応作れるはずなんだが……。
洗面所から聞こえるドライヤーの音を何気なく聞きながらクッキーがサクサクになるのを待つ。
「よし、これくらいだな」
ある程度時間が経った所で1枚食べてみたが問題なさそうだ。これで夜まで腹が膨れるかと言われたら微妙かもしれないが、俺も風菜も小食気味だから問題ないだろう。そもそも1日食べなかったぐらいで死ぬこともない。
「ただ今戻りましたお兄様!」
ビシィッと音が鳴りそうなぐらい綺麗な敬礼をしながら風菜が戻ってきた。なんだそのノリは。
「テーブルの上置いてるから適当に摘んでろ。砂糖しか入れてないから物足りんならジャムかなんか使ってくれ」
「はーい。いただきまーす」
キッチンに移動し、置きっぱなしだった道具を軽く水で流してから洗浄機にまとめてぶち込み、スイッチオン。
風菜の対面に座ったところで。
「相変わらず美味しいよねー。パティシエなれるんじゃない?」
「所詮趣味レベルだっての。ケーキとかは面倒臭いから作らんぞ」
別に作れないことはないがアレは色々と気が向かない。店とかでみるケーキは綺麗な出来栄えだが、よくあそこまで作れるなと感心する。俺だと途中で適当になるからな。
今作ったのも余計なアレンジとかはせず、きっちりとレシピ通りにしか作っていない。単純にアレンジ等は考えるのが面倒臭いのだ。せいぜいココアパウダーをいれたり、チョコを少し混ぜたりする程度。
「で、お兄ちゃんはこの後どうするの?」
「この後どころか当分外出する気ないな。増援要請でもされん限りは障壁外には絶対行かん」
「まぁ……そうだよねぇ……」
こんな戦闘を続けてたらマジで死にかねない。ていうか今日も死にそうになる場面多かったし。
「この右手の傷と、全身の筋肉痛が治まるまでは家で大人しく魔法の勉強しとく」
「ん、それがいいよ。私もしばらく引きこもりしてよーっと」
「聞こえが悪いな……」
年頃の女子が家で引き篭もりというのもどうなのだろうか。確かにこんな暑い中わざわざ外に出る気にはならんのも分かるが。
「……疲れた。昼寝してくる」
「あれ? もう食べないの?」
部屋に戻ろうと立ち上がったのを見て、風菜がこてんと首をかしげながら聞いてきた。
「もう要らん。全部食べていいぞ」
それだけ告げて自室へと向かう。戦闘中はアドレナリンのせいか疲れをあまり感じなかったが、もう今は動く気にもならんぐらい身体が怠い。
冷房の設定を少し弱くしてからベッドにダイブするとすぐに眠気に襲われた。想像以上に疲労が溜まってるらしい。
「はぁ……」
ため息を吐き、そのまま意識がブラックアウト。
目覚めたのはまさかの18時。帰宅していた母親に夕食が出来たと起こされた時だった。