RFO1-12【炎天下の中】
手早く紅茶を淹れ、二人のもとへと戻る。風菜のソーサーには角砂糖を1つ置いといたが、先輩の好みは知らないのでとりあえず2つ置き、後は一緒にミルクピッチャーを持っていく。
「どうぞ」
「ん、ありがとう。手は大丈夫なのかい?」
右手を少しぶらぶらと振り、
「特に問題なしです。お疲れでしょうし、少しゆっくりしてってください」
「それは有難いけど……大丈夫かな、その……御両親とかは」
「父親は海外出張行ってますし、母親も夜遅く帰ってくるのでまだ大丈夫です」
ていうか別にうちの両親は家に誰が居ても大して気にしないので母親が帰ってきてようが大丈夫なのだが。泥棒とかは論外として。
早くもカチャカチャと砂糖とミルクを入れ終えて紅茶を飲んでる風菜が、
「そういえば、優菜さんの家族ってどんな感じなんです?」
「唐突だね、どんな感じって言われても……まあどこにでもいる普通の家族じゃないかな。父親がちょっと特別なだけで……特に兄妹とかもいないし」
ふーん……そうなのか。しかしマジッカーフォースメントのトップをやってる父親が『ちょっと特別』で済むのかは微妙な気がするが。
「君らは……まあ聞くまでもなく仲良さそうだよね」
「そうですねー。特にお兄ちゃんとも両親とも喧嘩なんてしたことないですし……血は繋がってないんですけどね」
この言葉に先輩もちょっと反応したらしい。目が少しだけ見開いている。教えてはいなかったしな。くるっとこっちを向いて、
「……そうなのか?」
「……俺もそんなに覚えてはないんですけどね、一応事実ですよ。俺が幼い頃に孤児院から風菜を引き取ったそうです……身体的特徴が俺に似てるって理由で」
実際、髪色や目の色、挙句の果てには顔つきも若干似てるときたもんだ。血がつながってると考えるのが普通だろう。
「そういうわけなので、一応私とお兄ちゃんって合法的に結婚出来るんですよー」
「な……それはこま……!?」
「……?」
思わず首をかしげた。いつも通りな風菜の戯言に強烈な反応を示したかと思えばいきなり黙り込んでいる。何故か顔もかなり赤いし……どうしたんだ?
「優菜さーん」
「ちっ、違……違うぞ!」
風菜の過剰なにやけ顔とそれに対して過剰に反応する先輩。なんの意味なのか俺にはさっぱりだが、こういう女子の会話に口を挟むのも無粋だろうと判断して、自分の紅茶をすする。
「私何も言ってないですよー?」
「私も何も言ってない! 風菜ちゃんの幻聴だ!」
矢継ぎ早に言葉をまくし立て、何かから逃げるかのように目の前の紅茶を早飲みしている。というか、あの大声を幻聴で済ませるのは無理がある。
「おい……よく分からんがその辺に」
「はーい♪」
「うぅぅ……」
ホントになんなんだ……。
***
「ふぅ……じゃあ私はそろそろ戻るよ」
「ん、分かりました」
10分ほど談笑しただろうか。先輩が立ち上がり、鞄を持って玄関へと向かっていった。
「優菜さん、もう戻るんです?」
「あぁ、上にも報告しないといけないから……短期間に2度もお邪魔しちゃって済まなかったね」
「大丈夫ですよ。今はこの家殆ど俺と風菜しか居ないですし」
「……そうか。じゃ、またね。紅茶ご馳走様でした」
そう言って扉を開ける先輩に対し言葉は出さず、頭を1回下げることで返答した。やがて自動的に扉が閉まったところでくるっと踵を返し、
「なんか疲れた。早いけどそろそろ寝る」
「私も疲れたし、寝よーっと。それと手は大丈夫?」
「痛みもないし動かしにくいってもんでもない。まあ風呂には3日間ぐらい入れんかもしれんが……」
「んー。じゃあ明日とかは【クリーンウォーター】含ませた濡れタオル持ってくねー」
なんともありがたい提案に対して右手1本をひらひらさせることで答え、さっさと自室のベッドへダイブ。さっきの突発的な戦闘は確実に俺を疲弊させたらしく、一瞬で眠気がやってきた。それに逆らうことなく意識をブラックアウト。
つぎの日、8月5日。目覚ましも使わず自堕落に目を覚まし、時計を見てみれば10時15分頃だった。
「……」
特に何も思わずのそのそとベッドから起き上がり、俺の動きを感知したエアコンが勝手に起動。なかなかの勢いで冷風を発射し始めた。そのまま自室を出てリビングへ。
