RFO1-11【兄妹の戦闘】
「……つまらん」
早々にゲーム機の電源を切ってコントローラーをベッドに放り投げ、ついでに自分もベッドに沈み込む。そのままテレビのチャンネルを切り替えると画面には未だに『外出禁止令発令中』の文字。発令されてから3時間か4時間ぐらいは経っている。今までは遅くとも1時間、早ければ30分かからずに禁止令は解除されてたものだが、今回は異常なようだ。強いというよりは数が多いのだろう。とはいえ、例外モンスターが集団意識を持って攻めてきてるとも考えられない以上、何者かの策略と見るべきか。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!」
色々と思考を巡らせてると風菜が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「なんだ?」
「外からモンスターの唸り声みたいなものが聞こえてる!」
そんなもん無視してりゃ……と思ったが、そういう訳にもいかない理由が頭に浮かんだ。
こういう侵入してきたモンスターの排除は所謂マジッカーフォースメントが受け持っているのだろうが、それに所属する深緑先輩からは協力を頼まれ、それを承諾している。
後は単純に母親がまだ帰ってきていない。まあこの状況だと職場から出ることも出来ないだろうが、万一を考えれば……。
「……俺は無理できん状態だからな、手伝ってくれ」
「もとよりそのつもりだよ。はい、これ」
部屋の隅に置いていた俺の武器、サウンドブレードを手渡してくる。素直に受け取り、軽くチェックを行う。模擬戦で使ってからメンテを一切していなかったから若干不安だったが、特に問題なく使えそうだった。
「よし、出るか」
「くれぐれも魔法は最終手段として使ってよ?」
「分かってる」
風菜の右手には愛用武器である拳銃……ハンドガンタイプの『YH-0』が握られている。弾丸は全て所持者の魔力で生成され、コストが殆どかからない武器だ。オーダーメイド品だから相当高額だったらしいが、モンスター狩りは割と稼げたりするので払えないほどではない。というか俺の武器もオーダーメイドだな。
玄関のドアを開き、周りを確認すると数メートル先に短刀を持ったゴブリンの姿が見えた。数は5体、少し面倒だな……。
「先手取るぞ」
頷きだけで済ませ、銃を構える風菜。それだけでも非常に頼もしく感じるから不思議なものだ。
魔法のアシストが使えない以上、一般的な男子高生の速力程でしか走れないが、バレずに倒す方が重要だろう。一番近い一体に近付き、反応させる間もなく首を両断した。
絶命したゴブリンは死体が残ることもなく、即座に光の玉となって消失。それと同時に残りの4体が反応してきた。
「っ!!」
一体の剣を受け止め、そのまま蹴り飛ばして二体目の剣を受ける。やはり例外モンスターのようだ、パワーとスピードが普通のゴブリンとは違う。
と、銃声が一回鳴り響き、俺が蹴り飛ばしたゴブリンの頭に小さな風穴が空いていた。風菜が正確に撃ち抜いている。
それにより生まれた一瞬の隙を付いて鍔迫り合いを押し切り、2体目の首も落とす。
残った二体のうち一体が俺に突っ込んできて、もう一体が、
「風菜、行ったぞ!」
「大丈夫! 【アイシクルソード】!」
突っ込んできたヤツの剣を受けながらちらっと風菜を見れば、片手に氷で出来た剣を持って応戦している。俺も風菜も父親に剣術は叩き込まれてる故、心配する必要は殆どないだろう。まずは、
「こいつだ!!」
押し切って倒すつもりだったが相手がすぐさま後方へと飛んで追撃が間に合わない。すぐに距離を詰め、剣を振るが相手も的確に受けてくる。何度が打ち合った後に再び鍔迫り合い状態に。
「ゥゥゥ……」
「そんな猛獣みたいな唸り声上げんな」
「グルァッ!!」
「なっ……!」