むわっとした空気が出迎えてくる。エアコンが付いてないということは風菜はまだ起きておらず、母親は既に仕事に向かった後だろう。
再び自動起動したエアコンを尻目にキッチンへと向かう。母親が居ない以上自分で朝食を作るしかないので、手っ取り早く前も作ったホットケーキを作ることにした。
「材料……と、道具……」
さっと取り出してさっと調理開始。フライパンで焼いてる辺りでリビングの扉が開いた。
「うー……ん。おはよー……」
明らかに眠そうな表情で風菜が入ってきた。
「ん、おはよう」
「良い匂いがするから目が覚めちゃった……ホットケーキ……?」
手は止めず、視線もフライパンに向けたまま1つ頷くと、
「わーい! やったー!」
どうも一瞬で目覚めたようだ。どういう仕組みだよ。
「もう出来るから皿取ってくれ」
「はいはーい」
風菜が食器棚から持ってきた皿2枚を受け取り、ホットケーキを2枚ずつ乗せる。後は適当にメープルシロップをかけて終わり。
「テーブル置いといてくれ」
皿を2枚とも風菜に渡し、運んでもらう間に使った道具を手早く洗う。こういう所でアイツが手伝ってくれりゃ洗い物とかすぐに終わるんだがな……。
デカイ汚れだけ落としたら後は食器洗浄機にまとめてぶち込んで終わりだ。フライパンすら入るでかさ。割と助かる。
さっさと食べてしまおうかとテーブルに着くと風菜が開口一番に
「今日はお兄ちゃんってどこか行く予定あるの?」
「……武具店で武器のメンテしてもらおうと思ってるが?」
「あ、それがあった」
「行こうとしてたとこでもあったのか?」
「いや特には。ちょっと気になっただけ」
そうですか……。
模擬戦と昨日の戦闘によってサウンドブレードが割とボロボロになっていた。そんな簡単にパキッと折れるようなものでもないが、切れ味は間違いなく落ちるので1度店でメンテしてもらおうと考えた。
「……お前も行くのか?」
「私の武器はまだ全然だから大丈夫。それと外暑いし」
さり気なく本音零したな。まあコイツの武器は銃だから近接武器よりはメンテの頻度も少なくて済むのだろう。実に羨ましい話である。
ホットケーキをすばやく平らげ、皿は食器洗浄機にぶち込んで自室へと向かって準備をする。
手早く着替え、財布とスマホをポケットに入れ、サウンドブレードの鞘を腰に引っ掛け、玄関に向かう。
「今日の最高気温、40度超えるとか言ってたから気を付けてねー」
「マジかよ……」
嬉しくない情報を背中で聞き取りながらドアを開け、外へ……。瞬間、喧しいほどの蝉の合唱と太陽からの超強烈な熱波。うっかり回れ右をして家に帰りたくなるが我慢し、かなり遅いスピードで歩き出す。こんな中で運動部の連中は部活に励んでいるのか。そりゃ熱中症で倒れる奴も出てくるだろう。
幸いにもいつも利用してる武具店はそんなに遠い場所にあるわけでもなく、20分ほど牛歩しているとたどり着いた。
この熱波から逃れるべく、迷わず店内へと突入する。程よく冷房が聞いた店内を歩き回り、カウンターへと向かう。
「すんませーん」
「はいはーい……お、璃緒君じゃないか。何の用で?」
カウンターに誰も立っていなかったので声を掛けると奥から少し痩せ型な高身長の男性が出てきた。ちなみにこの人、初対面時に俺の事を男と見破った奇怪な人物である。
数年も利用してる店である故に、店主とは完全に知り合いである。小さい武具店だから来る客が少ないのかもしれんが、品揃えや信頼性などは普通に高い。穴場みたいなものだろうか。
「こいつのメンテを頼みたい」
言いながら腰のサウンドブレードを鞘ごとカウンターに置く。
「メンテだね、了解。先約で1人居るからその人の武器のメンテが終わってから取り掛かるよ。20分ぐらいかなー」
「分かった。20分ぐらいなら店内を適当に眺めとくよ」
カウンターを離れ、ショーケースに収められてある色々な武器を眺める。ショートソードからロングソード……槍やハンマー等、かなりの種類がある。手軽な武器だと文房具店にすら置いてあるのだが、本格的な物が揃っているのはやはりこういう武具店のみだ。
俺と風菜の武器はオーダーメイドだが、それもこの店で作ってもらったものだ。技術力はそれくらい高い。
色々見て回り、『前回来た時と比べても全然売れてねーな』というすこし失礼な事を考えながら歩いていると。
「ん?」
見知った後ろ姿を発見。あれは……。
「星斗!」
「あ、璃緒!」
向こうもこちらの存在に気付いたらしく、少し小走りで近付いてきた。
「なるほど、メンテの先約ってお前だったのか」
「うん、ツーハンドソードのメンテをしてもらいに。璃緒も武器のメンテ?」
「あぁ、模擬戦と……後昨日少し戦闘があってな、武器がボロボロだったから」
すると星斗が表情を少し変えて、
「戦闘? もしかして昨日のやたら長かった外出禁止例関係?」
ほんと聡明だなこいつ。
「あぁ、家の前にゴブリンが5体居たからな。風菜と一緒に殲滅してた。ちょっと怪我してしまったけど」
言いながら右手をプランプラン揺らして見せる。流石にまだ傷は塞がっていない。
「え、5体とはいえ、ゴブリン相手に怪我……? まさか」
「察しがいいな、例外モンスターだ。早いしパワーあるしで結構めんどくさかったぞ」
「そうだったんだ……大丈夫なの?」
もう一度右手を振る。しかしこれでもあまり痛みを感じないのはフェルトの魔法のせいなのか先輩の用意した包帯のせいなのかわからなくなってきた。
「軽いケガに見えるが一応刃物が掌を貫通してるからな」
「え、えぇっ!?」
何故かビクッとして後ろに飛び退いた。オーバーリアクションな気がするが……。
「ほ、ホントに大丈夫なの!?」
「コレ、特殊な包帯らしい。先輩から貰った。てかお前はなんで武器のメンテしてるんだ、戦闘でもしたのか?」
なんかこれ以上この話題に触れてると右手が痛くなってきそうな感じがしたので話題を逸らすことにする。実際気になってたことだし。
「あ、あぁ……。特訓の過程で武器使ったりしてるから……」
「特訓っつーと……若松先輩のか」
「そうそう。たまに障壁外に行って土属性魔法を使うヤツと戦ってたりするんだ」
魔法の訓練だよな? と一瞬疑問を持ったが、まあ若松先輩には若松先輩の考えがあるのだろう。実際に土属性魔法攻撃を受けてみることで掴めることもあるかもしれないしな。
「星斗くん! 武器のメンテ終わったよー!」
その他取り留めのない会話をしていると店主の声が響いた。
「あ、はーい、今行きます! じゃ璃緒、またね」
「……こんなクソ暑い中訓練してるのか?」
「はは……まあ確かに暑いけど、ようやく魔法が使えそうな兆しが見えてきたし、休んでもいられないからね! あと華先輩、普通にアイス奢ってくれたりするし」
驚きだ。いつの間にか下の名前+先輩と呼んでいるのか。まだ数日だが相当長い間やってるみたいだな。
「そうか……まあぶっ倒れんようにほどほどになー」
「大丈夫大丈夫! じゃ、行ってくる!」
そう言って星斗はすたこらと店を出て走り去っていった。しかし僅か数日でもう魔法が使えそうな兆しが見えてきてるのか……あっさりとコツを掴むあたり、やはり天才なのではなかろうか。
「まあ、魔法は使えるようになってからが本番だしな……」
声が届くはずもないが難しいのはこれからだぞ、と心の中で呟き、15分ほどしたらメンテが終わったとの報告を受けて武器を受け取った。
しゃらん、と心地良い抜刀音を聞きながら抜刀し、刃を確認。
「どうかな、璃緒君」
見た目的には問題なし。試し斬りのために店舗の隅に用意されてる角材を手に取り、刃を当てると何の抵抗もなく斬れた。最後に魔力を流し、刃が振動しているのをしっかりと確認して。
「ん、大丈夫そうだ。ありがとな」
「どういたしましてっと」
オーダーメイド武器のメンテ料金である5万を取り出し、手早く支払いをすませる。高値なのは間違いないが、モンスター狩りは少なからず稼げるので特に問題は無い。そのせいでお小遣いを貰うどころか逆に家にお金を入れてたりするが……。まあ気にするほどじゃない。そもそも諭吉の価値が昔よりは落ちてるのだ。
「ありがとうごさいましたー」
店主の声を聞きながら店を出て、再び灼熱の熱波に晒されながらダラダラと家への道を行く。
(あっちぃ……)
星斗がアイスとか言うもんだから食べたくなってしまい、コンビニに寄り道して適当に安いアイスを2つ購入。家にたどり着いた後にアイスの一つを妹に投げると何故か盛大に感謝された。何かあったらお菓子渡してれば良さそうだな。