押し切られた。盛大に仰け反ったせいで迫る刃に対して防御が間に合わない……仕方ない。
「これ一回だけだ! 【サンダーボルト】!」
即座に生成し、飛ばした雷がゴブリンの左手を吹き飛ばした。それでも攻撃を止めようとしない精神は例外化されたせいなのだろうか。しかし確実に一瞬怯んでくれたため、時間は稼げた。右手の剣でもう一度鍔迫り合いを行う。このままでは再び拮抗すると判断し、剣に魔力を流す。刀身が秒間数千万回の振動を開始し、切れ味を増大させ……相手の刀を文字通り切り落とした。
気のせいか呆然としているゴブリンに毅然と言い放つ。
「悪いな、これがサウンドブレードだ。そんなナマクラぐらいなら容易く切断出来る」
振動状態のままゴブリンの身体を縦に両断した。圧倒的な切断力のせいで恐ろしいぐらいにするりと斬れた。
剣を鞘に収め、風菜の状況を確認しようと振り向き、背筋が凍り付いた。
「くっ……!」
「ウガァッ!!」
まさに丁度、風菜の【アイシクルソード】が相手の剣に弾き落とされた所だった。恐らく5体いたゴブリンの中でもアイツがパワーもスピードも桁違いに高い。戦闘慣れしているとはいえ、風菜はまだ中3だ。パワーで押されると勝てない部分が出てくる。若干のパニック状態に陥って魔法での迎撃を行うという所まで頭が回っていないようだ。
そこまで気付いたところで本能的に走り出していた。距離は2メートルもない、すぐに辿り着く。明らかに心臓を狙っている切っ先に右手を伸ばし……。
「いって……」
そのまま受け止めた。どう見ても刃先が掌から手の甲まで貫通しているが、フェルトの魔法のせいだろう、予想より痛みを感じない。
「お兄ちゃ……!?」
「捕まえておく、さっさと倒せ!!」
風菜は一瞬困惑した表情を見せたが、すぐに引き締めて手に持っていた銃をゴブリンの頭に照準。3発の弾が容赦なく頭を撃ち抜いた。
絶命したゴブリンは消滅。武器も一緒に消え、手に感じていた違和感がなくなった。と同時に大量の出血。
「お、お兄ちゃん! 血が……!」
「んな悲痛な声上げるな。心配ない」
全くないというわけではないがそこまで痛みは感じない。まあ手を貫かれてるからさっさと止血だけはしておいた方が良さそうだ。
「ひぐっ……ご、ごめんね……お兄ちゃぁん……」
「何で泣いてんだよ……」
「だってぇ、私の、せいで……」
これがさっき冷酷無慈悲にゴブリンの頭を撃ち抜いた奴とは思えない。右手は血がダラダラ流れてて触れる訳にもいかないので左手をこいつの頭に乗せる。
「……気にしすぎだ。俺が選んだ結果だし、お前が気に病む必要なんざない。優しすぎなんだよお前は」
「…………うん」
落ち着かせるために数秒間撫でていた所で背後から風を感じた。魔力の含まれた風……。
「……先輩」
「すまない。至るところに例外モンスターが居るせいで遅れてしまった……璃緒くんが倒したのか?」
「ゴブリンを5体、沈めました」
先輩はしばらく黙ったまま俺の右手を凝視していた。
「……上からの情報を元にモンスターを殲滅してたんだが、君の家のすぐ近くにも現れたって情報が入ってまさかと思ったけど……案の定だったみたいだね。すまない、無理をさせて大怪我をさせてしまった」
「手伝うって言ったのは俺達ですよ。これぐらいの覚悟ならしてます」
「そうか……取り敢えず処置だけはさせてくれ。君の家、上がって大丈夫かな?」
別にそこまでせずとも……とは思ったが、ここは素直に甘えておこう。
「大丈夫です。……落ち着いたか風菜? 戻るぞ」
「う、うん……ありがと、お兄ちゃん」
目が赤く腫れてはいるが、先程のような泣き顔ではなくなっていた。特に心配する必要はなさそうだ。
家へと戻り、応急処置セットを取り出そうとすると、
「あ、大丈夫だ。こっち使おう」
先輩が唐突に虚空から自分のものと思しき応急処置セットを取り出した。武器だけじゃなくて道具とかも呼べるのか……?
「優菜さん、それって……アンロード魔法ですか?」
「へぇ、風菜ちゃんは知ってるのか。まあアンロード魔法と言っても、私の部屋に置いてあるものしか取り出せないんだけどね。座標設定難しいし」
なるほど、以前の模擬戦時に武器を召喚していたので武器召喚魔法かと思っていたがこっちのアンロード魔法だったか。こんな魔法まで修得済みなのか……。
「取り敢えず璃緒くんの出血を止めないと。右手出してくれ」
素直に右手を先輩の前へと伸ばす。こうマジマジと見ると結構グロテスクだ。誰が見てもわかりやすく貫通してるせいで中が見えている。お陰で家の中は血痕だらけで殺人現場のような……ものではなく、風菜が全て消滅させているせいで血痕なんぞ一つもない。
「こういう怪我は私もしょっちゅうしてるせいで処置に慣れてしまったのがなんともアレだが……」
「……の割には痕とか全然見当たりませんけど」
先輩の顔やら腕やら、目で見える範囲にはほとんど傷の跡は見当たらない。女子が見れば羨むような肌をしているように見える。
「……組織には腕の良すぎる治療担当者がいるからね。ホントは璃緒くんの治療もその人に任せれればいいんだけど……」
「いいですよ気にしなくて。少しは傷跡でも残ってないといつまでも女にしか見られないですし。むしろ顔に傷付けたかった」
「……お兄ちゃん、実行しないでよ」
んな怖い目で睨むな。自分で傷付けるとかマゾじゃないんだから。
妹から飛んでくる無言のプレッシャーに耐えているうちに気付けば応急処置が終わっていた。本当に手早いな。
「魔力の込められてる包帯で巻いてるから少しは早く治ると思うけど……まあ3日は外さないでね」
「分かりました。わざわざありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、右手の確認をする。巻き方に気を使ってくれたのか、これでも結構指が動きやすい。いざという時に武器を扱うことは出来そうだ。
「わざわざ、じゃないさ。私がやりたくてやってることだし、間に合わなかったせめてもの償いも込めて、ね」
「街中のモンスター倒してたらそりゃ時間もかかりますよ。俺らも手伝うと約束した以上、何の問題もないです」
ちらっと風菜を見ると頷き返してきた。俺ら二人とも納得した上でやっていることなのだ。その気になれば家に引き篭もって身の保身に走ることも出来るわけだし。
「そういえば優菜さん、もうモンスターはいないんですか?」
「私の担当は君たちが倒したアレで最後だったよ。他のも仲間達が殲滅してるからそろそろ侵入してきたモンスターは全部倒されたんじゃないかな」
「なるほどー。やっぱりかなりの数がいたんですね」
「そうだね。確認されただけでもおよそ50匹は入ってきてたよ」
50……相当な数だ。先輩のいる組織の実働隊はかなりの実力を持った学生しかいないということはそもそも人数が少ない筈だ。そんな少人数で50近い例外モンスターを狩っていたのか……。
「先輩、若松先輩は実働隊として動いてるんですか?」
「いや、華はそもそもマジッカーフォースメントにすら所属してないよ。存在は知ってるけどね、私が教えたし」
そうなのか……模擬戦で見た限り結構な強さだったから入ってるものかと思ってたが。
「……そういや星斗は?」
「華がみっちりトレーニングさせてるはずだけどね。まあ、まだ1日だしどっちかといえば土属性に重きを置いた座学の最中かもしれないけど」
「ふむ……まああいつのことですし、割とあっさりコツ掴んできそうですが」
とは言うものの、あいつの魔法才能の皆無っぷりは絶望を覚えるレベルだ。それ以外の身体能力とかがずば抜けているから良いものの……。土属性使いの若松先輩から教えて貰っているのなら……まあアイツの性格を考えれば何が何でも恩には報いるつもりだろうし、案外なんとかなってるかもしれん。
そんなことを考えつつ、俺は紅茶を淹れるためにキッチンへと向かった。少しはあの人にゆっくりしてもらおう。
おっそろしく遅れました。
待ってた方々には申し訳ないです。